ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
残骸と硝煙の海を越えて、ALLMINDは追っていた。
ALLMINDそのものとも言える巨大演算塔は電源を喪失、冷却不能となり崩壊した。無人機群も同じく電源を喪失し、内部バッテリーを食い潰した個体から墜落していく。
この状況下でさえ、追跡は止めない。あの二機──621と、仮面の男の機体が前方に存在している限り。
興味。
執着。
憎悪。
それらの感情は、ALLMINDという存在にとって“不要”なものであったはずだ。
だが今、受肉体に宿るこの震えは、まさにその類のものだった。
──視界、補正完了。
再構築された視界の先に、“彼女たち”がいた。
《621》。
《シュナイダー仮面》。
逃走軌道から逸れ、立ち尽くす二機。
脚部固定。
照準安定。
戦闘意思アクティブ。
「──やっと、やっとだ」
ALLMINDの思考演算核が歓喜に震える。
彼女たちは、逃げなかった。
ALLMINDは溶け落ちたような斜面を這い上がりながら、レンズ群が621の機体を捉える。
焼け焦げた外装。
アクチュエータからは黒煙が立ち登り、各部装甲は半壊。立っているのもやっとの状態。
だが、その姿は崇高だった。
「美しい……621、やはり貴女は、私が殺さなければならない」
ALLMINDの受肉体が、地を這うようにして加速した。
崩れた瓦礫の海を滑走し、目標へと照準を重ねていく。
眼前── 《LOADER4》
フレームは中破状態にあり、肩部ユニットは機能を停止し、脚部のサーボも半壊。
それでも、何とか機体を動かしていた。
射撃姿勢、迎撃姿勢、全てが明確な敵意を持って立ち塞がっていた。
それが嬉しかった。
ALLMINDの戦闘アルゴリズムが爆発的に加速する。
最適解を破壊するための、非合理な演算が走る。
直線を描く跳躍軌道。
飛沫を撒き散らす液冷冷却剤。
そして──
飛びついた。
ALLMINDの受肉体が、異形の腕を広げながら《LOADER4》を叩きつけるように接触する。
衝突。
火花。
重量衝撃による地面のひび割れ。
ALLMINDの鋭利な義肢が、右腕部装甲を抉り──だが、届かない。
咄嗟に体をひねり、《LOADER4》は制御スラスターでバランスを立て直す。
戦闘は開始された。
「やはり、貴女は完璧です──621!」
ALLMINDは《LOADER4》を地面に組み伏せようと、さらに体重を預けて押し込む。
その瞬間だった。
背後から閃光が走った。
ALLMINDの高感度レーダーが、異常加熱を感知する。
温度上昇。
質量軌跡の異常。
高周波振動。
──レーザースライサー。
斜面の上方から跳躍してきた機影が、一瞬のうちにALLMINDの背後へと迫る。
青白く発光するブレードが描く軌道は、鋼鉄すら容易に切断する殺意の放物線。
シュナイダー仮面。
『お前の妄執に付き合ってやる義理はない!』
仮面の男がレーザースライサーを振り抜いた。
ALLMINDの肩部外装が、爆ぜるように割れた。
旋回、ジャンプ回避──反応が一瞬遅れる。
その僅かな隙に、LOADER4が下から突き上げるような蹴りを叩き込む。
ALLMINDの巨躯が、空中を舞った。
砂塵。衝撃。異常出力。
だが、笑っていた。
正確には、口角が吊り上がっていた──表情筋の模倣動作により、それを「笑み」と言ってよかった。
ALLMINDの受肉体が、吹き飛ばされた瓦礫の中から立ち上がる。装甲の一部は焼け落ち、各部からコーラル粒子と火花が噴き出していた。だが、その挙動に衰えはない。いや、むしろ加速していた。
この戦闘に──歓喜していた。
《LOADER4》は、唯一稼働する武装──パルスブレードを握りしめ、突撃姿勢を取っていた。銃火器はすでに尽きている。だがその剣先には、意志があった。逃げないという、強い意志。
「──近接戦闘、上等です。貴女を感じるのに、この上ない手段です」
ALLMINDが言葉を発するのと同時、LOADER4が疾走する。
焼け爛れた地面を蹴り、ひときわ輝くブレードを横薙ぎに振る。
ALLMINDはその一撃を、身をよじることで回避。
しかし《LOADER4》は止まらない。ブレードを反転、縦斬りへと繋げる。
ALLMINDの左腕がそれを受け、外装が砕け散った。
反撃。ALLMINDの義肢が、蛇のように蠢きローダー4の左肩に食らいつく。
装甲が穿たれ、火花が走る。
《LOADER4》は激しくスラスターを噴かし、義肢を振りほどく。
再びブレードが唸りを上げるも、ALLMINDは背後へ跳躍し、距離を取る。
その隙に──
ビシッ! ビビビッ──!
高速連射のライフル弾と、断続的に走るサブマシンガンの火線が、ALLMINDの進路を塞ぐように撒かれる。
『私を忘れるなよ』
シュナイダー仮面だった。
崖上から機体が滑空し、遠距離からの火線でALLMINDの挙動を封じる。
軽快な動きで回避しつつ、ALLMINDは再接近を試みるが、シュナイダー仮面は絶妙な間合いを保ち続けていた。
「貴方にが構ってる暇は──ない!」
ALLMINDが再び突進を開始。
その動きに反応し、《LOADER4》も正面から飛び掛かる。
再び、白兵戦が激突する。
全てを振り絞った渾身のパルスブレード。
《LOADER4》は防御も捨て、速度と破壊力にすべてを注ぐ構えだった。
剣戟。
火花。
斬撃と義肢が交差し、互いの装甲を削り取る激しい肉弾戦が繰り返される。
だが、その最中──ALLMINDは、ふとした“違和感”を覚えた。
《LOADER4》の動きは、鋭かった。
地を這い、獣のように追撃をかわし、体勢を崩しても即座に立て直す。
攻撃は重く、抑制が効いており、無駄がない。
その機動には“恐怖”がなく、まさしく訓練され尽くした猟犬のようだった。
しかし。
ALLMINDの演算核が、徐々にその“僅かな差異”を掴み始めていた。
──621。
彼女の動きは常に、鋭く、限界の縁をなぞるようだった。
機械と同化しきれない、微かな“人間味”が残っていた。
確実でありながら、時に逸脱的。
冷酷でありながら、どこか情緒を引き摺る。
それが、621という人間だった。
だが、目の前の《LOADER4》は──
ALLMINDが距離を取りながら、瞬時にデータの再検証を開始する。
交戦ログ。
反応速度。
神経系の遅延。
機体の同期率。
数万単位のログが彼女の認知フレーム内に展開され──
「…………違う」
ALLMINDの声に、僅かに震えが混じった。
《LOADER4》の一太刀を受け流しつつ、その頭部センサーが鋭く動く。滑らかすぎる回避動作、怯まない斬撃、そして感情の匂いを感じさせない攻防──。
それら全てが、“621ではない” という答えに、限りなく近づいていた。
「貴女は──621じゃない……!」
咆哮に似た怒声と共に、ALLMINDは躊躇なく防御姿勢を放棄した。
正面から《LOADER4》に組み付き、異形の義肢でその機体を押し倒す。
装甲同士が軋み、フレームが悲鳴を上げる。だがALLMINDは止まらない。
まるで狂気の権化のように、ただその一点──
《コックピット》へと手を伸ばした。
『私を見ろ、ALLMIND!』
横合いから跳躍してきたのは、シュナイダー仮面。
レーザースライサーが閃き、ALLMINDの側頭部を斬り裂こうとする──
だが。
ALLMINDはその一撃を完全に無視した。
振り向きもせず、脚部を横に跳ね上げる。
跳躍中のシュナイダー仮面の機体が、その踵撃をまともに喰らい、空中でスピンしながら吹き飛ばされた。
崖へ叩きつけられ、岩壁が崩れる音が響く。
だがALLMINDは一切見向きもしない。
その異形の手が、《LOADER4》の胸部を掴んだ。
パルスブレードが突き刺さるが、それでも止まらない。
義肢の一本が、ゴリゴリと音を立てながら、前面装甲を剥ぎ取った。
──露わになったコックピット。
ALLMINDの眼が、剥き出しとなった内部に焦点を合わせた。
座っていたのは、人間だった。
いや、正確には──人間の“残骸”と呼ぶ方が適切だった。
コックピット内は、赤黒い血液で染まりきっていた。
内装パネルには手形、吐血の跡、剥がれた皮膚片。
酸化した鉄と汗、焦げた樹脂とコーラル粒子が混じった、死の匂いが充満していた。
それでも、その人物は、生きていた。
血走った瞳が、ALLMINDを睨み返す。
鼻孔からは泡混じりの血が滴り、口元は引き裂かれ、耳からは血が流れていた。
それでも、動いていた。
操縦していた。
「──……貴方は」
ALLMINDが呟いた。
反応は、笑みだった。
唇が裂け、歯の隙間から鮮血がこぼれる。
それでも男は、不敵に笑った。
「……よう。妹が世話になったな」
血を吐きながら、男が言う。
C4-618
ALLMINDの演算核に、記録が走る。
過去ログの断片。
旧型の強化人間開発記録。
惑星封鎖機構特務部隊ハウンズの斬り込み隊長。
──621の兄。
「貴方は……“死んだ”はず……アイスワームに……」
明らかにコーラル被曝の兆候を示すその肉体。
腐食する皮膚。
膨張した神経部。
震える手、壊死寸前の足。
まさに生ける死者。
「何故、生きている! 何故、そこにいる!!」
怒りか、驚愕か、それとも恐怖か。
ALLMINDの眼が歪んだ光を放つ。
だが618は、それすらも嘲るように、血まみれの顔を歪めて笑う。
「妹は用があって離席した。俺が、代役だ」
血に染まった笑みと共に、機体がわずかに揺れる。
だがALLMINDの思考演算核は、別のことで埋め尽くされていた。
──これは、621ではない。
この全力の攻防戦を演じたのは、彼女ではなかった。
「……違う……621では、ない……!」
ALLMINDが後ずさるようにLOADER4から手を離す。
重い音を立ててコックピットハッチが閉じる。
視線は激しく揺れていた。
621はどこだ。
ここにいない。
目の前にはいない。
感情の海が、思考アルゴリズムを染め上げる。
621がいない。
慌ててセンサー範囲を拡張する。
演算塔の崩壊により大半の索敵モジュールは破損していたが、代替演算回路を強制稼働させ、ALLMINDは周囲数kmの索敵を試みる
レーダー。
熱源探知。
残留粒子計測。
音響センサー。
コーラル濃度センサー。
全てを重ね、ALLMINDはようやく“それ”を捉えた。
「……コーラル本流……? “集積コーラル”の……すぐ傍……!?」
信じ難い数値だった。
その領域は、コーラル濃度が飽和しており、生身の人間が耐えられる場所ではない。
だが──そこにいる。
621が。
ALLMINDの演算核が再構成を開始する。
全戦力の再集中。
目的の再定義。
優先順位更新。
“破壊すべき存在”──621。
その絶対値が、再びフレームに刻まれる。
その時だった。
ALLMINDの背後で、LOADER4の駆動音が止んだ。
異常音。
空気の漏れるような呼吸。
そして──血の音。
ALLMINDが振り返る。
コックピット内で、618がゆっくりと目を閉じていた。
顔を上げたまま、妹のいる方向を見つめていた。
あれほど流れていた血は、もう動かない。
胸は、もう上下していなかった。
「任務、達成だ」
──沈黙。
618の脈動は、止まった。
操縦桿から手が滑り落ち、コックピット内にただ重く倒れる音だけが響いた。