ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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最終話 普通の人生を

 車の車輪が乾いたレールを叩き、一定の間隔で軋みを返す。

 窓外に広がるのは、未舗装の赤土を均したばかりの開拓地と、遠くに林立する建設用クレーン群、建設が始まったばかりのグリッド。空気は濁ってはいない、まだ「整備されていない」匂いを残していた。

 

 イグアスは硬質な座席に腰を沈め、新聞を開いた。今時珍しい紙製の新聞は粗悪な印刷でインクが指に移る。だが見出しは明確だった。

 

 ──「ALLMIND戦役終結より六年。主要星域における復旧率、六割を突破」

 

 短い活字群の下には、各地の復興指標が並んでいた。惑星間輸送網の再開、エネルギー供給網の再建。数字は徐々に増加に転じ、人類が再び「秩序」を取り戻しつつあることを示している。

 

 次の段落。

 

 ──「惑星封鎖機構、再設立。人類評議会の直轄下に」

 

 イグアスは紙面から目を離し、車窓の外を一瞥した。未完成の居住区に掲げられた白旗には、新設された評議会の紋章が印刷されている。かつての封鎖機構が掲げたエンブレムとは異なり、そこには円環を囲む幾つもの点があった。各有人星系を代表する印。

 

 新聞の隅には、軍事欄の記事が小さく載っていた。

 

 ──「ルビコン3宙域、依然として立入禁止。調査隊派遣計画は議会審査待ち」

 

 乾いた活字は、過ぎ去った戦場をまだ「現在」として扱っていた。

 イグアスは唇をわずかに歪める。列車は減速を始め、前方の拠点都市の輪郭が曇天の下に広がっていった。

 

 列車のブレーキが擦過音を響かせ、揺れが収束していく。

 イグアスは新聞を畳み、無言で視線を窓外へ移した。

 

 隣の座席では、人型インターフェイスが足をぶらつかせていた。

 銀色の繊維髪、鮮やかなコーラルピンクの虹彩。その表情は常に明るく、緊張感の欠片もない。

 

「ねーねー、また新聞? 活字ばっか見て、目ぇ痛くならない?」

 

 返答はない。イグアスの横顔は微動だにせず、外の建設用クレーン群に視線を止めている。

 

 女は頬を膨らませ、新聞の端を指で突いた。

 

「てか、電子端末で見たらいいじゃん! わざわざ紙にインクで印字されたニュースを見るなんて、今時だれもしないよ! 」

 

 イグアスは肩をわずかに揺らしたが、やはり言葉は返さない。

 そのそっけなさに構わず、彼女はさらに身を乗り出す。

 

「かっこつけすぎ! 好きだった人に会いに行くからってさー! 振られたのに未練たらたらだなあ! わたしだって、こうして人型インターフェイスになったんだよ? ご飯食べて、転んで、青あざまで作れるんだよ? すごくない? なのにイグアスったら、新聞と外ばっかり!」

 

 声は車内の騒音に混じり、軽く弾む。周囲の乗客がちらりと視線を向けたが、女は意に介さない。

 

 イグアスは短く息を吐き、新聞を折り畳む手を止めた。

 視線だけを向け、慌てて訂正する。

 

「す、好きとか意味わかんねえ事言ってんじゃねえよ! 振られたとか……振られてねえ!」

 

 声が少し上ずり、周囲の乗客が一斉に振り返った。イグアスは咳払いをし、新聞を鞄に押し込みながら顔を背ける。隣の女はしてやったりと笑い、わざと声を弾ませた。

 

「ほら見て! 図星だから慌ててんでしょ! ほんっと分かりやすいんだから! 私と言うものがありながらなー!」

 

 列車の警笛が短く鳴り、減速が完全に止まる。扉が開き、冷たい外気と人の喧噪が一気に流れ込んだ。

 

 駅構内は労働者であふれかえっていた。汚れた作業服、積み上げられた工具箱、訛りの強い会話。ここは開拓惑星、外部からの出稼ぎが主力を担う。

 

 その群衆の中に、違和感のある姿が混じっていた。銀や青の人工繊維髪、過度に鮮やかな虹彩。人間の輪郭を持ちながら、どこか情報ノイズを帯びたような存在感。

 

 ──人型インターフェイス。

 イグアスの隣で足をぶらつかせていた女と同じ人型であって、人ではない存在。

 

 数体が労働者の列に自然に混ざり、荷を担ぎ、声を交わしている。その動作はぎこちなくも楽しげで、周囲はすでに「共に働く仲間」として受け入れているようだった。

 

 隣の女はイグアスの腕にしがみつき、わざと大声を出した。

 

「ねー、すごいでしょ? わたしたち、もう“危ない怪物”じゃないんだから! 政府公認だよ!」

 

 イグアスは迷惑そうに顔をそむけ、雑踏を縫って歩を進める。

 だが目に入ってくるのは、駅の電光掲示板に表示された注意文言だった。

 

 ──「Cパルス変異波形体、公共空間では必ず人型インターフェイスを使用のこと」

 

 無機質な表示の下に、さらに説明が続いていた。

 

 ──「本義務は、変異波形の持つ高次ハッキング能力を制限し、人類社会との協調を維持するための措置である」

 

 イグアスは鼻を鳴らす。

 それは事実だった。621が接続し、ALLMINDを打倒すべく目覚めさせた変異波形の総数は数千万体に及ぶ。そのほとんどが人類に対して敵意を示さず、むしろ共存を望んでいた。だが、彼らは電脳空間において絶対的な優位を持つ──精神体そのものが、強力なハッキング兵器に等しかった。

 

 世間はその存在の扱いに困り果て、結果として「受肉」を強制する形で落としどころを見出した。

 ──人型インターフェイス。

 精神体を制限し、物理世界へ縛り付ける義務的装置。奇しくも、その設計思想はかつて巨悪として知られたALLMINDの“受肉体”を参考にしている。

 

 群衆に混じる数体のインターフェイスは、それぞれ荷を運び、笑い声をあげ、汗を拭っていた。見かけはただの人間。だがその背後に潜む莫大な演算力を知る者は、誰も声に出さない。

 

 人類はこの奇妙な隣人を、受け入れつつあった。

 

 隣の女は腕をぶら下げたまま、得意げに胸を張る。

 

「ね? もうわたしたち、“怖がられる存在”じゃないんだよ! ちょっとだけ不便になったけどさ──イグアスと一緒に歩けるなら、それでいいんだ!」

 

 イグアスは短く舌打ちをし、視線を前に戻す。

 

「……そうかよ」

 

 駅の喧噪の中、彼の声は雑音にかき消された。だが隣の女は、嬉しそうに笑みを浮かべ続けていた。

 

「うんうん! さ! いこういこう!」

 

 駅前の広場には、舗装が不完全な赤土の上にバス停が設けられていた。錆びた屋根付きの待合所と、古びた路線図が貼り出されている。

 

 イグアスは群衆を抜け、無言で停留所の列に並ぶ。次の便は十五分後と表示されていた。

 

 隣の女はきょろきょろと辺りを見回し、目を輝かせる。

 

「わぁ! これがバスってやつ? 列車よりちっちゃいんだ! タイヤで走るの? いいねいいね、乗ってみたかったんだ!」

 

 興奮気味に声を弾ませ、車体を指さす。新造とは程遠い、くすんだ塗装の輸送バスがちょうど停車していた。

 

 イグアスは露骨に眉をひそめた。

 

「……不便極まりねえな。こんなもんが唯一の足だなんてよ」

 

 切符を無造作に買い、狭いステップを上がる。冷房の効きは甘く、車内には油と埃の匂いが混ざっている。

 

 女は楽しげに席へ飛び込み、窓に張り付くように外を眺めた。

 

「ねえねえ! これって発進したらガタガタ揺れるんでしょ? 映画で見たことある!」

 

 イグアスは重い溜息を吐き、隣に腰を下ろす。

 

「……よりによって、こんな田舎に居を構えやがって。軌道住居だとか……それこそ地球に住む事だって出来ただろうに」

 

 吐き捨てるような声。誰に向けたものかは明らかだった。

 

 バスは低い唸り声を上げ、舗装の甘い道路を走り出した。タイヤが石を踏み、車体が小さく跳ねるたびに女は嬉しそうに声をあげる。

 

「わっ! ほんとにガタガタする! すごいすごい、列車と全然ちがう!」

 

 イグアスは無言で窓に肘をつき、外の景色へ視線を投げた。赤土の大地はどこまでも続き、点在する集落と資材置き場が流れていく。

 

 停留所ごとに人が降り、やがて車内はがらんとした。作業服姿の労働者たちが降りるたびに埃っぽい風が吹き込み、残された席は静まり返る。

 

 一時間、二時間。

 バスは道なき道を縫うように進み、終点に近づくたびに乗客は減っていった。

 

 ついに残されたのはイグアスと女だけとなった。車掌は慣れた様子で運賃箱を叩き、後部座席の二人に目を向けることもない。

 

 女は窓ガラスに額を押し当て、外の荒野を食い入るように眺めている。

 

「ねえ、見て見て! あんなに大きいクレーター! あ、あそこには風車! あっちは牛みたいなのが歩いてる! いいなあ、ずっと見てても飽きない!」

 

 イグアスは溜息を吐き、視線を戻した。

 荒野の向こうに建設途中の送電塔が立ち、鉄骨が夕陽に鈍く光っている。

 

「……偶には悪くねえかもな」

 

 小さくこぼした声は、バスのエンジン音にかき消される。

 

 夕陽は傾き、荒野を深い橙に染め上げていた。バスは長い道のりを揺れながら進み、やがて最後の停留所に辿り着いた。

 

 車体が軋みを立てて停まる。運転手が短くブザーを鳴らす。

 

 イグアスは無言で立ち上がり、二人分の運賃を無造作に投じた。硬貨が金属音を立て、運賃箱の底で転がる。

 

 女は弾むように立ち上がり、ステップを飛び降りた。

 

 眼前に広がるのは、一面の麦畑だった。風が吹き渡り、金色の穂が波のように揺れている。収穫期にはまだ早いが、畝の規則正しさが人工的な開拓の痕跡を示していた。

 

 その中央に、木造の館が佇んでいる。黒ずんだ梁と剥げ落ちた塗装。古びてはいるが、どこか頑なに立ち続ける気配を纏っていた。

 

 女は目を輝かせ、両手を広げた。

 

「わぁ……すっごい! こんな広い畑、初めて見た! ほら、風が気持ちいいよ!」

 

 イグアスは片手で鞄を提げ、建物を睨むように見据えた。

 

「よりによって、こんな辺境に建てやがって。もっと都会に建てろよな」

 

 声は低く押し殺され、夕暮れの風に消えていく。

 彼の視線の先で、館の窓にかすかな灯がともった。

 

 麦畑を抜ける細い道を進み、イグアスは館の前に立った。近づくにつれ、漂ってくる匂いに気づく。

 

 ──煮込んだ肉と野菜の濃い香り、焼き立てのパンの香ばしさ、香草のほのかな苦み。

 戦場や移動生活で嗅ぐことのなかった、穏やかで、腹を満たす匂いだった。

 

 さらに、館の奥からにぎやかな声が響いてきた。何十人もの子供たちの笑い声、食器のぶつかる音、走り回る足音。幸せな喧騒。

 

 隣の女は目を丸くし、頬を綻ばせる。

 

「ねえイグアス! 中からいっぱい声がするよ! 子供だよね? すごい、楽しそう!」

 

 イグアスは眉間に皺を寄せ、片手で鞄を持ち直した。

 視線は木の扉に釘付けになったまま、動かない。

 

 イグアスは無言で立ち尽くした。

 拳を上げかけては下ろし、呼吸を整えようとするが喉が妙に渇いている。

 扉の向こうに漂う温かな匂いと、にぎやかな声が足を縫い止めていた。

 

 女はその様子を横目で見て、呆れたように肩をすくめる。

 

「……あー、もう! こんなの私がやる!」

 

 言うが早いか、彼女は軽快に扉へ駆け寄り、勢いよく拳で叩いた。

 木材が乾いた音を返し、館の奥の喧噪が一瞬だけ静まる。

 

「お、おい待てッ!」

 

 イグアスは大慌てで女を引きはがし、扉から無理やり引き離した。

 彼女は「ちょっとー!」と文句を言うが、イグアスは聞いていない。

 

 鞄から古びた小さな手鏡を取り出すと、慌てて髪を撫でつけ、襟を直し、埃を払う。

 戦場では見せたことのない、落ち着きのない仕草。

 

 女は腕を組み、面白くなさそうに小声で囁く。

 

「ふーん……わかりやすーい」

 

 イグアスは睨み返したが、その瞬間──

 

 ギィィ……

 

 木の扉が内側から開いた。

 暖かな光が溢れ出し、香草と肉の匂いがより濃く漂ってきた。

 中からは子供たちの声が重なり合い、笑い声とざわめきが風に流れ出す。

 

 イグアスは思わず背筋を伸ばし、手鏡を鞄に押し込んだ。

 

「お、おう……久しぶりだな」

 

「……」

 

 扉を開き顔を覗かせたのは、独特の雰囲気を纏った美しい女性だった。

 腰まで届く長い白髪が柔らかく肩に流れ、深紅の瞳は夕暮れの光を映してなお鋭く、しかしどこか温かい光を帯びている。

 

 彼女は少しふくよかな体を、ゆったりと車椅子に預けていた。

 

 C4-621。

 かつてイグアスや仲間たちと共に戦い、数千万体もの変異波形を目覚めさせ、人類を救った英雄。

 新聞にも名を刻まれ、記録にも残り、誰もが知る存在。

 

 だが今、館の扉口に立つ彼女は、英雄というよりも「子供たちを見守る母」のように見えた。

 

 館の奥から、さらに子供たちの声が響いてくる。

「ごはんだー!」「まだー?」と騒ぐ声。食器の音。走り回る小さな足音。

 

 C4-621は静かに笑みを浮かべ、目を細めてイグアスを見た。

 戦場で交わした冷徹な視線ではなく、遠い昔を懐かしむような柔らかい眼差しだった。

 

「ひさしぶり、イグアス」

 

 短い言葉。

 だがそれだけで、イグアスは思わず息を呑んだ。

 

 隣の女──変異波形のインターフェイスは、ぱっと顔を輝かせて飛び跳ねるように声を上げる。

 

「わーっ! やっぱり621だ! 本物だー!」

 

 C4-621は穏やかに頷き、手元の車椅子を器用に操作して扉を大きく開いた。

 その仕草は戦場の鋭さではなく、母が子を迎えるような緩やかさに満ちていた。

 

「ちょうどご飯、出来てるよ。おなか、すいた?」

 

「あ、ああ。邪魔するぞ……」

 

 その声に導かれ、イグアスと女は戸口をまたぐ。

 

 屋敷の中は、外から聞こえていた通りの喧噪に包まれていた。

 大広間には長い食卓がいくつも並び、そこに数十人の子供たちが我先にと腰を下ろしていた。

 パンをちぎり合い、皿を奪い合い、笑い声と叫び声が重なり合って、空気はひときわ熱を帯びている。

 

 調理場とつながる奥の方では、年長らしい十代後半の子供たちが慌ただしく立ち働いていた。

 大鍋から湯気の立つスープをよそい、焼き立てのパンを籠に詰め、皿を両手に抱えて運び出してくる。

 その手際は粗削りだが迷いはなく、互いに短い声をかけ合いながら、次々と食卓へ料理を届けていた。

 

 イグアスは思わず目を凝らす。

 ──その場にいる子供たち全員が、621と同じように白い髪と深紅の瞳をしていた。

 

 小さな子供から、背丈の伸び始めた少年少女まで、年齢は幅広い。

 だが髪と瞳の色が揃う光景は異様で、同時に、ひどく整然とした規律の匂いを感じさせた。

 

「……うまくいってるみたいだな」

 

 イグアスが低く呟くと、621は微笑を深めた。

 

「うん。元気で、困るくらい」

 

 彼女の言葉に合わせるように、料理を運んでいた少年が振り返り、元気よく声を張った。

 

「姉さん、スープもう一鍋仕上がった!」

 

「ありがと、641」

 

 続いて、髪を二つ結びにした少女が皿を抱えながら駆け寄ってきた。

 

「姉さん! 637たちがパンを焦がしちゃって!」

 

「いいのよ、628。ちょっとくらい焦げてもお腹は膨れるわ」

 

 呼び声に応じる621の口調は、戦場を猟犬の如く縦横無尽に駆けた兵士ではなく、子を導く保護者そのものだった。

 子供たちは「姉さん」と彼女を呼び、競うように彼女のもとへ報告を持ち込む。

 

 隣の女はその光景に目を輝かせ、感嘆の声を漏らした。

 

「すごい……! こんなに大勢! みんな、621にそっくりだ!」

 

 イグアスは腕を組んだまま、広間のざわめきに圧されるように視線を逸らす。

 

 食卓の準備が整い、湯気を立てる皿が最後の一列に並べられた時だった。

 年長の一人──白髪を短く刈り込んだ少年が、手を止めて621に声をかけた。

 

「姉さん、みんな揃ったよ。……呼んでくる?」

 

 621は頷き、目を細めた。

 

「うん、お願い」

 

 少年は駆け足で広間を抜け、奥の廊下へと消えていった。

 やがて、子供たちのざわめきが少しだけ落ち着く。

 ──まるで、誰かを待ち受ける合図のように。

 

 しばらくして、廊下の奥からゆっくりとした足音が響いてきた。

 正確には、杖が床を叩く乾いた音と、それを支える小さな足取り。

 

 少年に付き添われ、姿を現したのは一人の老人だった。

 

 背は丸まり、足取りは覚束ない。

 深い皺が刻まれた顔にはかつての険しさの名残があるものの、その表情は驚くほど柔らかい。

 毛先の白い髪は乱れ、片手は杖に、もう片手は少年の肩にすがっている。

 

 ──ハンドラー・ウォルター。

 

 かつて惑星封鎖機構の特別戦術顧問を務め、幾つもの戦場を導いた男。

 イグアスにとっては、決して忘れられない人類最後の決死隊の指揮官であった。

 

 だが、今の姿は記憶に刻まれた人物とは似ても似つかない。

 戦場で鋼のように命令を下した「ハンドラー」ではなく、足腰が弱り、時折視線をさまよわせる、ただの穏やかな老人だった。

 

「……おお、匂うなあ……いい匂いだ」

 

 ウォルターは嗅覚に導かれるように呟き、広間をゆっくりと見回す。

 深紅の瞳の子供たちが「おじいちゃん!」と声をあげて立ち上がり、両脇に集まってくる。

 老人は小さく笑い、震える手で一人ひとりの頭を撫でていった。

 

「ハンドラー・ウォルター……」

 

 思わず漏れた声は、戸惑いに近かった。

 621は車椅子に腰掛けたまま、穏やかにイグアスを見やる。

 

「あの戦いが終わって、この屋敷を買って……戦いから離れた途端に急に老け込んだ」

 

 イグアスは、子供たちに囲まれたウォルターの姿を見つめた。

 かつての鋭い眼光も、張り詰めた声もそこにはない。

 ただ柔らかく微笑み、子供たちを慈しむ、ひとりの老人──。

 

 隣で621が車椅子を少し動かし、視線を合わせる。

 

「でも、もうウォルターは高齢だから……こっちが、素のウォルターだったのかも」

 

 イグアスは言葉を失い、ただ鼻から息を漏らした。

 

「……あんたまで、すっかり“母親”だな」

 

 621は小さく笑みを浮かべる。

 

「親になれてるかな。私は、この子たちにちゃんとした未来を見せてあげれるかな」

 

 イグアスは記憶を呼び戻す。

 ──数か月前、粗末な便箋で届いた一通の手紙。

 621が『倉庫』で眠る子供たちを全て買取り、共に暮らしていること、そして旧世代強化人間の支援のために孤児院を設けたことが、淡々とした文字で綴られていた。

 

 戦場に命を投げ出すしかなかった者たちが、今は食卓を囲む子供たちを育てている──。

 その現実を目にした瞬間、胸の奥にじんわりとした温かさが広がる。

 

「……へっ。なんだよ」

 

 イグアスは鞄を投げ出すように床へ置き、空いていた長机の椅子に腰を下ろした。

 その動作に合わせるように、子供たちが一斉に「いただきます!」と声を張り上げる。

 熱々のスープの匂い、焼き立てのパンの香ばしさ、笑い声と騒がしさが混じり合い、広間は一気に温度を増した。

 

 イグアスは手元の椀を受け取り、蒸気に顔をしかめながらも口をつける。

 ──味は素朴で荒削りだ。だが、不思議と胸の奥を落ち着かせる温かさがあった。

 

 子供たちの笑い声が響き渡る中、視線を巡らせる。

 かつて戦場にしか居場所がなかった621とウォルターが、今は子供に囲まれ、穏やかに笑っている。

 その光景に、イグアスは無意識に口元を緩めていた。

 

「……621。お前は、戦場なんか向いてなかったな」

 

 低く呟いた声は、湯気と笑い声に紛れて誰にも届かない。

 だが彼の胸には、確かに久しく感じたことのない──安らぎが満ちていた。

 

 イグアスはその安らぎをほんの刹那味わっただけで、椀を掴み直すと軍人らしい荒々しい所作で一気に掻き込んだ。

 熱さも味わう暇もなく、湯気を立てるスープとパンを喉へ押し流す。子供たちが驚きの目で見守る中、彼は一瞬で椀を空にし、皿のパン屑を指で払った。

 

 立ち上がる音が、ざわめく広間に鋭く響く。

 イグアスは鞄を掴み、中から一枚のカードを取り出すと、621の前に無造作に押し付けた。

 

「もらっとけ。送り返したりなんかするなよ」

 

 重みのあるカード。そこには戦場を渡り歩いた彼の全ての報酬が詰まっていた。

 

 621は目を見開き、思わず問いかけようとしたが、イグアスはそれを遮るように背を向ける。

 隣では、機械の体ゆえに食事を摂れない女が、それでも楽しげにニコニコと子供たちの食卓を眺めていた。

 

「行くぞ」

 

 短い一言。

 女は「えー? もう?」と不満げに頬を膨らませながらも、嬉しそうに彼の後を追った。

 イグアスは背を向けたまま、扉へ歩を進める。

 子供たちの声と食器の音が背後に遠ざかり、館の外の冷たい空気が頬を打った。

 

 木の扉が音を立てて閉じられたあと、館の中には子供たちの笑い声と食器のぶつかる音だけが残った。

 だが、廊下を滑るように進む車椅子の音がその喧噪を割る。

 

 C4-621は、迷いなく屋敷を抜け、夕陽に染まる麦畑へと出た。

 金色の波が風に揺れ、その中を歩くイグアスの背が見える。

 

「──イグアス!」

 

 呼びかける声は、かつての戦場で指示を飛ばした鋭さではなく、柔らかいが確かな力を宿していた。

 イグアスの足が止まる。だが振り返りはしない。

 

 621は風に髪を揺らしながら続けた。

 

「ありがとう、イグアス──また来てくれる?」

 

 一拍の静寂。

 イグアスは深く息を吐き、ようやく肩越しに視線だけを戻した。

 

「……無理だ」

 

 短い言葉。

 麦畑を渡る風の音にかき消されそうになりながらも、低く重く、確かに届く。

 

「ここは……戦場から戻ったあんたやウォルターが作った、“新しい居場所”だ。

 子供たちが笑って、腹を満たして、生きていける場所だ。……軍人が出入りしていい場所じゃねえ」

 

 621は口を開きかけたが、その表情を読んだイグアスが先に続ける。

 

「俺は、もう来ねえ。……二度とだ。

 ただ──」

 

 イグアスは麦畑の方を見据え、わずかに目を細めた。

 

「……あんたとウォルターが始めたこの孤児院が、ずっと続くことだけは祈ってる」

 

 イグアス何か言おうとした621を無視して歩き出そうとした、そのときだった。

 背後から小さな足音がぱたぱたと響く。

 

「まって!」

 

 振り返ると、麦畑の中を駆け抜けてくる白い影があった。

 長い白髪を背で揺らし、深紅の瞳を輝かせる──621によく似た小さな女の子だった。

 幼いその手には、小さな鉢に植えられた花が抱えられている。

 

 少女は息を切らしながらイグアスの前で立ち止まり、両手で花を差し出した。

 

「今日はありがとう! お土産!」

 

 差し出されたのは、掌ほどの鉢に根を張る、小さな深紅の花。

 麦畑の金色の中で、それはひときわ鮮やかに咲き誇っていた。

 

 イグアスは思わず言葉を失う。

 粗野な戦場の記憶しか持たないその手に、こんなにも柔らかく、無垢な贈り物が託されるなど。

 

 少女は満面の笑みを浮かべていた。

 世界の何も知らず、ただ目の前の人を喜ばせたいと願う、純粋な笑顔。

 

 621が戦いを終わらせ、子供たちを戦場から遠ざける事で生まれた幸せ。

 

 イグアスは花を受け取り、低く呟いた。

 

「……ああ、世界を救った甲斐があったもんだ」

 

 その声は風に紛れ、少女には届いたかどうかもわからない。

 だが彼は花をしっかりと胸に抱え、再び歩き始めた。

 

 麦畑の波を背に、遠ざかるその姿はもう振り返らなかった。

 

 ──それでも、彼の足取りは、どこか軽やかだった。

 

 月明りが金色の大地を染め上げ、星々が煌めく。

 子供たちの笑い声と、館の灯火が遠くに揺らめく中──物語は静かに幕を閉じた。

 

 

 

 ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon ~完~




この物語はここで完結となります、お付き合いくださりありがとうございました。
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ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴(作者:らっこ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

 魔獣と戦ったりオークから人間にまで陵辱されたり箱化したりしそうな世界観で戦う少女達と、それとは全然関係ない所で勝手に改造手術されて戦う羽目になったニチアサ野郎がドッタンバッタンするお話▼「なんだあの露出度……痴女か!?」▼「なんであの重い鎧装備して動けるんだろう……ゴリラ?」


総合評価:8120/評価:8.19/連載:16話/更新日時:2026年05月15日(金) 16:41 小説情報


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