ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
灼熱の光が、竪穴の空間を上下から包囲していた。
その光の“隙間”を縫って、紫紺の重装AC《オープンフェイス》は、鈍重なはずの機体をあり得ない精度で滑り込ませる。
火花が装甲を焼き、センサーが次々と警告を上げた。
《熱圧限界まで残り2.4秒》
《電磁障害、主制御系統に拡張》
《冷却装置、一次系統ダウン──》
だが、それらを無視するように、スネイルの機体はジェネレーターの外壁に接触する。
まるで巨大な心臓の鼓動のように、熱と振動が装甲を叩いた。
『目標地点へ到達。これより、制御核への接続作業を開始します』
静かすぎる声。だが、僅かにノイズが混じる。
外壁に取り付けられた小型ハードポートに、前肢のハッキングツールを接続する。
エアが送信したコードは即座に書き換えを開始し、アクセスログを上書きしながら内部ルートへ潜行する。
《強制接続開始:リンク確立》
《ファームウェアキー応答なし──内部アクセスを試行》
《警告:機体フレーム温度上昇》
《装甲温度:1430度到達──融解開始》
モニターの一部が焼け落ちた。コックピット内の温度もすでに40度を超えている。
『これは……』
制御核への直接アクセスは成功していない。
問題は、ジェネレーター外装に組み込まれた電子装甲の存在だった。
物理的な接触では解錠できない構造になっている。ハッキングツールは、表層のOSには干渉できても核心部へ直接の導線を通すには不十分だった。
『……外殻、ロック制御に移行する。これより、局所的な自己解放を試みる』
つまるところ──この要塞の装甲を、自ら“開けさせる”というハッキングだった。
《セキュリティロジック書き換え開始》
《警告:自己防衛反応検知》
《電磁衝撃波が接近中。リアクション不可能》
《システム:ノイズ領域に突入、指令遅延発生中》
高出力の電磁パルスが、機体制御を断続的に蝕む。脚部アクチュエーターが痙攣し、ディスプレイが一瞬だけ消失する。
だが──次の瞬間。
《ガシュン》と音を立てて、ジェネレーターの一部装甲が“開いた”。
スネイルは、一瞬だけ目を伏せる。
スネイルはすぐさま音声コードを発した。
『《制御核》露出確認。作業継続──これより内部へ接触を試みる』
スネイルは機体に備わっていたジャミングシールドを切り離す。
重量軽減と熱耐性をわずかでも高めるためだ。
そして、機体の全推進力を開放する。
ブースターの片方は既に焼損していたが、残ったユニットで一瞬の加速を作り出す。
紫紺の巨体が、開いた装甲の裂け目へと身体ごと飛び込む。
その瞬間、全周の温度センサーが消失。
ただひとつ、データ接続信号だけが、外の空間へと向けて明滅を繰り返していた。
『くっ……』
閃光の嵐が、スネイルの視界を塗り潰す。
火山のように脈打つ熱流が、機体の装甲を苛み続けていた。
《内部侵入を確認》
《環境温度:上昇中──現在1800度》
《機体温度:1500度》
《外装融解:進行率42%》
《光学系:ノイズレベル上昇中》
警告が滝のように流れるなか、《オープンフェイス》はなおも歩を進める。
制御核への到達には、いくつかの内壁ロックゲートの通過が必要だった。
武装での突破は、誘爆の危険が高すぎる。
『主兵装、排除──』
スネイルは冷静に腕部と肩部の武装を解除する。
爆発の危険を減らし、機体を軽量化するためだ。
内部アクセスラインに再びハッキングツールを接続。
《アクセス開始──》
《制御シーケンス改竄中……》
《……成功。ロックゲート、解放》
機体の関節部がきしむ音と共に、熱風が噴き出す。
残るゲートもひとつずつ解除していくが、その過程でスネイルの肉体も蝕まれていく。
《コックピット温度:52度》
《生体モニタ:心拍異常、血圧上昇》
《脳機能モニタ:シナプス反応遅延・強制補正中》
スネイルは第10世代の強化人間。
何度も骨髄液と神経組織を焼かれ、機械によって再構成された“人間の外縁”にある存在。
だが、そんな彼でさえ、呼吸は荒れ、指先が痙攣し始めていた。
ヘルメットの内側を汗が濡らし、視界が白んでいく。
それでも──止まらない。
サブモニターのひとつに、味方たちのログが表示された。
《《V.IIIオキーフ》:ミサイル残弾なし。砲塔、過熱により停止──》
《《ヴェスパ部隊員V-29》:壁面陣地崩壊、タレット破損、後退不能……》
《《ヴェスパー部隊員V-12からV18》エンフォーサーのエネルギーブレードにより機体損壊、パイロット信号喪失……》
《《V,Iフロイト》:前線にて交戦中──》
赤い表示が、仲間たちの「死」を静かに告げていた。
スネイルは、唇の端を引き攣らせるように笑った。
『ふ、くく……愚かな、人類存続という、大義の為に死ぬか』
だが、その言葉に続きはなかった。
――お前もだ、と、誰かに言われたような気がした。
その瞬間、ジェネレーター内壁から、局所的なパルス火線が噴出した。
《被弾──左肩装甲融解》
《誘爆警告》
《推奨:廃棄》
反射的に、残されていた肩部装甲を外して内壁に叩きつけ、離脱。
爆発がスネイルの機体の背を舐めるように通過した。
外装が更に剥がれ、片腕のサーボが停止する。
彼はすでに、武器をすべて投げ捨てていた。
戦うためのACではなく、ただ“歩くための棺”になり果てていた。
熱の壁を乗り越え、《オープンフェイス》はついにジェネレーター最奥部、制御核の中枢ポートへと到達した。
その瞬間、スネイルの機体に搭載されたアクセスユニットが、最後の信号を確立する。
《制御系統とのリンク確立》
《セキュリティバリア解除中──》
《ハッキングコード適用:35%……》
スネイルはコックピット内で息を荒げながら、熱気で曇るモニターを睨んでいた。
視界はぼやけ、意識は断続的に霞んでいる。
『……あと、少し』
だが──その瞬間。
轟音が、ジェネレーター全体を貫いた。
視界が、モニターが、そして通信回線が──真紅に染まった。
《緊急警報:戦術レベル脅威 複数接近中》
《識別コード:封鎖機構C兵器群──《シースパイダー》《アイスワーム》》
《位置確認:深度3空間内、ヴェスパー部隊と交戦開始》
『……何──!?』
咄嗟に切り替えた戦術モニターに、次々と戦死ログが流れ込んでくる。
『第2隊長閣下!巨大な……!怪物が!!ああ!──』
《V.IIIオキーフ:通信断絶、反応消失》
《V.I フロイト:《エンフォーサー》を撃破、戦闘継続》
《《ヴェスパー部隊員V-22、V-25からV-41》機体損壊、パイロット信号喪失》
目を疑うほどの速さで、部隊の名前が“赤”に染められていく。
地上戦力の殲滅を担っていたC兵器群が、このタイミングで深度3に投入された。
既に最終防衛ラインは破られ、戦線は崩壊の淵にあった。
スネイルは歯を食いしばる。
制御核のレーザーシステムを止めたとしても、この状況では焼け石に水だ。
もはや、“足止め”こそが最重要任務となった。
『──コード書き換え中止。コマンド変更』
『ジェネレーター制御核を……臨界暴走モードに移行』
《確認:自己破壊プロトコル》
《内部リアクターロック解除:進行中》
《システム確認:警告、爆発半径推定1.8km》
《進行中……》
スネイルは冷静に、確実に“自らの死”を起動した。
その直後、ヴェスパー全隊に向けて広域通信が送られる。
『……全ヴェスパー部隊、即時後退。繰り返す、即時後退だ』
『敵戦力はもはや対応不能、深度3における制圧行動を中止し、戦力の温存を最優先とする』
『当ジェネレーター制御炉は……私が吹き飛ばします』
通信の中で、彼の声に一点の迷いもなかった。
『炉心を誘爆させれば、瓦礫でいくらかは時間稼ぎが出来るでしょう』
彼の目が最後に捉えたのは、戦況モニターの隅に映る《エンフォーサー》と、《アイスワーム》の姿。
鋼の暴力が、仲間たちを文字通り“踏み潰して”いく様を、スネイルは静かに見届けた。
制御核とのデータリンクが確立し、スネイルの手によって自己破壊シーケンスが静かに進行するその時──
ジェネレーター内壁に、奇妙な“人型の影”が三つ、滲むように現れた。
《警告:制御炉空間内にC兵器群を検知》
《識別コード:C兵器──識別名《IA-C01:エフェメラ》》
《警告:接近、敵意確認──排除モード移行》
それらは他のC兵器より圧倒的に小型で通常のACと同等程度しかない。だが、その動きは異様なまでに滑らかで、無音だった。
腕部に展開されたブレードが、仄かに赤い光を放ち、蠢いている。
『……っ。番犬か……!』
スネイルの《オープンフェイス》はすでに主武装を放棄し、制御核へのリンク維持を優先していた。
もはや攻撃する術を持たない棺にすぎない。
一体目の《エフェメラ》が、低姿勢で加速しながら《オープンフェイス》の腹部へコーラルブレードを突き立てる。
金属が焼け、装甲が剥がれる音がコックピットにまで響いた。
《被弾──装甲貫通、冷却ライン断絶》
《機体温度上昇:1800度到達》
《制御シーケンス進行率:72%……》
『ぐ……ああああッ!!』
コックピットに振動が突き刺さる。スネイルの意識が白く揺らぐ。
続いて背後から二体目の《エフェメラ》が肩部接合部にコーラル刃を突き刺す。
推進ユニットが爆ぜ、重心が崩れる。
だが、スネイルはまだ《オープンフェイス》を“動かした”。
右腕部のサーボに無理やり通電。制御核とのデータリンクを維持したまま、右手で接近していた《エフェメラ》の頭部を鷲掴みにする。
『……離れなさい、この──っ!』
そのまま、掴んだ個体を真横に振り抜き、もう一体へ叩きつける。
二体のC兵器が凄まじい金属音と共に壁へ跳ね飛ばされ、赤い閃光を放つ。
だが、その隙も長くはなかった。
残された三体目が背後に回り込み、膝関節へ跳び蹴りを浴びせる。
《オープンフェイス》が膝をつき、さらに続けざまの踏み込みでブレードが装甲を貫く。
《警告:コックピット遮蔽損壊》
《パイロット生命維持レベル:限界点突破》
《制御コード送信まで残り:6%》
視界が赤に染まる。
警告音が消え、外界の音が遠ざかっていく。
だがスネイルは──動かない。
光が、視界を焼いた。
《エフェメラ》のブレードが、《オープンフェイス》の胸部装甲を突き破り、そのまま──
コックピットを貫いた。
密閉隔壁を突き抜け、無数の火花と赤熱する金属片がスネイルの身体を切り裂く。
胸部から背へと抜ける刃が、血ではなく焦げた肉とワイヤーを引き裂いていく感触を伴って、止まった。
《パイロット身体:貫通損傷》
《臓器接触反応:複数──致命的》
《神経回路、非生理的信号確認──補正不能》
《意識維持:強制措置モードに移行》
内蔵された生命維持システムが、脳機能だけを辛うじて保持しようと全力で稼働する。
それは、人を生かす機能ではなかった。ただ、思考を“死なせない”装置だった。
スネイルの口元が、引き攣ったように笑う。
『──やれやれ……』
血の代わりに機械油が喉奥へ流れ込む。だが、指先はまだキーロックに触れていた。
そして──最後のハッキング命令が、制御核へと送信される。
《最終認証完了》
《臨界モード、起動》
《暴走開始──熱反応レベル、指数的上昇》
《リアクター温度:急激上昇中……》
《爆発までの予測時間:30秒──》
足元の炉心が、赤から白、そして紫へと変色していく。
空間そのものが波打ち、機体フレームが熱膨張で軋む音がコックピットを包む。
機体はもはや動けない。
そして自分自身も、肉体的には終わりに近い。
スネイルは、視界に滲むデータの海を眺めながら、口の中に浮かぶ血と鉄の味を呑み込んだ。
『……まったく、私としたことが……』
不快そうに吐き捨てるように笑う。
『結局……自己犠牲で任務完了ですか。馬鹿らしい、愚かだ……』
彼は企業の尖兵であり、冷徹無比の戦術家だった。
人命より資源、効率より従順を尊ぶ──企業戦争の亡霊。
だが、その彼が。いま、こうして。仲間の命をつなぐために炉心を爆破し、己を棄てて死ぬ。
『まさか、私が改心したとでも思いましたか?私は、ヴェスパー、私こそが、アーキバス……』
声がかすれ、データノイズが音声に混じる。
それでも──彼は否定できなかった。
『……しかし……』
ふっと息を吐く。血と空気が気管から混じって漏れる。
『あの駄犬共と生き抜いた日々、人類存続という大義の戦い──』
彼の唇が、わずかに、形をつくる。
『存外、悪くありませんでした』