ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第109話 廃都

  ウォッチポイント・アルファ未踏破領域突破──C兵器《アイスワーム》撃破。

 

 ルビコン解放戦線──壊滅。指導者サム・ドルマヤン及び部外協力者一名を除く全構成員が死亡。

 

 レッドガン──壊滅。G5イグアスを除く全隊員が死亡。

 

 ヴェスパー──壊滅。V.Iフロイトを除く全隊員が死亡。

 

 惑星封鎖機構執行部隊──壊滅。グレイ特務上尉と数名の技術兵を除く全隊員が死亡。

 

 惑星封鎖機構特務部隊《ハウンズ》──壊滅。戦術顧問ハンドラー・ウォルター、強化人間C4ー618と及び強化人間C4-621を除く全隊員が死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音の余韻が、ようやく遠のいていく。

 岩盤を噛む金属音と、背後で続く余震を背に、C4-618は最後のスラスター噴射をもって、岩壁の裂け目を跳ね上がった。

 

 視界が、開けた。

 

 ──そこは、空洞ではなかった。

 

 都市だった。

 

 いや、正確には「都市だったものの亡骸」。

 廃墟と化した摩天楼が林立し、朽ちた鉄骨の残骸が地面に突き刺さるようにして並ぶ。

 だが、ここは地上ではない。間違いなく地下だ。

 

 それでも、上空は明るく、まるで日中のように照らされていた。

 

『……なんだ、ここは……』

 

 C4-618は息を呑んだ。

 

 地下の天井らしきドームの曲面には、無数の光学プレートが埋め込まれており、人工太陽のような拡散照明が昼の空を模していた。

 だが、風はない。空気は淀み、鉄とコーラルの焼ける匂いが、喉の奥にへばりついた。

 

 街路のような通路を走ると、ほどなくして鉄骨と装甲板を組み合わせた簡易陣地が見えてきた。

 

 簡易キャンプの中央、風除け代わりに倒壊したモノレール車両が積まれた陣地に、ウォルターとエアの姿があった。

 

 コーラル照射の余波により、彼らの機体も破損が激しい。外装は煤け、補助ユニットの多くがすでに動作不能。

 

 そこに、C4-618が滑るように着地する。

 

『──618!621!無事か!』

 

 ウォルターが声を掛ける。

 

『621を救出。617、619、620が死亡……』

 

 無言で頷くウォルターの視線が、コアユニットへと移る。

 半分焼け焦げたようなシェル構造。その内部、かろうじて生命維持モードで稼働する621が、身じろぎもせず横たわっていた。

 

 外装が開かれると、微かにコーラルの残響が空間を揺らした。

 だがそれも、すぐに沈静化する。

 

 《バルテウス》は──完全に死んだ。

 

「621、動けるか」

 

 無言のまま、621は片腕を動かす。

 それだけで全身の警告信号が脳裏をよぎった。

 

 視界のほとんどが滲み、吐き気に似た感覚が波のように繰り返される。

 だが──この程度では、死ねない。

 

 618が手を差し出すと、621は躊躇なくそれを取った。

 二人はふらつきながらも何とかコアユニットを離れ、瓦礫の隙間に身を寄せ合う

 

 近くでは、生き残った技術兵がバルテウスの残骸を前に頭を抱えていた。

 

「診断の必要もない。残っているのはコックピットのみ、戦力どころか、移動手段にも使えない」

 

 簡易キャンプに集まった数少ない生存者たちのもとで、沈黙の時間が流れる。

 

 瓦礫と鉄骨の影に座り込んでいた618が、621の為に飲料水を取ってくると言い、ふらりと立ち上がった──かに見えたその瞬間だった。

 

「……ッ──!?」

 

 ぐらり、と618の膝が崩れる。

 筋肉は震え、視界は霞み、足裏の感覚が遠のいていく。

 

 数歩、地面を蹴った──その勢いのまま、618は前のめりに崩れ落ちた。

 

「──な、618!」

 

 すぐに駆け寄ったのはウォルターだった。

 飛び出し、慌てて腕を抱きかかえる。

 

 だが──触れた瞬間、異常な熱に眉をひそめる。

 

「……熱い。この体温は……」

 

「ハンドラー・ウォルター、不用意に近付くな」

 

 横から静かに声を発したのは、グレイ特務上尉だった。

 

 彼は自らの外套を剥ぎ、618の体に巻きつけながら、即座に脈と瞳孔反応を確認していく。

 

「……放射性熱障害……いや、これは……コーラル被爆だ」

 

「《アイスワーム》の仕業か」

 

 ウォルターが呟く。

 

 グレイは頷いた。

 

「やつの死に際……あれは、まさに暴走拡散だった。コーラルの制御反応が焼き切れ、収束していた波動が一気に漏出したんだ。あれを至近で浴びたなら──一人の人間が耐えられる量じゃない」

 

 キャンプ内が静まり返る。

 

 C4-621は横たわったまま、動かず。

 フロイトは黙して瞳を閉じ、ウォルターもまた何も言えずに立ち尽くす。

 焦げた鉄の臭いと、焼けたコーラルの残響が、空気を満たしていた。

 

 C4-618の顔からは、汗が止めどなく噴き出していた。

 

 意識は混濁し、言葉も出ない。

 だが、かすかに口元が動く。

 

「……っ、──ハ、ンド……ラー……」

 

「聞こえてる、618。もうしゃべるな」

 

 ウォルターが手を取る。

 その指先から、皮膚を伝って熱がじわじわと上ってくる。

 

「くそっ……冷却材は?点滴は?」

 

「もう全部使い切った。酸素ボンベも限界だ。できるのは、……安静にすることだけだ」

 

 応急処置すら、“気休め”の域を出ない。

 

 ルビコン解放戦線の指導者──サム・ドルマヤンが並び立ち、618を観察する。

 

「……悪いが、助からんよ。これはもう、回復不能な被爆症状だ」

 

 ドルマヤンは古い診断ツールを握りしめ、淡々と口にした。

 だが、その言葉に真っ先に反応したのは──ウォルターだった。

 

「……何を……言った?」

 

 彼の声は低く、冷たかった。

 だがその奥には、押し殺しようのない怒りが渦巻いていた。

 

「助からない、だと?命を懸けて、仲間を──自分の命を削ってここまでたどり着いた彼を……見捨てろと?」

 

 ドルマヤンは言葉を返さなかった。

 代わりに、目線を618へ向けたまま、静かに言った。

 

「……全ては消えゆく余燼に過ぎない』

 

「ふざけるなっ!」

 

 ウォルターは拳を握りしめ、一歩踏み出す。

 

「コーラル被爆は、変異波形との接続条件でもあるはずだ。G5も、621も、お前だってこうして生きている」

 

ドルマヤンの目が僅かに動いた。

 

「あれが“奇跡”なら……!なぜ彼には、それが起きない!?」

 

 その声には、叫びにも似た痛みがにじんでいた。

 

「……それは、私にもわからない」

 

 サム・ドルマヤンは視線を逸らさず、だがどこか遠いものを見るように答えた。

 

「Cパルス変異波形との接続は、条件がある。だがその条件自体が未解明だ。遺伝子構造か、精神特性か、もしくは生死の境を超える何かか……コーラルデバイスを脳深部に持つ旧世代の強化人間、それ以上の共通点は全く解明されていない」

 

「運だというのか……?」

 

 ウォルターの声は、もはや悲鳴のようだった。

 

 誰も、何も言えなかった。

 

 エアは言葉を失い、グレイも表情を変えず黙って立っていた。

 

 ドルマヤンは、静かに言う。

 

「……イグアスも私も、変異波形と接続した。それは事実だ。だが、だからといって生き延びた理由があるわけじゃない。気がつけば意識が繋がっていた。気がつけば、死ねなかった。それだけだ」

 

「彼の事は気の毒だった、私の発言が無神経な物であったことは謝罪しよう……しかし、どうしようもない」

 

 言いようのない緊張感が充満する中、各機体のセンサー類が一斉にアラートを表示する。

 

 その音は──微かに、だが確かに聞こえた。

 

 金属の駆動音。砂を踏み鳴らすような多脚の移動音。

 そして、空気を切り裂くドローン特有の飛行音。

 

 無人機だった。

 それも、ALLMINDの残存機──この地下にもなお展開している自律戦闘群の音だ。

 

「……来やがったか」

 

 低く呟いたのはイグアスだった。隣にいたエアも同じ音を確認していた。

 

 ウォルターは、呻くように立ち上がる。

 

「これ以上は……持たない。治療も、整備も、すべて打ち切る」

 

 全員に周知がなされた。

 グレイ特務上尉は黙って頷き、周囲の兵と技術士官に撤収準備を命じる。

 鉄骨の影で仮設キャンプを形作っていた装備類が、迅速に解体されていく。

 

「621」

 

 ウォルターが声をかけた。

 

「お前が618の機体に乗れ」

 

 621は数秒だけ沈黙し──そして、無言で頷いた。

 

 彼の機体はキャンプの外れに固定されていた。

 低出力ながらも自立電源はまだ生きており、外装に煤はついているものの、骨格は健在だった。

 

 AC《LOADER 4》

 

 本来は資源探査任務向けの低コストAC。

 だが、618自身の手で徹底的に近接戦闘用にチューンが施されていた。

 

 装備はシンプル。

 右腕にアサルトライフル、左腕にパルスブレード。

 肩部には、618が好んでいた四連装ミサイルユニット。

 

 それは、実戦では凡庸とも言える構成だった。

 だが、あの男が振るえば、それは一振りの刃にすら匹敵する鋭さを持っていた。

 

 コクピットが開かれると、仮設担架に載せられたC4-618が、静かにその内部へと移された。

 戦闘不能のまま、生命維持装置に接続される。

 

 照明が灯る。

 内蔵センサーが心拍と体温を検知し、微弱な脳波を拾う。

 ──生きている。だが、それだけだった。

 

 621はその隣に座り、主操作席に手を置く。

 数秒後、AC起動信号が反応し、軽やかなブースター音が広がった。

 

『621、行けるな?』

 

『問題ない』

 

 その声に、ウォルターも小さく頷いた。

 背後ではALLMIND製の索敵ドローンが、すでに廃都のビル群の上空を滑空していた。

 

 もう時間は残されていない。

 

『目指すはこの廃都の最奥、コーラルの本流だ』

 

 残された者たちは、次々に機体へと乗り込んでいった。

 バルテウスのコアユニットは放棄され、支援装備は最小限に削減された。

 今となっては機体は八機。ウォルター、フロイト、エア、グレイ、サム、シュナイダー仮面、イグアス、そして621。

 

 廃墟の街路に、一つ、また一つとスラスターの音が鳴り響く。

 

 その先に何があるのかは、誰にもわからない。

 だが、背後には確実な死が迫っていた。

 

 ――そして、《LOADER4》のシステムに記録されていた618のコールサインが、静かに切り替わる。

 

 《C4-621──代理起動中》

 

 《メインシステム、戦闘モード起動》

 

 ――都市の死骸を縫い、戦術行軍が始まった。

 

 崩れた高架道路。地表に埋まったまま起動不能の輸送機。黒ずんだ血痕と焦げ付いた壁面に、かつてここで何が起きたのかを物語っていた。

 

 各機は編隊を組まず、視界と電波干渉を避けるために縦列を形成。センサー類を最小限に抑え、接近戦に備えた移動を続けている。

 

 ――地下なのに、空が明るい。

 

 人工空が、まるで昼のように広がっていた。直感的な違和感を、エアは無意識に呟く。

 

『──不思議な場所ですね。ここが地下だと、忘れてしまいそうです』

 

 通信チャンネルが一つ開かれた。

 

『それには理由がある』

 

 ウォルターだった。彼の声はいつになく静かで、しかしどこか過去を見据えているようだった。

 

『この都市はかつて、ルビコン調査技研が構築した実験都市だ。名目は、地上環境に影響されない高効率なコーラル技術開発のための中枢研究区画』

 

『──実験都市?』

 

 エアが聞き返す。

 

『ああ。ここには一時期、数千を超える研究員とその家族が生活していた。自己完結型の生態系システム、人工空照、気圧・温度調整……』

 

 ウォルターは過去を思い出すかのように語り出す。

 その声は、ただデータを読み上げるというには哀愁が込められ過ぎていた。

 

 エアは再び、空を見上げる。天井に並ぶ光学パネルが、まるで雲のように拡散し、柔らかな陽光を再現していた。

 

 だが、それはどこか“作られた空”の違和感を抱かせた。音がない。風がない。鳥も虫もいない。

 

『──《アイビスの火》、ですね?』

 

 一拍の間があった。

 

『……そうだ』

 

 言葉の重みが、冷たい金属のように一行の頭上にのしかかる。

 

『かつて、コーラルは無尽蔵の莫大なエネルギーとして人類に革命をもたらした、しかし──人類はコーラルを制御する手段を生み出せずに、指数関数的に増殖するコーラルを焼き払うという選択を取った。その結果がこれだ、星を揺るがすほどの爆発は地下に巨大な空洞を生み出し、技研都市は構造ごと崩落した』

 

 ウォルターの機体が、朽ちた駅構造物をくぐる。

 

 その壁面には今なお、かつての住人たちの避難指示図が貼られていた。だが、破れ、煤け、今では読むこともできない。

 

『俺たちの罪だ』

 

ウォルターの最後の言葉は誰に伝えるためでもなく、小さく響く。

 

 その背後では、エアが廃墟の壁に手を触れながら、かつての都市生活の残滓を見つめていた。倒壊したカフェの看板。自販機。色褪せ広告。

 

 無数の人々が、ここに“暮らしていた”のだ。

 

 ──だが、今は。

 

 無音と残骸だけが、彼らを迎えている。

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