ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第118話 私達

 強化人間という技術が存在する。

 

 それは、旧時代の人類が抱いた“人の限界”への挑戦であり、同時に、自らを機械と同列に置くという“諦め”でもあった。

 

 本来、人間とは不完全な存在だ。疲労し、恐怖し、記憶しきれず、肉体に限界がある。それらを補う技術として、神経接続による反射強化、人工骨格の内蔵、脳皮質インプラントなどが登場したのは必然だった。

 

 だが、「強化人間」は、それらをさらに数段階、飛び越えた。

 

 戦場においては、反応速度の差がそのまま生死を分ける。

 搭乗機とのダイレクトリンク、神経反応速度の補正、視覚・聴覚のマルチ帯域処理。

 人間の限界を、演算上の“仕様”として書き換える技術。

 それが、強化人間。

 

 彼らは、もはや“人間”ではなかった。

 

 そして、強化人間を更に上の次元に押し上げたのが──コーラルだった。

 

 この惑星ルビコン3にて発見された未知の物質、コーラル。

 それは、危険な揮発性を持つ反応性媒体でありながら、極めて優れた情報伝達媒体としての性質を備えていた。

 

 従来の神経伝達や量子演算を超越する“共鳴記憶”、

 コーラル粒子間における群知能的同期現象──

 それらの性質を制御下に置くことで、人類は全く新しいタイプの強化人間を作り出すことに成功した。

 

 その核心技術こそが、「脳深部コーラルデバイス」である。

 

 脳深部コーラルデバイスを組み込まれた強化人間は、旧来の機械補助型強化兵を遥かに凌駕する存在だった。

 

 特にルビコン調査技研によって開発された「Cシリーズ」と総称される個体群は、その中でも実験的技術の集大成とされた。

 

 共鳴型インターフェースによるゼロラグ制御、高密度な電磁認識による先読み戦術、そしてコーラルの優れた情報処理能力を用いた機体適応、Cシリーズはあらゆる戦域において神の如き戦闘能力を発揮した。

 

 その戦果は目覚ましく、Cシリーズのパイロットが投入された前線は、例外なく優位に転じると言われた。

 

 だが、代償は始まっていた

 

 輝かしい戦果とは裏腹に、Cシリーズ搭乗者たちの“内面”には、明確な異常が現れ始めていた。

 

 幻覚、幻聴、感情の平坦化、自己同一性の喪失……症状は多岐に渡り、そのどれもが心身を致命的に蝕んだ。

 

 その原因は明白だった。

 

 脳深部に埋め込まれたコーラルデバイスが、継続的かつ累積的に神経系を破壊していたのだ。

 

 初期には症状はわずかだった。僅かな記憶混濁、思考の“滑り”、直感と論理の同時出力による過剰反応。

 だが稼働時間が蓄積されるごとに、それらは明確な病態へと進行し、ついには自我崩壊の兆候すら確認され始めた。

 

 621も、その例に漏れなかった。

 

 最初期にCシリーズとして製造された621とその兄弟個体は、コーラルとの親和性こそ高かったが、脳組織への物理的・情報的ダメージの蓄積が著しかった。

 接続試験時には最高クラスの反応速度を見せたものの、短期間のうちに感情反応の消失や外界への無反応化が発生。

 戦闘中に沈黙する“断絶発作”や、敵味方の識別が一時的に曖昧になる“混線症状”が観測され、戦術的運用は極めて不安定なものとなっていた。

 

 その最中、新たな潮流が生まれる。

 

 ルビコンコーラルの危険性が広く認識され始めると同時に、各企業はコーラルを一切使用しない代替技術による強化人間の開発に着手。

 コーラル波形を模倣したデジタルエミュレート型演算補助核や、脳皮質外接続インターフェースによる神経同期補助フレームなど、

 より安全かつ保守性に優れる技術体系が次々と実用段階に到達した。

 

「Cシリーズは既に“旧式”である」

「危険性に見合う価値はない」

 

 それが、企業が下した判断だった。

 

 621とその兄──ほか数体のCシリーズ個体は、

《危険性高・運用価値低・解体予定》という判定の下、不良在庫として“倉庫”へ送致された。

 

 長期冷却保存下に置かれ、稼働許可も研究対象指定も失われた“無価値な資産”。

 

 冷却倉庫に封印されたその名も無き個体は、起動ログも失われ、唯一残された管理タグには製造番号の刻印だけが残っていた。

 

 その存在は──在庫リストの末尾にある、誰にも呼ばれない数字にすぎなかった。

 

 彼女は、自分の名前を知らなかった。

 

 意識が戻る時は、決まって暗闇だった。

 再起動のたびに短い診断プログラムが走り、点滅する蛍光灯の下、彼女は動かぬ体を感じるだけだった。

 

 痛みも、恐れも、空腹もなかった。

 ただ、外界とのあらゆる接続が断たれ、“機能していないもの”として並べられた時間。

 

 彼女は人生の大半を倉庫の中で過ごした。

 

 眠りとも呼べぬ、意識の断片。

 記憶とは呼べぬ、ノイズの蓄積。

 時間の感覚も、自己の認識も、彼の中には存在しなかった。

 

 ──だが、ある日、その静寂は破られた。

 

 金属の扉が開く音。

 低く唸る発電ユニット。

 そして、久しく耳にしなかった「声」。

 

「621……お前に意味を与えてやる」

 

「仕事の時間だ」

 

 それが、ハンドラー・ウォルターとの“邂逅”だった。

 

 目を覚ました621に、ウォルターは名を与えなかった。

 

 だが、彼は見捨てなかった。

 

 最初に教えられたのは、会話だった。

 

 単語の選び方、問いへの返し方、621の声帯が発声に適していないと判明してからはデバイスを用いた無声の対話方法。

 兵器として造られた621にとって、「話す」という行為は、最も困難で、最も新鮮な体験だった。

 

 次に教えられたのは、倫理と境界だった。

 

 命令とは何か。

 誰の命令を優先すべきか。

 殺していい相手、殺してはいけない相手。

 何を「守る」と言い、何を「奪う」と言うか。

 

 そして最後に、操縦訓練。

 

 ウォルターの用意した旧式MTに乗り込み、丘陵地帯を駆ける感覚。

 標準目標からズレる照準。

 初めて体で感じた重力。

 

 訓練は過酷だったが、ウォルターはいつも傍にいた。

 

 数ヶ月──

 

 彼女にとって、それは生まれて初めて“記憶”と呼べるものが蓄積された時間だった。

 

 時間という概念を知り、食事の意味を覚え、睡眠の必要性を“知識”ではなく“実感”として学んだ。

 そして何よりも──

 自分が「ただの装置」ではなく、「誰かに選ばれた存在」であると認識できた。

 

 ウォルターと過ごした日々は、621にとってかけがえのない記憶となった。

 

 それは“戦い”ではなく、

 “鍛錬”でもなく、

 ただ“人間として過ごした時間”だった。

 

 かつて倉庫で忘れられていた命が──

 今や、封鎖機構への入隊を目指すまでに至っていた。

 

 それが、彼女に与えられた“最初の人生”だった

 

「621、訓練は修了だ。特別入隊の申請が通った、封鎖機構の執行部隊に入隊してもらう」

 

 その言葉に疑問を抱くことなく、621は封鎖機構への入隊を受け入れた。

 

 ただ──彼の期待に応えたい。

 その思いが、621のすべてだった。

 

 封鎖機構での生活は、訓練とは比にならない実戦の連続だった。

 

 空挺降下、対ゲリラ戦闘、拠点強襲……

 621はひたすら戦った。

 

 初撃の感触。

 射線の読み合い。

 追尾ミサイルが脇をすり抜ける感覚。

 僚機の爆散音、断末魔。

 血塗れのコクピット。

 

 それは──“戦争”そのものだった。

 

 だが、621は戦いに飲まれることはなかった。

 冷静に、淡々と任務を遂行した。

 

 封鎖機構において、621は極めて優秀なACパイロットとして頭角を現し始めていた。だが、いかに技術が卓越していようと、戦場において“単騎”での運用は限界がある。特に封鎖機構が担当する戦域では、電子戦、強襲、回収、制圧といった多様な任務が交差し、緊密な連携が必須とされた。

 

 そのため、621には相棒──「僚機」としての戦術的パートナーがあてがわれた。

 

 名はエリオット。

 LC機体に搭乗し、的確な戦術サポートと精密射撃を得意とするパイロットであった。

 

 エリオットは、621とは対照的な存在だった。

 

 常に軽口を叩き、皮肉屋で、軽薄とも言える振る舞い。しかしその一方で、状況判断と回避行動における反応は正確無比であり、任務達成率は高水準を維持していた。

 

 621は、最初のうちエリオットに対してまったく関心を示さなかった。

 必要最低限の通信しか行わず、作戦終了後も反応はない。

 

 ──だが、時は経ち、作戦を重ねるごとに、状況は変化していく。

 

 彼の軽口の裏にある“確かな技量”と“責任感”は、作戦の中で徐々に621の認知に染み込んでいった。

 

 いつしか、彼に相棒や戦友と呼ばれる事を悪くないと感じ始めていた。

 

 しかし、エリオットは621を裏切った。

 彼は身分や人格すら偽り封鎖機構へと潜入していた、ルビコン解放戦線のスパイであった事を、作戦の最中に621に明かした。

 

 卓越した操縦技術で動揺する621を追い詰め、戦場に身を投じる覚悟を説き──

 

 彼女を庇い、衛星砲の極光に呑まれて消えた。

 

『君は本能を失った、猟犬失格だ。やはり、ルビコンを出るべきだった』

 

 閃光の中、庇うように自機を投げ出した彼の姿。

 

 電子記録ではない。映像ログでもない。

 それは、621の神経網に深く刻まれた“記憶”そのものだった。

 

 兄らと出会い、更に多くの戦場を渡り歩き、621はなんとか立ち直った。

 しかし、彼女の心の中に、エリオットが未だ焼き付いていた。

 

 憎く、懐かしく、忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 視界は暗く、音もない。

 思考は靄の中を漂い、621は“記憶”と“今”の境界を彷徨っていた。

 

 エリオットの最期。

 光に包まれた機体。

 背中を預けた兄たち。

 音もなく崩れる瓦礫と、瓦礫よりも重たい沈黙。

 

 そのすべてが──まるで夢のように、彼女の中で絡まり合っていた。

 

 ……違う。

 

 これは“夢”ではない。

 戦場だ。ここは、まだ“戦場”の中だ。

 

 どこか遠くで、打撃音が響く。

 

 最初はノイズかと思った。だが──

 

 ガンッ……ガンッ……! 

 

 金属を叩く、鈍く、強い衝撃。

 

 それが幾度も、彼女の機体を──コックピットの外殻を打ち据えている。

 

「目を覚ませ、621! 」

 

 外部通信機は、とうに破損していた。

 音声信号は届かない。視界も曇っている。

 

 それでも、その“叩く力”には、伝わるものがあった。

 

 ガンッ! 

 ガンッ……ガンッ……! 

 

 繰り返される打撃。

 焦げた装甲の表面を這うように、別機体の腕部が寄せられている。

 

 ──シュナイダー仮面だ。

 

 硬質な振動が伝わるたびに、621のまどろみは僅かずつ、霧が晴れるように薄れていく。

 

「バイタルは復活している……意識が未覚醒なのか? 621! 聞こえるか、621!」

 

 ガンッ! ガンッ! ガンッ! 

 

 彼女の内部視覚装置が、再起動に入る。

 

 ノイズ混じりのインターフェース。機体モニタの再構築。

 バイタルセンサー、神経伝達ログ、シート支持系──全てにエラーが点滅していた。

 

 しかし、意識だけは戻っていた。

 

 焦げついた装甲が、軋むような音を立てて開く。

 油圧ラインは焼き切れ、モーターは応答しない。

 621は残された補助動力で、機体のハッチを開いた。

 

 戦場の空気が、熱と砂塵と硝煙を伴って、肺に流れ込む。

 嗅覚がそれを拒絶する前に、視界に“それ”が入った。

 

 ──鉄仮面。

 

 鈍く輝く合金製の仮面。

 正体を隠す為に付けられた、意味不明な鉄仮面。

 

 それを着けた男が、こちらを見ていた。

 仮面越しの視線は読めない。

 だが621は、ただ静かに、その異様な姿を見つめた。

 

 沈黙。

 

 風が吹き、コックピットの中で血が乾き、煙が鼻を突く。

 

 そして──

 

「……良かった、突然ですまないが状況を説明する。ALLMINDがもうすぐそこまで来ている、君は──」

 

 バシィッ! 

 

 乾いた音が、戦場に響いた。

 

 621の手が、彼の仮面を叩いたのだ。

 躊躇なく、躊躇う理由もなく、ただ無性に──その仮面が気に障った。

 

 非力な平手だったが、不意をついたそれによりシュナイダー仮面の首が仰け反る。

 

「ぶっ──な、なんだ!? 錯乱しているのか、落ち着け、私は味方だ。シュナイダー仮面だ」

 

 反射的に両手を挙げる男に、621は淡々と、しかし明確に冷ややかな視線を向けた。

 

 仮面。

 表情を隠す。

 声も変える。

 

 そんな小細工に意味は無いのに。

 一目見た瞬間、この珍妙な格好をした男が誰なのか気付いていた。

 シュナイダー仮面などと言うふざけた名前に呆れ返っていた

 

 彼女の脳内には、“苛立ち”が静かに広がっていた。

 こんな物で、私がお前を分からないと思ったのか。

 

 人には無事を報告しろと怒ったクセに、自分は珍妙な仮面をつけてのこのこと現れて。

 

「エリオット」

 

 声帯を震わせた621の声は、しわがれながらも、はっきりとその名を呼んだ。

 

 仮面の奥、わずかに呼吸の乱れる音がした。

 続いて、顔を背けるように一歩退いたシュナイダー仮面──否、エリオットは、狼狽したように言葉を紡ごうとした。

 

「ちが、私はシュナイダー仮面だ。シュナイダー社の──」

 

 その言葉を、掴む音が遮った。

 

 621の手が、迷いなくエリオットの胸倉を掴み引き寄せる。

 

 焦げた装甲片の中で、621の瞳は確かに光を宿していた。

 かつての、感情の凪いだ瞳ではない。

 怒りでも、哀しみでもない。だが、確かな「意思」がそこにあった。

 

 仮面越しに、間近で見つめ合う視線。

 エリオットの呼吸が、一瞬だけ止まる。

 

 621の指先が強まる。まるで逃がすまいとするように。

 

「私達に考えがある」

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