ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第102話 縦穴

 ━━深度1への突入は、すなわち死地への滑落だった。

 

 《ウォッチポイント・アルファ》の縦穴構造は、あらゆる者を拒絶するキルゾーンと化していた。何層もの分厚いハッチ、無数の無人兵器が配置され、底部に配置されたレーザー砲台からは雨霰と光線が打ち上げられる。

 

先陣を切る三機――621、ウォルター、エアは、まるでそれを知っていたかのように隊列を組み、降下を開始する。

 

『━━第一ハッチ、閉鎖シーケンスを確認。潜り抜けは不可能です……突破を』

 

 エアの通信が冷静に響いた。

 

 深度1の各階層を区切る巨大な隔壁――厚さ三メートル、鋼合金と粒子遮断層で構成された絶対障壁。本来なら、これを突破するためには起動コードかALLMINDの認可が必要だった。

 

 だが、今、交渉の余地はない。

 

 621は沈黙のまま背部の武装・推進ユニットを稼働させる。

 

『連続刃形成モード起動』

 

 パルス砲門が並列展開され、照準系が格子状のスキャンパターンに変化する。

 パルスが収束し、発射口から波打つ刃が形成された。

 

 接触、轟音。

 

 空間が裂けるような高周波の断続音が縦穴に反響する。

 バルテウスのパルスチェンソーが隔壁に接触――否、削り始めたのだ。

 

 通常の火力では焼き切れない厚みと材質。だが《連続刃》は違った。

 

 “斬る”のではなく、“摩滅させる”。

 

 無数のパルス刃が回転し、粒子レベルで金属を蒸発させていく。

 長大な扇形の擦過痕が、じわじわと円を描きながら開かれていく。

 

『━━隔壁の突破まで、約30秒……ALLMINDが静観するとは思えません』

 

 エアが呟くと同時に、周囲の縦穴壁面から無人機が一斉に出現する。

 蜘蛛のような脚を持つ高機動型、浮遊型レーザードローン、分離複製式の索敵機――ALLMINDが誇る迎撃群が殺到した。

 

『こちらは任せろ、621』

 

 ウォルターのHALが一閃する。

 推進器が火を噴き、真紅の機体が逆流するように敵群に突っ込む。

 

 その機動は、異質だった。

 常識的な慣性や重量制御を無視するかのように、真紅のACが縦穴の壁を蹴り、空中で反転し、さらなる加速を得ていく。

 

 《HAL 826》の腕部武装━━コーラル投射装置が展開された。

 

 瞬間、空間が歪む。

 

 重力すら捻じ曲げるかのような圧力と赤い輝きが拡散し、次の瞬間――縦穴壁面に群がる無人機が光に呑み込まれるようにして蒸発する。

 

 続けざまに、肩部ユニットから高追尾コーラルミサイルが放たれた。

 

 奇妙な唸る軌道と、囀るような加速音。

 

 ミサイル本体が一度加速すると、その背後から十数発のコーラル子弾が螺旋状に展開される。

 

 赤い光を撒き散らしながら、子弾群は縦穴内のあらゆる敵性目標に個別認識追尾を開始。空中で軌道を何度も歪めながら、獣のように無人機群へと喰らいついていく。

 

 直後、爆光。

 

 爆発音は“音”ではなかった。“重力”のように全身を押し潰す振動――

 

 主弾の炸裂により、直径十数メートルの空間が赤く染まり、そこにいた敵機は塵すら残さず蒸発する。

 

 炎のような爆光が散った縦穴構造の空間には、一瞬だけ沈黙が訪れた。

 無数の無人機を蹴散らし尽くした《HAL 826》は、真紅の残光を引きながら減速し、軌道を緩める。

 

 空間圧の乱れを抜けて、ウォルターの機体がゆっくりと旋回し、再び621の《バルテウス》の側へと戻った。

 

『……残存機なし。迎撃完了だ』

 

 短く報告すると、ウォルターは621の隣へ並び、その視線を隔壁へと向けた。

 バルテウスのパルス刃が刻んだ楕円の縁が、最後の一線を崩壊させるようにして大きく割れた瞬間だった。

 

 粉塵が舞い、金属片が落下する音が反響する中、通信回線に一つ、静かな声が割り込んだ。

 

『━━ウォルター、その機体は……主機や演算装置、武装にまで……コーラルを用いていますね』

 

 それは、エアだった。

 いつもよりわずかに硬い響きを含んだ声色。感情は抑えていたが、その背後には明確な違和感があった。

 

 ウォルターはしばし沈黙し、やがて重く口を開いた。

 

『ああ、そうだ』

 

 続けて彼は、言葉を選ぶようにして重ねた。

 

『この機体《HAL 826》は、ルビコン調査技研によって設計されたアイビスシリーズ最後の一機……主推進機関、補助出力、兵装の一部……全て、コーラル由来の技術で成り立っている』

 

 言い終えた瞬間、エアが━━《SOL 644》がわずかに身じろぎを見せた。

 小さな反応。しかしその内奥には、理解しがたい嫌悪が含まれていた。

 

『━━その機体で、かつてコーラルを灼いたのですね』

 

 ウォルターは、即座には答えなかった。

 

 だが次の瞬間、彼は通信回線を個別に切り替え、まるで告白のように言った。

 

『エア……お前には、詫びなければならない』

 

 沈黙が、再び訪れた。

 彼は続ける。

 

『この兵器は……多くを守るために造られた。いや、そう思っていた。だが、お前のように、“コーラルに心がある”という現実に直面した今、使うこと自体が正しいとは言えない』

 

 彼の声は迷いを孕んでいた。

 

『……だが、今はこの機体でもなければ、この地獄を突破できない。それが現実だ』

 

 少しの間を置き、ウォルターは穏やかに、だが確かに言い切った。  

 

『必ずこの事態を終わらせる。それが済めば、この機体は……破棄する。コーラルとの共存を掲げる我々にとって、この機体は障害となるだろう』

 

 エアはしばらく沈黙していた。

 

 縦穴の奥から漏れる赤い光、崩れ落ちた隔壁、漂う金属粒子。

 それらを静かに見つめるように、SOLがわずかにうつむいた。

 

『━━分かりました。ですが、私自身コーラルの資源利用を完全に否定しているわけではありません、ルビコニアンにとってコーラルは生存に欠かせない資源です。その辺りも、皆んなで一度話し合いましょう。全てが終わった後で……』

 

 その声は冷たいものではなかった。

 怒りでも拒絶でもなく、ただ深く沈んだ――痛みを孕んだ受容だった。

 

 621の機体がわずかに身を振るわせる。

 

 そして次の瞬間、《バルテウス》の推進器が再び光を灯し、先に続く第二層の空間へと滑るように降下を始めた。

 

 《バルテウス》が先導し、ウォルターの《HAL 826》、エアの《SOL 644》、後続の部隊が3機に続く。

 深度1──その最下層は、空間全体が光を吸収するような異様な静けさに包まれていた。

 

 だがその沈黙を破ったのは、鋭利な警報だった。

 

『━━敵性機の突破速度、臨界判定。隔壁防衛、無意味と認定』

 

 音声は人工知能のそれだった。冷たく、合理的で、何の感情も宿していない。

 

『《ネペンテス》、起動』

 

 直後、縦穴底部から閃光が走った。

 

 大輪の花が咲いたかのように、無数の羽根のような構造体が展開されていく。

 

 《ネペンテス》。

 

 それは砲台というにはあまりに異形だった。

 巨大な花弁状の装甲を持つ放射状構造物であり、中央核から四方へ伸びたエネルギーベーンが青白く脈動している。

 

『ッ!全機散開!』

 

 いち早く危機を察知したグレイ特務上尉が吠える。

 次の瞬間、レーザーが縦穴式構造体を貫いた。

 

 爆音ではなかった。光そのものが、空間を灼いたのだ。

 

 《ネペンテス》のビームは一点収束を維持しながら縦穴をなぞるように走り、壁面に掠っただけで分厚い装甲板が溶けて剥離していく。

 

『回避行動!並のACなら一撃で蒸発するぞ!』

 

 ウォルターの《HAL 826》が即座に反転、逆噴射で加速しながらビームの軌跡をなめるようにかわす。

 

621も即座に反応していた。

 

 《バルテウス》のスラスターが悲鳴を上げながら最大噴射。縦穴壁面を蹴るようにしてジグザグの軌道を描き、レーザーの収束線を振り切る。

 

『━━複合エネルギー砲台ネペンテス……気をつけてください。この縦穴式構造体、そのものがあの砲台のキルゾーンとなっています』

 

 エアが声を震わせながらも、冷静に制御を行い、《SOL 644》を鋭く躍らせた。

 

 ビームが掠っただけで、SOLの肩装甲の一部が弾け飛んだ。

 

 防衛AIは即座に第二波、第三波を放つ。

 

 《ネペンテス》の砲門が回転し、順次に目標捕捉と照準収束を行う動作に切り替わる。

 その挙動はまるで、咲き誇る花が獲物に触手を伸ばすように滑らかで、そして致命的だった。

 

『迎撃方式変更完了。高出力レーザーによる戦域封鎖開始』

 

 縦穴構造の内部全域にわたって、斜め・曲線・連続パターンのビームが錯綜する。

 

『621!隊列を寄せろ!お前のパルスアーマーで全員を覆え!』

 

 ウォルターの声が、雷鳴のように響いた。

 

 《ネペンテス》の砲門が回転し、次なるレーザー収束の兆候が縦穴を満たしていく。

 全てを焼き尽くす青白い光が、空間そのものをねじ切るように圧を高めていく。

 

 『了解』と短く応えた621の《バルテウス》が、機体後部のリアクタを解放。

 冷却制御を一時解除し、限界出力へと達するパルスエネルギーを瞬時に展開する。

 

『──パルスアーマー最大展開。臨界モード、起動』

 

 瞬間、眩い光が爆ぜた。

 

 《バルテウス》の周囲に、大出力パルスアーマーが多重展開される。

 

『各機、621の後方に密集!防御射角を絞る! 避けられん以上、受けきるぞ!』

 

 ウォルターの《HAL 826》、エアの《SOL 644》、そして後続の決死隊機群が《バルテウス》の背後に集束していく。

 空間が歪み、ノイズが走る。

 

 そして、照射。

 

 《ネペンテス》の照準が合わされ、収束レーザーが咲き乱れる。

 

 超高密度、超高熱。

 一撃でACを蒸発させるその光線が、護るべき全機を包むパルスアーマーへと殺到した。

 

 ──爆ぜる光。

 ──軋む装甲。

 ──響くアラート。

 

 バルテウスの外郭を包むシールドが、凄まじい衝撃音とともに波打ち、光の洪水に耐えている。

 

 警告音が機体内に響く。

 

 バルテウスの周囲には、まるで熱の幕が形成されたかのように波紋が広がり、光の残滓が弾け飛んでいく。

 

『いいぞ、621!奴の攻撃も無限に続く訳ではない!』

 

 無限に思える照射がとうとう終了した。

 空間から光が引いていく。

 

 微かな静寂。次なる充填までの、ほんの数秒の間隙。

 

 その隙を、ある者は見逃さなかった。

 

『……限界が近いようですね』

 

 通信に入ったのは、V.IIスネイルだった。今まで沈黙を貫いていた彼の声には、常の嘲りも、気取りもなかった。

 

 そこにあったのは、冷徹なまでの判断。

 

『このままでは全滅……とは行かないまでも、戦力の大部分を喪失する事となるでしょう。それは承服しかねます』

 

 スネイルの視線は、遥か下層、展開された《ネペンテス》の中心核に注がれていた。

 

 まるで生き物のように蠢く花弁型の装甲。そこから放たれる青白い死の光。

 

 《バルテウス》のパルスアーマーで守り切っているとはいえ、限界は近い。すでに防御層は数層剥離し、次の照射に耐えられる保証はない。

 

『パルスアーマーで全部隊を覆いながらの降下では、余りに遅い。手札を切りましょう━━フロイト』

 

 その声には、命令と信頼の両方があった。

 

『了解した、スネイル』

 

 応えるV.Iフロイトの声は、短く、まるで日常会話の様に柔らかい。

 言葉と同時に、彼の《ロックスミス》が動いた。

 

 機体背部の推進機関が、青白く輝く。

 最大出力ブースト、リミッター解除。

 

 《ロックスミス》が、まさに光となって前方へと突き抜けた。

 

 周囲の仲間たちが声を上げる暇もなく、フロイトは《バルテウス》のパルスアーマーの外縁を突き抜け、レーザー照射範囲へと単騎で飛び込んだ。

 

 再び始まる《ネペンテス》の収束動作。

 

 機関音、エネルギーチャージの脈動、花弁装甲の展開――

 

 それら全てを、彼は見切っていた。

 

 《ロックスミス》の左腕に備えられたレーザーブレードが展開される。

 

 刀身は瞬時に白熱し、光すら飲み込む極光の刃となる。

 

 照射直前。照準が完全収束しきる、そのコンマ数秒。

 

 《ロックスミス》のブーストが悲鳴を上げた。

 

 《ネペンテス》中央部──機関部、露出する演算核とエネルギーベーンの交差点へと、突き刺さるように肉薄する。

 

 機体の咆哮とともに、レーザーブレードが振り下ろされた。

 

斬撃というには余りに過剰なエネルギーが奔る。

 

 重力の軸が歪む。

 

 光の層がねじれ、空間が悲鳴を上げる。

 

 そして――

 

 《ネペンテス》中央機関部が、一閃にて両断された。

 

 刃が通過した瞬間、核が断裂し、内部圧力が爆発的に放出される。

 

 爆光。重圧。轟音。

 

 そして、咲き誇っていた花弁装甲が、一枚、また一枚と崩れ落ちていく。

 

 『……やった、のか……?』

 

 誰かの声が漏れた直後。

 

 《ネペンテス》の各砲門が、次々とブラックアウトしていった。

 エネルギー反応、喪失確認。

 

 AI通信が断絶し、最下層の縦穴構造に、はじめて――“静寂”が訪れた。

 

 爆発の余波のなか、激しく姿勢を崩しながらも、《ロックスミス》は底部に着地し、装甲から蒸気を吐き出す。

 

《ネペンテス》の崩壊とともに、戦場に訪れた静寂は、まるで神の赦しのようでもあった。

 

 爆光の余韻がまだ残る空間に、最初に機体を動かしたのはV.Iフロイトだった。

 

 《ロックスミス》の機体がゆっくりと立ち上がり、半壊した膝部フレームから煙を上げながらも、堂々たる姿で底部の足場に踏みとどまる。

 

 それを皮切りに、次々と決死隊のACたちが縦穴を滑り降りてくる。

 

『《ネペンテス》撃破。レーザー出力は驚嘆に値するが、対して面白味のない敵だったな』

 

『良くやりました、フロイト

 

 決死隊の無線が次々と開き、歓喜にも似た声が空間に満ちていく。

 

 《SOL 644》が優雅に滑空しながら降下してくる。

 エアの機体はまるで鳥のように静かに着地し、そのままフロイトの隣へ並んだ。

 

 そして赤い残光を曳きながら、《HAL 826》もゆっくりと姿勢制御を行いながら底部に降り立つ。

 

 ウォルターの声が短く響く。

 

『全機、降下を急げ。敵反応は沈黙したが、油断するな。ここはまだ地獄の入り口に過ぎん』

 

 その言葉を皮切りに、次々とAC・MTが縦穴から滑り落ちるように降下してくる。

 

 滑空、降下制動、着地動作――それぞれが訓練された動きであり、全員が死線を超えてきた証だった。

 

 だが――

 

 最後に降りてくるはずの《バルテウス》の姿が見えない。

 

『621……?』

 

 誰かの通信が入る。

 

 次の瞬間だった。

 

 轟音が、空間全体を震わせた。

 

 縦穴の上層――爆光の残る煙の中から、灼け焦げた巨体が、まるで落下する隕石のように姿を現した。

 

 《バルテウス》。

 

 その背部リアクターからは黒煙が立ち上り、制御スラスターは完全に死んでいる。

 

『……621!?』

 

 ウォルターの怒声が響く。

 

 《バルテウス》は落下していた。

 

 推進制御は完全に失われ、パルスアーマーの展開も確認できない。

 

 あれだけの照射を複数回受け止めた代償――背部リアクターは既に焼き尽くされ、臨界防止装置がかろうじて爆発だけは抑えている状態だった。

 

 加速度が増す。金属が軋む悲鳴を上げる。

 

 底部にいる全機が、咄嗟に退避運動を取る。

 

 そして──

 

 《バルテウス》は、音速に近い速度で底部へと叩きつけられた。

 

 大地が爆ぜる。

 

 粉塵と破片、波打つ衝撃が空間に広がり、巨大な衝撃痕が底部を抉る。

 

『──621!応答しろ!』

 

 ウォルターが叫ぶが、返答はない。

 

 煙の中、《バルテウス》の機体が半身を地面に埋めるようにして倒れていた。

 

 背部装甲は完全に焼失し、リアクターは機能停止。

 パルスアーマー展開用の発振器は、溶解して原型を留めていない。

 

 沈黙。全機が息を呑んでその場に立ち尽くす。

 

 その時――

 

 《バルテウス》の機体から、微かに関節駆動音が漏れた。

 

 左腕が、ゆっくりと持ち上がる。

 そして、瓦礫の中からゆっくりと《バルテウス》が立ち上がり始める。

 

 フレームは歪み、関節は半分以上がロック状態。

 

 《バルテウス》は、まだ動ける。

 だが、死んでいるも同然だった。

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