ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第2話 訓練

 士官が621を連れ添って長い廊下を進む。

 グレイ執行上尉の執務室を出て以降は、互いに一言も話さない。案内された居住区画のドアが静かに開き、士官が手で促した。

 

「ここがお前の部屋だ。必要な物資は揃えてある。身体を休めるなり、端末で任務データを確認するなり、自由に使え」

 

 だが、621は部屋を一瞥することすらせず、無言で車椅子を動かしてその場を通り過ぎた。彼女の視線は前方の廊下を捉えたまま、鋭い目的意識を感じさせる動きを見せていた。

 

「……無視か」

 

 士官は呆れたように眉を上げたが、それ以上何も言わず彼女の後ろ姿を見送った。

 

 621の操作する車椅子は、金属の床を滑るように進む。行き先は、執行部隊の機体が待機する機体格納庫だった。

 

 冷たい白光に包まれた巨大な空間が、621の目に広がる。惑星封鎖機構の要として機能するこの衛星軌道基地の機体格納庫には、無数の機体が整然と並べられ、作業員たちがその周囲を忙しなく動き回っている。

 

 だが、621の目はそれらには向かない。彼女の視線は、格納庫の奥に設置された指定された番号のプラットフォームに注がれていた。

 

『AM14:SENTRY』

 

 コンソールを操作し、彼女は自分に割り当てられた機体のデータを確認する。SENTRYは惑星封鎖機構の主力量産機であり、堅実な性能と汎用性の高さを売りにした標準機体だ。極端な特化はないが、コスト効率とメンテナンス性を重視して設計されている。

 

 曲面を多用したデザインが、無骨でありながらも洗練された印象を与える。だが、その頭部ユニットが存在しない点が異様さを際立たせていた。代わりに腹部に設置されたセンサー部が、無表情で空間を睨むように輝いている。そのデザインは、合理性と冷徹さの象徴のようだった。

 

 両肩には兵装マウントが備え付けられ、傍のウェポンハンガーには標準装備であるレーザーガンとミサイルポッドが配置されている。両脇に取り付けられた可動式の追加ブースターが、機体全体に重心のバランスと機動性を与えているように見えた。

 

 技術者たちが近くでセントリーの整備作業を続けていたが、621の近づく車椅子に気付くと、手を止めて振り返った。一人の技術者が、怪訝な顔で彼女に歩み寄る。

 

「おい、新人か? この機体はまだ調整中だ。近づきすぎるなよ──」

 

 だが彼の言葉は、621が無言でコンソールを操作し始めたことで遮られる。送られたデータを確認した技術者は、画面に浮かび上がる文面にため息をついた。

 

「……ああ、お前がこいつのパイロットか。まあいい、好きにしろ。とはいえ、ジェネレーターを作動させるなんて事は絶対にするよ。動かしたいならシミュレータか、実地でやってくれ」

 

 技術者は投げやりにそう告げると、再び整備作業に戻った。621はそれを聞いても一切反応を見せず、車椅子を静かに動かして機体のすぐ近くへと進む。

 

 621はターミナルに手を伸ばし、機体の稼働データを確認する。ディスプレイに映し出されたのは、機体の詳細なスペックと現状の整備状況だった。

 整備状況は完璧、すでに実地での運用も何度かされておりその都度調整が施されている。

 

 詳細なスペックを自身のコンソールにダウンロードした621の赤い瞳が、そのフォルムを見上げる。頭部ユニットが存在しないAM14:SENTRYのシルエットは、彼女自身の無機質な存在とどこか重なるようでもあった。

 

 少し離れた場所で作業していた技術者が、ふと作業の手を止めて621を見た。彼女の動きは静かで、無駄が一切ない。セントリーに触れることはなく、ただデータを確認し、必要な情報を収集しているだけだった。

 

「……機械みたいな奴だな」

 

 そのつぶやきは、小さく誰にも届かなかったが、彼女の背中にまとわりつく冷たい空気をさらに濃くしたかの様だった。

 

 格納庫での確認を終えた621は、車椅子を静かに反転させ、格納庫脇に設置されたシミュレーター室へと向かった。そこにはパイロットたちが訓練や機体の調整を行うためのシミュレーション装置が整然と並んでいた。彼女が入室するや否や、技術者や他のパイロットたちの視線が一瞬だけ集まるが、彼女が動きを止めないと分かると、再び誰もが自分の作業に戻る。

 

 621は一言も発することなく、空いているシミュレーターへと車椅子を滑らせる。端末にコンソールを接続し、機体データを素早く転送すると、訓練用のミッションパラメータを入力していく。

 

 ──メインシステム、訓練モード起動──

 ──目標:トレーナーAC──

 

 モニターに文字が浮かび上がると同時に、シミュレーター内部のディスプレイが暗転し、仮想戦場の景色が広がる。荒野、廃墟、そして標的であるトレーナーAC、静寂の星を模した風景が、彼女の前に展開されていく。

 

 621は指先を微かに動かし、コクピットの操作パネルを起動させる。セントリーのシミュレーションデータがリアルタイムで反映され、目の前に機体のHUDが展開された。

 

 シミュレーション上の機体を傾け、加速、跳躍、照準、射撃、射撃、射撃、回避、装填。

 シミュレータによって再現された擬似Gで枯れ木の様な身体が軋む度、621は微かに口角を上げていた……

 

 

 

 

 

 その後、シミュレーター内ではひたすらに標的を撃破し、ブースト移動と回避動作を繰り返す621の姿があった。敵のパターンは変化し、次第に難易度が上がっていく。サイドブーストを使っての高速回避、ミサイルポッドのロックオンと連射、近接戦闘用の武器切り替え──全てが効率的かつ無駄のない操作で実行されていた。機体を乗り換えて直ぐに順応し使いこなせるのは、強化人間の明確なメリットとして知られている。

 

 だが、彼女の身体には明らかに許容範囲を超えた負荷がかかっていた。痩せ細った手が操作パネルを叩くたび、震える指が見える。しかし621は休むことなく、次々に標的を破壊していった。

 

 訓練ループが一巡すると、再び同じミッションを繰り返し起動する。技術者が通りすがりにモニターを見て呆れたように首を振った。

 

「まだやってんのか……あいつ、何時間いるつもりだ?」

 

 訓練室の端で声を聞いた他の兵士が、冷ややかな眼差しを621に向けて答える。

 

「放っとけ、あんな奴。例の猟犬だ、傭兵が惑星封鎖機構に入り込みやがって……気に入らねえ」

 

 だが彼らの明らかな侮蔑の言葉も、冷たい視線も、621に届くことはなかった。彼女はただ無言で、次の訓練に集中し続ける。   

 

 加速、跳躍、射撃、射撃、射撃、装填、回避、射撃……

 

 誰もが訓練室から姿を消し、衛星軌道基地が夜間灯火に変わっても、621は訓練室から出る気配を見せなかった。延々と続く訓練の繰り返しに、ついに基地内で異変が報告され、グレイ執行上尉の端末に通知が届く。

 

「徹底しているな」

 

 グレイはわずかに疲れた声を漏らし、モニターに映る訓練室の記録を確認する。そこには、シミュレーターに籠りきりの621が映っていた。

 

 彼はため息をつくと、通信回線を直接621の端末に繋ぐ。彼女のコンソール画面に、執行上尉からの通信

 が接続されたことを示すアイコンが点滅する。

 

「621、休息をとれ」

 

 画面越しにグレイの声が届いた。それに対し、画面に表示される621の応答は、やはり簡潔だ。

 

『問題なし』

 

 深いため息と共に、グレイは目を細める。

 

『命令だ、621。作戦開始までの五時間、自室にて休息をとれ』

 

 命令、という言葉を強調し言葉を繰り返す。

 621の手が止まったのを確認すると、グレイは通信を一方的に切断した。

 

 訓練室の薄暗い光の中、通信が切れた後も621はしばらく動きを止めていた。執務室に響いたグレイ執行上尉の命令は明確だった。だが、その言葉を受けて621の内に何かが動いた様子はない。

 

 シミュレーターのディスプレイには「セッション終了」と表示され、仮想戦場の景色は消えている。それでも彼女の手は微かに動き、次の訓練を始めようとしていた。その瞬間──

 

「私の命令を無視するつもりか?」

 

 グレイの声が再び通信回線を通じて響いた。その声には、先程よりも冷たい苛立ちが混じっている。

 

 621は静かに手を止め、再びコンソールを操作した。画面に表示されるのは、簡潔な一文。

 

『命令を確認』

 

 それを読んだグレイは短く笑う。その笑いには、皮肉が含まれていた。

 

「すぐにシミュレータを切り、自室に戻れ。621」

 

 通信が再び切れる。直後、シミュレーターのシステムが強制的に終了し、操作パネルが完全にロックされた。

 

 

「……」

 

 621は微動だにしないまま、静かにコンソールを見下ろした。その赤い瞳に映るのは、電源の落とされた

 端末の冷たい画面。だが、彼女は何も言わず、ただ静かに車椅子を後退させる。

 

 訓練室を出た621の車椅子が、夜間灯火の薄暗い廊下を進む。その道中で彼女とすれ違った数名の兵士たちが、彼女のやつれた姿に軽く眉をひそめたが、誰一人声をかけようとはしなかった。

 

 自室のドアが視界に入る。621は一瞬だけ目を細めると、静かにその前で車椅子を止めた。ドアが自動的に開き、冷たく簡素な部屋がその向こうに広がる。

 

 内部は無機質そのもので、生活感など一切感じられない。整然としたベッド、デスク、そして端末。居住空間というよりは、監禁施設の一室に近い印象を受ける。それでも彼女は、その環境に何の疑問も抱かない様子だった。

 個室のレイアウトや取り扱いにはある程度なら自主裁量が認められている、趣味やセンスを反映させた自室を、普通の隊員達は作り上げていた。

 

 彼女には、そんな物は必要ない。

 

 ベッドの傍まで車椅子で移動すると、震える足で立ち上がり、白いシーツに身を投げた。清潔なシーツの、柔らかな触感と洗剤の匂いが彼女を包む。

 

 そのまま、ゆっくりと目を閉じた。

 

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