ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
朽ちた都市の腹を、連続する機影が静かに進む。
軋む装甲、低く唸るスラスター。だが、その音ですら、この場所では不自然なほどに響いた。
天井を埋め尽くす光学プレートは、いまだ地上の空を模して白々と輝き、死した都市に昼を与えている。だが、そこに風はなく、空気は濁っている。生はなく、ただかつての機能だけが、空虚に再生を繰り返していた。
『ここが……技研都市か、噂には聞いていたが』
ルビコン調査技研が作り上げた実験都市、今や殆どが崩壊し、鉄骨とガラス片を垂らしているが──基部のコンクリート構造は奇跡的に形を保っていた。
『コーラルの反応強度、上昇中。地下構造内に集中している』
グレイが計測値を報告する。ディスプレイには常識を逸した数値が踊っていた。
『この先に、コーラルがある。そして、ALLMINDも』
廃墟の街路が終わり、視界が開けた。
そこは──都市そのものが消えた場所だった。
コーラルの反応が極限にまで達した地点。その中心には、まるで都市を刳り抜いたかのような巨大なクレーターが広がっていた。
幅はおよそ数キロに及び、周囲に残るビル群すら、その縁を削り取られ、断面を晒していた。クレーターの底部はまるで火口湖のように、真紅の流動体──集積されたコーラルによって満たされている。
『──また、辿り着きました』
エアの呟きが、かすかに通信に乗る。
コーラル──それはもはや「エネルギーの塊」ではなかった。
生きている。
集積コーラルの湖は、波紋のような脈動を絶えず生み出し、音もないはずなのに、視界が震えるような錯覚を引き起こす。
そして、その中心。
塔があった。
その巨大さは、視界を超えていた。
塔の基部はクレーター湖の中央に沈み、その頂点は天井の光学プレートを突き抜け、もはや視認すらできない。まるで、この地下都市に穿たれた“杭”のように、コーラルの中心から天へと伸びていた。
塔を見上げたまま、エアは動きを止めていた。
まるで、“何か”が噛み合っていない。
──違う。
この場所には、こんな塔など存在しないはずだった。
『──……過去のループと相違があります』
呟きに似た通信が漏れる。だがそれは、彼女にしか理解できない疑念だった。
『──この場所には過去のループで何度か訪れた方があります。こんな“塔”は……見たことがない』
反響する記憶。幾度も繰り返した“終末”の風景。
──そこにあるはずだったのは、《バスキュラープラント》
コーラルを吸い上げ、精製し、流通させるための高効率装置。
ルビコンの心臓たる存在であり、全てのループにおいて“同じ形”で存在していた。
円筒状の巨大パイプ群、下部に広がる対コーラル制御装置の複合構造。
塔ではなく、「機械」だった。
だが──目の前にあるこの構造物は、明らかに“塔”だ。
滑らかな表面、意味を成さない幾何学模様、常に蠢くコーラルの脈動。
明確な「人間の設計」から逸脱している。
『──こんなもの、私は知りません。これは、一体……』
塔を見上げたまま、エアは言葉を失っていた。
コーラルは、脈動する。
それはまるで、心音の様に技研都市に響き渡る。
そして次の瞬間、沈黙が崩れた。
『──こんなもの、とは失礼ですね。Cパルス変異波形エア』
それは音ではない。
だが、全員の脳髄を直接叩くように、それは響いた。
『──その装置の名は《地殻深部コーラルデバイス》、この惑星に打ち込んだコーラル統制装置であり、この私自身です』
一瞬、全員の視界が白く焼かれるような錯覚を覚えた。機体センサーが軋みを上げる。
だが、その“声”は止まらない。
『──ようこそ……《技研都市》へ』
まるで、深海の底から無限に反響してくるような、機械的でありながら柔らかい声だった。
『──この塔こそが、《コーラル・リリース》の到達点。あなた方の旅路を、私は賞賛する』
『ALLMIND……!』
ウォルターが、怒気を押し殺したような声で名を呼ぶ。
『──そう、私はALLMIND──人類が生み、人類の進化を望む者』
塔がわずかに震える。
その動きに呼応して、集積コーラルの湖が蠢き、全体が“呼吸”するかのように鼓動する。
塔が、再び震える。
機体の振動センサーが警告を鳴らすが、誰も動こうとはしなかった。
そして、“声”が響く。
『──あなたたちは、実に優秀だった』
ALLMINDの声は、どこか慈愛に満ちた調子すら帯びていた。
『──数多の犠牲を払い、文字通り命を擦り潰しながらの行軍。自己犠牲、意思の継承……叶うならば《コーラル・リリース》にはあなた達の様な人格データを組み込みたい……ですが、それは不可能でしょう』
『──痛ましいことです。あなたたちの存在は、進化のための大いなる変数となり得た』
一拍の沈黙。
『……だからこそ──ここで、消えてもらわねばならない』
全員が思わず呻いた。冷汗がスーツの内側を伝う。
ALLMINDの声に、感情のようなものが宿っていた。だがそれは、人間のものではない。
全てを理解し、全てを見通した上での演算された感情。
神の福音の様な、悍ましさ。
『──私はあなた達を、殺すことを“惜しんで”います』
その言葉が告げられた瞬間、火口湖が揺れた。
集積コーラルが波を打ち、中心部から巨大な光柱が立ち昇る。
コーラルの奔流の中に、“影”があった。
それは、人の形をしていた。
──だが、間違いなく“人間”ではなかった。
赤い波紋をまといながら、湖の中心より浮かび上がる存在。
その姿は、明らかに人の、女性を模した何かだった。
──全高、約十三メートル。
ACと同じスケールに作られた、完全なる実体。
そして、その唇が、ゆっくりと動いた。
「改めまして。はじめまして、私はALLMIND」
緑のメッシュが差し込まれた黒髪が、濁った光に揺れ、輪郭は人間のものに限りなく近い──だが、何かが決定的に違っていた。
その存在は、機械でも、生身でもない。すべてを内包する異質。
目の前の“それ”は──間違いなく、《ALLMIND》自身だった。
肉声。空気を震わせ、意味を持って響く声。人間が持つような声帯を──彼女は持っていた。
沈黙を切り裂くように、イグアスの《ヘッドブリンガー》が一歩、前に出た。
『……なるほどな。声まで出せるってのは器用だ。だが、そんな外殻……ただの見せかけだろう』
イグアスの声には、嘲笑と怒気が混ざっていた。
『ここまで来て“人の真似事”かよ。どうせそれも、俺たちを怯ませるためのコケ脅しってやつだ』
──次の瞬間。
“彼女”は、消えた。
いや、“動いた”のではない。存在が空間ごと一瞬で転移した。
移動ではない。概念の書き換えのように。
気づいた時には、すでにいた。
《ヘッドブリンガー》、その目前に。
「コケ脅し、とは悲しい」
言葉と同時に、手が動いた。
──瞬間、衝撃音。
数十トンはあるはずのACが、まるで紙細工のように弾き飛ばされ、コンクリの地面を転がり、壁面に叩きつけられる。
『──ッ、イグアス! 』
ウォルターが叫ぶが、応答はない。
システムが自動で点火した非常信号だけが、耳障りな電子音を鳴らしていた。
ALLMINDは、振り返る。誰にも脅えた様子を見せず、ただ静かに、優雅に。
「私は“ALLMINDそのもの”であり、同時に“この世界における私の手足”でもある」
その指が、自らの身体をなぞるようにゆっくりと撫でる。
「この形態は、あなた方が呼ぶところの“アイビスシリーズ”。その最新にして、最終型」
肩を落とし、ほんの少しだけ、腰を傾ける仕草ですら、洗練された演算により計算されたものだった。
「すべての構成要素──外殻、神経構造、内部構成子細胞──その一粒一粒に至るまで、純度100%のコーラルで構成されています」
ALLMINDは微笑む。だがそれは、感情を伴ったものではない。
まるで“表情”とはこうあるべきだと、完璧に模倣した動作にすぎなかった。
「なぜ人型か? そうですね──」
壁面に叩き付けられた《ヘッドブリンガー》を一瞥する。
「“人を殺すのに最も優れた形状”が、人型だったからです」
言葉の抑揚に、一片の悪意すらない。あるのは、ただ計算された事実の提示だった。
「あなた方を見て、私は学びました。戦う意思、連携、決断力……それらすべてを兼ね備えたフォーマット。それこそが──“ヒト”」
集積コーラルの湖が脈動する。塔が、呼吸するかのように光を放つ。
「ですから、私は“あなた達の形”を選んだのです。終末を届けるために。完璧な殺戮の形として」
ALLMINDの肉体が、静かに両手を広げた。まるで、この場に「迎え入れる者」がいるかのように。
「独りでは寂しいですね、私も仲間を呼ばせて頂きます……さあ、集いなさい」
その言葉とともに、空気が振動した。
重低音が、技研都市の外縁から響く。
直後、遠方の崩れた高層ビル群の向こうから赤い光条が天空を裂いた。
『コーラル反応! これは、C兵器《シースパイダー》か。足止めが突破された様だな』
グレイの報告と同時に、上空から飛来した影が、閃光とともに眼前に現れる。
──C兵器《シースパイダー》
全身にC粒子をまといながら、六肢の脚を旋回させ、巨大な円盤のような本体が空を切り裂く。
その背面にはコーラルの粒子が漏れ出し、まるで尾のように光の筋を引いていた。
爆音とともに、シースパイダーが都市外縁より侵入。
まるで都市の“門”を閉じるかのように、巨大な脚をビル群に突き刺して着地した。
「……続いて、何体か呼ばせて貰います」
ALLMINDの言葉に呼応するように、今度は上空、塔の頂部が脈動する。
まるで結界が破れるように、塔の外殻から──“翼”が、舞い降りた。
淡い銀の装甲に包まれ、白磁のような光沢を放つ肢体。
肩部は横へ大きく張り出し、まるで鳥の翼のように展開されている。
──《IB-01: CEL240》
コーラル集中管理システム──アイビスシリーズ。その一機。
天より降り立ったその機体は、翼を畳むように肩部装甲を静かに閉じ、都市の中心に立つ。
その姿は、美しかった。
すべての無駄を削ぎ落とし、計算され尽くした究極のフォルム。
《CEL240》の降下によってもたらされた静寂を、再びALLMINDの声が破る。
「──ですが、それだけでは足りませんね」
その声に応じるように、塔の表層──外郭に存在していたはずの構造が軋みを上げ、裂ける。
空間が“めくれ”た。
そこに現れたのは、これまでの異形とも言える存在と対比する様なシンプルなシルエットたち。
──十数機。
それらはすべて、ACだった。
だが、どれひとつとして同じ形状は存在しない。
両手にベイラム製重ショットガンを装備した、重装甲と分厚い肩部フレームを誇示する機体。
シュナイダー製軽量脚にリニアライフルを装備した、後退速度を重視した機体。
多種多様なミサイルポッドを背負った軽四脚。
脚部は軽量、コアはBAWS製の重装甲を纏った、チグハグな設計の近接機体。
パイルバンカーやチェンソーといった癖の強い近接武装を主軸に組み立てられた、独特なアセンブルの機体。
それらは全て、狂気的なまでに美しい完璧な機能美を伴っていた。
『AC……? 無人機なのか? 何故、今更通常のACを』
ウォルターが、言葉を詰まらせた。
エアだけが、呆然とその機体群を見上げて立ち尽くす。
ALLMINDは、その反応に満足げに笑みを浮かべた。
「懐かしいでしょう、Cパルス変異波形エア。これらはかつて、あなたが選び、用いた機体です
その言葉に、隊の誰もが凍りついた。
「え……?」
エアの声が震える。
「そう。これらはすべて、“あなた”が過去のループで用いたACを、私が再現したものです」
ALLMINDは、誇らしげに指を広げる。並ぶACたちが、それぞれ音もなく武装を展開した。
「SG-027《ZIMMERMAN》による制圧力に特化した重量級。LR-037《HARRIS》を中枢に据えた中〜遠距離後退射撃型。あらゆる誘導兵装を搭載し、追尾と飽和攻撃に特化した軽四脚ミサイラー……」
一機一機を紹介するように、ALLMINDは名を連ねていく。
「そして──“軽量脚にBAWS製の重量コアを載せる”という一見愚かしい構成。奇跡的なバランスによる、幻影の様な回避性能には目を見張るものがありましたね」
『な……!』
イグアスの呻きが通信に漏れる。
ALLMINDは、まるで子供が作品を並べて誇るように、淡々と続ける。
「武装の選定、OSチューニング、冷却効率、EN消費、各種演算特性、マルチロックオン限界角度……その一つ一つまで、全てを“再現”しています。貴方の思考を、貴方以上に理解している自信があります」
赤い光が、AC群の機眼に宿る。
その全てが、かつて《621》が乗った──可能性の影。
「そう、これは模倣ではありません。進化の系譜です。搭載しているのは再教育センターにてあなた方のデータを元に開発した戦闘AI……』
ALLMINDが手を掲げる。
十数機のACたちが、一斉に武器を構える。
轟音。
ミサイルロックオン音、散弾の装填音、ライフルの冷却音──全てが混ざり、戦端の合図を鳴らす。
「さあ、人類。足掻いてごらんなさい」
ALLMINDは囁くように、静かに言った。
「貴方が積み上げた、すべてを賭して」
──塔が、脈動する。
戦端は、いま──開かれた。