ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第101話 地底

 ――静寂が艦を支配していた。

 

 主動力の停止とともに、ザイレムの全システムは沈黙し、外界との連絡も、艦内の基幹制御も、すべての機能が「死」の中にあった。照明は消え、わずかな非常灯と誘導用ケミカルライトの明滅だけが、格納庫の天井を鈍く照らしている。

 

 その中で、作業員たちは血のにじむような手作業を続けていた。

 

「全システマ停止!固定アーム、操作出来ません!」

 

「手動で解放しろ!親からもらった手が付いてるだろうが!」

 

 叫びが飛び交うのは、ACとMTの混合格納庫――本来であればオートリフトと自動カタパルトが機体を射出区画まで運ぶはずだった場所だ。だが今、そのすべてが機能停止していた。

 

 格納区画の床には、既に出撃準備を終えた複数のMTとACが並んでいた。大気圏突入前から手順は済ませており、本来であれば着地と同時に順次展開されるはずだったのだ。

 

 しかし、《ザイレム》は死んだ。役目を果たして。

 

 金属の擦れる音、人間の怒号と、ACフレームの冷却フィンが熱を発する音だけが、この死んだ艦の中で鳴り響いていた。

 

 機体は動ける――だが、それを前に運び出す機構は、すべて人間の手に委ねられていた。

 

 かつて誰もが信頼していた巨大艦《ザイレム》の機能は、今や空っぽの殻でしかない。それでも尚、格納庫は戦場へ向かおうとする意志に満ちていた。

 

 その時――格納庫のシャッターが開いた。

 

 駆動系がすべて死んでいるはずの扉が、油圧ではなく純粋な手動展開で、鈍く軋みながら左右に引き裂かれていく。 

 

 開口部の先から、ブーツの音が響いた。

 

「レッドガン部隊集合!最終ブリーフィングを開始する!」

 

 低く、地を這うような怒声。作業員たちが振り返ると、全身に補助装甲を巻いた一人の男が、数名の随行兵を引き連れて姿を現した。

 

 G1ミシガン――レッドガン総長。

 

 重い足取りで金属床を踏みしめながら、彼は中央管制パネルへと歩み寄る。フレームと作業員が並ぶ格納区画の全体を一望し睨みを利かせた。

 

「よし、うちの役立たず共は準備を終えているようだな」

 

 ミシガンは一拍置いてから、端末の一つを叩きつけるように操作した。内部電源をバイパスし、非常用起動モードで情報を呼び出すと、艦の断面図と、上層区画――《ザイレム》艦体の背面構造が表示される。

 

「目的地は地下じゃない。地下は、ウォルターとその部隊が行く。俺たちはここ――ザイレムの上で、最後の防衛線を張る」

 

 ざわめきが広がる。

 

「出撃地点はこの艦の上層……?

 

「まさか……あの損壊構造で展開すると」

 

 ミシガンは手を振り払い、一蹴するように言い放つ。

 

「当然だ。《ザイレム》は既に死んだ艦だ。だが、だからこそ“盾”になる。俺たちは、その上で時間を稼ぐ。地下に潜った連中の背中を、決して撃たせはしねえ」

 

 指先で艦の上部断面を指し示す。

 

「残存する装甲梁、主推進口、カタパルト甲板、中央艦橋ブロック――全てを利用して、陣地を張る。敵の攻勢は近い。無人兵器共を迎え撃つ最後のラインだ」

 

 ミシガンの言葉に、格納庫は短い静寂の後、再びざわつき始めた。

 

 ACパイロットたちは、互いに視線を交わしながらもすぐに行動に移る。出撃準備を終えたフレーム群が、作業員たちの手によって次々と牽引軌条へ運ばれ始めた。もはや自動搬送機構など残ってはいない。それでも、誰も手を止めなかった。

 

 その中に、G5イグアスの姿もあった。

 

 ヘルメットを小脇に抱えたまま、ゆっくりと格納庫を歩き出し、ミシガンへと歩み寄る。

 

「俺の《ヘッドブリンガー》なら準備万端だ、先に行って陣地を選定をしてくる」

 

 イグアスの言葉に、ミシガンは少しだけ眉を動かし、ふっと鼻を鳴らした。

 

「お前は来なくていい、G5」

 

 イグアスの足が止まる。

 

「は?」

 

「お前は地下に行け。621と、ウォルターの部隊と一緒にだ」

 

 イグアスは眉をひそめた。

 

「……は?なんでだよ、俺はレッドガンだ。あんたの指揮する戦場に、参加する資格がある」

 

「馬鹿を言うな!」

 

 ミシガンは断言した。重く、動かない声音で。

 

「お前は変異波形持ちだ。621や解放戦線の指導者も条件を満たしているらしいが、勝利条件への鍵は多いに越したことはない。地下へ行き、コーラルを目指せ」

 

 イグアスは短く息を吐く。その程度の理由なら、無理矢理突っぱねることもできた。実際、ミシガンの指示を無視した事だって何度もある。

 

 だが、ミシガンは続けた。

 

「――それだけじゃねえ。俺は、お前に頼みてえことがある」

 

 真正面からイグアスを見据えたミシガンの目には、普段のような獰猛さはなかった。ただ、ひどく真っ直ぐだった。

 

「621を護ってやれ」

 

 その一言に、イグアスの表情がわずかに変わる。

 

「……冗談だろ。V.Iやあいつのハンドラーだっているんだぜ、それにあいつは俺よりずっと……」

 

「守ってやれ、イグアス」

 

 ミシガンは、静かに言葉を重ねた。

 

「あいつは、強い。とびきりだ。だが、どこか壊れてる。正義も、怒りも、復讐も、背負っていない。ただ『やるべきこと』をなぞってるだけだ……そういう奴は、案外あっけなく死ぬ」

 

 イグアスは、反論できなかった。

 

「だからお前がついてやれ。お前が、あいつの盾になれ。あいつに“死に損”させるな」

 

「……」

 

 イグアスはヘルメットを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。だが次の瞬間、肩をすくめ、ふっと笑った。

 

 そして、ゆっくりと踵を返す。

 

 ミシガンの背中に、短く言葉を投げかけながら。

 

「死ぬなよミシガン……」

 

「舐めた口をきくようになったな役立たず!さっさと行け!」

 

イグアスの足音が遠ざかる。

 

 それを追うことなく、ミシガンはゆっくりと背を向けた。無言のまま、格納庫中央に鎮座する一機の重四脚AC――《ライガーテイル》へと向かう。

 煤けた装甲、無骨なシルエット、四脚を支える巨大なサスペンション。派手さも、洗練もない。だがこの機体は、ミシガンの“力”そのものだった。

 

「整備チーム、作業完了!」

 

「燃料パージ再確認!熱交換ユニット、まだ冷えてねぇぞ!」

 

 作業員たちの怒号の中を抜け、ミシガンは昇降ラダーをよじ登り、コクピットハッチに手をかける。非常用電源から供給された補助バッテリーが一時的に点灯し、機体が目覚めのように僅かに振動した。

 

「……」

 

 重いハッチが開き、ミシガンは迷いなく座席へ身を沈めた。

 

 シートが彼の重量を受け止め、コクピット周囲の装甲が機械音と共に閉じる。視界の先に展開されるモノクロのインターフェースは、戦場用に最小限の情報だけを表示するよう設計されていた。

 

 警告と共に、ライガーテイルがゆっくりと起き上がる。

 

『よく聞け、役立たずども』

 

『愉快な遠足の時間は終わった』

 

『全機、展開準備!お前らの足で、この艦体の背中へ這い上がるぞ!』

 

 無線が一斉に応答する。

 

 《ザイレム》の格納庫に響き渡る、レッドガン部隊の各員の咆哮。AC及びMTが次々と自らの脚で移動を開始する。

 

 艦内エレベーターは沈黙して久しい。代わりに用意されたのは、作業員たちが急造したスロープと補強足場、時には《ザイレム》の外装を切り開いた強引な通路だった。

 

『命令は至ってシンプルだ!地下への道を何がなんでも死守しろ!降りて行った野郎どもがやる事やるまで、時間を稼ぐ!』

 

ミシガンの《ライガーテイル》が先頭に立ち、格納庫を抜けてゆく。

 

 四脚の重装機が、ギシギシと金属を軋ませながら、狭い斜面通路を一歩ずつ踏みしめるたび、後続の機体たちも黙々と続いた。

 

 照明はない。ただ、誘導用ケミカルライトが破損壁面に点々と貼り付けられ、青緑色の光が不気味に艦内を照らしていた。

 

『配置予定区域まで残り340メートル。最短通路はL-12、破損あり。回避してM経路から外郭へ』

 

 通信担当のMTオペレーターが報告する。

 ミシガンは短く「了解」と返し、進行経路の地形データを睨みながら、《ライガーテイル》の武装を再確認する。

 

 やがて、艦内通路の最後の隔壁が手動で開放される。

 強風が吹き抜け、甲板上層からの陽光が差し込んだ。

 

《ザイレム》上層――死した巨艦の背に、戦場が広がっていた。

 

 ミシガンのACがその一歩を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――爆風が、地下構造の静寂を引き裂いた。

 

 巨大な耐圧ハッチが爆薬の炸裂と共に外れ、厚さ数十メートルの合金製ゲートが歪み、内側へと落下する。吹き上がる粉塵、断裂する鉄骨、散る火花――

 

 その奥に口を開いたのは、人工物としては異常なほどの広さを持つ縦穴構造だった。

 まるで地表を突き破り、惑星の心臓部へと続くかのような、静謐で、不気味なほど無音の空間。

 

 《ウォッチポイント・アルファ 深度1》――

 

 封鎖機構の前線指揮官であったグレイ特務上尉すら、詳細を把握していない未知の地下構造体。 

 

『突入準備、完了』

 

 通信回線が切り替わり、低く、重い声が響く。

 

 その声の主は、ウォルターだった。

 

 彼の搭乗するACは、かつて621の知るどのフレームとも異なる。

 重装型の二脚機――装甲材は光を吸う真紅で塗られており、コアパーツや武装からはコーラル特有の閃光が漏れ出ていた。

 

 機体識別信号《IB-C03:HAL 826》

 

 その立ち姿は、まるで“怒り”を形にしたかのようだった。

 

『621、聞こえるか』

 

 無線越しに、ウォルターが呼びかける。すぐ隣に並ぶ621の機体――特務機体《バルテウス》が応える様に姿勢を変えた。

 

『この先に、ALLMINDの中枢、コーラルの本流が存在している』

 

「……」

 

『いくぞ。ミシガンが時間稼ぎを買って出てくれた。一瞬一秒が貴重な、取り返しのつかない時間だ。無駄には出来ない』

 

 次の瞬間、真紅のACが縦穴の縁に脚をかける。

 吹き抜ける熱風、深度センサーが軋みを上げるほどの空間圧。だがウォルターは一瞬のためらいも見せず、真っ逆さまにその闇へと飛び込んだ。

 

 続いて、ハウンズ部隊を始めとした封鎖機構の生き残りが次々と後を追う。

 

 更にヴェスパー部隊、解放戦線もそれに続く。縦穴を滑空していく。目標は、深度1を超えた先に広がる制御区画の掌握。そこを確保できなければ、地下の更なる層への進撃は不可能だった。

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