ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第113話 苦境

 重たく脈打つような音が、地面の底から響く。

 

 視界の端で“それ”が動いた。

 

 ──歪な模倣AC。

 

 重装コアとシュナイダー製の細脚レッグという、本来成立しえない構成をしているその機体が、地面を滑るようにこちらへと迫ってくる。

 

 脚部は細いはずなのに、接地音が重い。地面を這うように前進しながら、ウォルターの《HAL 826》が抱えるサム・ドルマヤンに、一直線に向かってくる。

 

『ッ──来るか!』

 

 ウォルターは即座に反応し、片腕でサムの機体を保持したまま、コーラル投射装置を展開。

 

 粒子が脈動し、砲身が赤熱する。

 

 照準は正確だ。敵は直進、回避の素振りも見せない。着弾点は──完全に合っている。

 

 砲撃、発射。

 

 ──ズドォン!! 

 

 コーラル粒子の奔流が、鋭く空気を裂き、一直線に敵影を貫いた……はずだった。

 

 だが──

 

『……なに?』

 

 閃光の先、敵機のシルエットは変わらず突き進んでいた。

 

 傷も、火花も、装甲の焼損も──一切ない。

 

 まるで、コーラル粒子が“すり抜けた”かのように。

 

 センサーが警告を発する。

 

《命中確認、否。対象未損傷。再補足》

 

『そんな馬鹿な……』

 

 ウォルターの眼が一瞬、見開かれる。

 

 軌道は合っていた。コーラル粒子の照準にブレはない。相手も回避していない。だというのに、あの一撃は通らなかった。

 

 ウォルターは即座に判断を切り替えた。

 撃ち抜けないのなら、斬るしかない。

 

『面妖だな……良いだろう』

 

《HAL 826》の左腕から、コーラルブレードが滑り出す。

 赤熱した粒子の刃が、夜気の中で輝きを放ち、ブレード周囲の空間に波動の歪みを生じさせる。

 

《HAL 826》が片腕で《アストヒク》を支えたまま、機体姿勢を低く落とし、敵との間合いを詰めていく。

 コーラルブレードが振り上げられ、質量を伴う一閃の構えを取ると──

 

 異形の模倣ACが、寸前で停止した。

 

 その細すぎる脚部に不釣り合いな重装コアがわずかに軋み、両手のマシンガンがウォルターを挟み込むように構えられる。

 

『……ブレードを警戒しているか』

 

 マシンガンが火を噴いた。

 

 バババババババッッ!! 

 

 制圧射撃。銃弾の嵐が、ウォルターの機体の足元や周囲に網のように降り注ぎ、牽制と間合いの維持に徹する。

 

 ブレードの射程内には決して踏み込ませまいという意志が感じ取れる挙動だった。

 

『狡猾だな……だが──』

 

 そのときだった。

 

 空から、砲撃音が響いた。

 

 上空の廃ビル跡に、もう一体の模倣ACが姿を現す。

 その機体の両肩に搭載された《超大口径グレネードキャノン》と、《HAL 826》にも採用されているコーラルミサイルユニットが異様な存在感を放っていた。

 

『連携……当然か。各個戦闘に利はない』

 

 敵機は廃墟の上層に腰を据え、狙撃体勢に入っていた。

 狙いはウォルターの機体の左肩、サムを抱える側──

 

 ズン──

 

 爆音と共に、グレネードが撃ち下ろされる。

 

 地面が撥ね、破片と衝撃波が周囲の瓦礫を撒き散らす。

 続けざまにライフル射撃が突き刺さるように降り注ぎ、ウォルターは即座にサイドブーストで横転回避を行った。

 

 空と地上、マシンガンとグレネードの連携が構築されつつある。

 コーラルブレードを振るう暇もなく、ウォルターは《HAL 826》を旋回させ、まずはこの複合的な包囲網を打破する道を探る。

 

 刻一刻と、戦況は悪化していた。

 

《HAL 826》が残光を引きながら滑走し、破砕された瓦礫の陰へと飛び込む。

 

 追随するグレネード弾が着弾し、地面が抉れる。爆煙と熱風が空気を歪ませ、粉塵があたり一帯を包み込んだ。

 

『ウォルター、退け──!』

 

 通信と同時、《カタフラクト》がその巨体を前面へと押し出し、ウォルターとサムの機体を庇うように立ちはだかった。

 

 ──ズガァン!! 

 

 直後、グレネード弾が《カタフラクト》の装甲を直撃。

 

 火花と煙が巻き上がり、装甲が一部剥離。背面のキャノピーから白煙が立ち昇る。

 

『ッ……ぐ……っ!』

 

 グレイの呻き声。だが、《カタフラクト》は崩れない。

 

 その巨体は、尚も真正面を睨み据え、装甲で弾を受けながら、センサー群が敵の動きを追い続けていた。

 

 ──射線を切りながらも撃ち返さなければ、ジリ貧になる。

 

《HAL 826》の足元に転がる《アストヒク》から、サムの生命反応が微かに検出される。まだ間に合う。ここで止まるわけにはいかない。

 

『グレイ、装甲を貸してくれ。突き抜ける』

 

『……応じよう。死なせるなよ』

 

 ウォルターは即座に機体姿勢を切り替え、《カタフラクト》の背後へと滑り込んだ。

 

 その厚い装甲の陰で、急速にコーラルブレードを再展開。サムの機体を《カタフラクト》の背後に安置し、ブレードを構えた。

 

 ──赤熱。

 

 粒子の光が収束し、空間が歪む。高出力、近接斬撃。狙いは地上の“歪な”模倣AC。

 

『砲撃に紛れて接近する。あの挙動……回避の“意志”はある』

 

『なら、そこに“隙”もあるはずだ』

 

 グレイの《カタフラクト》が左肩のグレネードバズーカを一発、上空の狙撃機へ向けて放つ。

 

 ドォン! 

 

 ビルの上層が爆発し、敵の射撃精度が一時的に落ちる。

 

 その瞬間を、ウォルターは見逃さなかった。

 

 ──加速。

 

 ブースターが噴き上がり、《HAL 826》が《カタフラクト》の陰から躍り出る。

 

 直後、歪な模倣ACがマシンガンを乱射。

 

 ババババババ!! 

 

 だが、《HAL 826》は低空で急旋回し、斜めに滑り込む。

 

 ブレードの間合いへ──あと少し。

 

 その瞬間、敵はまたしても後退。

 

 だが、それも想定内。

 

『……所詮、機械の真似事だ。本物の猟犬には及ばない』

 

 ウォルターはコーラルブレードを展開したまま、投射装置を再チャージ。

 

 左右非対称の攻撃手段。近接と遠距離、両方を同時に突きつける──

 

 投射装置の照準を敵機の“胸部中央”に定めチャージを続けながら、コーラルブレードを構えた。

 

 異形の模倣ACが反応する。マシンガンを連射しつつ後退を試みるが──

 

 遅い。

 

 粉塵を突き破って《HAL 826》が一気に距離を詰める。ウォルターはコーラルブレードを振りかぶり──

 

 斬撃。

 

 赤熱した粒子の刃が唸りを上げて放たれる。

 ──そして、異形機体の胴体を、斜めに、深く、両断した。

 

 ギィイイイイイン!! 

 

 内部フレームを削り、スパークが迸り、機体がわずかに震えた直後──

 

 コアユニットが、断ち割られた装甲の内部から、露出した。

 

『……そこか』

 

 ウォルターの眼が細められる。

 

 直後、模倣機のシステムが臨界に達し、爆発。

 

 破砕音が響き、異形のACが火の玉となって爆ぜる。その残骸は重力に引かれ、瓦礫の山に沈んでいった。

 

 沈黙の数秒後。

 

《警告ログ:火器管制ユニット エラー。コア認識座標との不一致を検出──》

 

《HAL 826》のモニターに、火器管制系統のアラートが表示される。

 

 ウォルターが即座にそのログを確認すると、攻撃照準が「僅かに上方」にずれていたことが判明する。

 

 それは──

 

 誤認させられていたということ。

 

 敵機は、何らかの手段で《HAL 826》の照準システムに干渉し、自身のコアユニットの位置情報を“錯乱”させていたのだ。

 

『……なるほど。電子ノイズでコアの疑似位置を再定義……単純だが、有効だ』

 

 モニターが一瞬バグを起こすが、すぐに《HAL 826》のシステムが自動修正を行う。

 

 数秒後──

 

《火器管制ユニット:修正完了。照準精度復帰》

 

 表示が切り替わる。異常は排除された。

 

『だから、砲がすり抜けた” ように見えたのか……近接装備をすり抜けるには修正値が足りなかったようだな』

 

 ウォルターはわずかに顎を引き、視線を上げる。

 

 ──まだ、終わっていない。

 

 上空から、グレネードの雨が降り注ぐ。

 

 残った模倣機が廃墟のビルからこちらをロックオンし、戦況を継続して優位に保とうとしている。

 

『グレイ、異形の一機は撃破。次はあの火力支援型だ』

 

『確認した。こちらも残弾に余裕はない、決めるぞ』

 

 ウォルターとグレイの機体が、同時に推力を解放する。

 

《HAL 826》は高出力の加速状態に入り、右腕の投射装置がチャージを完了。《カタフラクト》は支援火器を全門展開し、上空の模倣ACへ照準を合わせていた。

 

 ──次の瞬間に、すべてが変わった。

 

 ドォゥン……ズガァアアアアン!! 

 

 爆音。

 

 空間そのものが振動するかのような轟音と共に、何か“巨大な質量”が空を裂いて降ってきた。

 

 ビル上層──模倣機が陣取っていたその位置に、巨体が叩きつけられた。

 

『……何だ!?』

 

 ウォルターの機体が急制動をかけ、グレイの《カタフラクト》がセンサーを最大感度で回す。

 

 瓦礫が降り注ぐ。爆煙が吹き上がる。ビルの骨組みが潰れ、上階は音を立てて崩落していく。

 

 模倣機のいた位置は、もはや建造物とは呼べない瓦礫の山に変わっていた。

 

 そして──

 

 その瓦礫の中心に、砕けた《シースパイダー》が横たわっていた。

 

『……C兵器……だと……?』

 

《HAL 826》のセンサーが、即座に正体を照合する。

 

 シルエットは間違いない。かつて各勢力が恐れたC兵器、《シースパイダー》。

 

 しかし──それは、既に機能を停止していた。

 

 装甲は縦横に裂け、脚部の関節は三箇所で破断。頭部ユニットも破損し、複眼型センサーは鈍く沈黙していた。

 

 その巨体は、まるで何かに切り裂かれ、投げ捨てられたかのような損壊状態だった。

 

 爆煙の中、破壊された《シースパイダー》の巨体が崩れ落ちる。

 

 その砕けた装甲の隙間から、無数の模倣ACの残骸が散乱しているのが見えた。

 脚部を引きちぎられ、頭部ユニットを焼かれ、あるいは胴体ごと真っ二つにされた機体群。

 

 異常なほどの“精度”と“暴力”が、そこに刻まれていた。

 

『すまない遅くなった。人型じゃない相手は興が乗らなくてな』

 

 爽やかな、戦場に全く似つかわしくない声音が、通信チャンネルを割って響く。

 

 ──V.Iフロイト。

 

 彼と、彼の機体、《ロックスミス》が爆煙の向こうから、ゆっくりと降下してきた。

 

 左腕に装備したレーザーブレードは、先程まで《シースパイダー》の外殻を切り裂いていた余熱を留め、振動粒子の余波が空気を揺らしていた。

 

『この模倣機群も、621や君たちの操縦技術を学習し、621の別時間軸? の機体とやらを模倣したと聞いたが……残念だ。そっちは手こずっていた様だが、特別な個体でも居たのか?』

 

 その口調は冷静だった。ヴァーチャルゲームをプレイするかの様に気軽で、何処までも他人事。

 

 フロイトの機体が地面に着地する。

 

 その足元──

 

 模倣ACと思しき残骸が、五機分は転がっていた。

 

 中には、さきほどウォルターを苦しめた異形型と酷似した個体もあったが、すべて胴体を正確に切断されていた。

 

 瓦礫の谷間に立つ《ロックスミス》の姿を見上げながら、ウォルターは無言のまま、コクピット内で息を整える。

 

 あの《シースパイダー》を、単機で真っ二つにした──

 模倣ACの群れを、まるで草を刈るように粉砕してきた──

 

 フロイトという男は、やはり桁が違う。

 

「最強」──その呼び名は伊達ではない。

 

『頼もしいな……V.I』

 

 ウォルターの言葉に、フロイトは小さく笑った。

 

『そちらの損耗は? 』

 

『サム・ドルマヤンが負傷している。生きてはいるが、かろうじてだ……もう動けない

 

『イグアスも姿が見えん。エアからの通信も断絶している……散り散りとなってしまった』

 

 グレイが言う通り、通信チャンネルは無音のままだった。

 

 ウォルターは《HAL 826》のセンサーパネルに指を滑らせ、地形マッピングを更新する。

 

 ──だが、数値が安定しない。

 

 マップがノイズまみれになり、遠隔索敵が機能していない。

 

『高濃度コーラルによる電波妨害は健在だ。数値を信じるな、直感で動け』

 

『……了解した。まずは再合流だな。621やエアと合流すれば、一気に突破口が開ける』

 

 ウォルター、グレイ、そしてフロイト。

 

 三機のACが、破砕されたコンクリートの断崖を抜け、次なる進路──廃市街地の中心部へと進もうとした、その時だった。

 

 ──キュィィィィィィィィン──……

 

 空気が振動する。

 

 地平の彼方、廃墟と化した超高層ビル群の影から、異常なエネルギー反応が突如出現。

 

 ウォルターのコクピットに、警告音が爆音のように鳴り響いた。

 

《警告:極大コーラル波形感知──射線上へ向けた高出力集中──》

 

 ──ズガアアアアアアアアンッッ!!! 

 

 瞬間、空が灼かれる。

 

 極太のコーラルレーザーが、廃市街地の奥から上空へと放たれた。

 

 光の奔流は濁流のように押し寄せ、かつて存在していた通信中継タワーや高層廃ビルの上層部を、跡形もなく蒸発させる。

 

 発射源から直接照準されたのではないにもかかわらず、周囲の気流ごと一帯が吹き飛ぶほどの出力。

 

 反応が遅れていたなら、今頃三機ごとまとめて焼かれていた。

 

 ──それほどの火力。

 

『なッ──!? あの出力……C兵器? いや、それ以上……!?』

 

 グレイが呻き声と共に機体を急旋回させる。センサーが限界を超えて警告を吐き出し続ける。

 

『発射源、廃市街地の中央部……あれは……』

 

 粉塵の向こう。

 

 アイビスシリーズ──IB-01:CEL 240。

 

 コーラル霧の中に、ゆっくりと姿を現す天使の様な影。

 

 

 

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