ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第106話 正義

 灼熱の光が、竪穴の空間を上下から包囲していた。

 その光の“隙間”を縫って、紫紺の重装AC《オープンフェイス》は、鈍重なはずの機体をあり得ない精度で滑り込ませる。

 

 火花が装甲を焼き、センサーが次々と警告を上げた。

 

《熱圧限界まで残り2.4秒》

《電磁障害、主制御系統に拡張》

《冷却装置、一次系統ダウン──》

 

 だが、それらを無視するように、スネイルの機体はジェネレーターの外壁に接触する。

 まるで巨大な心臓の鼓動のように、熱と振動が装甲を叩いた。

 

『目標地点へ到達。これより、制御核への接続作業を開始します』

 

 静かすぎる声。だが、僅かにノイズが混じる。

 

 外壁に取り付けられた小型ハードポートに、前肢のハッキングツールを接続する。

 エアが送信したコードは即座に書き換えを開始し、アクセスログを上書きしながら内部ルートへ潜行する。

 

《強制接続開始:リンク確立》

《ファームウェアキー応答なし──内部アクセスを試行》

《警告:機体フレーム温度上昇》

《装甲温度:1430度到達──融解開始》

 

 モニターの一部が焼け落ちた。コックピット内の温度もすでに40度を超えている。

 

『これは……』

 

 制御核への直接アクセスは成功していない。

 

 問題は、ジェネレーター外装に組み込まれた電子装甲の存在だった。

 物理的な接触では解錠できない構造になっている。ハッキングツールは、表層のOSには干渉できても核心部へ直接の導線を通すには不十分だった。

 

『……外殻、ロック制御に移行する。これより、局所的な自己解放を試みる』

 

 つまるところ──この要塞の装甲を、自ら“開けさせる”というハッキングだった。

 

《セキュリティロジック書き換え開始》

《警告:自己防衛反応検知》

《電磁衝撃波が接近中。リアクション不可能》

《システム:ノイズ領域に突入、指令遅延発生中》

 

 高出力の電磁パルスが、機体制御を断続的に蝕む。脚部アクチュエーターが痙攣し、ディスプレイが一瞬だけ消失する。

 

 だが──次の瞬間。

 

 《ガシュン》と音を立てて、ジェネレーターの一部装甲が“開いた”。

 

 スネイルは、一瞬だけ目を伏せる。

 

 スネイルはすぐさま音声コードを発した。

 

『《制御核》露出確認。作業継続──これより内部へ接触を試みる』

 

 スネイルは機体に備わっていたジャミングシールドを切り離す。

 重量軽減と熱耐性をわずかでも高めるためだ。

 

 そして、機体の全推進力を開放する。

 ブースターの片方は既に焼損していたが、残ったユニットで一瞬の加速を作り出す。

 

 紫紺の巨体が、開いた装甲の裂け目へと身体ごと飛び込む。

 

 その瞬間、全周の温度センサーが消失。

 

 ただひとつ、データ接続信号だけが、外の空間へと向けて明滅を繰り返していた。

 

『くっ……』

 

 閃光の嵐が、スネイルの視界を塗り潰す。

 火山のように脈打つ熱流が、機体の装甲を苛み続けていた。

 

《内部侵入を確認》

《環境温度:上昇中──現在1800度》

《機体温度:1500度》

《外装融解:進行率42%》

《光学系:ノイズレベル上昇中》

 

 警告が滝のように流れるなか、《オープンフェイス》はなおも歩を進める。

 制御核への到達には、いくつかの内壁ロックゲートの通過が必要だった。

 

 武装での突破は、誘爆の危険が高すぎる。

 

『主兵装、排除──』

 

 スネイルは冷静に腕部と肩部の武装を解除する。

 爆発の危険を減らし、機体を軽量化するためだ。

 

 内部アクセスラインに再びハッキングツールを接続。

 

《アクセス開始──》

《制御シーケンス改竄中……》

《……成功。ロックゲート、解放》

 

 機体の関節部がきしむ音と共に、熱風が噴き出す。

 

 残るゲートもひとつずつ解除していくが、その過程でスネイルの肉体も蝕まれていく。

 

《コックピット温度:52度》

《生体モニタ:心拍異常、血圧上昇》

《脳機能モニタ:シナプス反応遅延・強制補正中》

 

 スネイルは第10世代の強化人間。

 何度も骨髄液と神経組織を焼かれ、機械によって再構成された“人間の外縁”にある存在。

 だが、そんな彼でさえ、呼吸は荒れ、指先が痙攣し始めていた。

 

 ヘルメットの内側を汗が濡らし、視界が白んでいく。

 

 それでも──止まらない。

 

 サブモニターのひとつに、味方たちのログが表示された。

 

《《V.IIIオキーフ》:ミサイル残弾なし。砲塔、過熱により停止──》

《《ヴェスパ部隊員V-29》:壁面陣地崩壊、タレット破損、後退不能……》

《《ヴェスパー部隊員V-12からV18》エンフォーサーのエネルギーブレードにより機体損壊、パイロット信号喪失……》

《《V,Iフロイト》:前線にて交戦中──》

 

 赤い表示が、仲間たちの「死」を静かに告げていた。

 

 スネイルは、唇の端を引き攣らせるように笑った。

 

『ふ、くく……愚かな、人類存続という、大義の為に死ぬか』

 

 だが、その言葉に続きはなかった。

 

 ――お前もだ、と、誰かに言われたような気がした。

 

 その瞬間、ジェネレーター内壁から、局所的なパルス火線が噴出した。

 

《被弾──左肩装甲融解》

《誘爆警告》

《推奨:廃棄》

 

 反射的に、残されていた肩部装甲を外して内壁に叩きつけ、離脱。

 

 爆発がスネイルの機体の背を舐めるように通過した。

 外装が更に剥がれ、片腕のサーボが停止する。

 

 彼はすでに、武器をすべて投げ捨てていた。

 戦うためのACではなく、ただ“歩くための棺”になり果てていた。

 

 熱の壁を乗り越え、《オープンフェイス》はついにジェネレーター最奥部、制御核の中枢ポートへと到達した。

 その瞬間、スネイルの機体に搭載されたアクセスユニットが、最後の信号を確立する。

 

《制御系統とのリンク確立》

《セキュリティバリア解除中──》

《ハッキングコード適用:35%……》

 

 スネイルはコックピット内で息を荒げながら、熱気で曇るモニターを睨んでいた。

 視界はぼやけ、意識は断続的に霞んでいる。

 

『……あと、少し』

 

 だが──その瞬間。

 

 轟音が、ジェネレーター全体を貫いた。

 視界が、モニターが、そして通信回線が──真紅に染まった。

 

《緊急警報:戦術レベル脅威 複数接近中》

《識別コード:封鎖機構C兵器群──《シースパイダー》《アイスワーム》》

《位置確認:深度3空間内、ヴェスパー部隊と交戦開始》

 

『……何──!?』

 

 咄嗟に切り替えた戦術モニターに、次々と戦死ログが流れ込んでくる。

 

『第2隊長閣下!巨大な……!怪物が!!ああ!──』

 

《V.IIIオキーフ:通信断絶、反応消失》

《V.I フロイト:《エンフォーサー》を撃破、戦闘継続》

《《ヴェスパー部隊員V-22、V-25からV-41》機体損壊、パイロット信号喪失》

 

 目を疑うほどの速さで、部隊の名前が“赤”に染められていく。

 

 地上戦力の殲滅を担っていたC兵器群が、このタイミングで深度3に投入された。

 既に最終防衛ラインは破られ、戦線は崩壊の淵にあった。

 

スネイルは歯を食いしばる。

 制御核のレーザーシステムを止めたとしても、この状況では焼け石に水だ。

 もはや、“足止め”こそが最重要任務となった。

 

『──コード書き換え中止。コマンド変更』

『ジェネレーター制御核を……臨界暴走モードに移行』

 

《確認:自己破壊プロトコル》

《内部リアクターロック解除:進行中》

《システム確認:警告、爆発半径推定1.8km》

《進行中……》

 

 スネイルは冷静に、確実に“自らの死”を起動した。

 

 その直後、ヴェスパー全隊に向けて広域通信が送られる。

 

『……全ヴェスパー部隊、即時後退。繰り返す、即時後退だ』

『敵戦力はもはや対応不能、深度3における制圧行動を中止し、戦力の温存を最優先とする』

『当ジェネレーター制御炉は……私が吹き飛ばします』

 

 通信の中で、彼の声に一点の迷いもなかった。

 

『炉心を誘爆させれば、瓦礫でいくらかは時間稼ぎが出来るでしょう』

 

 彼の目が最後に捉えたのは、戦況モニターの隅に映る《エンフォーサー》と、《アイスワーム》の姿。

 

 鋼の暴力が、仲間たちを文字通り“踏み潰して”いく様を、スネイルは静かに見届けた。

 

 制御核とのデータリンクが確立し、スネイルの手によって自己破壊シーケンスが静かに進行するその時──

 

 ジェネレーター内壁に、奇妙な“人型の影”が三つ、滲むように現れた。

 

《警告:制御炉空間内にC兵器群を検知》

《識別コード:C兵器──識別名《IA-C01:エフェメラ》》

《警告:接近、敵意確認──排除モード移行》

 

 それらは他のC兵器より圧倒的に小型で通常のACと同等程度しかない。だが、その動きは異様なまでに滑らかで、無音だった。

 腕部に展開されたブレードが、仄かに赤い光を放ち、蠢いている。

 

『……っ。番犬か……!』

 

 スネイルの《オープンフェイス》はすでに主武装を放棄し、制御核へのリンク維持を優先していた。

 もはや攻撃する術を持たない棺にすぎない。

 

 一体目の《エフェメラ》が、低姿勢で加速しながら《オープンフェイス》の腹部へコーラルブレードを突き立てる。

 金属が焼け、装甲が剥がれる音がコックピットにまで響いた。

 

《被弾──装甲貫通、冷却ライン断絶》

《機体温度上昇:1800度到達》

《制御シーケンス進行率:72%……》

 

『ぐ……ああああッ!!』

 

 コックピットに振動が突き刺さる。スネイルの意識が白く揺らぐ。

 

 続いて背後から二体目の《エフェメラ》が肩部接合部にコーラル刃を突き刺す。

 推進ユニットが爆ぜ、重心が崩れる。

 

だが、スネイルはまだ《オープンフェイス》を“動かした”。

 

 右腕部のサーボに無理やり通電。制御核とのデータリンクを維持したまま、右手で接近していた《エフェメラ》の頭部を鷲掴みにする。

 

『……離れなさい、この──っ!』

 

 そのまま、掴んだ個体を真横に振り抜き、もう一体へ叩きつける。

 二体のC兵器が凄まじい金属音と共に壁へ跳ね飛ばされ、赤い閃光を放つ。

 

 だが、その隙も長くはなかった。

 

 残された三体目が背後に回り込み、膝関節へ跳び蹴りを浴びせる。

 《オープンフェイス》が膝をつき、さらに続けざまの踏み込みでブレードが装甲を貫く。

 

《警告:コックピット遮蔽損壊》

《パイロット生命維持レベル:限界点突破》

《制御コード送信まで残り:6%》

 

 視界が赤に染まる。

 警告音が消え、外界の音が遠ざかっていく。

 

 だがスネイルは──動かない。

 

 光が、視界を焼いた。

 

 《エフェメラ》のブレードが、《オープンフェイス》の胸部装甲を突き破り、そのまま──

 

 コックピットを貫いた。

 

 密閉隔壁を突き抜け、無数の火花と赤熱する金属片がスネイルの身体を切り裂く。

 胸部から背へと抜ける刃が、血ではなく焦げた肉とワイヤーを引き裂いていく感触を伴って、止まった。

 

《パイロット身体:貫通損傷》

《臓器接触反応:複数──致命的》

《神経回路、非生理的信号確認──補正不能》

《意識維持:強制措置モードに移行》

 

 内蔵された生命維持システムが、脳機能だけを辛うじて保持しようと全力で稼働する。

 それは、人を生かす機能ではなかった。ただ、思考を“死なせない”装置だった。

 

 スネイルの口元が、引き攣ったように笑う。

 

『──やれやれ……』

 

 血の代わりに機械油が喉奥へ流れ込む。だが、指先はまだキーロックに触れていた。

 

 そして──最後のハッキング命令が、制御核へと送信される。

 

《最終認証完了》

《臨界モード、起動》

《暴走開始──熱反応レベル、指数的上昇》

《リアクター温度:急激上昇中……》

《爆発までの予測時間:30秒──》

 

 足元の炉心が、赤から白、そして紫へと変色していく。

 空間そのものが波打ち、機体フレームが熱膨張で軋む音がコックピットを包む。

 

 機体はもはや動けない。

 そして自分自身も、肉体的には終わりに近い。

 

 スネイルは、視界に滲むデータの海を眺めながら、口の中に浮かぶ血と鉄の味を呑み込んだ。

 

『……まったく、私としたことが……』

 

 不快そうに吐き捨てるように笑う。

 

『結局……自己犠牲で任務完了ですか。馬鹿らしい、愚かだ……』

 

 彼は企業の尖兵であり、冷徹無比の戦術家だった。

 人命より資源、効率より従順を尊ぶ──企業戦争の亡霊。

 

 だが、その彼が。いま、こうして。仲間の命をつなぐために炉心を爆破し、己を棄てて死ぬ。

 

『まさか、私が改心したとでも思いましたか?私は、ヴェスパー、私こそが、アーキバス……』

 

 声がかすれ、データノイズが音声に混じる。

 

 それでも──彼は否定できなかった。

 

『……しかし……』

 

 ふっと息を吐く。血と空気が気管から混じって漏れる。

 

『あの駄犬共と生き抜いた日々、人類存続という大義の戦い──』

 

 彼の唇が、わずかに、形をつくる。

 

『存外、悪くありませんでした』

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