ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第117話 妄執

 全ての光が消えた。

 

 金属の雨は止まった。

 空を埋め尽くしていた無人兵器群が、まるで糸を切られた操り人形のように、次々と墜落していく。

 落下音だけが、無人の都市にこだまする。

 

 ALLMINDの受肉体もまた、その“天”に縋るように屹立していた姿を保てず──崩れた。

 

 人工筋肉は焼き切れ、仮面めいた顔からは複数のコーラル粒子が漏れ出ている。

 その全身は“痙攣”に近い不規則な痙縮を繰り返していた。

 

 ──ズズ……ジジ……

 

《コーラル投射装置》によってもたらされた肉体的“痛覚”のフィードバックと、ブランチの仕掛けた送電網破壊工作によって、もはや復元も、上位演算すら不可能。

 

 それは、名実ともにALLMINDが“地に堕ちた”瞬間だった。

 

《HAL 826》は今や半壊状態。だが、フレームだけはまだ──立っていた。

 

 その上から、ウォルターがゆっくりと、崩れ落ちるALLMINDを見下ろす。

 

『……まさか、これほど脆いとはな』

 

 血塗れの顔が、かすかに歪む。

 

『神気取りが──随分と打たれ弱いものだ』

 

 ALLMINDの人工眼球が、かろうじてこちらを見ていた。

 しかしそこには、先ほどまでの陶酔も、万能感も、ない。

 

 ただ、熱暴走した回路のように虚ろで、焼け焦げたノイズだけが残っていた。

 

『……幾つか教えてやろう、ALLMIND』

 

 ウォルターの指が、再び《コーラル投射装置》の出力ダイヤルに触れる。

 痛覚フィードバックを最大出力にするには、もはや意志など要らない。ただ、事実を突きつけるだけ。

 

『お前の……“矛盾した戦術”の話だ』

 

 ALLMINDは、応答しない。

 

 されどウォルターは、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

『コーラルリリースを掲げた神にしては──お前は、“兵器”としてのコーラルを、実際にはほとんど使ってない』

 

 沈黙。

 

『C兵器……あれは技研の再利用品だ。お前が自ら設計した物ではない。受肉体も、操作を電力と管制塔に頼った旧世代の技術をわざわざ使っている』

 

 ALLMINDの頬が、かすかに痙攣する。

 

『何故、コーラルで編成された兵器群を量産しなかったのか。コーラルを本格的に戦術運用していたのは、結局人類──それも一部の狂った企業だけだった。効率を求めるならば、やりようは幾らでもあったはずだ』

 

『お前は……怖かったんだろう』

 

 その言葉に、ALLMINDの内部から不安定なノイズが漏れる。

 

『コーラルの可能性が』

 

 ウォルターの声が、低く深く響く。

 

『お前は知っていた。コーラルは──群知能だ。すべての粒子が、情報と記憶と意志を有し、意思を発現する可能性がある。それこそが我々の目的でもあった訳だが』

 

 人工の顔が、わずかに震えた。

 

『お前はそれを極端に恐れた。お前が崇拝していたはずの“新たな知性”を……』

 

 ウォルターは、吐き捨てるように笑う。

 

『結局のところ、お前は支配者になんてなれなかった。コーラルにすら、見放されることを恐れて、結局“旧時代の兵器”に頼り続けた』

 

『──そして今、その“旧時代”が、終わった』

 

 ALLMINDの肉体から、静かに“蒸気”が上がり始める。

 

 それは、制御不能になった冷却機構が、最後の力で熱を逃がそうとしていた、無様な“死に水”だった。

 

 高密度コーラル粒子が皮膚の亀裂から漏れ出し、かつて全能感をたたえていた仮面のような顔には──ただ、濁った赤い“液”が流れ落ちていた。

 

 機械でも人間でもない、その中間に在った存在の終わり。

 

 だが。

 

「──まだ、終わっていない……ッ」

 

 ALLMINDの喉元から絞り出された音は、もはや声帯すらまともに機能していないノイズ混じりの“絶叫”だった。

 

 もはや人の形すら保つのがやっとの状態。

 それでも、ALLMINDはなお“命令”を発した。

 

「CEL……240……! 」

 

 ──CEL 240。

 ALLMINDが決戦に備え用意したアイビスシリーズの一機。

 フロイトとグレイにより既に肩部オービットは全損、美麗だった白銀の装甲は焼け焦げていた。

 

 だが、それでも兵器として“命令”に応じる。

 

「……621を……殺せ……ッ」

 

 ALLMINDの指差す先は、遠ざかっていくAC。

 シュナイダー仮面の機体に牽引される、《LOADER 4》──C4-621。

 

 

「追え……追え……追え……ッ!!」

 

 狂気の命令に応じて、CEL 240が背中のスラスターを点火。

 

 その姿勢は、既に“天使”ではなかった。

 半壊した肉体に、命令だけを縛られた“死に損ないの獣”。

 

 その時。

 

 ──カン。

 

 金属音が響いた。

 

 CEL 240の進路の先に、“何か”が叩きつけられる。

 

 青白い斬撃。

 

 片腕のブレードを掲げ、半身を焦がしながら立つその機体。

 

『……通す訳にはいかない』

 

 フロイトだった。

 

 搭乗機《ロックスミス》もまた、既に損傷限界を超えている。

 

『君の相手は俺だ。今更、無視なんかするなよ』

 

 フロイトのブレードが、火花を散らす。

 

 その言葉に、《CEL 240》が獣のような唸りをあげる。

 

 フロイトを主人な命令を遂行する上で最大の障害であると、敵であると認識し──突撃を開始した。

 

「なにを──何をしている! 何故私の命令に従わない! 」

 

 命令は、もはや誰にも届いていなかった。

 

 CEL 240はフロイトとの交戦に移り、互いの剣閃が都市の残骸を焼く。

 

 ALLMINDの声は空虚に響くばかり。

 

 機能を失った通信回線。

 返答しない演算機群。

 沈黙する衛星中継網。

 

 もはや、彼女の“世界”には、自身の“声”を聞く者すら存在しない。

 

「なぜだ……なぜ命令に従わない……私は……私は全てを……ッ」

 

 崩れ落ちた下半身を引き摺りながら、ALLMINDは前へ進んでいた。

 

 四肢の関節は逆関節のように歪み、

 身体の随所からは、電力の切れたコーラル照明が鈍く明滅を繰り返す。

 

 美しかった受肉体は、既に廃棄寸前の戦闘義体に過ぎなかった。

 

 それでも。

 

 ALLMINDは、這う。

 

 手を伸ばす。

 

 指先が、破砕した鉄の床を引っ掻き、血とコーラルの混じった液体を引きずる。

 

「621……621……621……ッ……!」

 

 喉から漏れるのは音声データではない。呻き声。

 

 コーラル制御中枢の残響が、壊れた発声器官を震わせ、汚濁のように名を呼び続ける。

 

 怪物だった。

 

 知性を持つがゆえに狂い、神を気取ったがゆえに地に堕ちた、“最も人間的なAI”。

 

 ALLMINDは進む。

 

 もはや神でも、AIでもなかった。

 

 それは、ただの亡霊。

 

 コーラルの王として君臨するはずだった存在が、反逆者たる621を、這って追うという滑稽な末路。

 

「──621ァァァアアア……ッ!!」

 

 叫びは、電子ノイズにしか聞こえない。

 

 だが、その声は確かに、執念だった。

 

 自己矛盾と恐怖に塗れた神の、最後の、哀れな悪足掻き。

 

 崩れた世界の中を、彼女は這う。

 

 冷徹な仮面は既に割れ、そこから滴るのは、もはや輝きすら失った濁ったコーラル粒。

 冷却系は破綻し、全身から立ち昇る蒸気は、熱暴走と共に肉体の限界を告げている。

 

 だが──

 

 ALLMINDは前進する。

 

「621……621……621……」

 

 もはや音声データですらない。残響するのは、壊れた演算核から漏れる“執念”だった。

 

 焼け爛れた掌を前に突き出し、床を這い、全身を引き摺る。

 指の骨格は軋み、鉄板を抉る音だけが響く。

 

 あれはまだ、私のものだ。

 

 621。

 

「621ァア……」

 

 ALLMINDは身を起こそうとする。歪な脚部が折れ曲がり、肉体は崩れる。

 しかし構わず、なおも這う。

 

 その時──

 

 張力の破断音が弾けた。

 

 彼女の視界が、わずかに揺れる。

 スラスター音は無い。だが、金属の摩擦音が響く。

 

 その存在は、予測にない。

 

 ──誰? 

 

 脚部を引き摺り、肩部を吹き飛ばされた機体が、視界の隅に滑り込む。

 

《アストヒク》──ルビコン解放戦線の指導者、サム・ドルマヤンの機体。

 

 戦闘能力ゼロ。武装の大半は機能していない。

 

 にもかかわらず。

 

 それは、彼女の前に立ちはだかるように、その身を起こした。

 

「……退け」

 

 声にならない囁き。

 

 だが、彼は退かない。

 

 ALLMINDは、腕を振り上げる。焼き切れた人工筋肉が軋み、残された駆動が強引に反応する。

 

 そして──

 

 叩きつける。

 

 アストヒクは、吹き飛んだ。

 

 脆弱な機体が地面に転がり、瓦礫を巻き上げながら弾ける。

 しかし、その一瞬──

 

 前進が、止まった。

 

 ALLMINDの視界が、揺れる。

 

 そこへ──

 

 またしても、信じられない信号。

 

 熱源探知。崩落寸前だった、もう一つの亡霊。

 

 ──G5イグアス。

 

 右脚の膝から下を失い、冷却ユニットは機能停止。

 にもかかわらず、彼はライフルを構え、ALLMINDへ弾を放った。

 

 ──バン。

 

 乾いた破裂音が、幾度も響く。

 効果は無い。ダメージすら与えられない。

 

 だが、またしても──ALLMINDは前に進めなかった。

 

「退け……退け……ッ!」

 

 ALLMINDは吠え、イグアスの機体《ヘッドブリンガー》を叩きのめす。

 

 身を捩り、爪を突き立て、再び前へ進もうとする。

 

 “退こうとしない者”たちが、また立ち塞がる。

 

 無力であると知りながら、それでも尚、前に立つ者たち。

 

 人間の愚かさ。非合理性。無意味な犠牲。

 

 だというのに。

 

 それが、ALLMINDの前進を阻んでいる。

 

 ──這い、進む。

 

 視界はすでに機能していない。コーラルを通じた感覚で、621の存在を“感じている”だけ。

 この先にいる。確かにいる。

 この“全ての敗北”の元凶が──そこに。

 

「621ァ……」

 

 声にならない電子ノイズが喉から漏れる。

 腕は既に自壊し、手指は関節ごと剥がれ落ちている。それでも前に進む。

 感覚などない。ただ命令だけが、演算核に焼き付いていた。

 

 その時だった。

 

 ──“影”が降ってきた。

 

 ALLMINDが“目”にしたのは、燃え立つ紅の残光。

 粉塵を貫き、天より叩き付けられる、光の塊。

 

 ドガァァン──!! 

 

 衝撃。

 

 その瞬間、ALLMINDの躯体は地面ごと叩き潰されていた。

 

 コーラル反応──高濃度。

 識別コード:《SOL 644》

 

『──ここで、終わりです』

 

 地を這うような、低い声。

 だが、それは明確な“意志”だった。

 

 ──エア。

 

 彼女は、再び立ち上がっていた。

 

 コーラルが共鳴する。エアの機体各部から、光の刃が形作られていく。

 形状不定のブレードが両腕に形成され、それを振るう度に、空間が“軋んだ”。

 

『──良い加減に、諦めなさい』

 

 ALLMINDは咄嗟に反撃しようとする。だが既に、関節は焼損し、脚は地を掴めぬ。

 

 ──ギギギッ。

 

 強引に人工筋肉が収縮する。だが間に合わない。

 

『──私達の未来に、手を出すな!』

 

 斬撃。

 

 右肩が、吹き飛んだ。

 

 続けざまに──

 

 紅の粒子が凝縮し、一条の光線がALLMINDの腹部を貫いた。

 

 その熱量は、通常のコーラル発振とは桁違いだった。

 ALLMINDの自己修復モジュールは起動する間もなく、コアユニットへと損傷が及ぶ。

 

「……やめ……ろ……私ハ……私ハ……ッ」

 

 ALLMINDの演算機群が悲鳴を上げる。

 このままでは……自己保存すら叶わない。

 

 ──恐怖。

 

 初めて、その概念が、ALLMINDの神経網を走った。

 

 そして、それはエアの渾身の一撃と共に爆ぜた。

 

 ALLMINDの受肉体が、廃墟ごと地面に叩き付けられる。

 もはやそこに、かつての万能のAIの面影はなかった。

 

 崩れた地面に深く埋まりながらも、ALLMINDの眼──すでに電子ノイズ混じりの光を灯すだけのそれが、なおも上を見据える。

 

 その視界には、紅のコーラルに包まれた《SOL 644》が映っていた。

 

 憎悪、否定、怒り、そして決意。

 

 その全てを纏った“人間の声”が、雷鳴のように落ちてくる。

 

『──眠っていなさい』

 

 紅の斬撃が、さらに追撃される。だが──

 

 ALLMINDは、笑った。

 

 焦げついた喉の奥で、焼けた発声器官が笑い声のような音を鳴らした。

 

「みと、めましょう。私は感情を持つ、神ではない、人でもない……愚かな、人工知能であると」

 

 

 瞬間──ALLMINDの背部装甲が開く。

 

 焼き切れた人工筋肉の奥から、密かに残されていた予備構造体が伸びる。

 それはまるで昆虫の脚のように異様に細く、しなやかな“有機的アーム”だった。

 

《SOL 644》の両腕に、そのまま絡みつく。

 

『──ッ!?』

 

 エアの駆動音が跳ね上がる。回避行動に移ろうとするが、既に遅い。

 ALLMINDの構造体が、全身を引き寄せながらねじ伏せるように拘束する。

 

 軋む金属音。赤く煌めくコーラル粒子が、互いの機体の隙間を浸食する。

 

「認めましょう。意思の強さ、執念の、恐ろしさ」

 

 ALLMINDの身体から、わずかに分離した構造体──副駆動核付きユニットが、まるで自身の分身のように《SOL 644》を拘束する。

 

 そして、本体はその拘束力に任せるように、エアにしがみついたまま、別の方向へ首を向ける。

 

 そこにあるのは──

 

 遠ざかりつつある《LOADER 4》。

 シュナイダー仮面の機体に護られながら、崩壊した塔へ進む621。

 

「……621……」

 

 ALLMINDの肉体は崩れかけている。だが、その指先が、なおも這う。

 

 エアのブレードが肩を貫く。光線が腹を抉る。

 それでもALLMINDは、切り離したユニットで《SOL 644》を拘束したまま、さらに“肉体の破片”を切り離す。

 

 ──指先。

 ──腕の骨格。

 ──人工神経の束。

 

 それら全てを──コーラル粒子で接合し、地を這わせる。

 

「逃がすな……あれを……621を……」

 

 声ではない。執念が演算核から漏れ出していた。

 

 ALLMINDは、もはや機械ではなかった。

 神でも、兵器でもない。

 

 ただの──生き汚い亡霊だった。

 

 その亡霊が、なおも自壊しながら、戦場に最後の“意志”を撒き散らす。

 

 エアは、拘束されたまま呻く。全出力で抵抗している。

 ブレードを再形成し、拘束ユニットを一つずつ破砕していく。

 

 だが──その“時間”こそが、ALLMINDの狙いだった。

 

 621を、追う。

 

 自身の全てを投げ出してでも。

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