ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第26話 不満

 解放戦線野営地の朝は早い。

 

 陽が地平線をわずかに染める頃には、すでに人々の活動が始まっていた。

 戦士たちは武器の整備を行い、物資の運搬が行われる。

 簡素な市場では、昨夜のうちに手に入れた食料や手作りの道具が並び、子どもたちが走り回る。

 

「——おーい、621!」

 

 どこか楽しげな響きを含んだ声が、天幕の前で響いた。

 

 621はゆっくりと天幕から出る。

 そこには、腕を組んだツィイーが立っていた。

 

「今日から、野営地を自由に歩いていいってさ」

 

 彼女は言いながら、短く息をつく。

 

「とは言っても、あたしが監視役だからね! 変な動きしたら、即座に止めるから」

 

 そう言いながら、彼女は片手で腰のホルスターを軽く叩いた。

 そこには小型のサイドアームが収められている。

 

 軟禁は解除された。

 しかし、それは完全な自由を意味するわけではない。

 

「……」

 

 621は答えない。

 ツィイーはそれを見て、小さく舌打ちした。

 

「まあ、別にいいけどさ。あんたがいきなり野営地で暴れるような奴じゃないってことくらい、みんなわかってるし。」

 

 そう言いながら、彼女は視線を逸らす。

 

「それに……あんた、戦場の時とは全然違うしね。」

 

 ツィイーの声音は、どこか含みを持っていた。

 彼女は621の姿を改めて見やる。

 

 細身の身体。

 動作はぎこちなく、松葉杖なしではまともに歩けない。

 

 ——あの戦場で見た「戦士」とは、まるで別人のようだった。

 

「まあ、とにかく」

 

 彼女は首を振るようにして言った。

 

「好きに歩けば? でも、野営地から出るのはダメだからね!」

 

 彼女はそう言いながら、621の隣を歩き出した。

 

 621はゆっくりと歩を進める。

 久しぶりに外の空気を感じながら、野営地の中を見て回る。

 

 戦士たちは銃を手入れし、食事を取っている者もいれば、笑い合っている者もいる。

 子どもたちは無邪気に走り回り、大人たちは焚火を囲んで談笑していた。

 

 621とツィイーは、しばらく野営地を歩き続けた。

 市場の喧騒を抜け、物資が並ぶ倉庫の前を通り、武器の整備場の近くを過ぎる。

 621は無言のまま歩を進めるが、次第に歩幅が鈍り始めるのをツィイーは見逃さなかった。

 

 彼女の体力は、常人に比べて圧倒的に低い。

 それは戦場での改造の代償であり、今も彼女の体を蝕んでいる。

 

「……そろそろ休憩しよっか?」

 

 ツィイーが足を止めて、振り返る。

 

 621は何も言わないが、呼吸は浅く、杖を突く手にわずかに力が入っている。

 彼女はもともと長時間歩くことを想定した身体ではない。

 

「ねえ、どっか見たいとこある?」

 

 ツィイーは腕を組みながら問いかけた。

 

「せっかく自由になったんだから、何か興味あるものくらいあるでしょ?」

 

 621は、一瞬だけ考えるように視線を落とす。

 そして、天幕の奥に設置された通信端末を指さした。

 

「……」

 

 ツィイーはそれを見て、目を細める。

 

「それで何するつもり?」

 

 621は何も答えない。

 自前の通信端末はLC機体と共に使い物にならなくなっていた。簡単な意思表示すらままならない621は、なんとか雑誌が読みたいと地面に文字をえがく。

 

 戦場の執行部隊の一員として戦っていた彼女が、こんな状況で求めるものがそれとは——

 ツィイーは思わず呆れたようにため息をつく。

 

「あのねぇ、敵地で好きに通信ができると思ってるの?」

 

 ガタガタで解読には苦労する下手な字だったが、なんとか読みといたツイィーは当然その要求を跳ね除けた。

 

 腕を組んで、睨むように言う。

 

「そんなの、許可されるわけないでしょ!」

 

 もちろん、621もそれは分かっていた。

 だが、それでも「駄目元」で示しただけだった。

 

「……」

 

 ツィイーはしばらく彼女の無表情な顔を見つめ、やがて肩をすくめた。

 

「そんなにACが好きなら——別のものを見せてあげる。」

 

 そう言って、彼女はくるりと踵を返した。

 

「ついてきて」

 

ツィイーは621を格納庫へと案内した。

 野営地の一角に設けられたその場所は、修理用のクレーンがそびえ、整備員たちが忙しく作業をしている。

 大型の装甲板が並べられ、砲弾のケースが積み上げられている。

 

 そして、その中心に、一機のACが鎮座していた。

 

――ACユエユー

 

 ツィイーの愛機。

 

 ルビコン解放戦線の戦士として、彼女が戦場で駆る機体。

 

「——こいつが、あたしの相棒」

 

 ツィイーは誇らしげに顎を上げた。

 

「どう? カッコいいでしょ?」

 

621はしばらく無言のままユエユーを見つめ続けていた。

 

 だが——

 

 視線が徐々に鋭くなっていく。

 

 ツィイーはそれに気づかず、軽く腕を組んで得意げに語る。

 

「ね、どう? あんたもAC好きなら分かるでしょ? このユエユーのカッコよさ!」

 

 違う。

 

 621の眉がわずかに動いた。

 

「えっとね、この腕はBAWS製の高耐久タイプで、元々は近接戦闘向きなんだけど、そこをあえて——」

 

 ツィイーが言いかけたその時、

 

 ガタンッ——

 

 621の杖の先が、少し強く床を打った。

 

 ツィイーが驚いて621を見やると、彼女は明らかに不機嫌になっていた。

 

 621は、もう一度ユエユーの機体構成を見直す。

 

 ——BAWS製のフレーム。

 ——その長所は、高い近接戦闘能力と耐久性にある。

 

 それなのに、両手にグレネード。

 肩部に搭載されているのは、パルスバックラー。

 

 ——意味が分からない。

 

 この機体の本来の役割が、まるごと投げ捨てられている。

 

 近接戦闘に優れるBAWSのフレームを採用しながら、その特性をまるで活かしていない。

 両腕の高耐久構造は、接近しての打撃やブレード戦に活かすべきであり、そこにグレネードを持たせるのは機動性の無駄遣いだ。

 さらに、パルスバックラーは防御重視の装備。これでは攻撃力と防御力のバランスがちぐはぐすぎる。

 

 見ているだけで、腹立たしい。

 

 621の視線は、無言のままユエユーの各部をじっくりと確認する。

 その目は、まるで機体の誤った構築を一つずつ糾弾していくかのようだった。

 

「……な、なに?」

 

 ツィイーは思わず後ずさった。

 

 621が明確な感情を表に出すことは少ない。

 しかし今の彼女は、静かに、確実に——怒っている。

 

 無言のまま、621は杖を持ったまま右手を上げ、ユエユーの肩のパルスバックラーを指さす。

 

 ツィイーはきょとんとしながら答えた。

 

「あ? これ? みんなが用意してくれたパルス式の盾で、敵の攻撃を防ぐために——」

 

 バチンッ!

 

 621が急にツィイーの額を指で弾いた。

 

「いった!?」

 

 思わず額を押さえるツィイー。

 

621はそのまま、今度は両手のグレネードを指さす。

 

「……」

 

 彼女の視線は明らかに詰問していた。

 

 ツィイーは、戸惑いながら説明しようとする。

 

「いや、これはね? その……遠距離からでも火力を——」

 

 バチンッ!

 

 再び、621の指がツィイーの額を弾く。

 

「いたいってば! 何なの!?」

 

 ツィイーが抗議の声を上げるが、621は今度はユエユーの背部に取り付けられたブースターをじっと見つめる。

 BAWS製AB-J-137『KIKAKU』、BAWS製ACのコンセプトに沿った近接攻撃推力を重視したブースター――近接武器を装備していない『ユエユー』にとっては宝の持ち腐れに過ぎない。

 

 接近戦を考えないなら、もっと適したパーツがあるはずだ。

 

 この機体は、完全にコンセプトが崩壊している。

 

 621の目が、次第に細くなる。

 

「……え?」

 

 ツィイーは、目の前の状況が信じられなかった。

 

 621は、今までどんな状況でも感情を表に出さなかった。

 しかし——

 ことACの機体構成に関しては、どうやら別らしい。

 

 621はゆっくりとツィイーの方を向く。

 

 そして——

 

 杖を持ったまま、ユエユーのコックピットを無言で指さした。

 

「……」

 

 ツィイーは、その意味を察した。

 

「え? ちょっと待って、あんたまさか——改造する気!?」

 

 621の無言の圧力が、ツィイーをじわじわと追い詰めていく。

 

「ちょ、ちょっと! これはあたしの愛機なんだけど!? あんたのじゃないんだけど!? ちょっと待ってよ!」

 

 だが、621の表情は変わらない。

 彼女の視線が物語っている。

 

「や、やめて! あたしのユエユーに触らないで!」

 

 ツィイーは必死に抗議するが——

 

 621の表情は変わらない。

 

 戦場での冷酷な沈黙とは違う、明確な怒りが、そこにはあった。

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