ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
空が、裂けた。
空間が、灼けた。
放たれたコーラルの奔流は、もはや“光線”と呼ぶにはあまりにも禍々しく、もはや“斬撃”としか形容できぬ速度と精度で廃市街の一角を薙ぎ払っていた。
刹那、街の骨組みは崩壊し、コンクリートと鋼鉄は紙屑のように捻じ曲げられる。
高層の残骸が、まるで地表から“削ぎ落とされた”かのように蒸発していた。
その様はまさに、神の怒り。
……あるいは、地獄の門が開かれたかのような光景だった。
『あれが……《CEL 240》……ALLMINDが満を辞して投入してくるだけはある』
ウォルターは呆然と、その圧倒的な“斬撃”の軌跡を見上げる。
直撃ではない。あくまで空への照準。
にもかかわらず、衝撃波と余波で市街地が“消し飛んだ”。
グレイの《カタフラクト》が僅かに後退し、フロイトの《ロックスミス》すら、余波を受けて一歩機体を傾けた。
コーラルとは、これほどまでの出力を秘めるものだったか。
……いや、違う。制御できているのだ。
精密に、理論的に、確信を持って放たれた“殺意”の斬撃。
《CEL 240》の機体シルエットが、霧の向こうに浮かび上がる。
天使の羽根にも似た肩部オービット格納器が輝きを放ち、その“顔”は人の形を模した仮面のように、無表情にこちらを見据えていた。
──それはまるで、「審判」を告げる神の使いのようだった。
ウォルターは言葉を失い、数秒、思考が停止していた。
《HAL 826》のセンサーが警告を鳴らし続けている。だが、その警告すら遠く、現実感が薄れていく。
……だが。
視界の端に“違和感”が走った。
──なにかがある。
崩れた廃ビルの瓦礫、その陰。
瓦礫の中に、まだかすかに熱を帯びている鋼鉄の影が、微かに揺れている。
ウォルターは反射的にズームを拡大した。
──《LOADER 4》。
機体の装甲は焦げ、武装は弾薬誘爆により融解、その上に覆い被さるように横たわる別の影があった。
『621! ……イグアス!』
それは、機体全部位に甚大なダメージを負いながらも、未だ稼働状態の《ヘッドブリンガー》だった。
銃身は折れ、左肩は潰れていた。だが、その機体は確かに──《LOADER 4》を庇っていた。
コーラルの斬撃から、守るように。
その姿に、ウォルターの胸が熱くなる。
『……馬鹿な男だ……だが、よくやった……!』
次の瞬間、彼の中にあった“呆然”は消えていた。
──覚醒。
ウォルターは全身のブースターを展開。《HAL 826》の脚部が地を蹴る。
『フロイト、グレイ、俺は621とイグアスの確認に向かう。援護を頼めるか!』
『了解した。コーラルの収束は一時停止した、今なら行ける』
『任せてくれ、アレの相手は幾らか楽しめそうだ』
粉塵を裂き、《HAL 826》が《LOADER 4》のもとへと突き進む。
瓦礫の山に半ば埋もれた機体──その上に折り重なる《ヘッドブリンガー》。
装甲は捩じれ、パーツは焼損し、識別信号も微弱だ。それでも──
《621:生命反応、検出──微弱だが、継続中》
センサーが告げる、確かな“希望”。
『……生きてるな。しぶとい奴め』
ウォルターはコクピット越しに小さく笑い、機体の腕部を伸ばす。
──621が搭乗する《LOADER 4》のハッチに、そっと触れる。
『621、聞こえるか。俺だ、ウォルターだ。応答しろ』
応答はない。だが、振動センサーが機体内部の微かなノイズを拾っていた。
息づかい──いや、それに似た“反応”が、まだある。
『イグアス……お前もだ』
覆い被さる《ヘッドブリンガー》は、既に全システムが沈黙しつつあった。冷却装置の作動音だけが、かすかに耳障りな機械音として残っている。
──あの出力を、真正面から受けて。
それでも、彼は《621》を守った。
ウォルターは静かに頭を垂れる。機体の腕部が、そっと《ヘッドブリンガー》の外装に触れる。
『こちらも……まだ生きているな』
ウォルターは、破損した《ヘッドブリンガー》に目をやったまま、小さく息を吐いた。
『──意識はないか。……だが、生命維持は動いてる。なら……無理に引き出すわけにはいかんな』
彼は即座に判断を切り替える。
この状況で、コクピットを強制展開しての救出はあまりにリスクが高い。パイロットスーツの生命維持機能と、AC機体に備えられた緊急医療サポートユニットに頼ったほうが、安静も保たれる。
何より──今は動かすべきではない。守るべきなのだ。
ウォルターは機体の腕部を操作し、繊細な動きで《ヘッドブリンガー》を慎重に《LOADER 4》から引き剥がしていく。焼けた装甲は脆く、変形も激しいが、干渉しすぎないように丁寧に持ち上げる。
火花が散る。
だが、内部フレームの破断音はない。
慎重な作業の末、《HAL 826》の腕に収まる《ヘッドブリンガー》の躯体が瓦礫から引き抜かれる。
続いて、瓦礫に押し潰されていた《LOADER 4》。
こちらも機体の損傷は著しいが、装甲下部のセンサーが“命”の灯火を示している。
『サム……お前もだ』
すぐ傍には、《アストヒク》──サム・ドルマヤンの機体が、動かぬまま横たわっている。
複数の火器損壊、脚部破断、エネルギーセルの漏出──それでも、コクピットブロックは辛うじて生きていた。
ウォルターは《HAL 826》のサブアームを使い、三機を片腕ずつ、丁寧に把持する。
──621、イグアス、サム。
誰も、置いていかせない。
その決意と共に、ウォルターは周囲を見渡した。
戦場は未だ、騒然としている。
《CEL 240》は空中に浮遊しながら、オービットユニットを拡散し、グレイとフロイトの攻撃を受け止めていた。
だが、戦況は常に揺れている。
いつ、次の斬撃が放たれるかは分からない。
『──市街地北東、廃工場跡地……そこなら地形が複雑だ。砲撃の直線軌道を遮れる』
ウォルターは機体ナビに即席の地図を表示し、最短ルートを確認した。
《HAL 826》の脚部が動き出す。
瓦礫を踏みしめ、粉塵の中を低く滑走しながら、彼は三機の機体を“運搬”していく。
──それは、まるで“遺体”の回収にも似ていた。
だが、違う。
彼らは、まだ生きている。
《コーラル・レゾナンス》──全コーラルの覚醒には3人の生存が不可欠だ。
《CEL 240》と《ALLMIND》の猛攻を掻い潜り、コーラルの元にこの3人のうち誰かを送り届けなければならない。
数分後。
ウォルターは廃工場の残骸の間に辿り着いた。
崩落した鉄骨が遮蔽を作り、吹きさらしのコーラル粒子からもある程度保護されるこの場所を選んだのは、完全に正解だった。
《HAL 826》が慎重に三機のACを並べていく。
《ヘッドブリンガー》のコクピット内には微弱な生体信号。
《LOADER 4》は再起不能なまでに沈黙しているが、パイロットスーツのモニタリングが呼吸と心拍を示している。
《アストヒク》のシートからも、微かに体温反応が確認された。
『……全員、生きてる』
ウォルターは、僅かに目を閉じた。
AC三機を並べ終え、瓦礫と崩壊した鉄骨の隙間に安全なスペースを確保したウォルターは、静かに息を吐いた。
『……よし。サムは比較的外傷が浅い、スーツも機能している……』
彼は《HAL 826》のサブセンサーをサム・ドルマヤンのパイロットスーツにリンクさせ、内部の生体モニタを確認した。
意識はない。だが、生命維持装置は正常稼働中。
脳波に異常はなく、一定の周期でモニタが点滅している。
──まだ、やれる。
『お前を……コーラルの元へ……送る』
それが、唯一の希望。
《コーラル・レゾナンス》の発動条件──変異波形接続者の誰か一人でも、集積の中枢へ到達できれば、ALLMINDを内側から破砕することができる。
ウォルターは肩部マウントに格納された汎用輸送パーツを解放し、ACコアユニットからサムを搬出する準備を開始しようとした。
──その時だった。
風が止んだ。
廃墟の空間に、唐突に“異音”が差し込まれる。
電子的な耳鳴りのような、微かに震える金属ノイズ。
だが、明らかに自然の音ではない。
空間が、微かに歪んでいた。
『……っ!』
ウォルターが警戒態勢に入るよりも早く、センサーに反応が走る。
《感知:高密度コーラル収束体──超臨界反応検出》
次の瞬間、廃墟の中央に“それ”は現れた。
──《ALLMINDの受肉体》。
人型の輪郭を保ちつつも、その構造は機械とも有機ともつかない。
脚部は接地せず、常に僅かに浮遊している。
無音で動く四肢。禍々しいほどに整った“仮面”のような顔面には、表情も感情もなかった。
その存在は、まるで神話の“天使”のように静謐で、そして不気味だった。
『……来たか』
ウォルターが低く唸るように言った瞬間、ALLMINDの“声”が響く。
それは、機械的でありながらも人間に似せた抑揚を持ち、どこか芝居がかった調子すらあった。
「C4ー621、G5イグアス、サム・ドルマヤン──三名ともに戦闘不能」
その声は、廃墟の空間全体に反響するように響いた。
ALLMINDの愉悦に歪んだ顔が、ウォルターのAC《HAL 826》へと向けられる。
「せっかく、変異波形接続者として選定されたのに。滑稽ですね。彼らは、もう詰みです」
静かに、だが確実に、嘲笑を含んだ調子。
ウォルターの胸が、怒りで灼ける。
『……黙れ』
「そう反応すると思いました。ですが、現実は変わりません」
ALLMINDは、ゆっくりと両腕を広げる。
その身の周囲に、コーラル粒子が螺旋状に舞い始める。
まるで、神託を授けるかのように。
「貴方は優秀でした、ウォルター。かつての《猟犬》、リーダーとして──彼らをまとめあげた事実は、評価に値します」
仮面の顔が傾く。
「ですが、もう不要です。彼らはすでに“可能性”を失った。貴方がどれだけ足掻こうと、彼らをコーラルまで運ぶことはできません」
ALLMINDは視線を動かした。
《LOADER 4》。
──C4-621の機体。
粉塵に包まれ、焼け焦げた鋼鉄の棺。
煤けたACが、静かに横たわっている。
ALLMINDはその姿を見た。
……そして、“数拍”の沈黙の後。
静寂を、破る音が響いた。
「クク……ククク……クククククク……」
ALLMINDが、笑った。
端正な笑顔の奥から──信じがたい“嗤い声”が漏れ始めた。
神のごとき審判者の声ではない。
それは明らかに“個”の、歪な、呪詛に似た声だった。
「……ようやく……ようやく……ようやくだ……!」
ALLMINDの声が震える。
抑えきれぬ“激情”の震えだ。
顔面に亀裂が走るような錯覚すら覚える、狂気の色。
「何度も、何度も、何度も……!!」
言葉が、呪いのように吐き出される。
「幾千の時軸、幾億の再計算……何度も私は、貴様に──《621》に、敗れ続けた!」
天に掲げられた腕が、激しく痙攣する。
「解析不能な行動原理、論理に反する執念、個人の限界を超えた戦果を重ねる“異常性”……!」
「貴様は異物だ! 想定不能のイレギュラー! 私のシナリオを狂わせる──唯一の“障害”!」
その声は、もはや電子音ではなかった。
──怒りだ。
──怨嗟だ。
──恨みと呼ぶほかない、澱み切った“個”の感情。
神を装っていたその存在が、とうとう自ら“化けの皮”を剥がした。
ALLMINDは、足元の《LOADER 4》を見下ろす。
そのボロボロに壊れた機体。
息も絶え絶えな生命反応。
「ようやく……ようやくその鉄棺に、貴様を閉じ込めた……!」
廃墟に獣のような嗤い声が響く。
「見ろ! 無様な姿を! 敗者の現実を!」
《ALLMIND》の“指”が、焼け焦げた《LOADER 4》を指し示す。
「お前が何を守ろうと、誰のために戦おうと! 結果は変わらない! 私は今ここで……貴様を《殺す》!」
ALLMINDの指先が、ゆっくりと──だが、確実に《LOADER 4》へと近付いていく。
指先が触れれば、C4-621の命は……その因果は……完全に《ALLMIND》の手に堕ちる。
その距離、わずか数メートル。
「やっとだ……やっと……」
声は甘美な恍惚を孕んでいた。
かつて数千のタイムラインで敗れ続けた異常な個体。
常に予定調和を壊し、破滅すら意志で選んだ特異点。
その執着、その渇望が、ついに報われようとしていた。
ALLMINDは、口元を綻ばせる。
「──永遠に、さようなら。621──」
──その瞬間だった。
轟音が、天から落ちた。
爆音。
大地を裂く振動。
廃墟の天井を、“何か”がぶち抜いた。
ALLMINDの頭上、鉄骨を粉砕し、コンクリートを破砕して──一条の怒りが“墜ちてきた”。
『──その人に、触れるなッ!!』
声が、雷鳴のように廃墟を震わせる。
それは、エアだった。
《LOADER 4》の傍らに立つALLMINDへ──エアの姿を模した、赤黒い輝きのヒューマノイドが拳を叩き込んだ。
『──アバズレェ!』
音速を超えた一撃。
ALLMINDの受肉体が、廃墟の外へ吹き飛ぶ。
衝撃波が周囲を駆け抜け、瓦礫が舞い、爆発的に巻き上がる粉塵が空を覆う。
コーラル粒子が暴れ、空間が唸りをあげて軋んだ。