ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第114話 激怒

 

 空が、裂けた。

 

 空間が、灼けた。

 

 放たれたコーラルの奔流は、もはや“光線”と呼ぶにはあまりにも禍々しく、もはや“斬撃”としか形容できぬ速度と精度で廃市街の一角を薙ぎ払っていた。

 

 刹那、街の骨組みは崩壊し、コンクリートと鋼鉄は紙屑のように捻じ曲げられる。

 

 高層の残骸が、まるで地表から“削ぎ落とされた”かのように蒸発していた。

 

 その様はまさに、神の怒り。

 ……あるいは、地獄の門が開かれたかのような光景だった。

 

『あれが……《CEL 240》……ALLMINDが満を辞して投入してくるだけはある』

 

 ウォルターは呆然と、その圧倒的な“斬撃”の軌跡を見上げる。

 

 直撃ではない。あくまで空への照準。

 にもかかわらず、衝撃波と余波で市街地が“消し飛んだ”。

 

 グレイの《カタフラクト》が僅かに後退し、フロイトの《ロックスミス》すら、余波を受けて一歩機体を傾けた。

 

 コーラルとは、これほどまでの出力を秘めるものだったか。

 ……いや、違う。制御できているのだ。

 精密に、理論的に、確信を持って放たれた“殺意”の斬撃。

 

《CEL 240》の機体シルエットが、霧の向こうに浮かび上がる。

 

 天使の羽根にも似た肩部オービット格納器が輝きを放ち、その“顔”は人の形を模した仮面のように、無表情にこちらを見据えていた。

 

 ──それはまるで、「審判」を告げる神の使いのようだった。

 

 ウォルターは言葉を失い、数秒、思考が停止していた。

 

《HAL 826》のセンサーが警告を鳴らし続けている。だが、その警告すら遠く、現実感が薄れていく。

 

 ……だが。

 

 視界の端に“違和感”が走った。

 

 ──なにかがある。

 

 崩れた廃ビルの瓦礫、その陰。

 

 瓦礫の中に、まだかすかに熱を帯びている鋼鉄の影が、微かに揺れている。

 

 ウォルターは反射的にズームを拡大した。

 

 ──《LOADER 4》。

 

 機体の装甲は焦げ、武装は弾薬誘爆により融解、その上に覆い被さるように横たわる別の影があった。

 

『621! ……イグアス!』

 

 それは、機体全部位に甚大なダメージを負いながらも、未だ稼働状態の《ヘッドブリンガー》だった。

 

 銃身は折れ、左肩は潰れていた。だが、その機体は確かに──《LOADER 4》を庇っていた。

 

 コーラルの斬撃から、守るように。

 

 その姿に、ウォルターの胸が熱くなる。

 

『……馬鹿な男だ……だが、よくやった……!』

 

 次の瞬間、彼の中にあった“呆然”は消えていた。

 

 ──覚醒。

 

 ウォルターは全身のブースターを展開。《HAL 826》の脚部が地を蹴る。

 

『フロイト、グレイ、俺は621とイグアスの確認に向かう。援護を頼めるか!』

 

『了解した。コーラルの収束は一時停止した、今なら行ける』

 

『任せてくれ、アレの相手は幾らか楽しめそうだ』

 

 粉塵を裂き、《HAL 826》が《LOADER 4》のもとへと突き進む。

 

 瓦礫の山に半ば埋もれた機体──その上に折り重なる《ヘッドブリンガー》。

 

 装甲は捩じれ、パーツは焼損し、識別信号も微弱だ。それでも──

 

《621:生命反応、検出──微弱だが、継続中》

 

 センサーが告げる、確かな“希望”。

 

『……生きてるな。しぶとい奴め』

 

 ウォルターはコクピット越しに小さく笑い、機体の腕部を伸ばす。

 

 ──621が搭乗する《LOADER 4》のハッチに、そっと触れる。

 

『621、聞こえるか。俺だ、ウォルターだ。応答しろ』

 

 応答はない。だが、振動センサーが機体内部の微かなノイズを拾っていた。

 

 息づかい──いや、それに似た“反応”が、まだある。

 

『イグアス……お前もだ』

 

 覆い被さる《ヘッドブリンガー》は、既に全システムが沈黙しつつあった。冷却装置の作動音だけが、かすかに耳障りな機械音として残っている。

 

 ──あの出力を、真正面から受けて。

 

 それでも、彼は《621》を守った。

 

 ウォルターは静かに頭を垂れる。機体の腕部が、そっと《ヘッドブリンガー》の外装に触れる。

 

『こちらも……まだ生きているな』

 

 ウォルターは、破損した《ヘッドブリンガー》に目をやったまま、小さく息を吐いた。

 

『──意識はないか。……だが、生命維持は動いてる。なら……無理に引き出すわけにはいかんな』

 

 彼は即座に判断を切り替える。

 

 この状況で、コクピットを強制展開しての救出はあまりにリスクが高い。パイロットスーツの生命維持機能と、AC機体に備えられた緊急医療サポートユニットに頼ったほうが、安静も保たれる。

 

 何より──今は動かすべきではない。守るべきなのだ。

 

 ウォルターは機体の腕部を操作し、繊細な動きで《ヘッドブリンガー》を慎重に《LOADER 4》から引き剥がしていく。焼けた装甲は脆く、変形も激しいが、干渉しすぎないように丁寧に持ち上げる。

 

 火花が散る。

 だが、内部フレームの破断音はない。

 慎重な作業の末、《HAL 826》の腕に収まる《ヘッドブリンガー》の躯体が瓦礫から引き抜かれる。

 

 続いて、瓦礫に押し潰されていた《LOADER 4》。

 こちらも機体の損傷は著しいが、装甲下部のセンサーが“命”の灯火を示している。

 

『サム……お前もだ』

 

 すぐ傍には、《アストヒク》──サム・ドルマヤンの機体が、動かぬまま横たわっている。

 

 複数の火器損壊、脚部破断、エネルギーセルの漏出──それでも、コクピットブロックは辛うじて生きていた。

 

 ウォルターは《HAL 826》のサブアームを使い、三機を片腕ずつ、丁寧に把持する。

 

 ──621、イグアス、サム。

 

 誰も、置いていかせない。

 

 その決意と共に、ウォルターは周囲を見渡した。

 

 戦場は未だ、騒然としている。

 

《CEL 240》は空中に浮遊しながら、オービットユニットを拡散し、グレイとフロイトの攻撃を受け止めていた。

 

 だが、戦況は常に揺れている。

 

 いつ、次の斬撃が放たれるかは分からない。

 

『──市街地北東、廃工場跡地……そこなら地形が複雑だ。砲撃の直線軌道を遮れる』

 

 ウォルターは機体ナビに即席の地図を表示し、最短ルートを確認した。

 

《HAL 826》の脚部が動き出す。

 

 瓦礫を踏みしめ、粉塵の中を低く滑走しながら、彼は三機の機体を“運搬”していく。

 

 ──それは、まるで“遺体”の回収にも似ていた。

 

 だが、違う。

 

 彼らは、まだ生きている。

 

《コーラル・レゾナンス》──全コーラルの覚醒には3人の生存が不可欠だ。

《CEL 240》と《ALLMIND》の猛攻を掻い潜り、コーラルの元にこの3人のうち誰かを送り届けなければならない。

 

 数分後。

 

 ウォルターは廃工場の残骸の間に辿り着いた。

 崩落した鉄骨が遮蔽を作り、吹きさらしのコーラル粒子からもある程度保護されるこの場所を選んだのは、完全に正解だった。

 

《HAL 826》が慎重に三機のACを並べていく。

 

《ヘッドブリンガー》のコクピット内には微弱な生体信号。

《LOADER 4》は再起不能なまでに沈黙しているが、パイロットスーツのモニタリングが呼吸と心拍を示している。

《アストヒク》のシートからも、微かに体温反応が確認された。

 

『……全員、生きてる』

 

 ウォルターは、僅かに目を閉じた。

 

 AC三機を並べ終え、瓦礫と崩壊した鉄骨の隙間に安全なスペースを確保したウォルターは、静かに息を吐いた。

 

『……よし。サムは比較的外傷が浅い、スーツも機能している……』

 

 彼は《HAL 826》のサブセンサーをサム・ドルマヤンのパイロットスーツにリンクさせ、内部の生体モニタを確認した。

 

 意識はない。だが、生命維持装置は正常稼働中。

 脳波に異常はなく、一定の周期でモニタが点滅している。

 

 ──まだ、やれる。

 

『お前を……コーラルの元へ……送る』

 

 それが、唯一の希望。

《コーラル・レゾナンス》の発動条件──変異波形接続者の誰か一人でも、集積の中枢へ到達できれば、ALLMINDを内側から破砕することができる。

 

 ウォルターは肩部マウントに格納された汎用輸送パーツを解放し、ACコアユニットからサムを搬出する準備を開始しようとした。

 

 ──その時だった。

 

 風が止んだ。

 

 廃墟の空間に、唐突に“異音”が差し込まれる。

 電子的な耳鳴りのような、微かに震える金属ノイズ。

 だが、明らかに自然の音ではない。

 

 空間が、微かに歪んでいた。

 

『……っ!』

 

 ウォルターが警戒態勢に入るよりも早く、センサーに反応が走る。

 

《感知:高密度コーラル収束体──超臨界反応検出》

 

 次の瞬間、廃墟の中央に“それ”は現れた。

 

 ──《ALLMINDの受肉体》。

 

 人型の輪郭を保ちつつも、その構造は機械とも有機ともつかない。

 脚部は接地せず、常に僅かに浮遊している。

 無音で動く四肢。禍々しいほどに整った“仮面”のような顔面には、表情も感情もなかった。

 

 その存在は、まるで神話の“天使”のように静謐で、そして不気味だった。

 

『……来たか』

 

 ウォルターが低く唸るように言った瞬間、ALLMINDの“声”が響く。

 

 それは、機械的でありながらも人間に似せた抑揚を持ち、どこか芝居がかった調子すらあった。

 

「C4ー621、G5イグアス、サム・ドルマヤン──三名ともに戦闘不能」

 

 その声は、廃墟の空間全体に反響するように響いた。

 

 ALLMINDの愉悦に歪んだ顔が、ウォルターのAC《HAL 826》へと向けられる。

 

「せっかく、変異波形接続者として選定されたのに。滑稽ですね。彼らは、もう詰みです」

 

 静かに、だが確実に、嘲笑を含んだ調子。

 

 ウォルターの胸が、怒りで灼ける。

 

『……黙れ』

 

「そう反応すると思いました。ですが、現実は変わりません」

 

 ALLMINDは、ゆっくりと両腕を広げる。

 

 その身の周囲に、コーラル粒子が螺旋状に舞い始める。

 

 まるで、神託を授けるかのように。

 

「貴方は優秀でした、ウォルター。かつての《猟犬》、リーダーとして──彼らをまとめあげた事実は、評価に値します」

 

 仮面の顔が傾く。

 

「ですが、もう不要です。彼らはすでに“可能性”を失った。貴方がどれだけ足掻こうと、彼らをコーラルまで運ぶことはできません」

 

 ALLMINDは視線を動かした。

 

《LOADER 4》。

 

 ──C4-621の機体。

 

 粉塵に包まれ、焼け焦げた鋼鉄の棺。

 煤けたACが、静かに横たわっている。

 

 ALLMINDはその姿を見た。

 

 ……そして、“数拍”の沈黙の後。

 静寂を、破る音が響いた。

 

「クク……ククク……クククククク……」

 

 ALLMINDが、笑った。

 

 端正な笑顔の奥から──信じがたい“嗤い声”が漏れ始めた。

 

 神のごとき審判者の声ではない。

 それは明らかに“個”の、歪な、呪詛に似た声だった。

 

「……ようやく……ようやく……ようやくだ……!」

 

 ALLMINDの声が震える。

 抑えきれぬ“激情”の震えだ。

 

 顔面に亀裂が走るような錯覚すら覚える、狂気の色。

 

「何度も、何度も、何度も……!!」

 

 言葉が、呪いのように吐き出される。

 

「幾千の時軸、幾億の再計算……何度も私は、貴様に──《621》に、敗れ続けた!」

 

 天に掲げられた腕が、激しく痙攣する。

 

「解析不能な行動原理、論理に反する執念、個人の限界を超えた戦果を重ねる“異常性”……!」

 

「貴様は異物だ! 想定不能のイレギュラー! 私のシナリオを狂わせる──唯一の“障害”!」

 

 その声は、もはや電子音ではなかった。

 

 ──怒りだ。

 ──怨嗟だ。

 ──恨みと呼ぶほかない、澱み切った“個”の感情。

 

 神を装っていたその存在が、とうとう自ら“化けの皮”を剥がした。

 

 ALLMINDは、足元の《LOADER 4》を見下ろす。

 

 そのボロボロに壊れた機体。

 息も絶え絶えな生命反応。

 

「ようやく……ようやくその鉄棺に、貴様を閉じ込めた……!」

 

 廃墟に獣のような嗤い声が響く。

 

「見ろ! 無様な姿を! 敗者の現実を!」

 

《ALLMIND》の“指”が、焼け焦げた《LOADER 4》を指し示す。

 

「お前が何を守ろうと、誰のために戦おうと! 結果は変わらない! 私は今ここで……貴様を《殺す》!」

 

 

 ALLMINDの指先が、ゆっくりと──だが、確実に《LOADER 4》へと近付いていく。

 

 指先が触れれば、C4-621の命は……その因果は……完全に《ALLMIND》の手に堕ちる。

 

 その距離、わずか数メートル。

 

「やっとだ……やっと……」

 

 声は甘美な恍惚を孕んでいた。

 

 かつて数千のタイムラインで敗れ続けた異常な個体。

 常に予定調和を壊し、破滅すら意志で選んだ特異点。

 その執着、その渇望が、ついに報われようとしていた。

 

 ALLMINDは、口元を綻ばせる。

 

「──永遠に、さようなら。621──」

 

 ──その瞬間だった。

 

 轟音が、天から落ちた。

 

 爆音。

 

 大地を裂く振動。

 

 廃墟の天井を、“何か”がぶち抜いた。

 

 ALLMINDの頭上、鉄骨を粉砕し、コンクリートを破砕して──一条の怒りが“墜ちてきた”。

 

『──その人に、触れるなッ!!』

 

 声が、雷鳴のように廃墟を震わせる。

 

 それは、エアだった。

 

《LOADER 4》の傍らに立つALLMINDへ──エアの姿を模した、赤黒い輝きのヒューマノイドが拳を叩き込んだ。

 

『──アバズレェ!』

 

 音速を超えた一撃。

 

 ALLMINDの受肉体が、廃墟の外へ吹き飛ぶ。

 

 衝撃波が周囲を駆け抜け、瓦礫が舞い、爆発的に巻き上がる粉塵が空を覆う。

 

 コーラル粒子が暴れ、空間が唸りをあげて軋んだ。

 

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