ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第100話 滑走

 ──ルビコン3大気圏。

 

 焦熱と大気が混じり合う怒れる地平に、巨大な艦影が火線のごとく突入した。

 

 《恒星間入植船ザイレム》――全長数十キロ、都市型の超巨大艦。その巨体は既に幾度も砲撃を受け、骨格構造の支柱すら崩壊しかけていた。だが、それでもなお推進を続ける。

 

 艦体の各所から、焼け焦げた外装と断熱材が剥離し、瓦礫と化したパネル群が後方へ流れ落ちていく。外壁には罅が走り、むき出しとなった骨材が赤熱するフレアに包まれていた。

 

 その様相は、もはや飛行などではない――墜落寸前の落下物。

 

 だが、都市艦はまだ、飛んでいた。

 

「――艦体バランス制御、後方リアセクションを喪失!」

 

「対空砲火密度、限界超過!対抗弾幕が貫通されます!」

 

「姿勢制御系、手動補正に移行!艦体揚力、部分的に再取得!」

 

 管制区画には怒号と悲鳴が飛び交い、艦橋そのものが赤く警告灯に染め上げられていた。だがウォルターもミシガンも、スネイルも動じなかった。

 

「構わん、制御可能な限りで十分だ。前傾を維持しろ――目標は一点、《ウォッチポイント・アルファ》だ」

 

 ウォルターの指示に、士官たちが必死に頷く。対空演算AIは既に沈黙しており、現在の対処はすべて手動か、即時対応型の演算補助によるものだった。

 

「後方より追撃艦、六……いや、八隻!接近中!」

 

「目視確認、照準……来るぞ!」

 

 ――ズガアァァン!!

 

 《ザイレム》の左舷後部が爆裂し、都市構造区画の一つが炎を噴きながら崩壊する。

 

 艦橋内にも吹き上がるような衝撃が突き上げ、数名の士官が吹き飛ばされる。床を滑るスパークが赤く壁を焦がした。

 

 それでも《ザイレム》は進む。

 

 それが、唯一残された希望だからだ。

 

「第七構造区画、消失確認……延焼発生!」

 

「構うな!」

 

 《ザイレム》の艦首が僅かに持ち上がり、バランスを取り戻す。艦底から噴き出す重力制御粒子が地表との揚力を作り、なおも機首を上げようと抵抗する。

 

 だが、追撃は止まらなかった。

 

 背後の敵艦隊は、もはや撃墜ではなく、完全消滅を狙っていた。照準は艦の中枢――艦橋および動力炉区画へと集中し、飽和攻撃のように降り注ぐ。

 

「防護フィールド、再構成不能!フレーム剥離が加速しています!」

 

「電力を全て推進力に回せ!辿り着けなきゃお終いだぞ!」

 

 そして、その“先”がついに映し出された。

 

 《ウォッチポイント・アルファ》。

 ルビコン3地表から露出する巨大な環状ハッチだけが、禍々しい存在感と共に剥き出しとなっている。

 

 《ALLMIND》の演算核――コーラルの本流に通じる地下構造体。

 

「……あれが目的地だ」

 

 ウォルターが前方スクリーンに映し出された建造物を見据えながら、低く息を吐いた。

 

 しかし、即座に予測演算が描く軌道が、警告を点滅させる。

 

「このまま突っ込めば……!」

 

「到達と同時に、地下層まで到達します。現在の慣性ベクトルでは、衝突時の残余エネルギーが臨界点を超過……!」

 

「コーラルまで貫通する恐れが――!」

 

 報告を聞いた瞬間、艦橋に張り詰めた沈黙が走る。

 

 このまま《ザイレム》が突入すれば、間違いなく地下のコーラル層を直撃する。かつて技研が引き起こした大災害《アイビスの火》の再現――星系ごと焼き尽くす引火現象の再来となる。

 

 その一瞬の間を断ち切るように、ウォルターが命じた。

 

「……この艦は、ここで終わらせる。目標手前で胴体着陸だ」

 

 誰もがその言葉の意味を理解し、顔を強張らせる。

 

「衝撃は……?」

 

「着地による艦体損壊は避けられません。だが、慣性さえ制御できれば……《ウォッチポイント・アルファ》のハッチ前面に滑り込む形で接触は可能です」

 

 スネイルが演算補助端末を叩きながら、眉を寄せて唸る。

 

「ギリギリの制動コースになりますね……途中で艦体が崩れれば、ハッチ到達前に全損します」

 

「構わん、間に合えばいい。突っ込むよりマシだ」

 

 ウォルターの言葉に、ミシガンが片手で頬を叩きながら叫んだ。

 

「全乗員に告げろ!即座に艦内を分離ブロック単位でロックし、衝撃に備えさせろ!」

 

 艦橋が赤く点滅し、全域に警報が鳴り響く。

 

 《ザイレム》は、燃え尽きる寸前の機関を唸らせながら、残された推力を制動姿勢へと切り替え始めた。

 

「姿勢制御、手動補正に移行。艦首角度、五度下げ!」

 

「アンカー解放、地表接地に備えます!」

 

 そして――

 

 ──ズン……ガアアァァアアッ!!

 

 地表と接触した瞬間、凄まじい爆発音とともに艦底が削れ、巨大な摩擦熱と粉塵が巻き上がる。音速を超える速度で滑走する艦体は、地表を抉りながら滑るように進行を続けた。

 

「減速不足……!慣性が強い、滑走が止まりません!」

 

「止めるな!そのまま《ウォッチポイント・アルファ》のハッチへ到達しろ!」

 

 火を噴くように燃え上がる艦尾。骨組みが剥がれ落ち、街区のように連なっていた構造体が次々と崩壊する。それでも、《ザイレム》は滑り続けた。

 

 目指すは中央に浮かぶ環状の巨大ハッチ――あれこそが、《ALLMIND》の根源への道であり、人類の運命を決する場所。

 

 スクリーンには、接触までの残距離がカウントダウンされていた。

 

 1500m……900……400……

 

 ──そして、残距離200メートルを切ったその瞬間だった。

 

「ウォルター!地下はもちろんだが……地上の戦力は観測できる範囲でこちらの数千倍は存在している!」

 

 ミシガンが低く唸りながら、艦橋中央の作戦マップを睨みつけた。

 

「下に降りる奴らの、背中を撃たせるわけにはいかん。おい、まだ機体制御は生きているな」

 

 彼はモニターを指差し、ザイレムの進行角度とハッチ構造の接触可能域を示す。

 

「ザイレムの艦体を……あのハッチに覆いかぶせるように滑らせて止める」

 

「塞ぐ、というのか」

 

 ウォルターの確認に、ミシガンは歯を見せて笑った。

 

「そうだ。地下に潜る連中の盾になって、地表の雑魚共を纏めて抑え込む。どうせもう飛べはしない、デカい図体が役に立つ」

 

 スネイルが舌打ちしながら演算端末を乱打する。

 

「艦体フレームはもう限界です。崩壊しつつ滑走していく事となるでしょう」

 

「構わん!可能か!?」

 

 獰猛に笑うミシガンに対し、スネイルはあくまで冷静に答えた。

 

「可能です。すぐに取り掛かりましょう。全く、馬鹿げた作戦ですが……良い着眼点です」

 

 その瞬間――

 

 《ザイレム》の艦首が、ほんの数度、目標よりも僅かに左へ偏向された。バランス制御は崩れ、艦体は軋みながら大きく横滑りを始める。

 

「姿勢制御崩壊!フレーム断裂が加速しています!」

 

 ウォルターが立ち上がり、即座に指示を飛ばす。

 

「艦体制御は既に限界だ。動力セクションを段階的に切り離し、強制的に減速を行う!」

 

「……動力を破壊して、無理矢理速度調整を行うと!?」

 

 スネイルが叫びながら眉をひそめた。

 

「それしかない!艦体を━━質量そのものを利用する!各ブロックを切り離し、順に地表へ叩きつけろ。摩擦と崩壊がブレーキ代わりになる」

 

「愚かな……誘爆のリスクも高い、が……やりましょう。手立てがないのも事実です」

 

 スネイルが制御端末に指を走らせると、即座に赤く点滅する艦体構造マップが艦橋中央に浮かび上がる。

 

「区画28、31、33を強制分離。排熱は考慮しなくて結構ですね?」

 

「その通りだ。とにかくハッチに滑り込む事だけを優先しろ」

 

 スネイルが端末を操作する度、《ザイレム》の中腹にある動力ユニットや補助ブロックが、轟音と閃光を伴って分離され、後方へ投げ出されていった。

 

 巨大な構造物が次々と地表に激突し、炎と土煙を巻き上げる。

 

 《ザイレム》が、崩壊していく。

 

「第3リアセクション分離完了!滑走速度、0.8ポイント低下!」

 

「まだ足りん、次だ!」

 

「第4・第6補助推進ユニット、破壊を確認!艦尾支柱、崩落開始!」

 

 ブロックの一つ一つが砕けるたびに、《ザイレム》の動きがわずかに鈍り、不規則に揺れながらも、確実に減速していく。

 

「……艦体減速、予測比で12%。このままいけば、ハッチ直上で停止可能!」

 

「やったか……!」

 

 だがその瞬間、再び艦体に震動が走る。

 

「艦首フレーム、断裂を検出!前方区画が浮き始めています!」

 

「前から裂けるぞ!崩れる前に、あと1ブロック落とせ!」

 

 スネイルが即座に叫ぶ。

 

「ならば――動力炉を焼き切りましょう、スキルミオンジェネレーターを誘爆させて、最後の慣性を吹き飛ばします」

 

「面白い、行け!」

 

 スネイルは迷いなくコマンドを実行した。

 

 次の瞬間、艦体内部――動力区画に熱が集中し、閃光とともに暴力的な衝撃が《ザイレム》を貫いた。

 

 機関部の一角が大爆発を起こし、艦首から推進噴流が発生し、艦の進行方向とは逆向きの反動が一気に発生する。

 

「爆発波が逆推進に転じた……速度、落ちるぞ!」

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 滑走していた艦が、火と土と金属の断末魔を引きずりながら、ゆっくりと、だが確実にその進行を鈍化させていく。

 

「残距離……80……40……15メートル!」

 

 ――ギギギィィィィッ!!

 

 鉄を削る悲鳴のような音とともに、《ザイレム》はその巨体を《ウォッチポイント・アルファ》のハッチへと滑らせ――ちょうど、その中心部を完全に覆い隠す位置で、ついに静止した。

 

 艦橋に、深い沈黙が訪れる。

 

「停止、確認。ハッチ直上にて、艦体静止」

 

「よし……やりとげたな」

 

 ウォルターの声は、低く、どこか安堵の響きを含んでいた。

 

 艦内全域で電源が次々とダウンしていく。

 

 照明が落ち、主電力が沈黙し、わずかな非常灯だけが赤く艦橋を照らしていた。

 

 ──《ザイレム》は、完全に沈黙した。

 

 艦橋にある全てのパネルが暗転し、制御端末は無音のまま機能を失っていた。生体リンクのモニターは心拍の波形すら映し出さず、艦内に響く音は、ただ風と瓦礫が軋むかすかな音だけとなっていた。

 

 この艦は、もう二度と動かない。

 

 ウォルターは、まるで長年の戦友を看取るかのように沈黙を貫いた。誰もが、今ここに《ザイレム》という名の艦船が死んだのを理解していた。

 

 そして、その死骸は《ウォッチポイント・アルファ》の巨大ハッチを、その全長をもって塞いでいた。

 

 だが──戦いは、終わっていない。

 

「……さて、物理的に塞いだだけなら、そう長くは保たんだろうな」

 

 ミシガンが端末の一つを叩き、焼け焦げたセンサー系統に残っていたデータを強制的に立ち上げる。

 表示されたのは、地表の彼方から接近するALLMINDの無人兵器群と、依然として軌道上に展開する砲撃艦隊。

 

 咎める者は誰もいない。疲労にまみれた空気の中で、ミシガンだけが笑った。

 

「よぉし。なら――選択肢は一つだ」

 

 彼はゆっくりと頭を上げ、座席から立ち上がると、通信端末を握りしめて叫んだ。

 

「レッドガン部隊、全員起動しろ!これより《ザイレム》の残骸を防衛拠点とする!」

 

管制士官が顔を上げる。

 

「艦体制御はすべて喪失、砲台も機能停止しています!」

 

「それがどうした!泣き言なら受け付けん!」

 

 ミシガンは笑った。どこまでも獰猛に、どこまでも愉快に。

 

「上に残って、時間を稼ぐ。あいつらが地下に潜ってALLMINDの心臓を叩き潰すまで、こっちは地獄の表面を抑えててやる!」

 

 ウォルターが静かに問う。

 

「ミシガン……生還の算段は?」

 

「分かりきった事を聞くな。生還は不可能だ。だが、ここを護りきれば、勝ちだ」

 

 ミシガンは振り返り、艦橋から最後に見える戦場の地平を睨みつけた。

 

「ウォルター、以降の指揮はお前が執れ。下で全部終わらせてこい。こっちは――」

 

 彼は拳を固く握り、残骸の向こうに広がる黒煙と砂嵐を見据えながら、低く、確かに言い切った。

 

「地獄の門番を務めよう」

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