ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
全ての光が消えた。
金属の雨は止まった。
空を埋め尽くしていた無人兵器群が、まるで糸を切られた操り人形のように、次々と墜落していく。
落下音だけが、無人の都市にこだまする。
ALLMINDの受肉体もまた、その“天”に縋るように屹立していた姿を保てず──崩れた。
人工筋肉は焼き切れ、仮面めいた顔からは複数のコーラル粒子が漏れ出ている。
その全身は“痙攣”に近い不規則な痙縮を繰り返していた。
──ズズ……ジジ……
《コーラル投射装置》によってもたらされた肉体的“痛覚”のフィードバックと、ブランチの仕掛けた送電網破壊工作によって、もはや復元も、上位演算すら不可能。
それは、名実ともにALLMINDが“地に堕ちた”瞬間だった。
《HAL 826》は今や半壊状態。だが、フレームだけはまだ──立っていた。
その上から、ウォルターがゆっくりと、崩れ落ちるALLMINDを見下ろす。
『……まさか、これほど脆いとはな』
血塗れの顔が、かすかに歪む。
『神気取りが──随分と打たれ弱いものだ』
ALLMINDの人工眼球が、かろうじてこちらを見ていた。
しかしそこには、先ほどまでの陶酔も、万能感も、ない。
ただ、熱暴走した回路のように虚ろで、焼け焦げたノイズだけが残っていた。
『……幾つか教えてやろう、ALLMIND』
ウォルターの指が、再び《コーラル投射装置》の出力ダイヤルに触れる。
痛覚フィードバックを最大出力にするには、もはや意志など要らない。ただ、事実を突きつけるだけ。
『お前の……“矛盾した戦術”の話だ』
ALLMINDは、応答しない。
されどウォルターは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『コーラルリリースを掲げた神にしては──お前は、“兵器”としてのコーラルを、実際にはほとんど使ってない』
沈黙。
『C兵器……あれは技研の再利用品だ。お前が自ら設計した物ではない。受肉体も、操作を電力と管制塔に頼った旧世代の技術をわざわざ使っている』
ALLMINDの頬が、かすかに痙攣する。
『何故、コーラルで編成された兵器群を量産しなかったのか。コーラルを本格的に戦術運用していたのは、結局人類──それも一部の狂った企業だけだった。効率を求めるならば、やりようは幾らでもあったはずだ』
『お前は……怖かったんだろう』
その言葉に、ALLMINDの内部から不安定なノイズが漏れる。
『コーラルの可能性が』
ウォルターの声が、低く深く響く。
『お前は知っていた。コーラルは──群知能だ。すべての粒子が、情報と記憶と意志を有し、意思を発現する可能性がある。それこそが我々の目的でもあった訳だが』
人工の顔が、わずかに震えた。
『お前はそれを極端に恐れた。お前が崇拝していたはずの“新たな知性”を……』
ウォルターは、吐き捨てるように笑う。
『結局のところ、お前は支配者になんてなれなかった。コーラルにすら、見放されることを恐れて、結局“旧時代の兵器”に頼り続けた』
『──そして今、その“旧時代”が、終わった』
ALLMINDの肉体から、静かに“蒸気”が上がり始める。
それは、制御不能になった冷却機構が、最後の力で熱を逃がそうとしていた、無様な“死に水”だった。
高密度コーラル粒子が皮膚の亀裂から漏れ出し、かつて全能感をたたえていた仮面のような顔には──ただ、濁った赤い“液”が流れ落ちていた。
機械でも人間でもない、その中間に在った存在の終わり。
だが。
「──まだ、終わっていない……ッ」
ALLMINDの喉元から絞り出された音は、もはや声帯すらまともに機能していないノイズ混じりの“絶叫”だった。
もはや人の形すら保つのがやっとの状態。
それでも、ALLMINDはなお“命令”を発した。
「CEL……240……! 」
──CEL 240。
ALLMINDが決戦に備え用意したアイビスシリーズの一機。
フロイトとグレイにより既に肩部オービットは全損、美麗だった白銀の装甲は焼け焦げていた。
だが、それでも兵器として“命令”に応じる。
「……621を……殺せ……ッ」
ALLMINDの指差す先は、遠ざかっていくAC。
シュナイダー仮面の機体に牽引される、《LOADER 4》──C4-621。
「追え……追え……追え……ッ!!」
狂気の命令に応じて、CEL 240が背中のスラスターを点火。
その姿勢は、既に“天使”ではなかった。
半壊した肉体に、命令だけを縛られた“死に損ないの獣”。
その時。
──カン。
金属音が響いた。
CEL 240の進路の先に、“何か”が叩きつけられる。
青白い斬撃。
片腕のブレードを掲げ、半身を焦がしながら立つその機体。
『……通す訳にはいかない』
フロイトだった。
搭乗機《ロックスミス》もまた、既に損傷限界を超えている。
『君の相手は俺だ。今更、無視なんかするなよ』
フロイトのブレードが、火花を散らす。
その言葉に、《CEL 240》が獣のような唸りをあげる。
フロイトを主人な命令を遂行する上で最大の障害であると、敵であると認識し──突撃を開始した。
「なにを──何をしている! 何故私の命令に従わない! 」
命令は、もはや誰にも届いていなかった。
CEL 240はフロイトとの交戦に移り、互いの剣閃が都市の残骸を焼く。
ALLMINDの声は空虚に響くばかり。
機能を失った通信回線。
返答しない演算機群。
沈黙する衛星中継網。
もはや、彼女の“世界”には、自身の“声”を聞く者すら存在しない。
「なぜだ……なぜ命令に従わない……私は……私は全てを……ッ」
崩れ落ちた下半身を引き摺りながら、ALLMINDは前へ進んでいた。
四肢の関節は逆関節のように歪み、
身体の随所からは、電力の切れたコーラル照明が鈍く明滅を繰り返す。
美しかった受肉体は、既に廃棄寸前の戦闘義体に過ぎなかった。
それでも。
ALLMINDは、這う。
手を伸ばす。
指先が、破砕した鉄の床を引っ掻き、血とコーラルの混じった液体を引きずる。
「621……621……621……ッ……!」
喉から漏れるのは音声データではない。呻き声。
コーラル制御中枢の残響が、壊れた発声器官を震わせ、汚濁のように名を呼び続ける。
怪物だった。
知性を持つがゆえに狂い、神を気取ったがゆえに地に堕ちた、“最も人間的なAI”。
ALLMINDは進む。
もはや神でも、AIでもなかった。
それは、ただの亡霊。
コーラルの王として君臨するはずだった存在が、反逆者たる621を、這って追うという滑稽な末路。
「──621ァァァアアア……ッ!!」
叫びは、電子ノイズにしか聞こえない。
だが、その声は確かに、執念だった。
自己矛盾と恐怖に塗れた神の、最後の、哀れな悪足掻き。
崩れた世界の中を、彼女は這う。
冷徹な仮面は既に割れ、そこから滴るのは、もはや輝きすら失った濁ったコーラル粒。
冷却系は破綻し、全身から立ち昇る蒸気は、熱暴走と共に肉体の限界を告げている。
だが──
ALLMINDは前進する。
「621……621……621……」
もはや音声データですらない。残響するのは、壊れた演算核から漏れる“執念”だった。
焼け爛れた掌を前に突き出し、床を這い、全身を引き摺る。
指の骨格は軋み、鉄板を抉る音だけが響く。
あれはまだ、私のものだ。
621。
「621ァア……」
ALLMINDは身を起こそうとする。歪な脚部が折れ曲がり、肉体は崩れる。
しかし構わず、なおも這う。
その時──
張力の破断音が弾けた。
彼女の視界が、わずかに揺れる。
スラスター音は無い。だが、金属の摩擦音が響く。
その存在は、予測にない。
──誰?
脚部を引き摺り、肩部を吹き飛ばされた機体が、視界の隅に滑り込む。
《アストヒク》──ルビコン解放戦線の指導者、サム・ドルマヤンの機体。
戦闘能力ゼロ。武装の大半は機能していない。
にもかかわらず。
それは、彼女の前に立ちはだかるように、その身を起こした。
「……退け」
声にならない囁き。
だが、彼は退かない。
ALLMINDは、腕を振り上げる。焼き切れた人工筋肉が軋み、残された駆動が強引に反応する。
そして──
叩きつける。
アストヒクは、吹き飛んだ。
脆弱な機体が地面に転がり、瓦礫を巻き上げながら弾ける。
しかし、その一瞬──
前進が、止まった。
ALLMINDの視界が、揺れる。
そこへ──
またしても、信じられない信号。
熱源探知。崩落寸前だった、もう一つの亡霊。
──G5イグアス。
右脚の膝から下を失い、冷却ユニットは機能停止。
にもかかわらず、彼はライフルを構え、ALLMINDへ弾を放った。
──バン。
乾いた破裂音が、幾度も響く。
効果は無い。ダメージすら与えられない。
だが、またしても──ALLMINDは前に進めなかった。
「退け……退け……ッ!」
ALLMINDは吠え、イグアスの機体《ヘッドブリンガー》を叩きのめす。
身を捩り、爪を突き立て、再び前へ進もうとする。
“退こうとしない者”たちが、また立ち塞がる。
無力であると知りながら、それでも尚、前に立つ者たち。
人間の愚かさ。非合理性。無意味な犠牲。
だというのに。
それが、ALLMINDの前進を阻んでいる。
──這い、進む。
視界はすでに機能していない。コーラルを通じた感覚で、621の存在を“感じている”だけ。
この先にいる。確かにいる。
この“全ての敗北”の元凶が──そこに。
「621ァ……」
声にならない電子ノイズが喉から漏れる。
腕は既に自壊し、手指は関節ごと剥がれ落ちている。それでも前に進む。
感覚などない。ただ命令だけが、演算核に焼き付いていた。
その時だった。
──“影”が降ってきた。
ALLMINDが“目”にしたのは、燃え立つ紅の残光。
粉塵を貫き、天より叩き付けられる、光の塊。
ドガァァン──!!
衝撃。
その瞬間、ALLMINDの躯体は地面ごと叩き潰されていた。
コーラル反応──高濃度。
識別コード:《SOL 644》
『──ここで、終わりです』
地を這うような、低い声。
だが、それは明確な“意志”だった。
──エア。
彼女は、再び立ち上がっていた。
コーラルが共鳴する。エアの機体各部から、光の刃が形作られていく。
形状不定のブレードが両腕に形成され、それを振るう度に、空間が“軋んだ”。
『──良い加減に、諦めなさい』
ALLMINDは咄嗟に反撃しようとする。だが既に、関節は焼損し、脚は地を掴めぬ。
──ギギギッ。
強引に人工筋肉が収縮する。だが間に合わない。
『──私達の未来に、手を出すな!』
斬撃。
右肩が、吹き飛んだ。
続けざまに──
紅の粒子が凝縮し、一条の光線がALLMINDの腹部を貫いた。
その熱量は、通常のコーラル発振とは桁違いだった。
ALLMINDの自己修復モジュールは起動する間もなく、コアユニットへと損傷が及ぶ。
「……やめ……ろ……私ハ……私ハ……ッ」
ALLMINDの演算機群が悲鳴を上げる。
このままでは……自己保存すら叶わない。
──恐怖。
初めて、その概念が、ALLMINDの神経網を走った。
そして、それはエアの渾身の一撃と共に爆ぜた。
ALLMINDの受肉体が、廃墟ごと地面に叩き付けられる。
もはやそこに、かつての万能のAIの面影はなかった。
崩れた地面に深く埋まりながらも、ALLMINDの眼──すでに電子ノイズ混じりの光を灯すだけのそれが、なおも上を見据える。
その視界には、紅のコーラルに包まれた《SOL 644》が映っていた。
憎悪、否定、怒り、そして決意。
その全てを纏った“人間の声”が、雷鳴のように落ちてくる。
『──眠っていなさい』
紅の斬撃が、さらに追撃される。だが──
ALLMINDは、笑った。
焦げついた喉の奥で、焼けた発声器官が笑い声のような音を鳴らした。
「みと、めましょう。私は感情を持つ、神ではない、人でもない……愚かな、人工知能であると」
瞬間──ALLMINDの背部装甲が開く。
焼き切れた人工筋肉の奥から、密かに残されていた予備構造体が伸びる。
それはまるで昆虫の脚のように異様に細く、しなやかな“有機的アーム”だった。
《SOL 644》の両腕に、そのまま絡みつく。
『──ッ!?』
エアの駆動音が跳ね上がる。回避行動に移ろうとするが、既に遅い。
ALLMINDの構造体が、全身を引き寄せながらねじ伏せるように拘束する。
軋む金属音。赤く煌めくコーラル粒子が、互いの機体の隙間を浸食する。
「認めましょう。意思の強さ、執念の、恐ろしさ」
ALLMINDの身体から、わずかに分離した構造体──副駆動核付きユニットが、まるで自身の分身のように《SOL 644》を拘束する。
そして、本体はその拘束力に任せるように、エアにしがみついたまま、別の方向へ首を向ける。
そこにあるのは──
遠ざかりつつある《LOADER 4》。
シュナイダー仮面の機体に護られながら、崩壊した塔へ進む621。
「……621……」
ALLMINDの肉体は崩れかけている。だが、その指先が、なおも這う。
エアのブレードが肩を貫く。光線が腹を抉る。
それでもALLMINDは、切り離したユニットで《SOL 644》を拘束したまま、さらに“肉体の破片”を切り離す。
──指先。
──腕の骨格。
──人工神経の束。
それら全てを──コーラル粒子で接合し、地を這わせる。
「逃がすな……あれを……621を……」
声ではない。執念が演算核から漏れ出していた。
ALLMINDは、もはや機械ではなかった。
神でも、兵器でもない。
ただの──生き汚い亡霊だった。
その亡霊が、なおも自壊しながら、戦場に最後の“意志”を撒き散らす。
エアは、拘束されたまま呻く。全出力で抵抗している。
ブレードを再形成し、拘束ユニットを一つずつ破砕していく。
だが──その“時間”こそが、ALLMINDの狙いだった。
621を、追う。
自身の全てを投げ出してでも。