ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第25話 軟禁

 621の目覚めから数日後

 

 夜明けの冷たい空気が野営地を包んでいた。

 ルビコン解放戦線の拠点——野営地と呼ばれるその場所は、荒野の奥深くにありながら、単なる軍事施設とは異なった雰囲気を持っていた。

 天幕や掘立小屋が点在し、物資の輸送が行われ、戦士たちが装備の手入れをしている。

 それだけなら戦場の最前線と変わらない。

 しかし、その合間には、戦士たちの家族や市民が暮らしていた。

 解放戦線の構成員は、単なる戦闘員だけではない。

 彼らはこの惑星に生きる者たち——封鎖されたルビコンの住人でもあった。

 

 細い道を子どもたちが走り回り、簡素な市場では獲れた食糧や手作りの道具が並ぶ。

 遠くでは、年配の男たちが焚火を囲みながら何かを語り合っているのが見えた。

 

 その中心部。

 621は小さな天幕の中に、軟禁されていた。

 

 天幕には最低限の設備しかない。

 寝床は簡易マットと毛布、食事は決まった時間に運ばれる。

 彼女が脱走を試みる意思を見せなかったため、厳重な拘束こそされていなかったが、数名の戦士が交代で監視についていた。

 

 しかし、監視というよりも、状況を見守るような態度だった。

 彼らは621を警戒しながらも、完全な敵とは見なしていない。

 それは、621自身が何の抵抗も示さず、攻撃の意思を一切見せなかったからだ。

 

 戦場で恐れられた執行部隊のLC乗り——

 今の621は、その姿とはかけ離れていた。

 

 肉体機能は極端に低下し、まともに歩くことすらできない。

 食事をとるのも遅く、時折痙攣する指先を見つめていることもあった。

 戦闘員としての脅威は、既に失われていた。

 

「……」

 

 621は、天幕の外を見つめていた。

 入り口は完全には閉じられておらず、布の隙間から野営地の光景が見える。

 戦士たちは今日も活動しているが、その間に家族や子どもたちの姿があった。

 

 兵士たちは軍務に励みながらも、子どもを抱き上げたり、誰かと笑い合ったりしている。

 戦うことしか知らない621には、理解しがたい光景だった。

 

 戦争とは、兵士と兵士のぶつかり合いだ。

 少なくとも、今まで621が知る限り、それ以外の形はなかった。

 

 しかし——

 ここには、確かに「生活」があった。

 戦う者たちのすぐそばに、生きる者たちがいる。

 

「——ふぅん。興味あるの」

 

 不意に声がした。

 

 天幕の布が持ち上げられ、一人の少女が現れる。

 

 リトル・ツィイー。

 数日前、621の手当てをした解放戦線のAC乗り。

 

 彼女は腕を組みながら621を見下ろし、どこか挑発するような表情を浮かべていた。

 

「やっぱり、あんたって変な奴だね」

 

 そう言いながら、彼女は勝手に天幕の中へと入ってきた。

 

 ツィイーは持っていた木箱を床に置き、その中から新しい包帯を取り出す。

 621の手当てのためらしい。

 彼女は雑に座り込みながら言った。

 

「……そろそろ、体は動く?」

 

 621は答えなかった。

 

 ツィイーはため息をつき、621の腕を掴んで包帯を剥がし始めた。

 彼女の手つきは雑だが、それでも傷口を悪化させないように最低限の気遣いはあった。

 

「……ねぇ、あんたさ。」

 

 包帯を巻き直しながら、ツィイーは小さく言う。

 

「何で、何も言わないの?もしかして話せないの?」

 

 621は視線を僅かに動かす。

 

 ツィイーは手を止め、じっと621を睨みつけた。

 

「病人みたいに痩せて、声も出せない」

 

 彼女の声には苛立ちが滲んでいる。

 

「……あんたみたいな奴が、戦場じゃ“兵器”みたいに動くんだから、嫌になる。」

 

 言い終えると、ツィイーは強く包帯を結び、621の腕を乱暴に放した。

 

「立てる?」

 

 ぶっきらぼうな言葉。

 しかし、ツィイーの視線には、無言の圧があった。

 

「帥叔が――ミドル・フラットウェルが呼んでる」

 

 ツィイーは短く告げた。

 

 621も、その名を知っている。

 

 ミドル・フラットウェル——ルビコン解放戦線の実質的指導者。高齢故に前線を退いた、総司令であり思想的指導者のサム・ドルマヤンに代わり解放戦線を取り仕切る軍事指導者。

 

 敵勢力の指導者が、自分に何を話すというのか——

 

 その疑問が脳裏をよぎるが、621はそれを表情には出さなかった。

 

「立てるなら、さっさと来て」

 

 ツィイーはため息混じりに言い、天幕の入り口を軽く持ち上げる。

 外からは、野営地のざわめきが聞こえてきた。

 

 621はゆっくりと体を起こす。

 まだ完全に回復したわけではないが、以前よりも感覚は戻りつつある。天幕の端で埃を被っていた松葉杖を手に取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 

 ツィイーはその様子を見て、一瞬手を貸そうとしたが、慌てて差し出した手を引っ込める。

 彼女は無言で天幕の外へと歩き出した。

 

 621もそれに続く。

 

 外の光が目に入る。

 夜明けの薄明かりが野営地を照らし、人々の姿が浮かび上がる。

 

 銃を肩に担いだ戦士たちが行き交い、燃料を運ぶ者、補給物資を整理する者。

 遠くでは、子どもたちが駆け回り、女たちが簡単な食事を作っていた。

 軍事拠点でありながら、ここには確かに“暮らし”があった。

 

 621は沈黙のまま、その光景を見つめる。

 

 ツィイーは後ろを何度も振り返り、目が合うと気まずそうに視線を逸らす。

 彼女の歩調は早くも遅くもなく、621がついてくることを前提にした動きだった。

 

 天幕の入り口付近にいた数名の戦士が、621の姿を見て僅かに警戒の視線を向ける。

 

「ツイィー、本当に帥叔とこいつを合わせるのか?」

 

「だって、帥叔がそう言ってるんだもん、仕方ないでしょ」

 

 ツイィーが唇を尖らせ反論すると、戦士らはそれ以上追求しようとはしてこなかった。

 

 しばらく歩くと、野営地の他の天幕よりも一回り大きい建物へと近づいてくる。

 指揮所——ミドル・フラットウェルの詰所だろう。

 

 ツィイーは入り口で立ち止まる。

 

「中に入って」

 

 そう言うと、彼女はそのまま壁際に寄りかかるように立った。

 どうやら、彼女自身は同席しないらしい。

 

 621は軽く視線を上げ、指揮所の入り口を見る。

 布製の幕がかかっており、内部の様子はわからない。

 

 だが、確かに“そこ”に何かが待っている気配がした。

 

 621は、一度だけツィイーの方を見た。

 ツィイーは少しだけ顎をしゃくる。

 

「……行きなよ。」

 

 それを確認し、621はゆっくりと幕を押し開けた。

 

 天幕の中は、薄暗かった。

 簡素な机と数枚の地図、そして戦術データが広げられた空間。

 その奥に、一人の男が座っていた。

 

 ミドル・フラットウェル。

 年齢は五十代半ばか。

 深く刻まれた皺と、戦士らしい重厚な体躯。

 灰色の髪に、鋭い眼光。

 着用しているのは軍服ではなく、粗い布のジャケット。

 しかし、その纏う雰囲気は、間違いなくこの組織の指導者としてのものだった。

 

 男は視線をゆっくりと621へ向ける。

 

「……お前が、621……ハンドラー・ウォルターの飼い犬だな」

 

 重々しい声が響く。

 621は無言のまま立っていた。

 

 ミドル・フラットウェルは顎に手をやり、一瞬考えるような素振りを見せた。

 やがて、低く静かな声で言った。

 

「座れ」

 

 命令とも、促しとも取れる言葉だった。

 

 621は一瞬だけ周囲を確認し、やがて無言のまま椅子に腰を下ろす。

 彼女の動きは慎重だったが、敵意を示すものではなかった。

 

 フラットウェルは目を細め、口元をわずかに歪めた。

 その表情は、彼女の反応を探るようなものだ。

 

「……大方の報告は受けている」

 

「封鎖機構のLC乗り、強化人間C4―621。だが、正式な隊員ではなく、ハンドラー・ウォルターの手配した独立傭兵だとな?」

 

 彼の言葉に、天幕の空気がわずかに緊張する。

 

 621は沈黙を保ったまま、微動だにしなかった。

 

 フラットウェルはゆっくりと腕を組み、彼女の様子を観察するように続ける。

 

「——つまり、お前はこの戦争において、どこの陣営にも属していない。封鎖機構の命令に従う義務もなければ、あの連中の理念に染まっているわけでもない」

 

フラットウェルは手を広げ、まるで交渉の場を提示するかのような仕草を見せた。

 

「621。お前に選択肢を与えてやる」

 

 彼の目が鋭く光る。

 

「解放戦線がお前を雇おう」

 

 ——要求は、単刀直入だった。

 

 621は微動だにせず、ただ彼の言葉を受け止めた。

 

 フラットウェルは、その反応を見ても動じることはなかった。

 まるで、彼女がどう答えようと関係がないかのように、淡々とした態度を崩さない。

 

「お前は封鎖機構の一員ではない。お前が今、あの連中のために戦う理由は何もない。むしろ、奴らにとってお前は、ただの使い捨ての駒だろう?」

 

 彼の声音には、どこか見透かすような鋭さがあった。

 

「封鎖機構は、お前を助けに来たか?」

 

 その問いに、621は答えなかった。

 

「戦場において、お前が爆風に巻き込まれた時、封鎖機構の誰かが、お前を拾おうとしたか?」

 

 静寂が訪れる。

 

 フラットウェルの唇が、皮肉げに歪んだ。

 

「ツイィーが見つけなければ、お前はそのまま死んでいた」

 

 それは事実だった。

 荒野で倒れ、体は限界を迎え、意識も薄れかけていた。

 封鎖機構の部隊が、彼女を探しに来た形跡は一切なかった。

 

「——お前は見捨てられたんだ、621」

 

 ミドル・フラットウェルの言葉は、決して誤りではない。

 封鎖機構は彼女を救出しなかった。だが、彼女はそれが必然だったことを知っている。

 

 戦場は崩壊していた。

 彼女が爆風に巻き込まれたその瞬間、執行部隊は撤退戦の只中にいた。

 前線は瓦解し、強襲艦は墜落し、制空権は完全に奪われた。

 撤退経路すら断たれかけていたあの状況で、個人の捜索に割ける余力などなかった。

 

 捨てられたわけではない。

 ただ、助けられる状況になかっただけのことだ。

 

 621は、それを理解している。

 

「……」

 

 フラットウェルは、621の沈黙をどう解釈したのか、一度だけ鼻を鳴らした。

 そして、ゆっくりと両手を組み直し、彼女を見据えた。

 

「……いいか、621。お前は今、道を選ぶことができる。ここに残り、俺たちの戦士となるか。それとも、あの封鎖機構に戻り、ただの使い捨てとして戦うか。」

 

 彼の口調は淡々としていたが、その奥には明確な意図が滲んでいた。

 これは取引ではない。最後通牒だった。

 

「俺たちの側につけば、道は開かれる。だが、お前が敵であり続けるなら、今この場で決めてもらうことになる。」

 

 それは、「解放戦線のために戦え」か、「ここで死ぬか」か。

 明確な二択だった。

 

 だが、621は揺るがなかった。

 

 彼女にとって、忠誠を誓う相手はただ一人。

 ハンドラー・ウォルター。

 

 封鎖機構に忠誠を誓ったわけではない。

 ましてや、解放戦線の理念に心を動かされたわけでもない。

 ただ、彼女はウォルターの手によってこの戦場に立ち、彼の指示に従って生きてきた。

 

 それ以上の意味はない。

 

 ゆっくりと、彼女は顔を上げる。

 フラットウェルの鋭い視線と正面からぶつかり合った。

 

「……」

 

 答えない。

 

 肯定も、否定もせず、ただ無言を貫く。

 

 それが、621の意思だった。

 

 フラットウェルは目を細めた。

 沈黙が流れる。

 

「……なるほどな。」

 

 低く、しわがれた声で言う。

 その声音には、失望も苛立ちもなかった。

 

 むしろ、彼は興味深そうに621を観察していた。

 

「お前は……変わっているな。」

 

 フラットウェルは、組んでいた手をほどき、椅子の背に深く寄りかかった。

 その動作には、もはや緊迫感はない。

 

「傭兵でありながら、己の主を持つか。だが、それは本当にお前自身の意志なのか?」

 

その言葉は、わずかに鋭かった。

 

 だが、621はやはり答えない。

 フラットウェルの言葉に惑わされることはない。

 

 彼は軽く肩をすくめる。

 

「……いいだろう。」

 

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 椅子がわずかに軋んだ。

 

「お前の答えは“何も答えない”ことか。ならば、それはそれで結構だ。」

 

 そう言いながら、彼は机の上に置かれていたカップを手に取ると、淡々とした口調で言葉を継いだ。

 

「お前のことを殺すつもりはない。お前は今、まだ何者にもなっていない。戦場では兵器であり、ここではただの囚人だ。」

 

 彼は目を細めた。

 

「だが、いつかは自分で選ぶ必要がある。理由なき強さほど、危ういものはないぞ」

 

 フラットウェルは、淡々とした口調のままそう言い、そして天幕の入口に目をやった。

 

「ツィイー」

 

 すぐに返事が返る。

 

「……はいはい」

 

 入り口の布が持ち上がり、リトル・ツィイーが現れた。

 腕を組み、やや不機嫌そうな顔をしている。

 

「621を元の天幕へ戻せ」

 

「……了解」

 

 ツィイーは短く返事をし、621をちらりと見た。

 

「立てる……でしょ」

 

 621はわずかに頷いた。

 そして、松葉杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

 

 ツィイーはため息をつきながら、天幕の外へと歩き出した。

 621は無言のまま、それに続いた。

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