ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第105話 光牢

 《エンフォーサー》の追撃は執拗だった。

 

 広間の爆薬で崩れ落ちた構造材が通路を塞ぎ、急造された罠が誘導レーザーを掻き乱す。それでもなお、背後の《エンフォーサー》は速度を緩めなかった。

 ミサイルの爆風を利用して加速し、崩落の隙間を正確に跳ね越える。

 破壊すら、演算に組み込んだ追撃。

 

 それは、まるで死が背中に息を吹きかけてくるようだった。

 

 ──だが、その死を振り切るように、先行部隊はついに《深度3》へと到達する。

 

 封鎖ゲートを抜けた先は、音すら吸い込まれる空間だった。

 

 闇ではない。

 だが光でもない。

 

 空間を満たすのは、純粋な「深さ」だった。

 

 《深度3》は《深度1》で見られた人工構造──シリンダー式降下坑──とはまったく異質だった。

 

 そこにあるのは、岩を溶かして穿ったかのような巨大な竪穴。

 完全な垂直空間。直径は数百メートル、深さは視認できる限界を超えていた。

 

 壁面には構造物らしき足場や凹凸が点在しているが、その多くはすでに破損し、足場としては頼りにならない。

 

 だが、それだけならまだよい。

 

 全機体のセンサーが警告音を鳴らした。

 

《警告:高出力熱源 照射パターン複数》

《空間制圧レーザー・高周波パルス収束砲──》

《ジェネレーター制御炉、稼働状態》

 

 竪穴の最奥。まるで塔のようにそびえる巨大ジェネレーターが、膨大な熱と光を噴き上げていた。

 

 その装置は、自律的な照射制御を行っていた。

 竪穴を区切るように超高出力レーザーが照射され、竪穴内部をまるで“光の檻”のように封鎖していたのだ。

 

 瞬間でもブーストを誤れば、機体ごと焼き潰される。

 単純な降下は、死を意味する。

 

 部隊は、竪穴の縁に設けられた展望型の待機プラットフォームに一時着地した。

 

 ウォルターが頭上の天井を振り返る。崩落しかけた通路の向こうから、地響きのような踏み込み音が迫っていた。

 《エンフォーサー》も、間もなくここに来る。

 

『《バルテウス》のアーマーが生きてりゃあ話は変わったんだろうがな。これを強行突破は現実的じゃねえ」

 

 ヘッドブリンガーのシールドが変調しはじめる。イグアスの動力炉も限界が近い。

 

『技術班、解析結果は』

 

 エアの回線を通して、沈んだ声の報告が届く。

 

『現在、竪穴全域をカバーする高周波レーザーが照射中。照射間隔、最大でも0.01秒以下。同期可能な下降ウィンドウ、理論上存在しません』

 

 報告を聞いた一同が沈黙した。

 

『加えて、防衛用の高出力レーザーがジェネレーターに備わっています。照射ラインは空間構造と同期しており、仮に回避運動を行っても追尾反応が入る。ジェネレーター側の出力解析から見て、任意の“移動体”を自動で排除する設定と推定』

 

『贅沢な設備だな、封鎖機構は俺らの税金で大げさなもん作りやがって……本体はどうだ、動力をなんとか出来れば──』

 

イグアスが毒を吐くように言った。

 

 だが、さらに厳しい報告が続く。

 

『ジェネレーター本体への攻撃は有効ではないかと……』

 

 HUDにデータが転送されてくる。

 観測データによると、ジェネレーター外装はコーラル含有多層装甲で形成されており、AC搭載兵装による熱量・貫通力では一切損傷を与えられないことが確認された。

 

『パルス・レーザー・実弾あらゆる手段であっても、AC搭載火器では表層を焼くに留まります。機能停止には……』

 

『爆薬は?各機体、持ち出せるだけ持ち出しているはずだ、全部使えば──』

 

『爆薬を全て使えば損傷を与えることは可能であしょう。しかし、あの放熱環境で設置作業に必要な時間を確保するのは困難です』

 

 沈黙。

 

 全員が同時に視線を交わす。

 

 ──正面突破は、不可能。

 

 レーザーは常時照射、ジェネレーターは攻撃不能。

 爆破も不可、工作の時間も取れない。

 

 そのとき、ウォルターの背後の空間が鳴動した。

 

 地を這うようなブースト音。

 背後の天井を喰い破るように、赤い光が広がる。

 

 《エンフォーサー》。

 ついに、《深度3》への到達を果たした。

 

 ジェネレーターの前に立ち尽くすAC部隊。その背後、火山のように赤熱した気配を纏い、《エンフォーサー》が迫っていた。

 

『──皆さん。ジェネレーターの制御系に関する良い報告があります』

 

 緊張感を破るように、エアの通信が再起動した。

 

『──あのジェネレーターの制御コンピューターは、封鎖機構が使っていた旧式のモデル。内部OSはALLMINDによって再構成されているようですが──物理アクセスができれば、強制的に制御を奪える可能性があります』

 

『ハッキングか、君たちの得意分野だな。具体的なプランは』

 

 ウォルターが問う。

 

『──はい。制御中枢への直接接触が出来れば、私が準備した侵入用コードが適応出来ます。ハッキングにはAC用ポート規格に合わせた装置が使用可能です』

 

『つまり、誰かがリアクター内部に向かい手動で介入しなければならないという事か』

 

 ウォルターが吐き捨てるように言った。

 それは、自殺行為に等しい任務だった。

 

 ジェネレーターの最深部。絶え間ない熱量、レーザー照射、そしてALLMIND制御の防衛サブプログラム。

 近づくことすら至難。触れるには、ほぼ“死”を覚悟しなければならない。

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 ──だが、ひとり。

 

 無言で、歩みを進めようとした者がいた。

 

 パルスブレードを両手に備えた、亡霊のような機体──《バルテウス》。

 

 その背中に、誰かの声が響く。

 

『待ちなさい……その任務には私が請け負いましょう』

 

 機械音声のような冷静さを纏った通信。だがそこには、なぜか人間臭い――妙に張り詰めた抑制があった。

 

 プラットフォームに重厚な着地音が響く。

 登場したのは、ヴェスパー第II隊長、V.II スネイル。乗機《オープンフェイス》は、最新の重量級二脚機──濃紫の重装甲を纏い、装備と補助機器を多数搭載していた。

 

『……本気か?』

 

 思わずウォルターが漏らす。

 嘲るようでも、止めるようでもない。だが、その声音には明らかに「困惑」と「訝り」が混ざっていた。

 

 ――あのスネイルが。

 

 数多の裏工作と謀略、戦術的損耗を“戦果”に変えるために味方すら使い捨ててきた男。

 前線に立つより、後方で指揮を執り、手を汚さずに勝利を収める冷徹な策士。

 そんな男が、よりにもよって「自分から死地に行く」と宣言した。

 

『私の機体《オープンフェイス》は、二重電磁冷却機構と制御支援AIを搭載しています。加えて、最新型の高出力ジャミングシールドを有しているため、ジェネレーターへの接近確率は他の機体の約3.7倍──あなた方の貧相なACとは違ってね』

 

 沈黙のなか、エアの回線が同意するように点灯した。

 

 ウォルターは言葉を飲み込む。

 

『罪滅ぼしのつもりか、スネイル』

 

『私は合理主義者です。究極の理を求めるだけ』

 

 スネイルの声が、皮肉混じりに返る。

 

『合理的に見て、これが最善手でしょう。ならば私が行く。……それだけの話です。なにより、悠々と任務を達成し帰還すれば良いだけの話だ』

 

 その言葉には、虚飾も演出もなかった。

 冷たいほどに静かで、それゆえに真実だった。

 

 やがて、全員が納得せざるを得なかった。

 エンフォーサーはすでに到達しつつある。

 もはや「誰が行くか」ではなく、「誰が一番可能性が高いか」が全てだった。

 

『……分かった。頼むぞ』

 

 そう吐き捨てるように言ったウォルターの声音には、どこか感情が混じっていた。

 

 スネイルは応えなかった。ただ、背を向け、ジェネレーターへと機体を駆る。

 

 その背中に、エアがそっとデータ装置を送信する。

 

『──ハッキング用プラグ、転送完了。制御核接続には最低30秒の安定接続が必要です。成功すれば、全照射が一時停止します』

 

『それで十分でしょう……あとは君たちが突破すればいい』

 

 紫紺の重装機体《オープンフェイス》が、竪穴の縁から滑り出す。

 高熱と光の檻へ向けて、無言のまま飛び立つその姿は、まるで沈黙の殉教者のようだった。

 

 その背を、複数のアイコンが追う。

 

『──第II隊長の突入を確認。全データリンクを遮断、敵制御系への干渉を最小限に』

 

 冷静な通信が飛ぶ。

 それは、竪穴の周囲に留まっていたヴェスパー残存部隊のものだった。

 

 次の瞬間、リンクに新たなウィンドウが開く。

 

『……全ヴェスパー部隊に告ぐ。これより、我々は第2隊長の背を守る、各員送信した陣地データを確認し作業にかかれ』

 

 通信の主──V.III オキーフ。

 濃緑の四脚AC《バレンフラワー》が、武装を展開しながら機体を中央へと進める。

 

『残存火力、残存機体。すべてここに集約する。これより、ここは“門”となる。我々がそれを閉じる。エンフォーサーとて、通しはしない』

 

 その言葉を合図に、ヴェスパーACたちが一斉に移動を開始した。

 崩落しかけた通路の手前、強化構造材の影に遮蔽を築きながら――即席の防衛陣地を形成する。

 

 それは、もはや陣地というより「壁」だった。

 身を盾に、スネイルの背中を守るための、最後の壁。

 ヴェスパー第1隊長、本来最上位の指揮権を有するフロイトはしれっと最前線に位置する。

 

 レーザーの照射が途絶える瞬間。

 それが突破の唯一のチャンスである以上、他の者たちは射線ぎりぎりの遮蔽物に身を伏せ、静かに息を潜めた。

 

『柄ではないが……第2隊長は突入、第1隊長はいつもの如く前線ジャンキーだ……』

 

 オキーフの《バレンフラワー》が、肩部のミサイルポッドを展開する。

 

『指揮系統を返上する!以後は命令不要、各自判断で戦え!』

 

『『了解!』』

 

 重装の砲塔が回転を始める。高周波レーザーの照射が空間を切り裂くなか、各機は遮蔽を背に、静かにその瞬間を待った。

 

 彼らは知っていた。

 生還の可能性は限りなく低いことを。

 

 だが、スネイルが突入したあの光の海に、確かに希望が灯ったのもまた事実だった。

 

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