ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──沈黙。
咆哮と轟音に満ちていた洞窟が、一瞬、息を潜めた。
『──SOL644、コーラル照射装置、チャージ開始』
エアの機体が膝を折るように停止し、コンデンサユニットが赤く閃く。
『HAL826、同調──チャージ開始』
ウォルターもまた、自機を構えた。主砲“IB-C03W1:WLT011”──コーラル照射装置が昏く震え、空間を吸い込むような静電場を形成していく。
二機は並び立つ。
無数の光線が交差する戦場に、重厚な意志が打ち込まれた。
『エア、タイミングを完全に同期させる必要がある。トリガータイミングは俺が』
『──わかりました。しかし、本当に……いえ、なんでもありません』
ウォルターが言い、エアが頷いた。
だが、チャージには時間が必要だった。
──少なくとも、数十秒。
『全機、持てる限りの火力で奴を引き付ける! 時間を稼ぐ!』
メーテルリンクの号令とともに、ヴェスパー残存部隊が動く。
『ハウンズ、配置に移る! 618、起爆準備。619、遮蔽の壁面を崩す。620、迎撃のサブユニットを展開! 621、正面で奴を引きつけろ、決して被弾するな! 』
617の指示のもと、ハウンズもまた即応体制に入った。
EMP弾、指向性爆雷。
ありとあらゆる妨害手段が《アイスワーム》の進行軌道にばらまかれる。
──それでも、止まらない。
アイスワームは脈動するコーラルの波動を纏いながら、振動ドリルで前方を削り続けていた。
その巨体には、通常の兵装も構造物崩落も、ほんの一瞬の減速しか与えられない。
──コーラルの光が、空間を満たしていた。
『SOL644、照射システム臨界チャージ中──推定残り21秒』
『HAL826、主砲チャージ進行率48%。トリガー準備──』
二機のアイビスシリーズが並び立ち、全エネルギーを一斉に照射器へと注ぎ込んでいた。
機体周囲には、赤紫色の稲光が網目のように走る。足下の鉱床すら、コーラルの共鳴で脈動していた。
だが、時間が必要だった。
防壁の第一層を破壊するには、両機のフルチャージを完全に同期させる必要がある。中途半端な射撃では防御を“中和”できず、即座に再生されてしまう。
──その時間を、何で稼ぐ?
『ヴェスパー全機、前に出ろ』
メーテルリンクの声が静かに響いた。
──それは、命令ではない。遺言だった。
『ここから先に進む者たちへ、我々ができるのは、ただ一つ』
『ヴェスパーの矜持を示せ、死んでも任務を達成しろ! 』
『全機、機関臨界!』
返答はなかった。だが、すべての機体が即座に前進した。
誰一人として、疑わず、迷わず。
《アイスワーム》は目前だ。ドリルは唸りを上げ、空間を削りながら迫ってくる。
メーテルリンクは最後尾に立ち、隊員たちの背を見つめる。
『みんな、誇りを持って死にましょう』
──接触。
一機目が削られた。
砲撃支援を放った直後、突進してきたドリルに脚部を巻き込まれ、機体ごと地面に叩きつけられる。
だが、その直後、自爆シーケンスが作動し、全機のセンサーが爆光で染まった。
次いで二機、三機──。
いずれも被弾と同時に内部エネルギー炉を過臨界に誘導し、局所EMPとして放出。
たとえ刹那であっても、《アイスワーム》の反応速度を鈍らせ、チャージ時間を稼いでいく。
その爆風に巻き込まれながらも、最後のヴェスパー隊員は走る。
機体の表面は既に損壊していた。冷却材は漏れ、武装は半壊。
それでも、彼は飛び込んだ。《アイスワーム》のドリル正面、装甲の接合部へと突っ込んでいく。
『……ッ──は、はは! 』
エネルギー炉、臨界点突破。
閃光。
『ヴェスパーにッ……アーキバスに……クソッ! 人類に栄光あれ! クソ! やり遂げろ! ああっ── 』
──そして沈黙。
──ヴェスパー部隊、壊滅。
戦線は、既に空白になっていた。
あったはずの通信も、爆発音も、何もかもが──消えていた。
唯一部隊として機能していたのはハウンズ部隊のみ、しかしそのハウンズも手持ちの火器を使い切り時間稼ぎに徹していた。
『……メーテルリンク、退け。もう、充分だ』
フロイトの声が、低く割って入る。
彼女の死を望んではいない。
戦力としても、人格としても──彼女は失われてはならない存在だった。
だが──その声に、彼女は静かに微笑んだ。
『第1隊長殿──フロイト。貴方の役割は、まだ“少し先”にあります』
モニター越しに交わされる視線。
彼女は確かに、そう言って笑った。
『あとは頼みました。それでは、おさらばです』
そして、彼女の機体《インフェクション》は、走った。
完全臨界炉稼働──全警告灯が赤く染まる。
武装系統──すべてのセーフティ解除。
手にしていたパルスキャノンは、過熱の果てに発火。肩部のパルスミサイルは火花を散らしながら暴発寸前に至る。
そのまま、振動する《アイスワーム》の主ドリルへと、一直線に飛び込んだ。
突入。
数秒の戦慄。
そして──
閃光。
暴発した全兵装が一斉に炸裂し、内部機関ごと機体を四散させた。
ドリル表面には一瞬、熱と衝撃の“静寂”が訪れた。
それが、ほんの1秒の遅延を生む。
『SOL644、チャージ──100%到達』
『HAL826、照射装置──臨界出力確保』
エアとウォルターのチャージが、ついに揃った。
並び立つ二機のアイビス・シリーズ。
赤紫に輝く照射口から、すでに空間が“蒸発”を始めている。
その先にあるのは、《アイスワーム》。
屍河の果ての突破口。
『総員、戦況図の照射範囲から退避せよ』
──照射範囲、クリア。
爆光と断末魔が満ちた空間に、ふたたび沈黙が訪れる。
その静寂の只中で、ウォルターがゆっくりとトリガーを引いた。
『撃つぞ、エア』
『──了解。同期照射、開始』
次の瞬間──
世界が、深紅に染まった。
二機の主砲が同時に解き放ったコーラル照射は、収束と拡散の中間にある異形の粒子束として、螺旋の奔流を描きながら発射された。
空間は音を置き去りにし、熱と光だけが全方位へ暴走する。
撃ち出された極太のコーラルレーザーは、空間を抉り、振動するアイスワームのドリル前面──防壁第1層へと直撃した。
『──命中確認。防壁構造、臨界中和反応……進行中』
『コーラル防壁崩壊、確認』
防壁第1層、突破。
それは《アイスワーム》の絶対防御の一端が、人類の意志により穿たれた瞬間だった。
──吼える。
アイスワームが、その巨躯を震わせた。
防壁の崩壊は、あたかもその“痛覚”を刺激したかのように──それは、怒りを顕にする。
突如、進行速度が跳ね上がる。
各部武装が再展開され、巨大ドリルが高周波振動を伴って再起動。
もはや妨害も罠も意味をなさず、まっすぐにエアとウォルターの位置へと突進を始める。
だが──その前に、一機が立った。
強化人間C4ー617。
彼は、躊躇なく自機の両腕部の武装をパージ。
ショルダーからはミサイルポッドが外され、全マウントからすべての武装が剥がれ落ちていく。
残ったのは、機体本体と、背部アサルトアーマー・コンデンサ装置。
617の声は、通信ではなくブロードキャストで全機に響いた。
『C4ー617、これより多重コーラル防壁第2層の中和を実施する』
背部が閃光を放つ。
光の尾を引いて、617は跳んだ。
背部のコンデンサ装置が、警告音と共に赤熱化していた。
C4-617──強化人間が操る機体は、残弾すべてをパージした今、一個の質量兵器と化していた。
限界を超えたエネルギーが、装甲の隙間から漏れ出す。
脚部フレームは既にきしみを上げており、機体各所の制御系は臨界の熱量で機能停止しかけていた。
だが、構わない。
『目標、防壁第2層──突入する!』
吼えるドリルの正面、アイスワームの装甲が脈動する。
すでに第1層は崩れ落ち、しかしその奥に──第二の絶対障壁が、まるで傷を庇うように収束しつつあった。
──接触。
ドリルが617の下半身を刹那で破砕した。
だが、その直後。
爆発的な蒼い閃光が、《アイスワーム》の頭部を包んだ。
617のアサルトアーマーは──暴走状態で強制展開されていた。
本来であれば自身のコアすら焼き切るはずの出力を、敵装甲に直接打ち込みながら展開したのだ。
その瞬間だけ。
《アイスワーム》の第2防壁は、一切の波動反応を失った。
全中和、完遂。
『ハンドラー、さらばだ……俺たちを買ってくれて、ありがとう──父さん』
617の断末魔が残響する。
彼の機体は、胴体から上もろともに、そのドリルの回転に巻き込まれ粉砕された。
だが、その時は、確かに訪れた。
『防壁──開いた!』
通信の向こうで、フロイトが叫ぶ。
『621、行け!!』
『──了解』
地響きの中、621が踏み出す。
その背に、フロイト、そしてイグアスの機体が続く。
全機はほぼ同時にブーストを点火。
防壁が不完全な今しかない──唯一の機会を逃すわけにはいかなかった。
破壊されたドリル基部の装甲の隙間へ、二機の機体が同時に滑り込んだ。
──その先は、《アイスワーム》の中枢構造。
血管のように走るコーラル脈管。
振動子を制御する神経核。
『621、脈管を──俺は中枢核を叩く!』
『了解』
冷静なやり取りと共に、両機の武装が発火する。
621のパルスブレードがコーラル導管を刺し貫き、フロイトのエネルギーブレードがコアを断ち切る──
──次の瞬間。
──停止したかに見えたその巨体が、揺れた。
まるで死に瀕した生物が、本能だけでのたうつように。
いや、それは──もはや生物ではなかった。
《アイスワーム》のコアが破壊された瞬間、コーラル脈管から逆流するような脈動が走った。
機体各部が内側から軋み、膨張し、収縮し、再起動する。
『な……馬鹿な──』
フロイトが言葉を失う。
すでに中枢構造を破壊したはずのそれが、まるで怨念のように──再び目覚めたのだ。
《アイスワーム》が吼えた。
洞窟が、軋む。
天井が──崩壊を始めた。
巨体がのたうつたびに、無数の岩塊が落ち、あたり一面が崩壊する構造物の海と化す。
地鳴り、熱風、轟音、振動波。
まるで“死者の呻き”のような咆哮が、空間を埋め尽くす。
『退避を──! 全機──ッ』
警告も、通信も、もはや届かない。
621は、《アイスワーム》の中心部で、パルスブレードを引き抜こうとした。
──次の斬撃を加え、確実にとどめを刺すために。
だが、その瞬間。
ぐちゃり、と何かが音を立てた。
『──!?』
視界の端、アイスワームの内壁が“めくれ”た。
そこから現れたのは──無数の触手状多目的アーム。
溶解液のように蠢きながら、意志を持つかのように621の機体へと伸びる。
回避は不可能だった。
一対のアームが、621の両腕部を拘束。
さらに脚部、背部、コクピット周囲にまで、螺旋を描くように巻き付いてくる。
『……!? 』
ブーストは封じられ、パルスブレードも抜けない。
緊急噴射も、エネルギー過熱で動作不能。
その拘束は、ただの物理的なものではなかった。
まるで《アイスワーム》自身が、621の存在そのものに憎悪を向けているかのように。
《アイスワーム》は、暴れた。
まるで最期のあがきのように、あるいは自壊することすら拒絶するかのように。
自らの内部構造を焼きながら、コーラルの波動を収束・拡散させていく。
地上部、洞窟構造そのものが音を立てて陥落を始めた。
《アイスワーム》の咆哮が洞窟全体に響きわたる中、621の《バルテウス》は四肢を振り絞るように動かし、必死の脱出を試みていた。
──だが、それすらも無駄だった。
拘束アームはさらに増殖していた。
《アイスワーム》自身の脈管から、新たな多用途アームが次々と伸び出し、四肢を絡め取り、押さえつける。
腕が封じられ、脚部の動力系も圧迫される。
ブースター出力は上がらず、バックパックは熱暴走寸前。
警告灯が、赤く、赤く、点滅を続ける。
『脱出困難……』
621は歯を食いしばり、操作桿に全身の力を込めた。
だが──
機体は、微動だにしなかった。
拘束されたまま、じわじわと締め付けられていく構造フレーム。
機体各所の装甲が軋みを上げ、関節に走る圧力で内部の骨組みが歪んでいく。
視界が赤に染まり、コクピットを灼熱の警告が包み込む。
──ここまで。
冷たい絶望が漏れた、その時──
爆発音が轟いた。
『──621、動くな。今、引き剥がす』
通信が、弾けるように割り込んだ。
コーラルの濁流を蹴って、621の視界に飛び込んできたのは──
ハウンズ部隊C4ー619、そして620の機影だった。
619の機体が全身のスラスターを吹かし、拘束アームの群れへと突撃。
複数のアームを自機に巻き付かせ、囮となって引き離す。
『こっちだ怪物……俺を喰ってから行け』
拘束アームが迷う。
標的を見失い、一部が619へと方向転換──621の拘束が、一瞬だけ緩んだ。
その隙に──
『620、今だ』
『了解』
620がすれ違いざまに《バルテウス》の背部へ滑り込み、
補助マニピュレータを展開──そして、無造作に《バルテウス》のコアユニットを抜き取った。
音もなく、《バルテウス》のボディが沈黙する。
コアを失ったその機体は、外殻だけの残骸となり、ゆっくりとアームの餌食になっていく。
『621、ちゃんと乗っているな……よし』
620は無言で頷き、後退機動へ移行。
ブーストを最大出力にして跳躍しながら、岩盤の隙間へと脱出ラインを確保する。
その手には、621を載せたバルテウスのコアユニットが抱えられていた。
直後──619が拘束アームごと暴走するコーラルと瓦礫に沈むのを、振り返らなかった。
620は、火を噴く洞窟の裂け目を滑るように飛んだ。
その腕には、C4-621が搭乗する《バルテウス》のコアユニット。
それだけは、何があっても守り抜かねばならなかった。
背後では《アイスワーム》が、もはや生き物とも言えぬ異形の神経反応を放ちながらのたうっていた。
その動き一つで、洞窟の天井が大きく軋み、崩落を始める。
『621、もうすぐだ──……このまま、出るぞ』
620の声は荒く、そして震えていた。
その機体も、すでに限界だった。被弾と干渉波により脚部アクチュエータは鈍く、
左腕のマニピュレータは損壊。コアを抱える右腕に、すべてを託す構えだ。
──だが。
「上」から何かが落ちてきた。
崩れた岩ではない。
《アイスワーム》の神経脈管に沿って移動してきた、アームと岩塊の融合体だった。
まるで620の“逃走経路”を先回りしていたかのように、それは目前に落下し──
直撃。
『──グッ……!!』
視界が、激しく跳ねた。
警告灯が一斉に点滅し、機体のバランサーが完全に死んだ。
右肩──コアを抱えていた箇所が、押し潰されるように破壊される。
それでも。
『まだ……ッ、まだ、621は──!!』
620は、潰れた腕を必死にマニピュレータで引き剥がし、コアユニットだけを抱き直す。
そして、もはや動かない脚部に代わって、機体を転がすように前進を続けた。
這うように、滑るように──
その姿に、通信が割って入った。
『620、退けッ! 俺が受け取る!』
声は、C4-618。
音もなく上方から飛び込んできた618の機体が、最後の瞬間──
620が宙に放ったコアユニットを空中でキャッチする。
『621、俺が……』
受け取りと同時に、618は即座にブーストを吹かした。
瓦礫の雨が降り注ぐ洞窟を縫い、崩壊の波に呑まれる直前、脱出口へと滑り込んだ。
──その後ろで、620が立ち止まる。
もはや彼の機体は半壊していた。
脚部なし、スラスターも噴かず、ただの鉄塊。だが──彼は最後に一言、通信を残す。
『……俺たちの妹を頼んだぞ』
──次の瞬間。
上方から、巨大な岩塊が崩れ落ちた。
620の機体は一瞬にして押し潰され、崩落の闇へと沈んでいった。
──《バルテウス》のコアユニットを受け継いだ618は、必死の逃走を続けていた。