ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
無機質な白い照明が淡々と床を照らす中、621は車椅子に座ったまま、手元の端末をじっと見つめていた。
ベイラム・インダストリー発行の電子雑誌。
企業PRを兼ねた広報誌であり、その最新号には、大きく「レッドガン特集」のタイトルが踊っている。
見出しには、こうある。
【ベイラム最強の矛――赤き戦士たち】
【狂犬、G5イグアスの闘争哲学】
【レッドガン番号付きパイロットたちが語る、「最強部隊」の実態】
621は、無表情のまま画面を見つめていたが、その視線は微かに焦点が合っていないようにも見えた。彼女がこの雑誌を読むのは、純粋な好奇心というより、自分が倒した相手がどういう人間なのか、理解しようとしているようだった。だがそれはあくまでも機械的で、人間としての感情からは切り離された観察にすぎなかった。
特集の冒頭には、レッドガン部隊の紹介が載っていた。
ベイラムが誇る精鋭AC部隊。企業の威信を背負い、幾度も戦場で勝利を収めてきたエースパイロットたち。
掲載された写真には、数々のレッドガン所属ACの機体が映っている。
その中には、つい先日まで戦っていたG5イグアスのヘッドブリンガーの姿もあった。
「よう、お役人さん」
突然、すぐ近くで軽快な声が響いた。
621は視線を上げる。
そこには、レッドガン特集の主役――G5イグアス本人が、立っていた。
「戦場じゃ散々追い回してくれたが……あんた、こんなところで何してんだ?」
イグアスはポケットに片手を突っ込みながら、にやりと笑っていた。
「まさか、俺の特集記事なんか読んでんのか?」
621は無言のまま、端末の画面を指でタップする。
ちょうどイグアスのインタビュー部分が表示されていた。
画面上のテキストには、こんな言葉が並んでいる。
《G5イグアス:「戦場で生き残るのは、強い奴だけだ。俺はそれを証明し続けてる。それが、レッドガンの流儀よ」》
それを目にした瞬間、イグアスは鼻高々に笑った。
「おいおい、嬉しいねぇ。俺をブチのめした役人さんが、俺の記事なんか読んでるとはな」
彼は自分の紹介記事を指さしながら、軽く肩をすくめる。
「いいだろ?これが『本物の戦士』の哲学ってやつだ。読んで勉強してくれよ、お役人さん」
彼は得意げな表情で621を見下ろす。
戦場では完敗したが、少なくともこの「知名度」と「実績」では、自分の方が上だという自負があった。
621が何も言わないことも、イグアスには「認めざるを得ない」という沈黙に聞こえた。
「で、どうだったよ?俺の記事、サインしてやろうか」
そう言って、イグアスは腕を組む。
621は、ようやく小さく瞬きをし――
端末の画面を、次のページへと切り替えた。
そこには、別のレッドガンパイロットの紹介が載っている。
イグアスではなく、G2、G3クラスのエースたちの戦歴が並んでいた。
「……」
621は興味なさそうに、それを読み始めた。
「……おい、スルーかよ?」
イグアスの眉がピクリと動く。
まさかの反応だった。
自分の記事を読んでいたはずなのに、質問するとスルー。
しかも、より上位ランクのレッドガン隊員の記事に目を移すとは――
「……テメェ、俺よりG2とかG3に興味あんのか?」
イグアスは微妙に不機嫌そうに言う。
だが、621は変わらず無表情のまま、指を滑らせて記事を読んでいた。
彼は腕を組み、軽く舌打ちした。
負けた相手に興味を持たれないのは、プライドを傷つけられる。
しかし、それ以上に――戦場で戦った相手に対して、ここまで無頓着な態度を取れる621の異常性に、どこか違和感を覚えた。
戦場でやり合った相手にここまで無関心とは、こいつは本当に生きた人間なのか?
イグアスは笑みを浮かべながらも、内心では苛立ちを隠せなかった。戦場で完全敗北を喫した相手に、無視されるのは彼のプライドを強く刺激した。彼は自分の強さを自負している。にもかかわらず、この小柄な『役人』の女は、自分をまるで路傍の石ころのように扱う。その態度がイグアスの神経を逆なでしていた
「……ああ、そういや、お前に言っとくことがあったな」
不意に思い出したように、イグアスは鼻を鳴らした。
621は無言のまま、視線をわずかに持ち上げる。
イグアスはポケットに突っ込んでいた手を出し、雑に振った。
「ひよっこ……G13の野郎、まだ生きてたぜ」
その言葉に、621の指が一瞬だけ動きを止める。
「もっとも、もうAC乗りとしては終わりだがな」
そう言って、イグアスは口の端を歪める。
「神経系がダメになったらしい。補助装置がなきゃ日常生活すらままならねぇってよ。最新世代の強化人間化手術を受け直せば、もしかしたら復帰出来るかもだが……そんな不確定な手術にベイラムは金を出してはくれねえらしい」
淡々とした口調だった。そこに同情の色は一切ない。
ただの「敗者」の末路として、当然のように語る。
「ま、G13なんて番号の時点で、縁起が悪かったって話だな。このナンバーは早死にするってジンクスだからよ、生きてるだけ儲けもんだ」
イグアスは肩をすくめ、G13のことをあっさり忘れたように、再び621に向き直った。
「ま、あんなひよっこどうでもいいさ……それよりよ」
彼はわざとらしくにやけ顔を作り、ゆっくりと621に近づいてきた。621は、端末から顔を上げてじっと彼を見返す。
「お役人さんよ、今度はいつ、俺と遊んでくれんだ? 戦場での借りは、たっぷり返してやりたいと思ってんだがなぁ?」
イグアスの言葉には、挑発とともに、戦闘では見せなかった妙な馴れ馴れしさが混じっていた。
だが、その時だった。
「おいおい、そこでストップだ」
横から割り込むように、エリオットの声がした。
彼は腕を組みながらイグアスの前に立ちふさがる。
「アンタが勝手に基地内をウロウロするのは認められてるが、俺の相棒にちょっかい出すのは許可してねえぞ」
イグアスは舌打ちしながら、エリオットを見下ろした。
「邪魔すんなよ。俺はお役人さんと仲良くしたいだけだぜ?」
「悪いが、ウチの621はお前みたいなタイプと仲良くする趣味はねぇんだ」
エリオットは軽く鼻で笑うように、イグアスを見返した。
「さあさ、犬は犬らしく、檻で大人しくしとけよ。そろそろ迎えが来るんじゃねえのか?」
イグアスの眉がピクリと動き、表情が険しくなったが、やがてふっと力を抜き、口の端を歪めた。
「……チッ、仕方ねえな。邪魔が入ったみたいだ」
彼は再び621を一瞥すると、手をひらひらと振りながら去っていった。
「またな、お役人さん。次は誰にも邪魔させねぇぜ」
621は無表情のままそれを見送ると、エリオットへと視線を戻した。エリオットは肩をすくめて言った。
「やれやれ、世話が焼けるな」
イグアスの背中が見えなくなったのを確認してから、エリオットはゆっくりと621に向き直った。
「で、何読んでたんだよ、さっきから」
621の端末を覗き込むようにして、エリオットは眉をひそめる。
「なになに……『自殺の予定がある者だけ付いてこい〜歩く地獄 G1ミシガン〜』お前、変な記事ばっか読むな!よりにもよってレッドガンの前で!」
621は無表情のまま、小さく肩をすくめた。
「敵を知るってことか? それにしても、ベイラムのクソ野郎共の記事なんか読んだって意味ねえだろ」
エリオットはため息をつきながら言った。
「あんな奴らの言葉に触れてると、悪影響受けるぞ。お前はただでさえ……ちょっとアレなんだから」
621が静かに視線を向ける。エリオットは慌てて言葉を変えた。
「いや、その……気にすんな。要はあれだ、ああいうのを読むと、無駄な思想を植え付けられるってことだ。イグアスみたいな『戦争狂』にはなるなよ」
彼は頭を掻き、軽く笑った。
「ま、俺が横で見張っとくから、安心してくれ」
エリオットがそう言った瞬間、621は僅かに彼を見上げた。その視線には、微かにだが安心感のようなものが宿っているようにも見えた。エリオットはそんな621の表情を見逃さず、小さく苦笑した。
「やれやれ……まったく、世話が焼けるな」
無機質な照明の下、ふたりの影が静かに床に伸びていた。