ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
『──全員、散開しろ!』
ウォルターの怒声が広域チャンネルに轟いた。
『誰でもいい、変異波形との接続者がコーラルに辿り着ければ、それが勝利だ──死ぬな、絶対に生き延びて、掴み取れッ!!』
その一声を皮切りに、隊は瞬時に動き出した。
それぞれが異なる方向へと跳び、廃墟群へと身を隠す。
ALLMINDが召喚した兵器群──再現されたAC群と、C兵器《シースパイダー》、そして天より舞い降りた《CEL240》。それらの攻勢をかいくぐりながら、誰かがコーラルの核へと到達しなければならない。
『行け、621……お前なら──ッ!』
ウォルターの通信が切れた瞬間、眼前の瓦礫が爆ぜた。
621は咄嗟に《LOADER4》のスラスターを吹かし、弾丸のように後方へと飛び退く。
次の瞬間。
《CEL240》が、降り立った。
それは“降りた”というよりも、“舞い降りた”というべきだった。
重力を無視するような、滑らかで美しい軌道。浮遊するように落下し、音もなく廃墟の地面を踏み締める。
光沢を帯びた白磁の装甲。
翼のような肩部フレーム。
顔を持たない、だが確実にこちらを見ていると分かる頭部ユニット。
《CEL240》は、完全な静止を保ったまま、621を見据えていた。
“それ”は、既にこの戦場の理から逸脱している。
ただ立っているだけなのに、緊張が空気ごと凍りつくようだった。
通信はない。声もない。だが、そこにあるのは明確な“殺意”。
次の瞬間──
《CEL240》が動いた。
肩部パーツが音もなく展開される。
滑らかに開いた翼状のアーマーの内側から、幾つものユニットがコーラル粒子を纏いながら飛び出した。
その数、十を超える。だが、それぞれの軌道は乱れず、まるで生き物のように規則正しく、あるいは意図を持って空中を舞う。
次の瞬間──全オービットから、レーザーが放たれた。
『ッ──!?』
621の《LOADER4》が咄嗟にスラスターを限界噴射。地を滑るように横に飛び退く。
だが、レーザーは追ってくる。
一条ではない。二条、三条──いや、十数条のレーザーが、互いに干渉せず交差しながら、逃げる621を精密に追尾してくる。
それはもう、“射撃”ではなかった。
包囲網。
オービットたちは、それぞれが個別の思考と反応速度を持っているかのように、621の軌道を予測し、最適な角度から追い詰めてくる。
621は《LOADER4》のスラスターを断続的に吹かし、廃ビルと廃ビルの狭間を縫うように逃れていた。
爆ぜるコンクリ。焼き切れる鉄骨。振り返るまでもなく、背後から追ってくるレーザーの雨が、すぐそこに迫っていた。
地面すれすれを滑走し、横転するように倒壊した屋台の下に滑り込む。瞬間、頭上をかすめてレーザーが駆け抜け、鉄板を蒸発させる。
『……回避継続、困難』
621は吐き捨てるように呟き、機体の腕部を動かす。ミサイルを廃墟の壁へと撃ち込み、爆煙を発生させると同時に真横へ跳び退く。
その煙幕すら、オービットは“迷わず”突破してきた。
──これらは、完全に自律している。
単なる誘導兵器ではない。
個々が思考し、追跡し、殺すために最適解を選び続ける。
まるで、“CEL240の脳細胞”が空間にばら撒かれているかのようだった。
《LOADER4》が低く唸りを上げる。
621の視界をレーザーの残光が埋め尽くしていた。だがそのすべてを、頭脳と本能が叩き落とす。
──距離を取っていても、埒が明かない
621が胸中で呟いた瞬間、スラスターが全開で噴き上がる。
躊躇なく、正面から《CEL240》へと突っ込んだ。
視界の周囲を囲むように、無数のオービットが旋回する。
その一つ一つが独立した殺意を宿し、回避軌道すら先読みして襲いかかってくる。
だが、621はそれを「間違いなく来る」と知っていた。
だからこそ、迎撃ではなく“流れ”に乗せる。
ギリギリで回避し続けるのではない──最短最速で突貫するための、最小限の回避。
斜線を断つためにビルの屋上を蹴り、壁面をスライドし、空中で逆回転。
《LOADER4》は残像を残しながら、獣のような軌道で《CEL240》へと接近する。
距離:残り40メートル──30──
オービットは旋回を変え、包囲網が再収束する。
オービット再配置の隙を突き、パルスブレードが展開された。
青白いエネルギーの刃が、廃墟の闇を裂いて輝く。
──そして、斬撃。
その一撃は、《CEL240》の胴部に確かに届いた。
スパークが走り、コーラルの薄膜が一瞬だけめくれあがる。
だが──《CEL240》は、まるで重力の影響すら受けていないかのように、ふわりと“後退”した。
621の追撃が届く前に、二十メートル以上の距離を一瞬で空けている。
重力制御による疑似慣性キャンセル──それは《LOADER4》では再現不可能な動きだった。
次の瞬間、反撃が始まる。
《CEL240》の肩部が再び展開。さらに新たなオービット群が出現し、今度は斜め上、地中から、側面から、完全な三次元包囲が展開される。
レーザーが奔る。621は再び、極限の反応でそれを潜り抜けた。
──届かない。圧倒的な機体性能差が、明確に立ちはだかる。
ただ一撃を与えるために、どれほどのリスクを背負えばいいのか。
眼前に迫るレーザー網を、621は再び回避した。だが、それはもはや反射というより、執念に近かった。
コンクリートの煙が、焼け焦げた空気のなかで立ち昇る。
次の瞬間。621の機体《LOADER4》が突き破った瓦礫の先には見慣れた景色が広がった。
奇妙な既視感と共に視界に飛び込んできたのは、傾いた通信塔と瓦礫に埋もれた階段跡。そして──
G5イグアス。
そこには、《ヘッドブリンガー》が、地面に倒れ伏していた。
脚部からは火花が散り、機体全体が鈍く焦げている。片腕はすでに喪失し、胸部装甲には巨大な焼痕が走っていた。
621は短く息を呑み、慌ただしく周囲を確認する。《CEL240》のオービット群は視界の遥か後方、旋回しながら自機を追跡中だ。猶予は十数秒あるかどうか。
《LOADER4》が警戒モードを保ちつつ、地面に転がる《ヘッドブリンガー》に近づく。
そのとき──
『……くそっ。あのバカでか女……やりやがったな』
機体の駆動音と共に、片膝をついたまま《ヘッドブリンガー》が微かに動いた。
焦げた頭部センサーが、かすかに赤く灯る。
『621か、見下しやがって……』
音声チャンネルが開く。くぐもった声で、だがはっきりとした悪態だった。
621はわずかに息を吐くと、レーザーの雨が迫る空を一瞥してから通信を返す。
『立て』
『……へっ、相変わらずだなお前はよ』
《ヘッドブリンガー》が軋みながらも完全に立ち上がったその刹那、621は背後を振り返り、オービット群が迫る空へと機体を傾けた。
『来る。廃墟の陰へ』
『おいおい……あの数、なんなんだよ!?』
イグアスの呻きが通信に乗る。
空を埋め尽くすように旋回しながら降下してくるコーラル粒子を帯びた無数のオービット。その一つ一つが意思を持つように飛翔し、攻撃角を取るたびに冷たい殺意が収束していく。
621はそれを無言で視認すると、廃墟群の奥へと《LOADER4》を走らせた。
《ヘッドブリンガー》も、それに続く。
──廃墟の影が、二機のACを包む。
ビルの間隙、倒壊した高架下、焼け焦げた車列の死角。
まるで都市迷彩にでもなったかのように、621とイグアスはレーザーの死線を躱しながら前進していく。
『数が多すぎる……全部、自律型か? 生体反応にも近いアルゴリズムだ。冗談じゃねぇ……あんなの、まともにやり合ってられるかよ』
ビル壁を蹴り、ジャンプ台のように飛び上がったイグアスが、隣の建物へと機体を滑り込ませる。
その背後では、今しがたまでいた足場が熱線で焼け飛び、黒焦げの鉄筋が崩れ落ちていた。
──ほんの半呼吸遅れていたら、消し炭だ。
『チッ……621。あいつら、障害物の多い場所じゃ精度が落ちるな。動きに微妙な“揺れ”がある』
『錯雑地での包囲網軌道修正にラグを確認。
『つまり……? 』
『誘い込み、叩く。援護を』
『いいね、乗ったぜ』
621は小さくスラスターを吹かし、廃墟内の交差点へと滑り込む。
地面には壊れた変電設備、吹き飛んだ自動車の残骸。複雑な遮蔽構造が形成されていた。
そしてその中央に、621は静かに着地した。
『本機が囮となる』
『は!? シールドを装備してる俺の方が囮には適してる! そんなオンボロ機体で無茶するんじゃ──』
その言葉を遮るように、上空から再びオービット群が降下してきた。まるで獣の群れのように、螺旋を描きながらレーザーを放つ。
しかし──
回避した。
いや、それはもはや“回避”ではなかった。
それは、読みだった。
廃墟の構造、レーザーの軌道、オービットの旋回角度。621は一瞬の内にすべてを演算し、先手を取ってその場から滑り出す。
熱線が通過したのは、わずかに0.2秒後。
レーザーが触れるはずだった空間には、既に621の姿はなかった。
斜面を滑り、片膝で回り込み、スラスターで天井を蹴って反転。コーラルの余燼が漂う廃ビルの壁を、まるで忍者のように駆け抜ける。
『おい……正気かてめぇ!』
背後で追いつきかけていた《ヘッドブリンガー》から、怒声混じりの通信が飛ぶ。
『なんでお前が囮なんだよ! シールド装備も無い、中量機体じゃ掠っただけでお終いなんだぞ!』
だが、621は応えない。
──敵の集中を、自分に引きつける。
それが、この場で最も有効な戦術だと、すでに判断していた。
再びレーザー。だがそれを、《LOADER4》は建物の僅かな隙間をくぐり抜けるようにして回避する。オービットたちは次の旋回角へと遷移し始めていた。
その刹那──
『──射撃援護を』
通信と同時に、レーザー網の一角が崩れた。
複雑な構造物の間を無理に潜り抜けたオービットが、僅かな動きの乱れを生じさせていたのだ。
『チッ……ああもう、クソがッ!』
イグアスが叫ぶと同時に、《ヘッドブリンガー》の右腕が上がる。
狙いは──動きの乱れたオービット。
リニアライフルが高周波の駆動音を響かせ、青白い光弾を吐き出す。
直撃。
コーラル粒子を纏ったオービットが、裂けるように爆散した。
『──ッ、どうだ!』
『オービット群、残数多数』
621の冷静な報告に、イグアスは舌打ちを返す。
『分かってんだよ……! ちょっとくらい喜ばせろ!』
621はさらに廃墟の奥へと機体を滑らせる。倒壊した橋梁を下から潜り抜け、燃え残った市街地のロータリーを駆け抜ける。そのたび、オービット群が反応し、軌道を変更して追尾を再開する。
──地形を読み、敵の動作を予測し、僅かな“隙”を作る。
──その隙を、イグアスが狙う。
二機は、まるで獲物を誘い込む罠のように、都市の迷路を進んでいく。
『敵機オービット、予想経路交差。イグアス』
『確認した、遅れるなよ』
無線の直後、621は建物の瓦礫を踏み台にして上昇し、真下へと急降下。
621の頭上で三機のオービットが交差しながら旋回。
イグアスの照準が、正確にその“交点”を捉えていた。
放たれた弾丸が、オービットの装甲を貫通し、コーラルの粒子が爆ぜる。
真紅の閃光。
イグアスのリニアライフルが、オービットを三機纏めて射抜いた。電磁加速された弾丸はコアを貫き、オービットは空中に赤い尾を引きながら火球と化す。
『……四体目だ。なぁ621、案外いけるんじゃねぇか?』
嘲るように口角を上げる通信が入る。
《ヘッドブリンガー》のスラスターが再点火され、コンクリートの瓦礫を蹴って旋回する。その姿は傷だらけで、満身創痍にもかかわらず──確かに、生きていた。
そしてその時だった。
──空気が凍りつく。
不意に、辺りのコーラル粒子が収束を始める。流れるような“気配”が上空から降ってきた。
『……イグアス、警戒を』
621の警告と同時に、音もなく、白い影が舞い降りた。
《CEL240》。
その機体は、依然として美しいまでに静謐だった。白磁のような外装は傷一つ無く、足先が地を踏む瞬間でさえ微振動すら発しない。
肩部が、再び展開される。
残存していたオービット群が、機体周囲に再配備され、まるで衛星のように旋回を開始する。
『……へっ。親玉が来やがったな』
イグアスが、機体を前へと踏み出した。
その態度には恐れはない。むしろ、戦士としての確信すら宿していた。
『分かったぜ。てめぇが遠距離戦にこだわる理由──この機体、どう見ても脆すぎる』
白磁の装甲。極端に軽量化された各関節。中空構造と思しき骨格。──何より、あれだけのオービットに戦闘を委ねていた事実。
『──近距離は苦手なんだな?』
次の瞬間、イグアスは全スラスターを点火した。
《ヘッドブリンガー》が、雷の如く突進する。
コンクリを割る振動が走る。蒸気のように吹き上がるコーラル粒子をかき分けて、イグアスの機体は距離を詰めていく。
《CEL240》は、動かない。
いや、動く必要がなかった。
接近を察知しているにも関わらず、その姿勢を微塵も変えない《CEL240》に対し、イグアスの怒号がスピーカー越しに響く。
『おらあああッ!! 受けてみろッ!』
極限まで引き絞られたリニアライフルの砲身が、青白い閃光を放つ。
至近距離から放たれた弾丸は、音速を超える加速で、《CEL240》のコア部へと直進した。
──しかし。
それは届かなかった。
《CEL240》の胸部周囲に、一瞬だけ──“歪み”が生じた。
視覚的には、ほとんど錯覚に近い。だが、確かにそこに存在する“もう一枚の壁”。
コーラル粒子が渦を巻き、収束してゆく。
そして次の瞬間──
リニア弾が、完全に“消えた”。
命中などしていない。
《CEL240》の眼前に展開された、半透明の球状フィールド──
621がかつて操っていたバルテウスが誇ったあの、圧倒的な防御壁の亜種。エアの機体に搭載されている物と同種の防御装置。
だが、それは比にならない密度と反応速度で展開されていた。
『──なッ……!?』
イグアスの目が見開かれる。
確かに命中させたはずの弾丸は、まるで吸い込まれるように、コーラルの結界に融けた。
残ったのは、わずかに蒸発した粒子の揺らぎと、そこに立ち尽くす《CEL240》の不動の姿のみ。
そして──その機体が、音もなく動いた。
腕部ユニットが、徐々に変形を開始する。
内部のフレームが露出し、展開。
骨格構造が一度解体され、再構築されるかのような動きの果てに、それは現れた。
──剣。
《CEL240》の腕部から展開されたその武装は、従来のブレードとも、エネルギー兵器とも異なる。
艶消しの刃が、重力を拒むかのように宙に漂いながら、音もなく伸張する。
その刃先へと、コーラル粒子が吸い寄せられていく。
まるで“意志”を持っているかのように、刃に絡みつき、収束し、刃を紅く染めていく。
形容するなら──それは、“コーラルそのものが剣になろうとしている”かのようだった。
《CEL240》は静かにその“刃”を構える。
その“刃”を見た瞬間だった。
──何かが、おかしい。
イグアスの身体に、直感が突き刺さる。
それは理屈ではなかった。長年、死地を潜り抜けてきた兵士としての“本能”が叫んでいた。
あの刃に触れれば、終わる。
『──621、離れろッ!!』
怒声と同時に、《ヘッドブリンガー》が機体を捻った。
《CEL240》が振るうはずの“それ”を前に、彼はもはや接近戦の続行を断念していた。
逃げなければならない──それも、621を庇いながら。
《ヘッドブリンガー》のパルスシールドが、眩い光と共に展開される。
621の《LOADER4》の進路に割り込むようにして、盾を構えながら跳躍。
その瞬間──
《CEL240》が、刃を振るった。
静寂のなか、まるで“音”そのものが凍ったかのような一閃。
そして、その刹那。
刃先から、空間ごと“削り取られる”ような紅の波動が走った。