ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
レッドガン部隊がルビコン3の地表に降下してから、数時間が経過していた。
衛星軌道基地のハンガーでは、惑星封鎖機構のLC部隊が未だ出撃命令を待ち続けていた。
出撃準備が完了したLC部隊の機体は、まるで獲物を待ち構える獣のように、整然と格納庫に並べられている。
パイロットたちは、焦燥感を抱えながらも命令を待ち続けるしかなかった。
ベイラムのレッドガン部隊が地表に降り立ち、着々と戦況を動かしているというのに、彼らは未だ見守ることしか許されていない。
それは、何よりも屈辱的な時間だった。
しかし、そんな中でも621はただ一人、静かに訓練を続けていた。
薄暗い訓練区画に、電子的な光が断続的に点滅する。621は無言のまま、シュミレーターの操縦桿を握り、LC機体の挙動を確認し続けていた。
シミュレーターのスクリーンに映るのは、戦場を模した仮想環境。
架空の敵機が表示され、システムが自動で戦闘パターンを生成している。
彼女は、数時間もの間、ただ黙々と訓練を続けていた。
迷いなく、正確に、必要な動作を繰り返し、LCの動きを完全に自分のものへと染み込ませていく。
その横で、エリオットは既に根負けして居眠りをしていた。
「……お前、いつまでやる気だよ……」
眠りに落ちる直前、そう呟いた彼の声は、今や僅かな寝息に変わっている。
621は、何も言わなかった。ただ、端末を操作し、次の仮想戦闘を開始する。
その時だった。
「LC部隊、出撃準備を完了せよ!」
基地の放送が一斉に鳴り響く。
「システムが正式に出撃許可を発令!」
その声が格納庫に響き渡った瞬間、LCパイロットたちの表情が一気に引き締まった。
長きに渡る待機時間は終わった。
彼らにとっての戦場が、ようやく開かれる。
エリオットは放送の声に反応し、寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げた。
「……マジかよ……ようやく出撃か」
彼は伸びをしながら、隣の621に視線を向ける。
「お前、まさかずっと訓練してたのか?」
621は彼の問いに答えず、淡々とシミュレーターを終了させた。
車椅子を反転させ、格納庫へと向かう。
その背を見ながら、エリオットは苦笑した。
「……ったく、お前ってやつは……」
「カタパルト解放まで、T-minus 30」
「降下シークエンス、最終確認に移行」
ルビコン3の重力圏に入りつつある強襲艦は、空気のない宇宙空間から大気圏へと滑り込む準備を整えていた。
長大な艦体は、封鎖機構の威圧的な存在感を体現するように、灰色の金属装甲で覆われている。カタパルトデッキにはLC及びHC機体がずらりと並び、各機のパイロットたちは、シートに身体を沈めながら、コックピットの照準系や武装制御を最終調整していた。
621の周囲でも、他のパイロットたちが出撃に向けた最終確認を進めていた。
エリオットはすぐ隣のコックピットから通信を開く。
『……おい621、緊張してるか?』
沈黙。
621は無言のまま、照準補正を微調整しながら、訓練内容を反芻していた。
『ったく、無反応かよ。せめて一言くらい——』
エリオットのぼやきが終わるよりも早く、グレイ執行上尉の通信が全機へと送信された。
「最終ブリーフィングを開始する」
コックピットのモニターに、執行上尉グレイのホログラフィック映像が映し出される。
「各員、聞け。状況が変化した」
スクリーンには、ストライダー周辺の戦況が投影される。
そこには、執行部隊が予測していなかった光景が広がっていた。
ホログラフィック映像の戦場では、解放戦線のMT部隊が混乱の中で逃げ惑っていた。
その混乱を引き起こしているのは、紛れもなくベイラム・インダストリーのレッドガン部隊だった。
『……なんだ、これ?』
『レッドガンが、解放戦線を攻撃している……!?』
執行部隊の間に動揺が広がる。
先ほどまでの情報では、解放戦線とベイラムは共謀関係にあったはずだった。
事実、ストライダーのアイボール砲撃も、封鎖機構の介入を阻害するための「口実」として放たれたものだった。
それにより、レッドガン部隊は条約上の自衛権を盾に、堂々と地表に降り立つことができた。
だが——
今、ストライダーの周囲では、解放戦線の機体が次々とレッドガン部隊によって破壊されている。
『レッドガンが……裏切ったのか?』
エリオットが苦々しげに呟く。
「そういうことだ」
グレイ執行上尉が、冷静に状況を説明する。
「ベイラムは、解放戦線との密約を放棄し、ストライダーの奪取を狙っている」
その一言に、執行部隊のパイロットたちは息を呑む。
「彼らの目的は、コーラルだ」
ホログラフィック映像が切り替わる。ストライダーの内部構造が投影された。
「ストライダーは解放戦線の移動式拠点であるが、元々は採掘艦として運用されていた。採掘していたのは、コーラルだ。現物は全て機構が押収したものの、採掘データやコーラルのサンプルを隠し持っている可能性がある」
『まさか……レッドガンは、それを狙って?』
「その通りだ」
グレイは静かに言葉を続ける。
「ベイラムは最初から、解放戦線すら出し抜くつもりだった」
映像の中、G5イグアスの機体――ヘッドブリンガーが解放戦線の指揮官機を撃ち抜いた。その爆発の衝撃で、近くにいた解放戦線のMTが転倒する。
彼の機体は、反撃しようとするMTにパルスブレードを突き立てる。
敵機が断末魔の火花を散らしながら沈黙する中、G5イグアスは通信回線を開いた。
オープンチャンネルの音声が、ブリーフィングルームに垂れ流される。
『なぁ、お役人さん。よく見とけよ』
彼のACが、転倒した解放戦線の機体に向かって歩み寄る。
ゆっくりと、そして確実に、追い詰めるような動きで。
『これが、本当の戦争ってやつだ』
パルスブレードが振り下ろされる。解放戦線のMTは爆発し、そのパイロットの命もまた消えた。
執行部隊のパイロットたちは、その光景に沈黙する。
『くそったれ……』
エリオットが、拳を握りしめる。
『企業のやり口は、どこまでも腐ってるな』
『で、自分達は何を』
あるパイロットが、低く問うた。
部隊の中には、既にレッドガンを敵と見なしている者もいた。
しかし、封鎖機構として、彼らに武力行使を行うことは許されていない。
——今の時点では、まだ。
グレイ執行上尉が、静かに言葉を放つ。
「我々の目的は、ストライダーの制圧とコーラルの管理維持だ」
「レッドガン部隊がコーラルを奪取する前に、我々が先に動く」
その一言で、執行部隊のパイロットたちは即座に理解した。
『レッドガンよりも早く、ストライダーを掌握する』
それこそが、惑星封鎖機構に課せられた使命だった。
強襲艦の内部は、次第にわずかな振動を伴い始めた。重力圏へと進入し、艦全体が大気圏突入の圧力に晒されている。
「降下シークエンス開始。カタパルト射出、T-minus 10」
621は、シートのベルトをわずかに締め直し、コックピットの計器類を確認する。
機体の準備は万全だった。
「執行部隊、戦場投入を開始する」
強襲艦のカタパルトが開かれる。
LC機体が順次射出準備を整え、カタパルトランチャーのロックが解除された。
621のコックピットにも、出撃の指示が送られる。
彼女は無言のまま、出撃シークエンスを確認し、準備を進めた。
『強襲艦カタパルト、開放』
『第一陣、順次射出開始!』
次々とLC機体がルビコン3の灼けた空へと放たれ、各機体は突入シーケンスを開始する。
621の機体もまた、ロックが解除され、カタパルトに移動した。
『621、いくぞ』
エリオットが通信を入れる。
彼の声には、いつもの軽口はない。
「目標地点はストライダー」
「レッドガンよりも先に、コーラルの回収を完了する」
「敵は、企業だけじゃない。解放戦線も、こちらを敵と見なすだろう」
『つまり、敵だらけってことか』
エリオットが自嘲気味に笑う。
621は、無言で出撃シークエンスを完了した。
『カタパルト射出——開始』
次の瞬間、621のLC機体が戦場へと放たれる。
目の前には、炎に包まれるルビコン3の戦場。
その向こうで、G5イグアスが、LC部隊を迎え撃つように待ち構えていた。
『よぉ、お役人さん』
『遅ぇんだよ』