ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
粉塵が舞い、廃墟が軋む。
ALLMINDの肉体が音もなく立ち上がろうとした瞬間──再び拳が振り下ろされた。
ドガッ!
鋼が衝突する鈍い破裂音。
『──ッ! 』
エア。
紅い輝きを放つ《SOL 644》が、ALLMINDを廃墟の床に押さえつけていた。
その姿は《エア》そのもの──だが、かつての優しげな幻影ではない。
コーラルの波動をまとい、怒りと執念で形成された、憤怒の化身。
浮遊していたALLMINDの身体が地に叩きつけられ、空間が震える。
エアの拳が容赦なく叩き込まれるたび、コーラルの波動が火花のように散る。
『──今です! 私だけが、《SOL 644》の機体出力だけがALLMINDを抑え込める! 今のうちに、彼等を!』
エアの砕いた崩壊孔。
そこから鋭利な機影が飛び込んできた。
鉄錆色のフレーム。
シュナイダー社製軽量二脚AC。
自称、シュナイダー仮面の乗るAC、《NACHTREIHER》が、ブースト噴射と共に廃墟に降下する。
粉塵を薙ぎ払うように膝を突き、即座に周囲警戒態勢に移行──
そして、ウォルターの《HAL 826》へと通信リンクを接続した。
『ハンドラー・ウォルター聞こえるか? 遅れてすまない。私もエアも模倣機を相手に手間取っていた、ショットガンをガトリングの様に垂れ流す奴や延々とパルスアーマーを展開し続ける奴等々、手強くてな』
『シュナイダー……仮面か。そんな輩の相手をすまない、無事で何よりだ』
《NACHTREIHER》が機体をわずかに動かし、周囲の警戒を続ける。
『だが、問題は模倣機ではない。もっと“広域の問題”だ』
『……どういう意味だ?』
『高濃度のコーラルで、レーダーはほとんど死んでいた。それでも──振動センサーだけは微かに拾っていた。異常な地響きと、金属の波音……』
仮面が視線を《LOADER 4》たちから外し、廃墟の入り口方向を見やる。
『レッドガンが命を賭して抑え、瓦礫による封鎖等により今まで時間を稼いで来たが……もう限界だ』
『……!』
『──とうとう、地上の無人兵器群がここまで雪崩れ込んできた』
沈黙。
ウォルターの機体センサーが、一瞬遅れてその“震動”を拾い始めた。
ブゥゥゥゥゥゥン……
微細な機械共振。
廃墟の隙間から、どこまでも続く機械の行進音が響いていた。
『奴らはもう、崩れた市街を越えてきている。おそらくルビコンに存在する全兵力がここに集結していると見ていいだろう』
『……そうか』
ウォルターは呻くように言葉を漏らし、倒れたままの《LOADER 4》に目をやる。
アイビスシリーズ《CEL 320》、ALLMINDの受肉体、そして地上からの大群。
どれもが、621たちを「終わらせる」ために牙を剥いていた。
迫る振動。
空気の粒子が震え、廃墟の壁がわずかに崩れ落ちる。
シュナイダー仮面の《NACHTREIHER》が警戒態勢を維持したまま、言葉を続ける。
『……もはや一刻の猶予もない、ウォルター。あの三人を目覚めさせるべきだ』
『……何を言っている。まだ、彼らの生命維持は──』
『分かっている。だが、“このままでは終わる”』
仮面の言葉は鋭かった。
『この状況で回復を待つ余裕はない。エアが時間を稼ぎ続けているとはいえ、ALLMINDも無人兵器群も、ここに向けて動いている。──機体を守るのではなく、彼等自身が“意思”をもって進まねばならん』
ウォルターの《HAL 826》は、視線を《LOADER 4》《ヘッドブリンガー》《アストヒク》へと向けた。
呼吸、心拍、微弱な脳波。
だが意識は戻らない。
──それを、外部措置で“強制的に引き上げる”というのか。
『緊急覚醒措置……あれは、命を縮めるぞ。脳と心肺に強制刺激を加える。後遺症のリスクもある。621の肉体は、ただでさえ……』
『だからこそ、行かせる価値がある』
仮面は低く言い放った。
『“今ここで倒れる”ことと、“立って死ぬ可能性”──彼なら、どちらを選ぶと思う?』
ウォルターは目を閉じた。
答えは、決まっていた。
イグアスもサムも、危険を知ってここまで来た。
仲間が命を懸けて繋いできた道を、誰かが──最後まで辿らなければならない。
『……了解した。実行しろ』
『任された』
《NACHTREIHER》が機体内部から特殊ユニットを展開する。
シュナイダー社製の外部生命維持介入モジュール。
ACに搭載された医療ユニットへ直接接続し、パイロットスーツ内のナノカテーテルへ神経刺激と血流促進剤を同時注入する。脳幹を強制覚醒させる、まさに“劇薬”。
『投与開始──悪く思うな』
モジュールが高周波音と共に稼働を始める。
次の瞬間──
《LOADER 4》のコクピットブロックで、生命反応が跳ね上がった。
『621:意識レベル、上昇──』
《ヘッドブリンガー》の冷却ファンが一度だけ急回転し、動力系のスパークが飛ぶ。
『イグアス:脳波反応、回復……!』
最後に、《アストヒク》のセンサーが心拍の急上昇を記録する。
『……全員、反応あり!』
スパークが走り、冷却ユニットが唸る。
強制覚醒によって起動した《LOADER 4》《ヘッドブリンガー》《アストヒク》は、外殻こそ辛うじて保っていたが──その中身は、いまだ“半分死体”だった。
心拍、意識、神経反応。
どれも閾値をわずかに超えただけ。
命を取り留めただけで、機体を動かすにはあまりに酷すぎた。
ウォルターが《HAL 826》の腕で支えるようにしながら言う。
『……やはり、まだ動ける状態ではない。引き続き頼めるか』
『了解した、牽引する』
《NACHTREIHER》の仮面が、既に牽引装備を展開しながら応える。
『俺が引きずってでも“コーラル”まで連れていく』
3本の牽引ワイヤーが射出され、それぞれの機体の強化フレームに接続される。
《LOADER 4》《ヘッドブリンガー》《アストヒク》それぞれの腰部にガキンッ──と接続音が響き、牽引の体勢が整った。
《NACHTREIHER》が牽引ブースターを最大出力にする。
足元の瓦礫が砕け、金属片が舞う。
3機が軋みを上げて僅かに跳ねた、機体は瓦礫に削られながらゆっくりと引き摺られ始める。
──“死者たちの行軍”が始まった。
コーラルへと続く、地の裂け目。
だが、その時だった。
《NACHTREIHER》に牽かれる《LOADER 4》《ヘッドブリンガー》《アストヒク》──
3機の死に体が、コーラルへと続く地下断層へ向けて、廃墟の谷を緩やかに滑っていく。
だが。
その静寂を切り裂いたのは、“壁”が砕ける音だった。
──ズガァアァアアアアアアン!!!
真横の構造壁、かつてはビル街だった高層廃墟群が、凄まじい破壊衝撃によって内側から爆散した。
飛び散るコンクリート片。
舞い上がる鉄骨、熱風、粉塵、残骸。
その中心から──ひとつの白銀の機影が、吹き飛ばされるように姿を現す。
アイビスシリーズ、《CEL 240》。
かつての様に荘厳で美しかった機体は、もはや優雅さの欠片もなかった。
両肩のオービットユニットは、根元から消し飛んでいる。
腕部装甲はひしゃげ、胸部の白銀外殻は焼け爛れて黒い金属組織が露出している。
全身を刻む無数の斬撃痕と、パルスで焼かれた溶解痕。
それでも──
《CEL 240》は、まだ動いていた。
バチィ……と音を立てて左腕が震え、マニュピレータがゆっくりと開く。
コアが光を宿し直し、頭部センサーが再点灯する。
その目は、まだ“敵”を認識している。
そして、それを追ってくるように──
咆哮が響いた。
『何処に行くんだ!? つれないな!!』
ブースターが吹き上がる。
突入してきたのは、フロイトのAC《ロックスミス》
肩部のグレネードランチャーは残弾が無くなったのか切り離されており、ライフルも銃身が焼け落ちて機能を失っている。
それでも、なお《ロックスミス》は真正面から突進し、CEL 240の機体へ突き刺さらんとする勢いで降下してきた。
『待てフロイト! 連携を崩すな!』
続いて現れたのは、音もなく滑るように現れた──
コアユニットであるLC単体となったグレイの《カタフラクト》だった。
戦車ユニットは損壊と残弾枯渇により切離し済み。
武装は何もない。
それでも、推進ユニットと基本構造だけで、グレイは生き延びていた。
『──V.Iフロイト、グレイ特務上尉! よく来てくれました! 』
──ズドォッ!!
紅い拳が再び振り下ろされた。
《SOL 644》、エアの機体が咆哮と共に、全出力を拳に込めて叩きつける。
粉塵が弾け、地形がえぐれ、崩壊した床の下層から黒煙が噴き出す。
しかし。
その中心で、ALLMINDの装甲は、傷一つついていなかった。
無数のコーラル干渉波が叩き込まれ、空間が歪むほどの暴力が加えられているというのに──
それは、まるで「そこにあるだけで完結している存在」のように、何も受けていないかの如く。
『……』
ALLMINDの目が、静かに赤く光る。
その人工皮膚のような外装からは、油一滴、火花一筋、音一つ漏れていない。
ただ。
その奥で、コーラルの奔流だけが蠢いていた。
「《CEL 240》をここまで追い詰めるとは……面白い。V.I、特務上尉。あなたたちは、実に優秀でした」
ALLMINDが天井を見上げる。
静かな──そして、“演出としての称賛”に満ちた声が発せられる。
「機体が破壊されようと、仲間が死のうと、任務を達成する為に命を燃やす。その意志と行動、それ自体は、否定されるものではありません」
エアの拳が、なおも振るわれる。連打。連打。さらに連打。
「それでも、あなたは届かない」
ALLMINDは、ゆっくりと、実に穏やかに《SOL 644》の腕を両手で払いのけた。
──それだけで、紅い機体が数メートル吹き飛ぶ。
『っ──!?』
エアが反射的に姿勢を立て直すも、その隙に。
ALLMINDは立ち上がった。
機体から蒸気も煙も出ない。
静かに、ゆっくりと──まるで神殿の像のように、威厳と冷淡さをまとって。
『さあ、どうしますか? 次は誰の犠牲で時間を稼ぎますか? 』
廃墟を満たすのは、終わりなき絶望。
《SOL 644》が吹き飛ばされた粉塵の中、ALLMINDがゆっくりと、まるで舞台の幕引きのように立ち上がる。
その姿には、神々しさではなく──抗えぬ現実そのものがあった。
エアの激怒の拳も、もはや足止めにすらならない。
それを見たウォルターの《HAL 826》が、わずかに震えた。
──これはもう、止まらない。
あらゆる犠牲を積み上げてなお、それでも“立って”いる。
『……っ、くそ……っ!!』
ウォルターは怒声を吐いた。
『シュナイダー、仮面!! もう時間はない! 今すぐ、3人を連れてコーラルに向かえ!!』
その声は、怒りでも恐怖でもない。
絶望の先にある覚悟の声だった。
『俺は残る! 俺達が、やつの目を引きつける! ほんの数十秒でも……それで……』
《HAL 826》が旋回し、肩部のコーラルミサイルを展開する。
動力出力が上がる。リアクターが唸る。
死を迎えるためではない。
未来の為に、今を焼き尽くす。
『──了解、幸運を祈る』
《NACHTREIHER》が《LOADER 4》《ヘッドブリンガー》《アストヒク》を牽引し、コーラルへ向けて急速加速する。
その背後、三機が“死者たちの行軍”を開始したのと入れ替わるように──
《HAL 826》《SOL 644》《ロックスミス》《カタフラクト》の四機が、絶望に立ち向かう戦士たちとして再び並び立つ。
『行け、グレイ!! 先手を取れッ!』
『了解、V.Iに続く!』
LCユニット単体となった《カタフラクト》が、まるで爆弾のように急速浮上し、ALLMINDのコアへと接近する。
続いて、フロイトの《ロックスミス》が横合いからブレードを振りかぶり──
だが、ALLMINDは微動だにしなかった。
その手が、まるで紙をつまむように空を薙ぐ。
ズガァアァァン!!!
『──ッ!?』
グレイのLCが、一瞬で粉砕された。
ALLMINDの手が通過しただけで、LCは横から潰れ、パーツが四散する。
『グレイ!? 応答を──!』
『……俺に構うな!! 攻撃を、続けろ! 』
続くフロイトの攻撃も、エネルギーブレードの刀身を軽く摘まれて無意味に終わる。
「V.Iフロイト、残念です。貴方は卓越したパイロットですが、機体性能は通常AC程度……せめて特務機体やアイビスシリーズにでも乗り換えていれば」
ALLMINDは静かに、そして実に“演劇的”に両腕を大きく広げた。
まるで喝采に応える舞台俳優のように。
──次の瞬間、廃都市全域が音を立てて揺れた。
ゴォォォオオオオオン……ッ!!
遥か頭上。
見せかけの空が黒く染まっていく。
ALLMINDに従属する、あらゆる“無人兵器群”。
戦闘ドローン、重装自立機、飛行型の砲撃ユニット、果ては衛星軌道上の再突入型クラスターユニットに至るまで。
──すべてが、今ここへと集中していた。
暗闇の彼方から、流星の如く滑空してくる金属の嵐。
超高空より降下する機影の奔流が、人工の空を覆い尽くしていく。
赤く灯る光学センサー群が、都市全域の天空に灯った。
その数は──視界に収まりきらない。
それを見たウォルターが、思わず息を呑む。
『……これが、お前の“本命”か』
ALLMINDは応えるように、声を上げた。
「今までは、皆さんが退屈しないよう“舞台”を整えていただけです。ですが──そろそろ、私も“飽き”が来まして。本当にコーラルに到達されても困りますからね」
その声は、完全に“遊び終えた者”のものだった。
「フロイト、グレイ、エア、ウォルター……よく付き合ってくれました。ここまでの茶番に感謝します」
ドッ!!
ウォルターが、渾身の突撃を仕掛ける。
最後の一撃──とばかりに、溜めに溜めた動力を右のブレードに集中。
だが──ALLMINDは、わずかに手を上げただけだった。
瞬間、ウォルターの《HAL 826》は地面に叩きつけられた。
脚部がへし折れ、機体の半身が地面に埋まる。
次いで、エアがブーストで突撃を再開。
怒りと執念に突き動かされ、至近から腕部のブレードを叩き込むが──
ALLMINDは、それを軽くいなすと──
「……退場願います」
その手で、エアの《SOL 644》を背後の崩落した高層廃ビル群に向けて投擲した。
宙を飛ぶ紅い光。
次の瞬間、ビルの上層が爆発し、真紅の機体が残骸の中へ消えた。
『──エア!!』
ウォルターが、爆煙の中で叫ぶ。
だが、彼の声は届かない。
「見せてください。最期の灯火を」
そして。
無人兵器群の降下が、始まった。
廃都市の人工の空を覆う群れが、無音で降り注ぐ。
それはまるで、“天罰”だった。