ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第17話 兆候

 淡い光に満たされた自室の中、621はベッドの端に腰掛け、手元の通信端末を起動させていた。部屋は簡素で無機質だが、彼女にとっては落ち着ける数少ない空間だった。

 

 秘匿通信を繋ぎ、ノイズ混じりの画面がやがて鮮明になる。映し出されたのは、彼女のハンドラー、ウォルターだった。

 

「621、よくやったな」

 

 ウォルターの声は、いつもよりも幾分柔らかく響いた。

 

「執行部隊がレッドガンを下したと聞いた。見事な戦果だ」

 

 通信越しのウォルターの顔には、珍しく微かな笑みが浮かんでいた。その表情は、まるで娘の活躍を誇る父親のようだった。

 

「……レッドガンの番号付きACを撃破とはな。お前がここまでやるとは、想像以上だった」

 

 621は無表情だったが、ウォルターの言葉に耳を傾けるその目元には、僅かながら穏やかさが宿っていた。

 

「 無事で何よりだ、621」

 

 ウォルターの声には、労わりと安堵が入り混じっていた。それを聞く621の表情は、普段の冷淡さが少しだけ緩んでいた。

 

「……」

 

 彼女は何も返事をしなかったが、通信を切ろうとはせず、ただウォルターの話を静かに聞き続けていた。

 

 ウォルターの声が優しく響き、621は無意識に肩の力を抜いた。彼の言葉には、他の誰からも得られないような特別な温かみがあった。

 

「よくやった、621。俺はお前を誇りに思う」

 

 その言葉に、621の唇が微かに緩んだ。

 

 ウォルターとの通信は、彼女にとって数少ない心地よい時間だった。

 

 通信端末の画面に映るウォルターは、621を労うような穏やかな表情を浮かべていた。しかし、その余韻は長く続かなかった。

 

 彼は一瞬だけ視線を落とし、何かを考えるように息をついた後、改めて621を見据えた。

 

「――さて、休息も必要だが、次の任務について話さねばならん」

 

 621は、その言葉を聞くと無言のまま背筋を伸ばした。彼女にとって、戦場に戻ることは特別な感慨を抱かせるものではなかった。命令があれば、それを遂行する。ただ、それだけのことだった。

 

 ウォルターの顔つきが、さっきまでとは打って変わって引き締まる。

 

「封鎖機構のシステムが、前回の件を踏まえてルビコン解放戦線の脅威度を引き上げた。近々、大規模な攻撃作戦が実施されるだろう」

 

 画面に戦術マップが表示される。ルビコン3の地表、その中でも特に要衝とされる地点が赤く強調されていた。

 

「解放戦線の大規模要塞――通称『壁』の攻略」

 

 表示されたエリアは、解放戦線が拠点としている大規模要塞だった。

 

 ウォルターの指示に従い、戦術マップの視点が拡大されていく。要塞は、巨大な遮蔽壁と堅牢な防御陣地に囲まれており、内側には機動部隊、砲撃陣地、そして数多くの戦力が展開している。

 

「解放戦線はここを拠点に、数々の攻勢を仕掛け、封鎖網を攪乱してきた。だが、もう終わりだ」

 

 マップの上に、機構側の部隊配置が次々と展開される。LC部隊を主力とする大規模な攻撃編成。空からの強襲部隊。さらに、地上からの包囲戦力。これまでにない規模の戦力が投入される予定だった。

 

「封鎖機構は、解放戦線の壊滅を目的としてこの作戦を発動する。長期戦を避けるため、一気に叩き潰すつもりだ」

 

 画面が切り替わり、LC部隊の出撃リストが表示される。そこには、621のコールサインもあった。

 

「お前は第一陣の強襲部隊としてアサインされている。『壁』の防衛網に穴を開ける役目だ」

 

 ウォルターは一拍置く。

 

「先行突入、強襲突破。前線のMT、砲台、そして解放戦線のACを排除しつつ、拠点の制圧を補助する」

 

 621は、無言のまま画面を見つめた。ウォルターの言葉の意味を理解しつつも、彼女の表情は変わらない。

 

「簡単な作戦じゃない。解放戦線の最後の牙城とあって、奴らは死に物狂いで抵抗するだろう。だが、お前ならやれる」

 

 ウォルターはそう言い切った。

 

「レッドガンの番号付きすら叩き潰したお前なら、『壁越え』は決して不可能じゃない」

 

 その言葉には、信頼と期待が込められていた。

 

 621は通信端末の画面をじっと見つめていた。ウォルターの言葉が、静かに彼女の耳に馴染んでいく。

 

「お前ならやれる」 

 

 彼の言葉には、信頼があった。それは621にとって、数少ない心地よい時間だった。

 

 彼女は普段、命令を受け、それを遂行するだけの存在だった。評価されることも、労われることも、ほとんどない。だが、ウォルターだけは違った。彼の声には、ただの指示とは違う、どこか温かみのある響きがあった。

 

 まるで、父親のように――

 

 彼女は何も言わず、ただその言葉を聞き続けた。

 

 しかし――

 

 突然、部屋のドアが乱暴に開いた。

 

「おい、621!ブリーフィングの時間だぞ!」

 

 慌てて振り返ると、そこにはエリオットが立っていた。片手でドアを押さえ、もう片方で彼女を呼びに来たらしい。

 

 621の表情が、一瞬にして険しくなる。

 

彼女は即座に通信端末の画面をオフにした。

 

 ウォルターの姿が、淡い光とともに消える。

 

 エリオットは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「ん? なんかしてたのか?」

 

 621は何も言わず、無言のまま通信端末を閉じた。彼女の手の動きは、わずかに苛立ちを含んでいた。

 

 エリオットはその様子を見て、首を傾げる。

 

「……なんだよ、その顔。そんなに機嫌悪くなることか?」

 

 彼は冗談めかして言ったが、621の目はじっと彼を睨んでいる。まるで「余計な邪魔をしたな」と言わんばかりの冷たい視線だった。

 

 エリオットは思わず肩をすくめる。

 

「おいおい、俺はただブリーフィングに呼びに来ただけだぞ。通信だって何回もしたのに出ないしよ」

 

 621はため息をつき、立ち上がる。

 

「……」

 

 無言のまま、淡々と部屋を出ようとする彼女の車椅子の操作には明らかに不機嫌さが滲んでいた。

 

 エリオットは苦笑しながら、後をついていく。

 

「なんなんだよ……」

 

 621は無言のまま廊下を進んでいた。足元から響く電子音と車輪のわずかな回転音が、無機質な空間に静かに反響する。エリオットは隣を歩きながら、621の機嫌の悪さをどうにか解きほぐそうとした。

 

「悪かったよ。何かしてたのか?」

 

 しかし、621は何も言わずに視線を前に向けたままだった。

 わかりやすく、苛立っている。彼女にとっては珍しく感情を露わにしていた。

 

 エリオットはため息をつき、肩をすくめる。

 

「……どうせすぐに頭を切り替えるしかなくなるさ」

 

 そう言いながら、彼は自分の端末を操作し、ブリーフィングの概要を確認する。次の作戦――「壁越え」。封鎖機構による解放戦線の大規模要塞攻略。彼にとっても、この作戦は特別な意味を持っていた。

 

「お前も聞いてるだろ? 今度の作戦、『壁越え』だぜ」

 

 彼はワクワクしたように笑った。

 

「ルビコン解放戦線が何年も守り続けてきた要塞、ついに落とす時が来たってわけだ。いやぁ、これはすげぇ作戦だぞ。お前、あの『壁』の話、知ってるか?」

 

 621は依然として無言のままだったが、エリオットは気にせず続ける。

 

「俺たちの部隊は、第一陣としてあそこに突っ込む。まぁ、言ってみりゃ開幕の花火役だな」

 

 彼は軽く拳を握りしめ、興奮を隠しきれない様子で話を続ける。

 

「壁の防御はハンパねぇ。分厚い装甲壁、複数の砲台、それに解放戦線の精鋭部隊がひしめいてる。正面突破なんて自殺行為だから、俺たちは先行突入して防衛網をこじ開けるわけだ」

 

 彼はちらりと621の横顔を見た。

 

「なぁ、面白くなりそうじゃねぇか?」

 

 だが、621は一瞥すらせずに淡々と車椅子を進める。エリオットの話に興味がないわけではない。彼女の思考はすでに作戦のシミュレーションへと向かっていた。

 

「ま、無口なのはいつものことか」

 

 エリオットは621の隣を歩きながら、彼女の明らかに不機嫌な様子をどうにかしたいと思案していた。いつも通り無口なのはいいが、今回は特に棘がある。621が機嫌を悪くすること自体が珍しいのだから、よほど通信を邪魔されたのが気に入らなかったのだろう。

 

 彼は深く詮索するつもりはなかったが、これだけ露骨に不機嫌だと気になってしまう。だが、それを直接聞いても621が答えるはずもない。

 

 そこで、彼はふと思い立ち、端末を操作した。彼女の気を引こうと用意していた『とっておき』のデータを引っ張り出す。

 

「よし、これで機嫌直せ」

 

 621の端末に、データファイルの転送通知が表示された。

 

《惑星の守護者〜戦場の支配者、執行部隊に迫る〜》

 

621の指が一瞬だけ止まる。

 

 エリオットはにやりと笑った。

 

「お前さ、よくACの電子雑誌読んでるよな? だったらこっちも読めよ。封鎖機構発行のLC・HC部隊の特集だ。わざわざ機密じゃない部分を引っ張ってきてやったんだぜ?」

 

 621は画面をスクロールしながら、軽くページをめくる。そこには、LC部隊とHC部隊の運用コンセプト、最新鋭のパーツ解析、過去の作戦レポートなどが詳細に記載されていた。

 

「LCは迅速な電撃戦と情報戦を主軸に設計され、高機動戦闘を想定した戦術が求められる」

 

「HCは持久戦と戦線維持を最優先し、極限まで強化された装甲と火力を活かした迎撃戦を展開する」

 

 文章の端々には、LC部隊がいかに戦場で「獰猛な猟犬」として機能し、HC部隊が「鉄壁の守護者」として戦線を支えるかが熱を込めて解説されていた。

 

 621は静かに目を滑らせながら、時折指を動かして記事をスクロールさせる。

 

 エリオットは横目でそれを見て、少し満足そうに頷いた。

 

「お、食いついたな?」

 

 621は返事をしなかったが、さっきまでの不機嫌そうな雰囲気が、わずかに和らいだようにも見えた。

 

「LCの戦術解説、そっちのページにあるぞ。あとHCの改修例紹介記事も読める。あー、それからな……」

 

 エリオットは自分の端末をいじりながら続ける。

 

「お前が興味持つかわからねぇけど、この間のレッドガンとの交戦データが反映された分析記事もあるらしい。まぁ、公式には存在ってことになってるがな」

 

 621は無言のまま、その記事を探す。

 

 ――確かにあった。

 

《対AC戦におけるLCの戦闘データ解析:G5イグアス戦の記録》

 

 621は一瞬だけ画面を眺め、興味深そうにスクロールする。

 

 彼は621が「狩り」に執着することを知っていた。621は戦場では異様なまでに冷静で、なおかつ戦闘そのものに対して異常な適応力を示す。そして、敵を撃破するたびに、次はどう動けばより効率的に”獲物”を狩れるのかを分析しようとする。

 

 ――ならば、こういうデータを渡せば、興味を引かないはずがない。

 

「ほら、ちょっとは機嫌直ったか?」

 

 エリオットは軽く笑いながら、621の横顔を覗き込んだ。

 

 621は依然として無表情だったが、無言のまま記事を読み進めていた。

 

 彼女がそれを拒絶しない限り、少なくともエリオットの試みは成功したということだ。

 

 621は電子雑誌の記事をスクロールしながら、ふと指を止めた。そして、端末の通信メニューを開き、エリオットのデバイスへ信号を送る。

 

 ピッという控えめな音とともに、エリオットの端末に短いメッセージが表示された。

 

『ありがとう』

 

 エリオットは一瞬、足を止めた。

 

「……お前、了解以外の信号も送れたんだな」

 

 思わず、そう口にすると、621はちらりとエリオットを一瞥し、何も言わずにそのまま歩き続けた。

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