ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第20話 休息

 ルビコン3上空、大気圏外――未確認ACの襲撃から数時間後。

 

 戦闘は終わった。

 

 だが、未確認ACの襲撃によって執行部隊は甚大な被害を受けていた。

 

 エネルギー供給システムの損傷、船体の一部の装甲剥離、さらには機関部出力低下による機動力の喪失。緊急修理を施したものの、戦闘前の完全な状態には程遠かった。

 

 強襲艦のブリッジでは、修理班と戦術指揮官たちが慌ただしく状況を整理している。

 

『エネルギー供給ラインの再接続完了、しかし出力が不安定です。航行は可能ですが、戦闘時の機動力は著しく低下するかと……加えて、装甲が一部剥離。特に右舷側の耐久値は通常の50%以下に低下しています』

 

 グレイ執行上尉が、沈鬱な表情で報告を聞いていた。彼の眉間には深い皺が刻まれ、手元の作戦計画のスクリーンを睨みつけていた。

 

「戦力的にはまだ優勢だ、しかし、強襲艦がやられた以上、想定よりも厳しい戦況となる事が予想される」

 

 ブリッジ内が静まり返る。

 

 数秒の沈黙の後、グレイ執行上尉が低く息を吐いた。

 

 『……現状を鑑み、作戦を延期する。強襲艦の修理と補給を優先する』

 

 彼の決断に、指揮官たちは顔を見合わせる。

 

 誰もが、わかっていた。

 

 これは、敵の思惑通りの展開だ。

 

 しかし――今の状態で作戦を強行すれば、戦力の損耗はさらに大きくなり、作戦そのものが瓦解する可能性が高い。

 

 所詮惑星封鎖下の原住民と現地企業の悪足掻きに過ぎない――その認識は大きな間違いだった。先の襲撃は退けたものの、例の未確認ACが量産されているとすれば脅威度は一気に跳ね上がる。

 

 「修理と補給を最優先とする。可能な限り早急に『壁』への侵攻準備を整える」

 

 『補給地点は?』と、尋ねる戦術指揮官にグレイ執行上尉は地表にある封鎖機構の前線補給拠点を指定する。

 ここでは強襲艦の最低限の修理と、作戦続行に必要な補給が可能とされていた。

 

 本来ならば、宇宙港でしっかり修理を行うべきだ。

 

 だが、それでは時間がかかりすぎる。

 

 時間を奪われれば奪われるほど、「壁越え」は困難になっていく。可能ならば、未確認ACの修理が終わるまでには「壁越え」を果たしたい。

 

「出せる限りの速度で補給基地へ向かう。必要最低限の修理と補給を完了次第、即座に作戦を再開する」

 

 決定が下された。

 

 ――苦々しい決断だ。

 

 敵ACの襲撃により、封鎖機構の動きは遅れた。

 

 強襲艦は、戦場にすら到達できていない。

 

 そして、無傷で撤退した未確認ACの存在が、今後の戦況にどう影響するのか――その不確定要素が、全員の脳裏をかすめていた。

 

 

 

 

 

 数時間後、強襲艦はようやく補給基地へと到着した。

 

 簡素な外壁と最低限の防衛設備しかない、急造された前線基地。空気は乾燥し、砂混じりの風が設備の隙間を通って低く唸っている。戦略的には最前線に位置するこの補給基地は、封鎖機構にとって欠かせない拠点でありながら、戦火の中心となる「壁」からは一歩引いた場所にあった。

 

 基地のハンガーには、ルビコン3現地人――ルビコニアンの作業員たちが忙しなく動き回っていた。整備士や管制官は封鎖機構の正規兵だが、補給や修理の多くは現地の労働者によって行われている。彼らの表情には緊張と疲労が色濃く刻まれ、今にも燃え上がりそうな戦線に対する恐怖が見え隠れしていた。彼らにとっては、この基地もまた戦場の延長でしかないのだ。

 

一方で、戦闘員たちはその忙しなさとは無関係に、それぞれの時間を過ごしていた。

 

 LC部隊のパイロットは、機体の修理を整備士に任せると、すぐに思い思いの休息を取り始める。地面に腰を下ろして煙草を吸う者、簡易ベッドで横になりながら目を閉じる者。戦いの前後にできることは限られており、彼らはそれを理解しているがゆえに、無駄な動きはしない。ただ、次の出撃を待つのみだった。

 

 そして――

 

 621は、ハンガーの片隅で一人、無言で戦闘糧食をかじっていた。

 

 冷たい金属の床に座り込み、足を投げ出すようにして、自機の脚部装甲を見つめながら、無味乾燥なビスケットをゆっくりと噛み砕く。食事とは名ばかりの作業だ。味もなければ、特に食欲もない。ただ、機能維持のために口へ運ぶだけの行為だった。

 

 彼女の視線は、修理の順番待ちをしている自機へと向けられている。

 

 強襲艦の整備が優先されているため、個々の機体の補修は後回しだ。機体表面には未確認ACとの交戦でついた傷が無数に残り、レーザースライサーの熱で焦げた跡も見て取れる。腕部の装甲にはわずかに歪みが生じており、関節の調整が必要になるだろう。

 

「……おい、相棒」

 

 不意に、すぐ隣から声がした。

 

 視線を移すと、エリオットが立っていた。彼もまた、機体の修理を待ちながら、何か言いたげな表情で621を見下ろしている。

 

「そんな所で食べていると、オイル臭くて余計にまずくなるぞ」

 

 621は、彼を一瞥すると、手元の端末を操作した。

 

【問題なし】

 

 短い返答が端末の画面に映し出される。それを見たエリオットは、あからさまに不満そうな顔をする。

 621はまた一口ビスケットをかじった。

 

 

「問題なくねえだろ。ほら、ついてこい」

 

 そう言うや否や、エリオットは621を車椅子に載せると、ハンドルを掴んだ。

 

「……?」

 

 621は一瞬だけ端末を打つ手を止めたが、抵抗する間もなくエリオットの手によって車椅子が動き出す。

 

「ちょっと外だ。こんなところで食事してる場合じゃないぞ」

 

 エリオットは笑いながら、有無を言わせず彼女をハンガーの外へと押し出していく。621は端末を操作する手を速めたが、彼はそれを無視してぐいぐいと進んでいく。

 

 補給基地の外壁近くに、小さな露店が並んでいた。

 

 ルビコニアンたちが、自らの手で作った食品や雑貨を並べ、封鎖機構の兵士たちに売りつけている。ここは正式な市場ではない。許可を得た売り場でもない。しかし、戦場の最前線であるこの地では、こうした露店は黙認され、兵士たちのちょっとした息抜きの場となっていた。

 

 埃っぽい大地の上に広げられた雑多な商品。現地特有の乾燥肉、怪しげな薬草、用途不明のジャンクパーツ、そして――

 

 炭火の上でじゅうじゅうと焼かれる巨大芋虫の串焼き。

 

「なかなかいい雰囲気だろ?」

 

 エリオットは笑いながら、621の車椅子を止めた。

 

 621は、無言のまま露店を見つめる。

 

 鉄製の網の上で、大量の巨大な芋虫――ミールワームが串刺しにされ、じゅうじゅうと焼かれている。油が滴り、皮が弾ける音が聞こえる。時折、焼き上がったものが皿に山積みにされ、売り手のルビコニアンが陽気に声をかけていた。

 

「おう、兵隊さんどうだい? これがルビコン名物、ミールワームの串焼きだ!」

 

 ルビコニアンの店主が、嬉しそうに笑いながら串を差し出してくる。炭火の香ばしい匂いが辺りに広がる。

 

 621は、端末を操作する手を止めた。

 

「……」

 

 露店の前でじっと串焼きを見つめる。

 

 黒光りする皮、炭火で焼かれ縮んだ体、滴る油。そして、串の上でまるで生きているように揺れる姿。

 

【拒否】

 

 無表情のまま、端末に短く入力する。

 

「相棒、騙されたと思って食べてみろ」

 

 エリオットは平然と答えた。

 

「ルビコンじゃ貴重なたんぱく源なんだ。栄養価も高いし、意外と味も良い」

 

 そう言うと、彼は店主から一本串を受け取り、何の躊躇もなくかじりついた。

 

 皮が弾け、内部から油が滲み出る。

 

「ん、悪くない」

 

 咀嚼しながら、彼は満足そうにうなずく。

 

【拒否】

 

 まあまあ、とエリオットは言いながら、串を621の方へ突き出す。

 

 621は、それを見たまま微動だにしない。

 

 そして、冷静に端末を打った。

 

【拒否】

 

「頑固だな」

 

 エリオットは苦笑しながら、もう一本串を買い、気にせずかじりつく。

 

 621は、深いため息をつくと、視線を露店の向こうへ移した。

 

 ルビコニアンたちが逞しく働く姿がそこにあった。惑星封鎖下にあっても彼らはしたたかに生き抜いている。兵士相手に商売をしながら、日常を維持している。

 

 エリオットは串焼きを食べながら、ルビコニアンたちの姿を眺めていた。

 

 埃っぽい大地の上、無骨なテーブルに並べられた簡素な食材。彼らは物資の不足に慣れきっていた。工業廃材を利用した露店の屋根、古びた服、荒れた手――それでも彼らの目は死んでいない。誰もが生きるために動き、笑い、交渉し、少しでも良い取引をしようと兵士たちに声をかける。

 

「……なあ、相棒」

 

 エリオットは、串を口に運びながら、ぼそりと呟いた。

 

「おかしいと思わねえか?」

 

 621は端末を操作する手を止め、彼を見上げた。

 

「俺たちがこうしている間も、彼らは生きるために動いてる。物を売って、その金で食料を買って、それなのに、この星はずっと封鎖され続けてる」

 

 彼は炭火の上で焼かれるミールワームの串を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ルビコン3は危険だから。この星を封鎖して、連中はそう言った。確かにコーラルは危険なエネルギーだ。うかつに扱えば一瞬で全てが吹っ飛ぶ。だが……」

 

 エリオットの表情から、いつもの軽薄さが消えていた。

 

「……それを理由に、彼らの生きる権利まで奪って良いのか?そんな事が、許されるのか。封鎖機構の決定は、いつだって”この星の外”で決まる」

 

 その言葉は、ひどく苦いものだった。

 

「この星に住む彼らは、生まれた時からこの状況が普通だと思ってる。だから、こうやって生きてる。でも、普通の世界を知ってる者からしたら、こんなのはおかしいって分かるはずなんだ」

 

 エリオットは、露店の向こうで子供たちが走り回るのを見つめる。まだ幼いルビコニアンの子供たちが、埃まみれの服を着て、靴も履かずに笑っていた。戦争が日常になっているはずなのに、彼らはまだ、ただの子供だった。

 

 エリオットは、もう一本ミールワームの串を手に取ると、無造作に口へ運んだ。

 

 621は、その言葉を聞きながら、彼の横顔をじっと見ていた。

 

 封鎖機構の兵士でありながら、ルビコンの未来を憂う男。

 

 エリオットは、何者なのか。

 

 621は、それを知る術を持たないまま、静かに端末を閉じた。

 

 

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