ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第24話 手当

 夜の帳がルビコンの荒野を覆っていた。

 戦場の喧騒から遠く離れたその場所には、風の音と細かい砂が岩肌を削る微かな音だけが響いていた。

 空には鈍い赤色の閃光がかすかに滲んでいる。遥か彼方でなお続く砲撃の名残だった。

 

 そこに、一つの影が転がっている。

 

 惑星封鎖機構の運用する主力執行機——LC機体。

 戦場の支配者としてルビコンの空に君臨していた機体は、今や威容を完全に失い、物言わぬ鉄塊として荒野に横たわっていた。

 

 機体の装甲は爆風に焼かれ、関節部は歪み、背部のブースターは半ば破損したまま砂に埋もれている。

 コックピットのハッチは半開きのまま動かず、内部のシステムは完全に沈黙していた。

 

 静寂の中、微かに動くものがあった。

 

 ——呼吸。

 

 鈍く、浅い。

 それでも確かに生存を示す微かな息遣いが、冷えた夜気に溶けていく。

 パイロットスーツに備えられた自動心肺蘇生装置が作動し、辛うじて生命を維持していた。

 

 そして、指がかすかに動いた。

 

 621が意識を取り戻した。

 

 瞼が震え、ゆっくりと開く。

 最初に目に入ったのは、漆黒の夜空と、わずかに揺らめく炎の光だった。

 

 次に襲ってきたのは、痛み。

 

 全身を覆う鈍い痛みが、神経の隅々まで浸透する。

 肋骨の奥に鈍い違和感があり、呼吸をするたびに胸が圧迫されるような感覚があった。

 視界が揺れ、しばらくは周囲を正しく認識できなかった。

 

 戦場は遠い。

 

 砲撃の轟音は聞こえず、ただ、風が砂を運ぶ音だけが響いていた。

 どのようにしてここへ辿り着いたのかは定かではなかったが、爆風によって飛ばされた可能性が高かった。

 

 621は、ゆっくりと身を起こした。

 

 その瞬間、鋭い痛みが背中を走った。

 

 息が詰まり、視界が一瞬白く染まる。

 爆風の衝撃か、あるいは衝突の影響か。肋骨にヒビが入っている可能性があった。

 

 彼女はなんとか呼吸を整え、少しずつ体を動かし始めた。

 

 周囲にはLC機の残骸が転がっていた。

 

 コックピット内部の緊急電源を操作するが、応答はない。

 通信システムも沈黙したまま、機体はただの鉄塊と化していた。

 

 しばらく試行したが、再起動の見込みはない。

 

 621は、収納ユニットを探り、格納されていた松葉杖を取り出した。

 折りたたみ式のそれを展開し、片膝をついて立ち上がろうとする。

 

 足元の砂がざらりと崩れる。

 バランスを取るのに一瞬の遅れが生じたが、なんとか立ち上がることに成功した。

 

 空はまだ暗く、冷たい風が荒野を吹き抜けていく。

 

 621は、一歩踏み出した。

 

 行くべき場所も、目的も、今はなかった。

 ただ、この場に留まる理由がないことだけは確かだった。

 

 砕けた戦場の残響を背に、沈黙の荒野を進み始める。

 荒野を吹き抜ける風が、砂を巻き上げる。夜の冷気は鋭く、621の肌を刺すように染みた。

 

 松葉杖を突きながら、ゆっくりと歩を進める。

 一歩。

 また一歩。

 

 しかし、その動きはぎこちなかった。

 

 戦場での適応を最優先された肉体は、もはや自立歩行すら困難だった。 

 筋肉は衰弱し、内部機構は機械制御に依存する。

 本来ならLC機のライフサポートが彼女の機能を補助していたが、今は完全に沈黙していた。

 

 踏み出すたびに、関節がわずかに軋む。

 膝の動きが鈍く、体重を支える力が明らかに不足している。

 呼吸は浅く、少し進んだだけで過剰な負担がかかる。

 

 それでも進む。

 

 進まなければならなかった。

 

 目的地もなく、通信も途絶えていたが、ここに留まることが死を意味することだけは明白だった。

 

 松葉杖の先が、砂を踏む音が微かに響く。

 夜の荒野は冷たく、地面は緩やかに沈んでいく。

 

 やがて、限界が訪れた。

 

 呼吸が乱れ、視界がぼやける。

 酸素不足の影響で、ふらつきが増し、頭が鈍く痺れる。

 

 足がもつれる。

 

 次の瞬間、体が傾いた。

 

 膝が崩れ、松葉杖が地面を弾いた。

 

 砂が舞い上がる。

 

 踏みとどまろうとしたが、関節が耐えきれず、崩れるように倒れ込む。

 

 顔の片側が砂に埋まり、冷気が皮膚に触れた。

 

 四肢が動かない。

 

 視界の隅に、光がちらついた。

 遠く、何かが燃えているのかもしれない。

 

 動かそうとした手は、わずかに痙攣しただけだった。

 

 意識が静かに沈んでいく中、誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 意識が戻ったのは、かすかな灯りと、布越しの風の感触を感じた時だった。

 

 天幕が揺れている。薄暗い光の下、粗末な布地が風に撓み、乾いた砂の音が微かに響いていた。肌に触れるのは粗い毛布。重力の感覚から察するに、仰向けの状態で寝かされているようだった。

 

 胸に鈍い痛みが走る。

 

 呼吸をするたびに肺が圧迫されるような違和感。爆風の衝撃による負傷だろう。体を動かそうとするが、腕も脚も妙に重い。微弱な痺れが残っており、肉体が回復しきっていないことを示していた。

 

 天幕の内側は狭く、簡易的な設備しかない。視界の端には、簡素な医療器具と手当てに使ったと思われる包帯の残骸が置かれている。消毒液の匂いが鼻を突いた。

 

 荒野で倒れたはずだ。助かったということは、誰かに救助されたのだろう。

 

 ゆっくりと視線を巡らせる。脇に置かれていた装備品の一部には、見慣れないエンブレムが刻まれていた。

 操舵輪に縋りながら、山脈の彼方を指し示す現地民のエンブレム――

 

 ——ルビコン解放戦線。

 

 621の脳裏に、先ほどまでの戦場の光景が蘇る。

 

 恒星間入植船ウォールの浮上。強襲艦の撃墜。包囲された執行部隊。

 

 そして、自分は爆風に巻き込まれ、荒野へと吹き飛ばされた。

 

「……」

 

 621が現状の把握を行おうと考えこんでいると、天幕の入口が開く音がした。

 

 粗雑な布が揺れ、砂埃がわずかに舞い上がる。その向こうに立っていたのは、勝気そうな眼をした小柄な少女だった。

 621は解放戦線の関係者に関するデータを一通り暗記している。彼女の事も当然承知していた。

 

 リトル・ツィイー。

 戦場で相対したばかりの解放戦線のAC乗り。

 621にとっては、つい先刻まで敵として銃口を向けてきた少女だった。

 

 ツィイーは無造作に天幕の中へと踏み入れた。

 手には医療キットが握られている。彼女の服にはところどころ焦げ跡や擦れた痕跡が残っていたが、それでも顔には幾分の余裕が感じられた。

 

「目が覚めたんだね」

 

 ツィイーの声は淡々としていたが、その奥には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

 

 621は何も答えなかった。ただ、無言のまま彼女を見つめる。

 ツィイーは無遠慮にその視線を受け止めると、医療キットを床に置き、手際よく包帯を取り出した。

 

「傷の手当てをするよ。黙ってじっとしてて。」

 

 そう言うと、彼女は迷いなく621の腕に巻かれた包帯に手をかけた。

 少し乱暴に外すと、下から現れたのは青黒く腫れた皮膚と、応急処置された傷跡だった。

 

 ツィイーはそれを見ても顔をしかめることなく、慣れた手つきで消毒薬を塗り直す。

 触れるたびに鈍い痛みが走るが、621は眉ひとつ動かさなかった。

 

「……痛くないの?」

 

 不意にツィイーが尋ねる。

 その声には、どこか試すような響きがあった。

 

 621は答えなかった。痛みを感じているかどうかではなく、答える意味を見いだせなかったのだ。

 だが、ツィイーはそれを沈黙の肯定と捉えたのか、わずかに口元を歪めた。

 

「……さすが、封鎖機構の兵士ってわけか」

 

 彼女の手の動きが少しだけ荒くなる。

 新しい包帯を巻きながら、ツィイーは視線を落とさずに続けた。

 

「私、覚えてるよ。あんたに戦場であしらわれたこと。」

 

 621の表情は変わらない。

 しかし、ツィイーの言葉には、明らかな棘があった。

 

「私、本気だったんだよ。あんたたちに奪われたものを取り戻すために、戦ったんだ。それなのに、あんたは……私のことを“相手にすらしなかった”」

 

 包帯を巻く手が、僅かに止まる。

 

 ツィイーの声が低くなる。

 

「……あれが、あんたたちのやり方なの?」

 

 夜の静けさが、二人の間に張り詰める。

 

「……」

 

 621は答えなかった。

 いや、答える言葉を持ち合わせていなかった。

 

 戦場では感情に意味はない。

 621は与えられた命令を遂行し、合理的な判断に基づいて行動しただけだった。

 ツィイーを軽視したわけではない。ただ、戦闘においては、無駄な応答も不要な殺しも避けるべきだった。

 

 だが——

 

 その理屈は、ツィイーには通用しなかった。

 

 彼女は続ける。

 

「……私たちは、ずっと戦ってるんだよ。燃える街を見たことはある? 飢えた子供を見たことは?コーラルを奪われて、希望すら失った人たちがどんな目をしてるか、知ってる?」

 

 その問いに、621は一切の反応を示さない。

 

 ツィイーは息を吐き、包帯の端をきつく結んだ。

 

「……まぁ、いいよ。どうせ、あんたたちは何も感じないんでしょ。」

 

 言葉とともに、ツィイーは立ち上がった。

 医療キットを手に取り、足早に天幕の入口へと向かう。

 

「手当ては終わり。無理に動かないほうがいいよ。」

 

 そう言い残すと、彼女は天幕をくぐり、冷たい夜風の中へと消えていった。

 

 621は、天井を見上げる。

 

 ツィイーの言葉が、頭の中にゆっくりと沈んでいく。

 

 しかし、それは何かを揺るがすほどのものではなかった。

 

 彼女はただ、天幕の揺れを静かに見つめていた。

 

 

 

 

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