ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第107話 追撃

 ──爆裂。

 

 深度3の中心、巨大なジェネレーターが白紫に閃光を放ち、ついに限界を迎えた。

 

 まず轟音が空間を裂き、続いて熱風が周囲の空間を圧縮する。

 超臨界反応は、光でも音でもなく、重力そのものの歪みとして戦場を襲った。

 

 垂直に続く巨大な竪穴の壁が、音もなく裂ける。

 崩壊は連鎖し、構造支柱・崖面・プラットフォームすべてが、下へ下へと吸い込まれるように崩落していく。

 

 制御中枢を護っていた広域レーザー封鎖網も、発生源を失ったことで一斉に沈黙。

 奔流のような閃光が消え去り、人工太陽にも似た赤光が“断たれた”。

 

 ──それが、進軍の合図だった。

 

 残されていた者たちが、崩壊を逃れるように次々と更なる深度へと飛び込んでいく。

 

 重力制御装置を失った空間は、今や制御不能な落下流と化し、全てを押し流していった。

 

 焼け爛れた空洞に、赤く閃く残滓の光と、崩れ落ちる構造体の断末魔が鳴り響く。

 

 その中心に立つフロイトは、動かなかった。

 

 破壊され地に伏す《エンフォーサー》の残骸。その腹部装甲の裂け目に、一本の光を宿したままの剣が突き立っている。

 

 ──スネイルが死んだ。

 

 彼が搭乗していた《オープンフェイス》が炉心の暴走によって喪失した事を、戦況ログが無慈悲に示す。

 爆炎に包まれる寸前の通信。その声、その決断。

 最期まで、冷徹で、合理的だった。

 

『そうか、スネイルも死んだのか』

 

 フロイトはひとりごちるように呟いた。

 後悔は、していない。

 指揮権を譲ったのはフロイトだ。主席でありながら、前線に出て“遊び”続けたのもフロイト自身。

 だから彼にすべてを押し付け、背負わせた。

 

 その事実に、悔いなどない。

 

『いよいよ、最期に死ぬのは俺になってしまいそうだな』

 

 フロイトはレーザーブレードの柄を軽く握りしめた。

 スネイルと交わした無数のやり取りが、脳裏を掠める。

 任務中の冷徹な命令、廊下ですれ違うときの皮肉、議事堂での咬み合わない口論……どれもが今は、懐かしかった。

 

 爆風が再び吹き上がる。ジェネレーターの崩壊はなおも進み、竪穴全体が沈降を始めていた。

 

 そんな中──通信が入る。

 

『第1隊長殿、ここに留まるのは危険です。すぐに移動を』

 

 声の主は、V.Vメーテルリンク。

 

 ヴェスパーの隊長格が軒並み戦死した現在、今や残存ヴェスパー部隊の指揮官である彼女の声は微かに震えていた。

 

『そうだな。君は良かったのか? スネイルを敬愛していると思っていた』

 

 その言葉に、メーテルリンクは答えなかった。

 答える必要がなかった。感情はとっくにその奥底で爆ぜ、涙になる前に焼き尽くされていた。

 

『あの方は……最後の最後まで、ヴェスパーのために生きたのです』

 

 メーテルリンクがコックピットの中で、ぽつりと呟く。

 

 涙は出ない。出てはいけない。

 いまこの瞬間、彼の遺志を繋ぎ、残された部隊を生かして次へと導くのが、彼女の使命だ。

 

『全機、進行を続けてください。構造体外縁を経由し、接続プラットフォームへ移行。その先が、更なる地下への入口です』

 

 メーテルリンクの声が、再び冷静さを取り戻して響いた。

 部隊のログが点灯し、離脱軌道を形成していく。

 

 落下。

 重力制御を失った深度3の残骸を抜け、残存部隊はさらに“下”へと降りていった。

 

 そこに広がっていたのは──もはや「構造体」とすら呼べぬ、原初の闇。

 

 未踏領域。

 

 封鎖機構の報告書では、その名の通り「地質学的に不安定な未調査区画」と記されていたが──

 実際の様相は、全く異なる。

 

 それは洞窟だった。

 だが、地表に見られる石灰岩の鍾乳洞などとは比べ物にならない。

 数百メートル級の壁面が、黒鉄のような鉱物質でうねり、どこまでも続く。

 

 その空間のなかを、蠢く“何か”があった。

 

 ミールワーム。

 

 だが、それはルビコニアン達の食文化に度々登場する生物とはかけ離れていた。

 全長15メートルを超え、外殻はAC機体の近接斬撃にも耐える硬質ケラチンで覆われている。

 頭部には鉤爪状の摂食器官を備え、尾部には振動針と見られる伸縮器が揺れていた。

 

 明らかに、異常な進化を遂げている。

 コーラルによるものなのか、かつてのルビコン調査技研が行った実験によるものなのかは定かではない。

 

 その巨体が、一行の降下音を聞きつけ、音もなく──滑るように接近してきた。

 

 全ユニットが臨戦態勢に移行。

 光学照準がミールワームの甲殻に収束し、誘導ミサイルのロックサインが点灯する。

 

 その瞬間──

 

 エアが、一歩前に出た。

 

《ミールワーム》が動きを止める。

 

 摂食器官を露出させたまま、複眼のような器官をゆっくりと揺らし、

 そのまま、まるで何かを“見極める”ように、じっとエアを見つめる。

 

 エアは、言葉を発さなかった。

 ただ、自らの機体を低姿勢に構え、敵意がないことを示す。

 

 ──数秒の沈黙。

 やがてミールワームは、咽頭器官を震わせ、啼くような音を立てると、進行方向を変え、壁面へと這い出していった。

 

 それに呼応するように、周囲に潜んでいた数体のミールワームも姿を現し、いずれもエアの方を一瞥したのち、進路を変える。

 

『……なんだ、今のは……』

 

 ウォルターが呻くように言った。

 AC級の巨体を持つ生物が、戦わずに退いた──それも、一人の“気配”だけで。

 

 異形のミールワームが退いたあと、しばしの静寂が続いた。

 

 まるで先ほどの出来事が幻だったかのように、洞窟内にはただ、湿った鉱石のきしむ音と、壁面の脈動音だけが残っている。

 

『……あれは……襲う気だったはずだ』

 

 誰ともなく呟いた言葉に、エアが応えた。

 

『──たぶん……私が、"似ていた"のです』

 

『似ていた? あの虫どもにか?』と、617が鋭く返す。

 

『──いいえ。おそらく、この空間全体に、です……その発言は失礼ですはありませんか?』

 

 エアの声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。

 

『私は“コーラルそのもの”です。意識も、構造も。そして、私が搭乗するこの機体もまた、コーラル由来の特殊構造材と同調システムで構成されています』

 

 通信が一瞬、ざらつく。洞窟の脈動が、エアの言葉に共鳴しているように思える。

 

『この未踏領域に存在する構成体──壁、地面、ミールワーム……すべて、何らかのかたちでコーラルと融合しています。ミールワームたちは“敵”を判別するのではなく、同族か否かで“見て”いるのではないでしょうか』

 

 沈黙が落ちる。

 そして誰も否定はしなかった。事実、彼らは襲われていないのだから。

 

『だから、あの虫どもはお前を……“同類”と見なしたのか』

 

 ウォルターが低く呟いた。

 

『──その認識でかまいません……』

 

 エアは、肯定も否定もしなかった。ただ、進行方向へと再び機体を向ける。

 

 一行は警戒を維持しつつも、ミールワームのいる空間を慎重に通過していく。

 

 だがそのなかで、一機だけ──進行を止めていた。

 

 シュナイダー仮面。

 

 彼は、洞窟の一角でじっと座り込むように“丸まったミールワーム”を見つめていた。

 

 その個体は他と異なり、攻撃的な兆候もなく、まるで自分の体温で壁を温めるように縮こまっている。

 

 外殻には苔状の結晶が付着し、数本の足はすでに動かなくなっていた。

 それでも、その複眼はわずかに光り、シュナイダー仮面の機体を映し出していた。

 

『……』

 

 鉄紺色の機体の奥で、なにかを思案するような沈黙。

 

 だが──そこへ、すっと影が並び立つ。

 

 621の乗る《バルテウス》だった。

 

『食用ではない』

 

 621の静かな声が、緊張感漂う無線に乗って届いた。

 

 その言葉に、シュナイダー仮面の機体がわずかにピクリと揺れる。

 

『……分かっている。先に進もう』

 

 諦めの言葉と共に、仮面の機体がしぶしぶとその場を離れた。

 頭部カメラは最後までミールワームの丸まった背中を名残惜しげに追っていたが──

 やがて一つため息をつくように、部隊へと合流していく。

 

 そして一行は、再び薄暗く脈動する洞窟のなかを進み始めた。

 

 足取りは慎重だった。

 

 かすかな振動、湿気を帯びた空気、そして壁面に広がる脈動する結晶の走り。

 それら全てが、「何かがおかしい」という予感を裏付けていた。

 

 誰も口に出さないが──

 この空間の“下”に、確実に何かがいる。

 

 そんななか、唐突に、頭上から──

 

 ごうん……ごおぉぉん……

 

 重低音が響く。

 

 空気が震える。足下の地面が、微かに軋んだ。

 

 全機、即座に動作を停止する。

 

『……全機、今の音は聞こえたな』

 

 ウォルターが低く問いかける。

 

『上の層からなのは間違いありません。崩壊の余波でしょうか』

 

 メーテルリンクが答えようとしたそのとき、再び。

 

 ごおぉぉん……ぐおおおおおん……

 

 今度は、はっきりと分かる。

 音だけではない。洞窟全体が、まるで“咆哮”しているかのようだった。

 

 遥か上層。

 

 かつて自分たちが降下してきた、巨大な竪穴の“天井”。

 

 そこが、蠢いている。

 

 ──地響き。

 

 それは、ただの崩落音ではなかった。

 

『──……何かが、這っている音です』

 

 エアの声が、抑制された緊張を含んで全隊へと送信された。

 

『這っている? まさか、さっきのミールワームどもが──』

 

『──いいえ。あれとは異なる音です。もっと深く、硬く、速い……まるで“掘削機”のような──』

 

『掘削……? そうか、マズイ!』

 

 岩盤が歪み、ねじれ、熱と圧力で“掘削されている”。

 

 未踏領域に広がる原初の洞窟。その天井に亀裂が走り、黒鉄の岩盤を砕きながら、“何か”が無理矢理降りてこようとしていた。

 

『退避だ! このままでは押し潰される!』

 

 ウォルターが叫び、各機が警戒態勢から一転、全力の機動で洞窟を滑り降りるように走り出す。

 

 だが、間に合わなかった。

 

 ──激震。

 

 洞窟の天井が、炸裂する。

 

 崩れ落ちる瓦礫。熱を帯びた赤黒い岩塊が、落雷のような音と共に全方位へ飛び散った。

 

 そしてそこから、螺旋を描く巨大なドリルが姿を現した。

 

 頭部掘削機──直径数十メートル、多重構造の回転ドリル。

 

 コーラルの脈動を纏いながら、未踏領域の天井を破り、《アイスワーム》が再び現界した。

 

『なっ……!? 生きていたのか、あの化け物が……!』

 

 メーテルリンクの声が震える。

 

 その巨体は、ジェネレーターの爆裂にも、深度崩落にも破壊されなかった。

 いや──《アイスワーム》は、自ら瓦礫の中に潜み、敵の背後に回り込む“機を待っていた”のだ。

 

『砲撃、用意──いや、逃げろッ!!』

 

 後方の洞窟通路へ向け、残存部隊が一斉に駆け出す。

 

 だがその背後で、《アイスワーム》が動いた。

 

 ──掘削。

 

 頭部ドリルが猛回転を始める。

 

 瓦礫。障壁。足止め用に崩した岩盤──すべてが無意味だった。

 コーラルを動力とした多重掘削ドリルが、それらを“削り取っていく”。

 

 まるで、地殻そのものがワームに喰われていくかのようだった。

 

『駄目だ……この速度……この突進力……“深度”が意味をなさない……!』

 

 誰かが絶望的に叫ぶ。

 

《アイスワーム》は前進を止めない。

 その全長、数百メートル。掘削ドリルの回転数は上昇し続け、コーラルの振動を帯びた音波が、空間そのものを震わせる。

 

 追撃ではない。

 

 それは「圧殺」だった。

 

 正面から立ち向かえば、一撃でミンチにされる。

 砲撃による減速も見込めない。それほどまでに、“物理法則を無視した質量と推進力”があった。

 

『こいつ……ただの兵器じゃない……こんな、怪物を作りやがって、技研の変態共……!』

 

 洞窟全体が咆哮した。

 

《アイスワーム》は突進を止めない。

 

 多重構造のドリルが轟音と共に前転し、通路を削り、空間を捻じ曲げながら迫ってくる。

 

 後退では間に合わない。

 削岩機の如き突進に対しては、すべての障害物が無力だ。

 

『……駄目だ、このままじゃ全滅する……!』

 

 誰かの絶叫。

 

 その声を断ち切るように、通信チャンネルにウォルターの低く重い声が響いた。

 

『全機、停止──戦線を張り直せ』

 

 言葉の意味が理解できず、部隊が一瞬動きを止める。

 

『おい、ウォルター!? お前、何を──』

 

『逃げても無駄だ。あの進行速度と推進力、地形の遮断じゃ止まらん。今後誰かが決死の足止めを行ったとしても、奴がいる限り効力は薄い』

 

《アイスワーム》は突進を止めない。

 

 多重構造のドリルが岩盤を抉り、洞窟の壁面を捻じ曲げるように進行してくる。

 

 その巨体に対し、もはや常識的な火力や足止めは無意味だった。

 

 そんな中──グレイ特務上尉の通信が戦線全体に割り込む。

 

『本機は、《アイスワーム》のデータベース参照を開始する。通信帯域を占有する』

 

 機械音声のような無機質な声。それでも、その内容には明確な戦術意図が滲んでいた。

 

 即座に各機に共有される、アイスワームの構造データ。

 

 その防御機構は、「多重コーラル防壁」と呼ばれる二層構造だった。

 

『《アイスワーム》の防御機構はコーラルによって形成される、通常の火器では干渉を行うことが出来ない』

 

『強力な電磁兵器、あるいはコーラルを用いた兵器によりこれを中和する。試算ではエアとウォルターの機体、SOL644とHAL826それぞれの主兵装最大チャージ射撃により突破可能だろう』

 

『──だが、続く第2層を突破する手段がない。コーラル兵器の再チャージが終わる頃には、第1層が再展開されてしまうだろう』

 

 戦場に重苦しい沈黙が漂った。

 

 “破れはするが、貫けない”。

 

 戦艦主砲等の強力なレールキャノンでもあれば容易に突破出来たかもしれないが、地下深くではそんな都合の良い支援も期待できない。

 

『……なら、俺がやる』

 

 唐突に、通信に割り込んだのは──ハウンズ部隊の長兄、617。

 

『強力な電磁兵器なら俺の機体、《LOADER1》のアサルトアーマーが該当する。臨界稼働させれば、出力は申し分ない』

 

 全員が息を呑む。

 

 617のACには、旧式ながら強力なアサルトアーマーが搭載されていた。

 本来なら過負荷を防ぐためリミッターで制御されているが、彼はそれを“解除する”という。

 

『そんなことをすれば……機体どころか、パイロットが持たない……!』

 

 ウォルターの反論。

 

 だが、617は構わず言葉を続けた。

 

『近接、接触、パルス最大暴走──その瞬間、奴の第2層は“一瞬だけ”断裂するはずだ。……そこを、後続に撃ち抜いてもらう』

 

『617……本気なんだな』

 

 ウォルターが問い返す。

 

『そうだ、ハンドラー・ウォルター。止めてくれるなよ』

 

 617は迷いなく言い切った。

 彼の弟達、618から620は無言を貫く。

 

 末妹、621は言いようのない不安と恐怖を覚えていた。生まれて初めの、肉親を失う感覚。

 

 ──誰かが、やらなければならない。

 

 そしてそれが“できる”のは、誰なのか。誰が、“やるべき”なのか。

 

 答えは、すでに示されていた。

 

『……強化人間C4ー617、特務部隊ハウンズの指揮官として命令する。ここで、俺たちの為に死ね』

 

 長い逡巡の後、絞り出したような声でハンドラー・ウォルターの命令が発せられた。

 

『了解した。感謝する、ハンドラー』

 

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