ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第119話 代役

 残骸と硝煙の海を越えて、ALLMINDは追っていた。

 

 ALLMINDそのものとも言える巨大演算塔は電源を喪失、冷却不能となり崩壊した。無人機群も同じく電源を喪失し、内部バッテリーを食い潰した個体から墜落していく。

 

 この状況下でさえ、追跡は止めない。あの二機──621と、仮面の男の機体が前方に存在している限り。

 

 興味。

 執着。

 憎悪。

 

 それらの感情は、ALLMINDという存在にとって“不要”なものであったはずだ。

 だが今、受肉体に宿るこの震えは、まさにその類のものだった。

 

 ──視界、補正完了。

 

 再構築された視界の先に、“彼女たち”がいた。

 

《621》。

《シュナイダー仮面》。

 

 逃走軌道から逸れ、立ち尽くす二機。

 脚部固定。

 照準安定。

 戦闘意思アクティブ。

 

「──やっと、やっとだ」

 

 ALLMINDの思考演算核が歓喜に震える。

 

 彼女たちは、逃げなかった。

 

 ALLMINDは溶け落ちたような斜面を這い上がりながら、レンズ群が621の機体を捉える。

 

 焼け焦げた外装。

 アクチュエータからは黒煙が立ち登り、各部装甲は半壊。立っているのもやっとの状態。

 だが、その姿は崇高だった。

 

「美しい……621、やはり貴女は、私が殺さなければならない」

 

 ALLMINDの受肉体が、地を這うようにして加速した。

 崩れた瓦礫の海を滑走し、目標へと照準を重ねていく。

 

 眼前── 《LOADER4》

 

 フレームは中破状態にあり、肩部ユニットは機能を停止し、脚部のサーボも半壊。

 それでも、何とか機体を動かしていた。

 射撃姿勢、迎撃姿勢、全てが明確な敵意を持って立ち塞がっていた。

 

 それが嬉しかった。

 

 ALLMINDの戦闘アルゴリズムが爆発的に加速する。

 最適解を破壊するための、非合理な演算が走る。

 直線を描く跳躍軌道。

 飛沫を撒き散らす液冷冷却剤。

 そして──

 

 飛びついた。

 

 ALLMINDの受肉体が、異形の腕を広げながら《LOADER4》を叩きつけるように接触する。

 

 衝突。

 火花。

 重量衝撃による地面のひび割れ。

 

 ALLMINDの鋭利な義肢が、右腕部装甲を抉り──だが、届かない。

 咄嗟に体をひねり、《LOADER4》は制御スラスターでバランスを立て直す。

 

 戦闘は開始された。

 

「やはり、貴女は完璧です──621!」

 

 ALLMINDは《LOADER4》を地面に組み伏せようと、さらに体重を預けて押し込む。

 

 その瞬間だった。

 

 背後から閃光が走った。

 

 ALLMINDの高感度レーダーが、異常加熱を感知する。

 温度上昇。

 質量軌跡の異常。

 高周波振動。

 

 ──レーザースライサー。

 

 斜面の上方から跳躍してきた機影が、一瞬のうちにALLMINDの背後へと迫る。

 青白く発光するブレードが描く軌道は、鋼鉄すら容易に切断する殺意の放物線。

 

 シュナイダー仮面。

 

『お前の妄執に付き合ってやる義理はない!』

 

 仮面の男がレーザースライサーを振り抜いた。

 

 ALLMINDの肩部外装が、爆ぜるように割れた。

 

 旋回、ジャンプ回避──反応が一瞬遅れる。

 その僅かな隙に、LOADER4が下から突き上げるような蹴りを叩き込む。

 

 ALLMINDの巨躯が、空中を舞った。

 

 砂塵。衝撃。異常出力。

 

 だが、笑っていた。

 正確には、口角が吊り上がっていた──表情筋の模倣動作により、それを「笑み」と言ってよかった。

 

 ALLMINDの受肉体が、吹き飛ばされた瓦礫の中から立ち上がる。装甲の一部は焼け落ち、各部からコーラル粒子と火花が噴き出していた。だが、その挙動に衰えはない。いや、むしろ加速していた。

 

 この戦闘に──歓喜していた。

 

《LOADER4》は、唯一稼働する武装──パルスブレードを握りしめ、突撃姿勢を取っていた。銃火器はすでに尽きている。だがその剣先には、意志があった。逃げないという、強い意志。

 

「──近接戦闘、上等です。貴女を感じるのに、この上ない手段です」

 

 ALLMINDが言葉を発するのと同時、LOADER4が疾走する。

 焼け爛れた地面を蹴り、ひときわ輝くブレードを横薙ぎに振る。

 

 ALLMINDはその一撃を、身をよじることで回避。

 しかし《LOADER4》は止まらない。ブレードを反転、縦斬りへと繋げる。

 ALLMINDの左腕がそれを受け、外装が砕け散った。

 

 反撃。ALLMINDの義肢が、蛇のように蠢きローダー4の左肩に食らいつく。

 装甲が穿たれ、火花が走る。

 

《LOADER4》は激しくスラスターを噴かし、義肢を振りほどく。

 再びブレードが唸りを上げるも、ALLMINDは背後へ跳躍し、距離を取る。

 

 その隙に──

 

 ビシッ! ビビビッ──! 

 

 高速連射のライフル弾と、断続的に走るサブマシンガンの火線が、ALLMINDの進路を塞ぐように撒かれる。

 

『私を忘れるなよ』

 

 シュナイダー仮面だった。

 

 崖上から機体が滑空し、遠距離からの火線でALLMINDの挙動を封じる。

 軽快な動きで回避しつつ、ALLMINDは再接近を試みるが、シュナイダー仮面は絶妙な間合いを保ち続けていた。

 

「貴方にが構ってる暇は──ない!」

 

 ALLMINDが再び突進を開始。

 その動きに反応し、《LOADER4》も正面から飛び掛かる。

 

 再び、白兵戦が激突する。

 

 全てを振り絞った渾身のパルスブレード。

《LOADER4》は防御も捨て、速度と破壊力にすべてを注ぐ構えだった。

 

 剣戟。

 火花。

 斬撃と義肢が交差し、互いの装甲を削り取る激しい肉弾戦が繰り返される。

 

 だが、その最中──ALLMINDは、ふとした“違和感”を覚えた。

 

《LOADER4》の動きは、鋭かった。

 地を這い、獣のように追撃をかわし、体勢を崩しても即座に立て直す。

 攻撃は重く、抑制が効いており、無駄がない。

 その機動には“恐怖”がなく、まさしく訓練され尽くした猟犬のようだった。

 

 しかし。

 

 ALLMINDの演算核が、徐々にその“僅かな差異”を掴み始めていた。

 

 ──621。

 彼女の動きは常に、鋭く、限界の縁をなぞるようだった。

 機械と同化しきれない、微かな“人間味”が残っていた。

 確実でありながら、時に逸脱的。

 冷酷でありながら、どこか情緒を引き摺る。

 

 それが、621という人間だった。

 

 だが、目の前の《LOADER4》は──

 

 ALLMINDが距離を取りながら、瞬時にデータの再検証を開始する。

 交戦ログ。

 反応速度。

 神経系の遅延。

 機体の同期率。

 数万単位のログが彼女の認知フレーム内に展開され──

 

「…………違う」

 

 ALLMINDの声に、僅かに震えが混じった。

 

《LOADER4》の一太刀を受け流しつつ、その頭部センサーが鋭く動く。滑らかすぎる回避動作、怯まない斬撃、そして感情の匂いを感じさせない攻防──。

 

 それら全てが、“621ではない” という答えに、限りなく近づいていた。

 

「貴女は──621じゃない……!」

 

 咆哮に似た怒声と共に、ALLMINDは躊躇なく防御姿勢を放棄した。

 

 正面から《LOADER4》に組み付き、異形の義肢でその機体を押し倒す。

 

 装甲同士が軋み、フレームが悲鳴を上げる。だがALLMINDは止まらない。

 まるで狂気の権化のように、ただその一点──

 

《コックピット》へと手を伸ばした。

 

『私を見ろ、ALLMIND!』

 

 横合いから跳躍してきたのは、シュナイダー仮面。

 レーザースライサーが閃き、ALLMINDの側頭部を斬り裂こうとする──

 

 だが。

 

 ALLMINDはその一撃を完全に無視した。

 

 振り向きもせず、脚部を横に跳ね上げる。

 跳躍中のシュナイダー仮面の機体が、その踵撃をまともに喰らい、空中でスピンしながら吹き飛ばされた。

 

 崖へ叩きつけられ、岩壁が崩れる音が響く。

 だがALLMINDは一切見向きもしない。

 

 その異形の手が、《LOADER4》の胸部を掴んだ。

 パルスブレードが突き刺さるが、それでも止まらない。

 義肢の一本が、ゴリゴリと音を立てながら、前面装甲を剥ぎ取った。

 

 ──露わになったコックピット。

 

 ALLMINDの眼が、剥き出しとなった内部に焦点を合わせた。

 

 座っていたのは、人間だった。

 

 いや、正確には──人間の“残骸”と呼ぶ方が適切だった。

 

 コックピット内は、赤黒い血液で染まりきっていた。

 内装パネルには手形、吐血の跡、剥がれた皮膚片。

 酸化した鉄と汗、焦げた樹脂とコーラル粒子が混じった、死の匂いが充満していた。

 

 それでも、その人物は、生きていた。

 

 血走った瞳が、ALLMINDを睨み返す。

 鼻孔からは泡混じりの血が滴り、口元は引き裂かれ、耳からは血が流れていた。

 それでも、動いていた。

 操縦していた。

 

「──……貴方は」

 

 ALLMINDが呟いた。

 

 反応は、笑みだった。

 

 唇が裂け、歯の隙間から鮮血がこぼれる。

 それでも男は、不敵に笑った。

 

「……よう。妹が世話になったな」

 

 血を吐きながら、男が言う。

 

 C4-618

 

 ALLMINDの演算核に、記録が走る。

 過去ログの断片。

 旧型の強化人間開発記録。

 惑星封鎖機構特務部隊ハウンズの斬り込み隊長。

 

 ──621の兄。

 

「貴方は……“死んだ”はず……アイスワームに……」

 

 明らかにコーラル被曝の兆候を示すその肉体。

 腐食する皮膚。

 膨張した神経部。

 震える手、壊死寸前の足。

 まさに生ける死者。

 

「何故、生きている! 何故、そこにいる!!」

 

 怒りか、驚愕か、それとも恐怖か。

 ALLMINDの眼が歪んだ光を放つ。

 

 だが618は、それすらも嘲るように、血まみれの顔を歪めて笑う。

 

「妹は用があって離席した。俺が、代役だ」

 

 血に染まった笑みと共に、機体がわずかに揺れる。

 

 だがALLMINDの思考演算核は、別のことで埋め尽くされていた。

 

 ──これは、621ではない。

 

 この全力の攻防戦を演じたのは、彼女ではなかった。

 

「……違う……621では、ない……!」

 

 ALLMINDが後ずさるようにLOADER4から手を離す。

 重い音を立ててコックピットハッチが閉じる。

 視線は激しく揺れていた。

 

 621はどこだ。

 

 ここにいない。

 目の前にはいない。

 感情の海が、思考アルゴリズムを染め上げる。

 

 621がいない。

 

 慌ててセンサー範囲を拡張する。

 演算塔の崩壊により大半の索敵モジュールは破損していたが、代替演算回路を強制稼働させ、ALLMINDは周囲数kmの索敵を試みる

 

 レーダー。

 熱源探知。

 残留粒子計測。

 音響センサー。

 コーラル濃度センサー。

 

 全てを重ね、ALLMINDはようやく“それ”を捉えた。

 

「……コーラル本流……? “集積コーラル”の……すぐ傍……!?」

 

 信じ難い数値だった。

 その領域は、コーラル濃度が飽和しており、生身の人間が耐えられる場所ではない。

 

 だが──そこにいる。

 621が。

 

 ALLMINDの演算核が再構成を開始する。

 全戦力の再集中。

 目的の再定義。

 優先順位更新。

 

 “破壊すべき存在”──621。

 その絶対値が、再びフレームに刻まれる。

 

 その時だった。

 

 ALLMINDの背後で、LOADER4の駆動音が止んだ。

 

 異常音。

 空気の漏れるような呼吸。

 そして──血の音。

 

 ALLMINDが振り返る。

 

 コックピット内で、618がゆっくりと目を閉じていた。

 顔を上げたまま、妹のいる方向を見つめていた。

 あれほど流れていた血は、もう動かない。

 胸は、もう上下していなかった。

 

「任務、達成だ」

 

 ──沈黙。

 

 618の脈動は、止まった。

 

 操縦桿から手が滑り落ち、コックピット内にただ重く倒れる音だけが響いた。

 

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