ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
━━深度1への突入は、すなわち死地への滑落だった。
《ウォッチポイント・アルファ》の縦穴構造は、あらゆる者を拒絶するキルゾーンと化していた。何層もの分厚いハッチ、無数の無人兵器が配置され、底部に配置されたレーザー砲台からは雨霰と光線が打ち上げられる。
先陣を切る三機――621、ウォルター、エアは、まるでそれを知っていたかのように隊列を組み、降下を開始する。
『━━第一ハッチ、閉鎖シーケンスを確認。潜り抜けは不可能です……突破を』
エアの通信が冷静に響いた。
深度1の各階層を区切る巨大な隔壁――厚さ三メートル、鋼合金と粒子遮断層で構成された絶対障壁。本来なら、これを突破するためには起動コードかALLMINDの認可が必要だった。
だが、今、交渉の余地はない。
621は沈黙のまま背部の武装・推進ユニットを稼働させる。
『連続刃形成モード起動』
パルス砲門が並列展開され、照準系が格子状のスキャンパターンに変化する。
パルスが収束し、発射口から波打つ刃が形成された。
接触、轟音。
空間が裂けるような高周波の断続音が縦穴に反響する。
バルテウスのパルスチェンソーが隔壁に接触――否、削り始めたのだ。
通常の火力では焼き切れない厚みと材質。だが《連続刃》は違った。
“斬る”のではなく、“摩滅させる”。
無数のパルス刃が回転し、粒子レベルで金属を蒸発させていく。
長大な扇形の擦過痕が、じわじわと円を描きながら開かれていく。
『━━隔壁の突破まで、約30秒……ALLMINDが静観するとは思えません』
エアが呟くと同時に、周囲の縦穴壁面から無人機が一斉に出現する。
蜘蛛のような脚を持つ高機動型、浮遊型レーザードローン、分離複製式の索敵機――ALLMINDが誇る迎撃群が殺到した。
『こちらは任せろ、621』
ウォルターのHALが一閃する。
推進器が火を噴き、真紅の機体が逆流するように敵群に突っ込む。
その機動は、異質だった。
常識的な慣性や重量制御を無視するかのように、真紅のACが縦穴の壁を蹴り、空中で反転し、さらなる加速を得ていく。
《HAL 826》の腕部武装━━コーラル投射装置が展開された。
瞬間、空間が歪む。
重力すら捻じ曲げるかのような圧力と赤い輝きが拡散し、次の瞬間――縦穴壁面に群がる無人機が光に呑み込まれるようにして蒸発する。
続けざまに、肩部ユニットから高追尾コーラルミサイルが放たれた。
奇妙な唸る軌道と、囀るような加速音。
ミサイル本体が一度加速すると、その背後から十数発のコーラル子弾が螺旋状に展開される。
赤い光を撒き散らしながら、子弾群は縦穴内のあらゆる敵性目標に個別認識追尾を開始。空中で軌道を何度も歪めながら、獣のように無人機群へと喰らいついていく。
直後、爆光。
爆発音は“音”ではなかった。“重力”のように全身を押し潰す振動――
主弾の炸裂により、直径十数メートルの空間が赤く染まり、そこにいた敵機は塵すら残さず蒸発する。
炎のような爆光が散った縦穴構造の空間には、一瞬だけ沈黙が訪れた。
無数の無人機を蹴散らし尽くした《HAL 826》は、真紅の残光を引きながら減速し、軌道を緩める。
空間圧の乱れを抜けて、ウォルターの機体がゆっくりと旋回し、再び621の《バルテウス》の側へと戻った。
『……残存機なし。迎撃完了だ』
短く報告すると、ウォルターは621の隣へ並び、その視線を隔壁へと向けた。
バルテウスのパルス刃が刻んだ楕円の縁が、最後の一線を崩壊させるようにして大きく割れた瞬間だった。
粉塵が舞い、金属片が落下する音が反響する中、通信回線に一つ、静かな声が割り込んだ。
『━━ウォルター、その機体は……主機や演算装置、武装にまで……コーラルを用いていますね』
それは、エアだった。
いつもよりわずかに硬い響きを含んだ声色。感情は抑えていたが、その背後には明確な違和感があった。
ウォルターはしばし沈黙し、やがて重く口を開いた。
『ああ、そうだ』
続けて彼は、言葉を選ぶようにして重ねた。
『この機体《HAL 826》は、ルビコン調査技研によって設計されたアイビスシリーズ最後の一機……主推進機関、補助出力、兵装の一部……全て、コーラル由来の技術で成り立っている』
言い終えた瞬間、エアが━━《SOL 644》がわずかに身じろぎを見せた。
小さな反応。しかしその内奥には、理解しがたい嫌悪が含まれていた。
『━━その機体で、かつてコーラルを灼いたのですね』
ウォルターは、即座には答えなかった。
だが次の瞬間、彼は通信回線を個別に切り替え、まるで告白のように言った。
『エア……お前には、詫びなければならない』
沈黙が、再び訪れた。
彼は続ける。
『この兵器は……多くを守るために造られた。いや、そう思っていた。だが、お前のように、“コーラルに心がある”という現実に直面した今、使うこと自体が正しいとは言えない』
彼の声は迷いを孕んでいた。
『……だが、今はこの機体でもなければ、この地獄を突破できない。それが現実だ』
少しの間を置き、ウォルターは穏やかに、だが確かに言い切った。
『必ずこの事態を終わらせる。それが済めば、この機体は……破棄する。コーラルとの共存を掲げる我々にとって、この機体は障害となるだろう』
エアはしばらく沈黙していた。
縦穴の奥から漏れる赤い光、崩れ落ちた隔壁、漂う金属粒子。
それらを静かに見つめるように、SOLがわずかにうつむいた。
『━━分かりました。ですが、私自身コーラルの資源利用を完全に否定しているわけではありません、ルビコニアンにとってコーラルは生存に欠かせない資源です。その辺りも、皆んなで一度話し合いましょう。全てが終わった後で……』
その声は冷たいものではなかった。
怒りでも拒絶でもなく、ただ深く沈んだ――痛みを孕んだ受容だった。
621の機体がわずかに身を振るわせる。
そして次の瞬間、《バルテウス》の推進器が再び光を灯し、先に続く第二層の空間へと滑るように降下を始めた。
《バルテウス》が先導し、ウォルターの《HAL 826》、エアの《SOL 644》、後続の部隊が3機に続く。
深度1──その最下層は、空間全体が光を吸収するような異様な静けさに包まれていた。
だがその沈黙を破ったのは、鋭利な警報だった。
『━━敵性機の突破速度、臨界判定。隔壁防衛、無意味と認定』
音声は人工知能のそれだった。冷たく、合理的で、何の感情も宿していない。
『《ネペンテス》、起動』
直後、縦穴底部から閃光が走った。
大輪の花が咲いたかのように、無数の羽根のような構造体が展開されていく。
《ネペンテス》。
それは砲台というにはあまりに異形だった。
巨大な花弁状の装甲を持つ放射状構造物であり、中央核から四方へ伸びたエネルギーベーンが青白く脈動している。
『ッ!全機散開!』
いち早く危機を察知したグレイ特務上尉が吠える。
次の瞬間、レーザーが縦穴式構造体を貫いた。
爆音ではなかった。光そのものが、空間を灼いたのだ。
《ネペンテス》のビームは一点収束を維持しながら縦穴をなぞるように走り、壁面に掠っただけで分厚い装甲板が溶けて剥離していく。
『回避行動!並のACなら一撃で蒸発するぞ!』
ウォルターの《HAL 826》が即座に反転、逆噴射で加速しながらビームの軌跡をなめるようにかわす。
621も即座に反応していた。
《バルテウス》のスラスターが悲鳴を上げながら最大噴射。縦穴壁面を蹴るようにしてジグザグの軌道を描き、レーザーの収束線を振り切る。
『━━複合エネルギー砲台ネペンテス……気をつけてください。この縦穴式構造体、そのものがあの砲台のキルゾーンとなっています』
エアが声を震わせながらも、冷静に制御を行い、《SOL 644》を鋭く躍らせた。
ビームが掠っただけで、SOLの肩装甲の一部が弾け飛んだ。
防衛AIは即座に第二波、第三波を放つ。
《ネペンテス》の砲門が回転し、順次に目標捕捉と照準収束を行う動作に切り替わる。
その挙動はまるで、咲き誇る花が獲物に触手を伸ばすように滑らかで、そして致命的だった。
『迎撃方式変更完了。高出力レーザーによる戦域封鎖開始』
縦穴構造の内部全域にわたって、斜め・曲線・連続パターンのビームが錯綜する。
『621!隊列を寄せろ!お前のパルスアーマーで全員を覆え!』
ウォルターの声が、雷鳴のように響いた。
《ネペンテス》の砲門が回転し、次なるレーザー収束の兆候が縦穴を満たしていく。
全てを焼き尽くす青白い光が、空間そのものをねじ切るように圧を高めていく。
『了解』と短く応えた621の《バルテウス》が、機体後部のリアクタを解放。
冷却制御を一時解除し、限界出力へと達するパルスエネルギーを瞬時に展開する。
『──パルスアーマー最大展開。臨界モード、起動』
瞬間、眩い光が爆ぜた。
《バルテウス》の周囲に、大出力パルスアーマーが多重展開される。
『各機、621の後方に密集!防御射角を絞る! 避けられん以上、受けきるぞ!』
ウォルターの《HAL 826》、エアの《SOL 644》、そして後続の決死隊機群が《バルテウス》の背後に集束していく。
空間が歪み、ノイズが走る。
そして、照射。
《ネペンテス》の照準が合わされ、収束レーザーが咲き乱れる。
超高密度、超高熱。
一撃でACを蒸発させるその光線が、護るべき全機を包むパルスアーマーへと殺到した。
──爆ぜる光。
──軋む装甲。
──響くアラート。
バルテウスの外郭を包むシールドが、凄まじい衝撃音とともに波打ち、光の洪水に耐えている。
警告音が機体内に響く。
バルテウスの周囲には、まるで熱の幕が形成されたかのように波紋が広がり、光の残滓が弾け飛んでいく。
『いいぞ、621!奴の攻撃も無限に続く訳ではない!』
無限に思える照射がとうとう終了した。
空間から光が引いていく。
微かな静寂。次なる充填までの、ほんの数秒の間隙。
その隙を、ある者は見逃さなかった。
『……限界が近いようですね』
通信に入ったのは、V.IIスネイルだった。今まで沈黙を貫いていた彼の声には、常の嘲りも、気取りもなかった。
そこにあったのは、冷徹なまでの判断。
『このままでは全滅……とは行かないまでも、戦力の大部分を喪失する事となるでしょう。それは承服しかねます』
スネイルの視線は、遥か下層、展開された《ネペンテス》の中心核に注がれていた。
まるで生き物のように蠢く花弁型の装甲。そこから放たれる青白い死の光。
《バルテウス》のパルスアーマーで守り切っているとはいえ、限界は近い。すでに防御層は数層剥離し、次の照射に耐えられる保証はない。
『パルスアーマーで全部隊を覆いながらの降下では、余りに遅い。手札を切りましょう━━フロイト』
その声には、命令と信頼の両方があった。
『了解した、スネイル』
応えるV.Iフロイトの声は、短く、まるで日常会話の様に柔らかい。
言葉と同時に、彼の《ロックスミス》が動いた。
機体背部の推進機関が、青白く輝く。
最大出力ブースト、リミッター解除。
《ロックスミス》が、まさに光となって前方へと突き抜けた。
周囲の仲間たちが声を上げる暇もなく、フロイトは《バルテウス》のパルスアーマーの外縁を突き抜け、レーザー照射範囲へと単騎で飛び込んだ。
再び始まる《ネペンテス》の収束動作。
機関音、エネルギーチャージの脈動、花弁装甲の展開――
それら全てを、彼は見切っていた。
《ロックスミス》の左腕に備えられたレーザーブレードが展開される。
刀身は瞬時に白熱し、光すら飲み込む極光の刃となる。
照射直前。照準が完全収束しきる、そのコンマ数秒。
《ロックスミス》のブーストが悲鳴を上げた。
《ネペンテス》中央部──機関部、露出する演算核とエネルギーベーンの交差点へと、突き刺さるように肉薄する。
機体の咆哮とともに、レーザーブレードが振り下ろされた。
斬撃というには余りに過剰なエネルギーが奔る。
重力の軸が歪む。
光の層がねじれ、空間が悲鳴を上げる。
そして――
《ネペンテス》中央機関部が、一閃にて両断された。
刃が通過した瞬間、核が断裂し、内部圧力が爆発的に放出される。
爆光。重圧。轟音。
そして、咲き誇っていた花弁装甲が、一枚、また一枚と崩れ落ちていく。
『……やった、のか……?』
誰かの声が漏れた直後。
《ネペンテス》の各砲門が、次々とブラックアウトしていった。
エネルギー反応、喪失確認。
AI通信が断絶し、最下層の縦穴構造に、はじめて――“静寂”が訪れた。
爆発の余波のなか、激しく姿勢を崩しながらも、《ロックスミス》は底部に着地し、装甲から蒸気を吐き出す。
《ネペンテス》の崩壊とともに、戦場に訪れた静寂は、まるで神の赦しのようでもあった。
爆光の余韻がまだ残る空間に、最初に機体を動かしたのはV.Iフロイトだった。
《ロックスミス》の機体がゆっくりと立ち上がり、半壊した膝部フレームから煙を上げながらも、堂々たる姿で底部の足場に踏みとどまる。
それを皮切りに、次々と決死隊のACたちが縦穴を滑り降りてくる。
『《ネペンテス》撃破。レーザー出力は驚嘆に値するが、対して面白味のない敵だったな』
『良くやりました、フロイト
決死隊の無線が次々と開き、歓喜にも似た声が空間に満ちていく。
《SOL 644》が優雅に滑空しながら降下してくる。
エアの機体はまるで鳥のように静かに着地し、そのままフロイトの隣へ並んだ。
そして赤い残光を曳きながら、《HAL 826》もゆっくりと姿勢制御を行いながら底部に降り立つ。
ウォルターの声が短く響く。
『全機、降下を急げ。敵反応は沈黙したが、油断するな。ここはまだ地獄の入り口に過ぎん』
その言葉を皮切りに、次々とAC・MTが縦穴から滑り落ちるように降下してくる。
滑空、降下制動、着地動作――それぞれが訓練された動きであり、全員が死線を超えてきた証だった。
だが――
最後に降りてくるはずの《バルテウス》の姿が見えない。
『621……?』
誰かの通信が入る。
次の瞬間だった。
轟音が、空間全体を震わせた。
縦穴の上層――爆光の残る煙の中から、灼け焦げた巨体が、まるで落下する隕石のように姿を現した。
《バルテウス》。
その背部リアクターからは黒煙が立ち上り、制御スラスターは完全に死んでいる。
『……621!?』
ウォルターの怒声が響く。
《バルテウス》は落下していた。
推進制御は完全に失われ、パルスアーマーの展開も確認できない。
あれだけの照射を複数回受け止めた代償――背部リアクターは既に焼き尽くされ、臨界防止装置がかろうじて爆発だけは抑えている状態だった。
加速度が増す。金属が軋む悲鳴を上げる。
底部にいる全機が、咄嗟に退避運動を取る。
そして──
《バルテウス》は、音速に近い速度で底部へと叩きつけられた。
大地が爆ぜる。
粉塵と破片、波打つ衝撃が空間に広がり、巨大な衝撃痕が底部を抉る。
『──621!応答しろ!』
ウォルターが叫ぶが、返答はない。
煙の中、《バルテウス》の機体が半身を地面に埋めるようにして倒れていた。
背部装甲は完全に焼失し、リアクターは機能停止。
パルスアーマー展開用の発振器は、溶解して原型を留めていない。
沈黙。全機が息を呑んでその場に立ち尽くす。
その時――
《バルテウス》の機体から、微かに関節駆動音が漏れた。
左腕が、ゆっくりと持ち上がる。
そして、瓦礫の中からゆっくりと《バルテウス》が立ち上がり始める。
フレームは歪み、関節は半分以上がロック状態。
《バルテウス》は、まだ動ける。
だが、死んでいるも同然だった。