ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第103話 深部

 ──地獄を超えた直後の静寂は、砂塵と金属臭の中にあった。

 

 《ネペンデス》の崩壊と共に戦域は鎮まり、深度1の最下層、縦穴底部は一時的な無の空間と化していた。だが、誰もそれを“安堵”と呼ぶ者はいなかった。

 

 そこは、依然として《ウォッチポイント・アルファ》内。ALLMINDの支配領域の一端にすぎない。

 敵は、まだ下にいる。

 

 簡易作戦拠点が、縦穴底部に急造された。

 

 破壊された装甲を利用して設営された遮蔽物の裏で、決死隊の整備班と随伴ドローンが機体の点検と補給を急ピッチで行っていた。

 

 だが、それは“整備”とは名ばかりの、応急修復に近い。

 

 補給ユニットの熱容量と供給スピードには限界があった。

 また、地上からの支援線は既に遮断されており、資材も弾薬も、ここにあるものでやりくりするしかない。

 

 その中で、最優先されたのはただ一機──

 

 《バルテウス》。

 

 かつて鬼神の如く恐れられていた機体は、あまりに重篤な損傷を負っていた。

 

 整備担当者が顔を歪め、モニタに映るリアクタユニットの温度推移を見つめる。

 

「ダメだな、リアクタは完全に死んでる。背部スラスター、武装制御系統、焼損。交換部品も無し。冷却層も再生不能」

 

 別の補給員が報告する。

 

「対爆遮蔽と制御ケーブルの応急処置は完了。だが推力制御は戻らん。パルスアーマーも、一部しか展開不能だ」

 

 621は応えない。ただ、修復されていく機体を静かに見下ろしていた。

 

 戦闘不能ではない。だが《バルテウス》は──もはや《バルテウス》ではない。

 

 背部にあった主推進機関と帯状の武装ユニットは、焼け落ちていた。

 代替パーツはない。今後、従来のような空中機動、火力支援、防衛展開を行うことは不可能となる。

 

 整備班が一斉に下がると、《バルテウス》の背面に組み込まれていた巨大な推進ユニットが、ゆっくりと、だが確実に分離を開始した。

 

 火花が散り、分離ボルトが破裂音とともに切断される。接続フレームが爆薬式の切り離し装置で強制的に破砕され、長く伸びた冷却管と制御ケーブルが千切れるように断たれた。

 

 直後、重力に引かれて、あの巨躯が地面に沈むように倒れ込む。

 

 《バルテウス》の“背骨”だった推進ユニットと武装ベイが、完全に切り離された。

 

 粉塵が舞い、砂利が跳ね、轟音が一瞬だけ戦場を震わせる。

 

 だがその中心に、なお立つものがあった。

 

 ──《バルテウス》・コアユニット。

 

 人型機体としての中枢構造。頭部、胸部、四肢。戦闘制御系統、近接ユニット、そしてわずかに残ったパルスフィールド発生装置。

 

 全てを焼かれ、重装の外殻を失ってなお、彼女の機体は戦場に立っていた。

 

「……切り離し、完了。推進ユニットおよび副装備群、完全排除」

 

 作業主任が冷静に告げる。

 

「パルスブレード、両腕接続済み。補助冷却システムを新たに前面フレームへ集約。再起動、可能」

 

 両手に備えられたパルスブレード。

 

 かつての砲撃と空中制圧力を捨てたその姿は、あまりに簡素で、だが逆に洗練されていた。

 

 その佇まいには、戦略も防衛もない。

 

 ただ、“突撃”のための構造。

 

 破壊のための、鋭利な意志。

 

 ──そして今、全ての機体が再起動を完了した。

 

 深度1最下層の縦穴底部には、沈黙と共に整列するAC群があった。

 

 煙に燻され、整備不良を抱え、補給もままならぬ決死隊。それでもなお、全機が──“前へ進む”構えを崩していなかった。

 

『各機、準備完了を報告しろ』

 

 ウォルターの声が通信に走る。

 

『━━SOL 644、推進制御正常、先行可能です。621、私の後ろへ』

 

 真っ先に応答したのは、エアだった。

 

 《SOL 644》がゆっくりと歩を進める。

 

 しなやかな脚部構造、推進機は柔らかな放熱光を放ちながら、無音に近いブーストで浮上。

 機体を包む真紅のパルスアーマーが、ほのかに光のシルエットを描いていた。

 

 《SOL 644》が発光するゲートを抜け、深度2へと一歩を踏み出す。

 

 その背に続く形で、武装を失った《バルテウス》が姿勢を低くし、膝を軽く屈して待機する。

 

 両腕に構えたパルスブレードは、未だ動かない。

 

 だが──いつでも跳びかかれるように、その全身が圧縮されていた。

 

 反応姿勢。侵入型強襲機として再構築された《コア・バルテウス》の“待ち”の姿勢。

 

 そこへ、もう一機が寄り添うように滑り込んでくる。

 

『随分貧相な機体になりやがったな、621。カバーに入る。勝手に飛び出して燃え尽きるなよ』

 

 それは、G5イグアスだった。

 

 《ヘッドブリンガー》。

 

 粗暴に振る舞うイグアスとは正反対な、パルスシールドとリニアライフルを装備した手堅い純ベイラム製中量二脚機体。《バルテウス》の左側面にピタリと並び立つ。

 憎まれ口とは裏腹に、パルスシールドは常に621を守る様に展開されていた。

 

『……』

 

 かくして、深度2への侵入は慎重かつ計画的に始まった。

 

 《SOL 644》を先頭に、決死隊は多層構造の内部通路を進軍していく。そこはかつての施設の名残を留めていたが、今や壁も床も天井も、すべてがALLMINDの制御下にある自動工場と化していた。

 

 歩くごとに響く足音は、金属ではなく、機械の脈動に包まれる音と混ざり合っていく。

 

『全ての音が妙に規則的だ。機械の心拍みてぇだな』

 

 イグアスの声が、神経を逆撫でるような沈黙を破る。

 

 そして彼の言葉通り、この深度2は“生きて”いた。

 

 通路の壁面からは、薄く光を放つ無数のケーブルが有機的に脈動し、接続端末が自律的に可動していた。廊下の奥では、ラインアームによって新たな無人兵器の外骨格が組み上げられ、液体金属を纏わせた外殻が硬化する過程までが、まるで呼吸のように連続していた。

 

『製造ライン……常時稼働中。おそらく、我々の侵入に応じて稼働率を上げています』

 

 エアの声が、静かに戦慄を伝える。

 

 深度2は単なる迷宮ではない。ALLMINDそのもの──“兵器生産中枢”だった。

 

『放置しておくと、後々の障害になりかねんな……621』

 

『了解』

 

 ウォルターの懸念に、621が即座に反応した。

 

 621の《バルテウス》が、一歩、床を強く踏みしめた。

 

 刹那、機体が跳ねる。

 

 ──斬撃。

 

 沈黙の工廠空間に、薄緑の閃光が奔った。

 

 未起動の無人機、その仮死状態のフレームへと正確無比に突き刺さるパルスブレード。

 

 瞬時に機体関節部を断ち割り、演算核へ到達する。

 

 破壊ではなく、処理。

 

 冷徹に。効率的に。

 

『無駄な戦闘は避ける。起動前のユニットは破壊。エネルギーを温存しろ』

 

 ウォルターが続くように警告しつつ、自機《HAL 826》のコーラル投射装置を構えると、離れた位置の制御核に向けて牽制射撃を放つ。

 

 熱線が未起動ユニットの中心部を穿ち、内部で溜め込まれていた機動演算体が分解・消滅していく。

 

 まるで静かな解体作業だった。

 

 だが、解体作業を進めていた一行の中で、最初に“違和感”を抱いたのは、グレイ特務上尉だった。

 

 ──おかしい。

 

 深度2に入って以降、無人機は確かに大量に存在していた。だがそのほとんどが未起動、あるいは中途半端な状態で組み立てを止められたものばかりだ。

 

 確かにエネルギー消費と作戦効率の観点から、未起動機体の破壊を優先するのは正しい判断だった。

 

 だが、ここはALLMINDの中枢だ。無人機の主戦力が、これほど無抵抗なまま晒されているなど──有り得ない。

 

『……警戒を厳にしろ』

 

 グレイが機内通信を繋ぎ、短く言った。

 

『不測の事態に備えるんだ』

 

 通信回線に、一瞬の静寂。

 

 その後、イグアスが口を開く。

 

『んだよ、お役人。もっとハッキリ言えよ。何に備えろだって?』

 

『全てだ、違和感がある』

 

 グレイの声に、普段の余裕はなかった。

 

『俺が言えるのはこれだけだ。ここには……“特別なもの”がいたはずだ。いや、いるはずだ』

 

『特別な?』

 

『……特務機体だ』

 

 その言葉に、空気が変わった。

 

『詳細は機密指定、俺にも知らされていない。だが、配置予定区域と出力プロファイルだけは事前に示されていた』

 

 彼の乗る特務機体《カタフラクト》が、無限軌道を軋ませながら陣形の前へと躍り出る。

 

 展開式センサーユニットがゆるやかに解放され、電子探査波を広域に放つ。

 

 その挙動に、エアが即座に反応する。

 

『━━グレイ特務上尉……貴方の懸念は理解出来ますが、我々はアイビスシリーズ二機、特務機体を二機有する人類史上でも類を見ない精鋭部隊です。慎重になり過ぎても、時間を無駄にしてしまうだけでは?』

 

 イグアスの声が、通信回線に割り込んだ。

 

『心配し過ぎだ。なんなら次は、俺が先頭をやろうか?あんたがビビって動けないならよ』

 

 《ヘッドブリンガー》のパルスシールドが瞬間的に膨張し、自己主張するかのように淡い光を放つ。

 

 揶揄と自信。だが、それはほんの数秒後に打ち砕かれる。

 

 ──砲撃音などなかった。

 

 それは“音”と呼べるものではなかった。

 

 脇道の陰、構造体の死角に潜んでいた何かが、起動すら悟らせずに発した“何か”。

 

 それが、《ヘッドブリンガー》を吹き飛ばした。

 

 瞬間、閃光。極限まで圧縮されたプラズマか、あるいは未知の粒子加速砲か。

 機体はパルスシールドを間一髪で構え直し、致命傷は免れた。だが──それだけだった。

 

『ッ──チッ……!!』

 

 爆発的な衝撃に、イグアスの機体が横転する。

 壁面へ叩きつけられ、関節部から火花と煙が迸り、通信回線が一瞬だけ乱れ、彼の呻き声が混線した。

 

『……ちくしょう、どこからだッ!?何が──』

 

 通信を介しても、彼の動揺は隠しようがなかった。

 

 ──そして、すぐ傍にいた《バルテウス》が動いた。

 

 躊躇いなく、滑るように加速。

 

 軽装化された機体構造が無音の弾丸のようにイグアスへと迫る。

 

 《バルテウス》は、左腕のパルスブレードを収めると、“抱きかかえる”ように《ヘッドブリンガー》の上半身を起こし──壁から引き剥がした。

 

 金属音と砂塵の雨が舞い、倒れた機体の下敷きになりかけていたリニアライフルが《バルテウス》の脚部に当たり、弾かれる。

 

『立て』

 

『……ああ。クソ……すまねぇ……』

 

 その一言を絞り出した瞬間、彼の機体に再び警告音が走る。

 

『熱源、接近──!さっき、微かに逆関節と銃口が見えた、デカいぞ……!』

 

 イグアスが叫ぶのと同時、621は即座にセンサーパックを最大出力で展開。熱源スキャンと脈動信号を組み合わせた波形走査が、周囲の構造をなぞるように拡散した。

 

 そして──

 

 巨大なシルエットが一つ、浮かび上がる。

 

 大口径レーザーライフルを砲塔の様に担いだ逆関節機。重機の様な装甲に覆われ、人型とは言い難く、ACよりもMTを連想させる機体構造━━

 

 特務機体《エンフォーサー》

 

 封鎖機構の膨大な兵器データから、該当する特務機体の名が導き出された。

 

『敵影確認。正面突破困難』

 

 621が冷静に言い切る。

 

 《バルテウス》の視線の先、通路の中層部に設けられた足場構造。その死角から現れた《エンフォーサー》は、こちらを射線に収めることなく、既に移動を開始していた。

 

 驚異的な機動力。反撃不可能な間接射線と、構造物を利用した死角移動。

 

 正面から撃ち合えば、こちらが削られるだけだった。

 

『……場所を変えるぞ』

 

 通信にウォルターの声が割って入る。

 

『621、センサーで追え。少し先の広間──複数経路が繋がる広間まで奴を誘導しろ。あそこなら包囲可能だ』

 

『了解』

 

 即応する621。そのまま《バルテウス》が加速し、先行して通路の角へと滑り込んでいく。

 

 即座に追従。ウォルターとグレイの機体も、続く。

 

 ──迎撃戦に切り替える。

 

 通路の壁面に穿たれたスロープを越えた先に、広間がある。

 

 《エンフォーサー》の狙撃精度と移動力は、密閉された通路では脅威でしかない。だが、開けた空間で、数で囲めば有利はこちらにあった。

 

 広間の全域を視野に収めるよう、ウォルターが通信で全機に指示を飛ばす。

 

『エア、上層。イグアスは中段、グレイと私は下段から回り込む。621、お前は中心部に出ろ。あの機体を止めるためには──お前の剣が要る』

 

 深度2、最深部の大広間。

 

 そこに今、戦場が構築されようとしていた。

 

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