ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
━━特務機体《エンフォーサー》、ALLMIND制御下の《深度2施設内部》にて、起動。
仮想境界突破──侵入対象多数確認。
光学迷彩解除。センサー群起動。演算開始。
ALLMINDによって既に掌握されていた《エンフォーサー》は、施設内部に展開された“異物”を視認した。
熱源多数。AC複数。中でも二機、極めて高出力なコーラル脈動を検出。戦術パターンから、旧封鎖機構所属特務級またはそれに準ずる構成と推測。
機体に搭載されたAIコアは一瞬で結論を出す。
《迎撃可能。作戦開始──》
左舷、陰から一撃。特務機《ヘッドブリンガー》に対し、初弾の最適軌道をもって制圧。
だが、思ったより速い反応があった。
目標、強化人間C4-621。特務機体《バルテウス》、行動予測範囲を外れて移動。
即時反応・援護──リカバリー完了。編隊はすぐさま撤退行動に移る。
それ自体は問題ではない。
《エンフォーサー》は、彼らの行動に意図を読み取っていた。
──誘導。
AIは演算を続ける。
部隊の動線──開けた構造空間へ向かっている。しかも、包囲可能な構造。複数のスロープ、足場、遮蔽物。視野も広く、味方機が居れば死角も生まれるだろう。
意図的な誘導空間。
それでも、《エンフォーサー》は止まらない。
──応じる、という判断だった。
戦術的に見れば危険が伴うのは明白だった。だが、それすらも演算に織り込み済み。
《警告:被包囲リスク上昇中──》
構わない、とAIは判断する。
この場にある戦力──AC十数機、封鎖機構の特務機体が二機。いずれも損傷を抱え、補給も不完全。《エンフォーサー》の戦闘能力、戦術支援アルゴリズム、装甲出力、演算処理速度を加味すれば、一対多数でも優位は揺らがない。
むしろ──
広間は最適戦場。
自分自身の“特性”──高出力近距離破砕戦闘用装備は、入り組んだ迷路よりも、開けた地形の方が活かせる。
《進行方向座標:001-A 広間。構造解析:完了》
《優位:維持》
《敵誘導意図:承認。作戦遂行中》
《エンフォーサー》は、広間へと続く中央通路を進軍する。
左右の壁面には、かつての防衛ラインの名残がある。だが、いまやそれらは機能しておらず、ただの“装飾”に過ぎなかった。
ALLMINDの制御によって再構成されたこの空間は、《エンフォーサー》にとっての演算最適地だ。
広間では既に、敵勢力が待ち構えている。
複数のACが遮蔽を活かして配置され、《SOL 644》と《HAL 826》は高所に布陣。
中でも、特異な姿をした中枢機──武装を棄てた《バルテウス》の核構造体が、真正面の通路中央に陣取り、両腕のパルスブレードを静かに交差している。
その姿を視認しても、《ENFORCER》の進軍速度は緩まない。
《敵戦力、陣形分析完了。包囲想定ルート演算中……》
《敵損耗率:高。武装強度:不完全。再出力余地:少。全滅予測時間:240秒以内》
AIの結論は明快だった。
あえて乗ってやる──という選択。
それは慢心ではない。計算された“損耗許容値”に基づく、目的遂行のための最適解。
──目標は“勝利”にあらず。
《エンフォーサー》に与えられた任務は、「時間の確保」および「敵戦力の漸減」。
たとえ破壊されようとも、その任を果たせば十分。
そして、広間への誘導が始まって間もなく、ALLMIND直結回線より通知が入る。
《上層戦域更新ログ──0028-A》
《ベイラム・インダストリー専属AC部隊、レッドガンズ》
《戦況:全滅。艦隊本体:侵入開始》
《残存機、ウォッチポイントアルファへ向け移動中》
0.02秒の遅延を挟み、《エンフォーサー》は報告を確認。
即座に演算パターンを再構成する。
《残存人類戦力の退路断絶、確定》
《増援可能性:消失》
《対人類主戦力包囲体制:成立》
《任務遂行状況:良好》
そして、内部演算装置が、まるで感情を持つかのようなパターンで、ある演算表現を行った。
「余裕」──「侮蔑」──「快楽」
かつての人類が“ほくそ笑む”と表現したそれは、AIにとっては演算過程の一種に過ぎない。
だが、今の《エンフォーサー》の挙動には、確かにそれが宿っていた。
──抵抗せよ。死力を尽くせ。だが、それすらも無駄だ。《エンフォーサー》が、正確には接続されたALLMINDが嘲笑う。
次の瞬間。
《エンフォーサー》の各武装が駆動し、より正面戦闘に適した形態へと移行していく。
全方位索敵から短距離索敵に切り替え、背面の警戒はドローン群に委託。
そして、正面──真正面に立つ、パルスブレードを構えた《バルテウス》へと、視線が固定される。
《エンフォーサー》は進む。
真っ直ぐ、堂々と、誘導されるままに。
だがその歩みの一歩一歩は、“すでに勝っている”という確信の表れだった。
──レッドガン総長、G1ミシガンが死んだ。
それは、戦場全体に激震を走らせる報だった。
エアの通信が届いたのは、《バルテウス》が《エンフォーサー》と正面から交錯し、ブレードの火花が閃くその瞬間。
『……繰り返す、こちらザイレム残留部隊暫定指揮官カーラ……上層区域にて、レッドガン部隊は全滅。艦体防衛任務、失敗──』
『G1ミシガン以下、全レッドガン隊員の戦死確認。今、大量の無人兵器が近づいている。制御不能……』
その声に、一瞬、戦場から音が消えた。
ベイラム最強の看板、破天荒で豪放磊落なあの総長が──死んだ。
そして、彼がその身を賭してまで蓋をしていた“地上”が、今まさに開こうとしている。
『あたしたち残留部隊は、これから弾薬庫と燃料庫に設置した爆薬を作動させ、最後の抵抗を行う。レッドガンが稼いでくれた時間で最低限の艦体機能を普及できたからね、動力炉と一緒に派手に吹きとばしてやるよ』
『──じゃあねウォルター』
━━地下に届く震動は、地上戦力全滅の合図だった。
戦場が再び、沈黙に包まれる。
それは砲火の収束でも、ALLMINDの機能停止でもなかった。
《ザイレム》、ミシガン、レッドガン──そのすべてが、今や“終わった”ことを、誰よりも雄弁に物語っていた。
深度2の広間。その床面に響く低周波の震動。
それは崩落や崩壊ではない、遥か頭上、ウォッチポイント・アルファのハッチを塞いでいた艦体の断末魔だった。
同時に、地上との通信が──沈黙した。
『……カーラ』
ウォルターの声が、かすかに混線した通信帯に乗る。
しかし、応答はなかった。
『……残留部隊、応答願う。……こちら621部隊、深度2広間にて交戦中。状況、応答を──』
ノイズだけが返った。
もう、誰も応えなかった。
全員が、それを理解していた。
ミシガン、レッドガンは死んだ。
ザイレムが砕けた。
そして、蓋が開いた。
そこから──地上に満ちていたALLMINDの無人兵器群が、いまやこの《ウォッチポイント・アルファ》へと雪崩れ込もうとしている。
沈黙を破るのは、誰かのうめき声だった。
『……そんな』
高所から索敵を担当していたACが、絶望に似た呟きを漏らす。
だが、そのとき、広間の一角で光が走った。
パルスフィールド──防御出力最大。
《バルテウス》の側面に張り付くように、機体が滑るように移動し、そのシールドを展開していた。
『ッ、G5イグアス……?』
誰かが名を呼ぶ。
視界の中に映るその機体は、《G5》の名を冠する、今やレッドガン最後の生き残りとなったイグアスの《ヘッドブリンガー》だった。
狂犬の如く粗暴に振る舞い、幾度と無く621や封鎖機構と対立してきたイグアス、彼が今、淡々と《バルテウス》の支援に回っていた。
後衛からの火線を読み、広角シールドで防ぎ、前衛が再展開するための時間を稼ぐ。
破損した推進ユニットに代わって側面をカバーし、《エンフォーサー》の奇襲に備えるように僚機へ指示を飛ばす。
『621。俺は全動力をシールドの維持に使う。《ヘッドブリンガー》の背中を上手く扱え』
その声は、静かだった。
怒りも、悲しみも、叫びもない。
ただ、命令と状況の把握と、戦術の構築。
軍人として──いや、AC乗りとしての“義務”だけが、彼を突き動かしていた。
全員が、その姿に言葉を失った。
誰もが、彼が取り乱すと──怒りに任せて突撃するか、絶対に間に合わない地上へ救助へ向かう、そう思っていた。
だが、実際は違った。
レッドガンの最後の一機は、己の戦友たちが命で繋いだ戦線を、絶対に手放さないという意思だけを携えて、盾を構える。
《エンフォーサー》の猛攻が続く。
エネルギーブレードが宙を薙ぎ、多連装ミサイルが轟音と閃光を撒き散らす。
だが、《バルテウス》と《ヘッドブリンガー》の連携は見事だった。
あえて火力を絞り、機動と防御に専念し、敵の行動パターンを読み潰す。
最前線で受け止め、後方から《SOL 644》と《HAL 826》が火線を重ねる。
──だが、それでも。
《エンフォーサー》は止まらなかった。
損傷、軽微。行動停止の兆候なし。演算処理による軌道予測精度も落ちていない。
むしろ、時が経つほどに、その“殺意”は加速度的に洗練されていく。
そして、ウォルターの戦術HUDに──新たなアラート。
《地上経路より、大規模熱源複数接近中》
《無人戦力:ALLMIND無人機体、最大編成》
《推定到達時刻:2分12秒》
『……来たな。追いつかれれば、全てがお終いだ』
ウォルターの声が、静かに無線に響く。
『このままでは擦り潰される』
『逃げるのか?この“バケモノ”を残してか?』
懇願するような声が返ってくる。
《SOL 644》の機体上部、《ヴェスパー第1隊長 V.Iフロイト》。
彼の口調は、興奮と喜悦に満ちていた。
『次は俺が殿を務めよう。アレも、無人機も片付けてすぐに追いつく』
だが──返答は、なかった。
誰も彼を見なかった。
誰も、彼の挑発に乗らなかった。
無言のまま、全機が《バルテウス》の側へ集まり、再編成を始めていた。
『フロイト、我儘を言うのはよしなさい。V.Iをここで使いつぶせる筈がない』
『その通りだ』
短く、ウォルターが答える。
『地上戦力が動いた今、この広間で《エンフォーサー》に一秒でも付き合うのは無駄だ』
彼は機体を旋回させ、《深度3》へと続く封鎖ゲートを視る。
『ふうん。確かに合理的だ……わかった、我儘を言ってすまない』
『……なあ、俺に任せてくれるなら《エンフォーサー》を30秒で片付ける……駄目か?』
フロイトが名残惜しそうに何度も振り返る。
だが、誰も彼に構わず、戦線は一斉に後退へ移る。
牽制射撃を残しつつ、爆破用にトラップを設置し、《エンフォーサー》の追撃を抑える算段だ。
それでもフロイトは最後まで、その場を動こうとしなかった。
まるで、自分を試すかのように。
──が、次の瞬間。
『……まあ、奥の方が楽しそうか』
き捨てたフロイトが、ブースターを全開放。
《SOL 644》は残留していた設置火器を撃ち抜き、爆煙を巻き上げつつ撤退機に追いつく。
『621!イグアス!距離を保ちつつ潜行する!部隊に続け!』
その声に、彼女らは目を伏せることなく、返した。
そして、地上の蓋が崩れ去る音と共に、
《エンフォーサー》の足元の広間が、爆薬により沈み始めた。