ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
621はLCのコックピットに深く座り込み、静かに電子雑誌をスクロールしていた。画面には、アーキバス傘下シュナイダー製のAC特集が映し出されている。
戦場の最前線に立つ者にとって、機体の情報は何よりも価値がある。それが敵機であれ、自機であれ、知識は生存の可能性を高める。621にとって、この雑誌は娯楽というよりも、戦場での「武器」の一つだった。
――だが。
彼女の視線はあるページでピタリと止まる。
LAMMERGEIER――
シュナイダーの開発した、異常なまでに軽量化されたコアパーツ。通常、コアパーツは機体の心臓部であり、最も堅牢であるべきだ。だが、このパーツは違った。
徹底した空戦能力の追求の果てに、装甲は削れるだけ削られ、強度の概念すら捨て去られている。
画像を拡大する。
研ぎ澄まされたフレーム。コクピット周りの装甲すら削ぎ落とされており、前から見れば背後の風景が見えるような設計。
――異常だ。
これを開発したエンジニアは正気ではない。
これを採用するパイロットもまた、狂っている。
しかし。
621は、ページをめくる手を止められなかった。
高度な機動戦闘を想定し、ブースト性能を極限まで引き上げるための無駄を一切排除したこのデザイン。まるで、戦場を駆ける鳥のような機体構成。その機能美に、彼女の指先が僅かに震えた。
――美しい。
装甲を削り、軽さを追求し、推力と機動性だけを極限まで高めた純粋な設計思想。
画面を指でなぞるようにスクロールする。コクピット後部の装甲が削られ、向こう側が透けて見える構造。一般のパイロットからすれば、あまりにも無謀な選択。
621は、そのページを食い入るように見つめ、じっと息を詰める。
彼女のLC機は、機動性を最優先して調整されている。
それでも、LAMMERGEIERほどの極限の設計には至っていない。
621は、一瞬想像する。 このコアを自機に組み込んだ場合、どれほどの機動性を得られるのか。
高度3万フィートの戦場で、敵の射撃を全て躱しながら、雷光のように駆け抜ける――そんな戦闘が可能なのではないか?
621の心拍が、わずかに速くなる。
――まるで、成年向け雑誌を読んでいるかのような静かな興奮。
背後が透けるフレーム、削り落とされた防御。
空戦に全てを賭けた狂気の設計。
そして、621はその瞬間、完全に周囲の音を忘れていた。
――ガシャン。
突然、コックピットの外部ハッチが開かれた。
「相棒、明日の昼飯なんだが」
エリオットの声が響く。
621は驚いたように振り返る。
エリオットは、開かれたコックピットの中、621が食い入るように画面を見つめているのを目にする。そして、画面に映し出されているのは、異常なまでに装甲を削り落とされたLAMMERGEIERの透け透けコアパーツ。
「……」
「……」
一瞬、時間が止まった。
エリオットは621の端末をちらりと見て、その内容を理解し、微妙に顔を引きつらせる。
沈黙。
621は何も言わない。ただ、手元の端末を操作しようとする。
しかし、動作が妙にぎこちない。
エリオットは口を開いた。
「今、興奮しながらシュナイダーの記事を読んでいたのか?」
【否定】
端末に表示された短い文字。
だが、その動揺したような指の動きが、何よりの証拠だった。
「いや、絶対してたって。めちゃくちゃ入り込んでたじゃないか」
エリオットはニヤリと笑い、さらに続ける。
「相棒、趣味が変態すぎないか?ACに興奮するとは」
621は冷静を装うように端末を操作する。
【情報収集】
「後ろが透けて見えるコアを、あんなに食い入るように見てたら、そりゃあ……」
「……」
621はそれ以上の反論が出来なかったのか、乱暴に端末を閉じる。
その微妙な動揺は隠しきれなかった。
「相棒、LAMMERGEIERもいいが俺のおすすめは断然NACHTREIHERだ、あの脚部パーツはきっと相棒も――」
その瞬間、警告音が鳴り響いた。
『コード5敵影接近!敵影接近!』
基地全体が一気に慌ただしくなる。
「おっと……意外に早かったな。621、出撃準備をしておけよ」
エリオットは笑いを押し殺しつつ、コックピットの外へと戻った。
「……」
解放戦線は、正規軍ではない。
統一された指揮系統もなければ、兵站のバックアップも脆弱。
戦術レベルでは企業のAC部隊や封鎖機構の執行部隊に対して劣勢に立たされることが多い。
――だが、それは「彼らが単なるゲリラである」と考えた場合の話だ。
封鎖機構の士官たちが抱いていたその認識は、この瞬間、完全に覆されようとしていた。
『コード5、敵影多数!解放戦線の全面攻勢!』
基地全体に、けたたましい警報音が響き渡る。
補給作業に従事していたルビコニンたちは、一斉に動きを止め、顔をこわばらせた。
『迎撃態勢を取れ!LC部隊は即時発艦しろ!』
『未だ整備中の機体もある!間に合うか!?』
『間に合わなければ戦力を失うだけだ、行けるやつは出せ!』
通信が錯綜する中、封鎖機構のオペレーターが敵勢力の詳細データをリアルタイムで解析していた。
ブリッジのモニターには、次々と新たな脅威情報が赤いアイコンとなって浮かび上がる。
グレイ執行上尉は、戦術マップを睨みながら、額に手をやった。
「……これは」
「執行上尉、これは解放戦線のほぼ全戦力とみて間違いありません」
隣に立つ戦術指揮官が、緊張した声で報告する。
それは彼の言う通りだった。
「奇襲の規模が異常だ。通常のゲリラ戦法ではない。明確に、強襲艦が離陸出来ない今を狙われた」
敵の布陣は、明確な意図を持っていた。
まず、前衛には大量のMT部隊。
補給基地の防衛線に一斉に殺到し、強襲艦の発艦を妨害する。続いて、複数のACが高速で突撃し、LC部隊との交戦に入る。
そして――その後方には、未だ未確認ではあるが切り札らしい大きなエネルギー反応までもが存在していた。
「『リング・フレディ』、『リトル・ツイィー』、『六文銭』、『インデックス・ダナム』。ルビコン解放戦線の主要メンバーまでもが……至急傭兵支援システムALLMINDに戦闘データを問い合わせろ」
グレイ執行上尉の顔が険しくなる。
「本気でここを落としに来たのか、いくら何でも強襲艦と執行部隊を相手に思い切りが良過ぎる……」
強襲艦や執行部隊各機体の整備状況等は厳重に秘匿されている、にも関わらず封鎖機構の内情を透かして見た様なタイミングの奇襲。あまりにも出来過ぎていた。
「敵の狙いは、強襲艦の機能停止だ。離陸前に、航空戦力を完全に奪うつもりだろう。【壁越え】を何としても防ぎたい様だな」
「迎撃態勢を確立するには?」
「LC部隊の発艦を急がせろ。ネームドACを優先して迎撃し、可能な限り敵の進行を遅らせる」
グレイ執行上尉は、短く息を吐き、端末を操作する。
次の瞬間、LC部隊の各機に緊急出撃命令が送信された。
『LC機体全機、発艦!』
冷たい夜風が吹き込む中、LC部隊のスラスターが次々と点火され、補給基地の空へと飛び立っていく。
621のLC機のコックピット内にも、新たなデータが流れ込んでいた。
敵ACの詳細、MT部隊の布陣、そして戦場の全体マップ。
目の前の夜空の向こう、無数の赤いターゲットマーカーが点滅している。
『いくぞ!相棒!」
エリオットの通信が入り、彼のLC機がスラスターを吹かして前に出る。
621もまた、ブースターを最大出力にし、夜空の戦場へと飛び込んだ。
ルビコン3の夜空に、無数の敵影が浮かび上がる。
解放戦線のMT部隊が、まるで黒い波のように補給基地へと押し寄せていた。
粗製の装甲に武骨な実弾火器を搭載したMT群。その砲口が、一斉に基地へ向けられる。
――轟音。
弾丸とロケット弾が基地施設を撃ち抜き、爆炎が周囲を染める。
発着場のコンテナが吹き飛び、滑走路の舗装が砕かれる。
封鎖機構の地上部隊は、バリケードを展開して応戦していたが、MTの数は膨大だった。
『コード78!前衛陣形が押されている!LC部隊、至急支援を!』
執行部隊の通信が錯綜する。
その声を聞きながら、LC部隊は高高度からの急襲を開始していた。
『全機、降下。敵前衛部隊を各個撃破せよ』
グレイ執行上尉の低い声が通信回線に響く。
それを合図に、LC機体が次々とブースト加速し、戦場へと突入した。
621のLC機体は、漆黒の空を切り裂きながら急降下する。
その視界の端に、エリオットの機影が映る。
『相棒、俺は左を潰す。お前は右を頼む』
【了解】
621は端末を打つと、即座に敵MTへと照準を向けた。
ターゲットマーカーが赤く点滅し、ロックオン完了。ミサイルのシーカーが熱源を捉え、警告音が敵機に響く前に、621は指を引いた。
――発射。
ミサイルが一直線に敵MT群へと飛び、直撃する。
爆炎と衝撃波が広がり、何機かのMTがバラバラに飛散した。タイミングを合わせて、エリオットのLC機体がミサイルとプラズマ砲を組み合わせた精密な射撃が、次々と敵MTを仕留めていく。
『数が多いな……相棒、あまり長引かせるなよ』
【問題なし】
621は淡々と返信しながら、すでに次の標的を見据えていた。
しかし――彼らの活躍をも上回る存在がいた。
グレイ執行上尉――圧倒的な機動兵器HC
――轟音。
爆風。
雷鳴のような衝撃。
戦場に、ひときわ異様な存在が降り立った。
HC――封鎖機構の重装機体、
機体が地面に着地する瞬間、地表がひび割れ、砂塵が舞い上がった。
戦場の空気が一変する。
解放戦線のMT部隊は即座にグレイの機体を捉え、無数の砲口が一斉に向けられる。
しかし、その反応が遅かった。
重厚なフレームとは裏腹な、異常なまでの加速。
高出力ブースターが爆発的な推進力を生み出し、一瞬で前線へと突入する。
MT部隊の砲撃がHCに向けられる。
炸裂するミサイル、連続する徹甲弾。
だが――
その全てが、HCの展開するパルスシールドを前にして無意味だった。
無造作に放たれたエネルギー弾が敵MTを粉砕する。
撃破を確認する暇もなく、HCは次の敵へと向かっていた。
左腕の実体剣が閃く。
斬撃が、3機のMTを同時に両断。
真っ二つになった機体から火花が散り、爆発の閃光が戦場を照らした。
『執行部隊、前へ出ろ』
グレイの指示が飛ぶ。
彼が切り開いた突破口に、LC部隊が流れ込んでいく。
エリオットと621が、グレイの作った戦場の乱流を利用しながら、さらに敵を追い込む。
解放戦線のMTは、次々と沈黙していった。
短時間で敵の前衛が壊滅。
LC部隊とグレイ執行上尉のHCは、完全に戦場の主導権を握った。
しかし――
戦場の後方に、未だ沈黙していたACの影がある。
リング・フレディ、リトル・ツィイー、六文銭、インデックス・ダナム。
解放戦線のエースACたちが、ついに動き出す。
戦場は、次の段階へと移行しつつあった。