ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
朝の陽光がルビコン解放戦線の野営地に降り注ぎ、荒野の風が天幕の布を揺らす。
ユエユーの格納庫は、以前とは少し違っていた。
——いや、「違う」どころではない。
左腕には新たにパルスブレードが装備されていた。621の機体から回収されたそれは、無骨なアームユニットと結合され、実戦仕様に調整されている。肩部には六連装ミサイルが搭載され、遠距離戦の選択肢も加わった
さらに、FCS(火器管制システム)は近距離補正に優れた星外企業製へ換装。
ジェネレーターも出力を引き上げたモデルに変更され、「前線での白兵戦」を想定した仕様へと変貌。
この機体を十分に活躍させるにはツィイーの戦闘スタイルを大きく変える必要があったが、621が付きっきりでシミュレーション訓練に付き合った為に習熟度は問題ないレベルにまでなっていた。
「はぁぁぁ〜、やっぱ星外企業製いいわねえ……」
ツィイーがユエユーの左腕に取り付けられたパルスブレードを撫でながら、うっとりとした声を漏らす。
その隣。
621は、無言で電子雑誌のページをめくっていた。少し前までは通信端末に触れるのすら禁じられていたのが嘘のように、621は気に入った電子雑誌を次々とブックマークしていく。
「もう、621ちゃんったらずっと雑誌なんて読んで。なになに……『自分、不器用なんで~ルビコンの頑固親父BAWS~』?好きねえ」
ツィイーは身を乗り出し、興味津々に画面を見つめた。
「あ!これ!G1ミシガンが使ってるっていうミニガン!ユエユーに積めないかな、どうせ近くで撃つし反動とか気にしないでもいいよね?」
621は相変わらず黙ったままだったが、画面を少しスクロールさせた。
「出た!BAWSのBASHOフレーム!やっぱりシルエットが可愛いわよね。あ、621ちゃんの言う通り、近接戦を主体とするって書いてる……」
そう言いながら、彼女は後ろを振り返り、自分の機体を見上げた。
ユエユーは、今までの奇抜な装備を捨て、より洗練された戦闘スタイルへと変わっていた。
それは間違いなく、621の影響だった。
「ブレードってちゃんと使おうとすると凄く大変なんだよね。改めて考えると、なんであんな変なアセンブルにしちゃってたんだろう」
ツィイーが軽く621の肩を小突く。
しかし、621は無言のまま電子雑誌の画面をスクロールし続ける。
「……やれやれ、ほんっと無口なんだから。」
そう言いながら、ツィイーはまた雑誌の画面へと視線を戻した。
二人の間に流れるのは、妙に穏やかな空気だった。
数週間前は敵だった。
戦場では敵として相対し、決して交わることのなかったはずの二人。
しかし、今はこうして並んで、ACの話をしながら電子雑誌を読んでいる。
——まるで、「友達」のように。
「ねえ、621ちゃん……」
ツィイーが、ぽつりと呟く。
「本当に、うちに来ちゃいなよ」
その問いに、621はページをめくる手を止めた。
静かな沈黙が流れる。
ツィイーは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべ、空を仰いだ。
「……まあ、どうせ答えてくれないか」
621は、ただ黙っていた。
しかし、彼女の指先が、またそっと電子雑誌のページをめくる。
ツィイーは、その仕草を見てクスリと笑った。
「……ま、もう暫くは新ユエユーの練習に付き合ってもらおっかな」
621は、それにも何も言わなかった。
ただ、次のページをめくった。
翌日、荒野を吹き抜ける風が鋭く冷たい。天幕の布が不規則に揺れ、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
いつもと変わらぬ朝のはずだった。
しかし、その静けさは唐突に破られる。
「——シグナル反応! 封鎖機構の識別コードを発信する機体群が接近中!」
監視員の鋭い声が、野営地に響き渡った。
その瞬間、野営地の空気が一変する。
戦士たちは手にしていた作業を投げ出し、慌ただしく通信機へと駆け寄った。
封鎖機構のシグナル。
それは、この野営地にとって、最悪の警報だった。
司令部天幕の中、数名のオペレーターが慌ただしく端末を操作し、敵勢力の動向を解析する。
粗末なスクリーンに映し出されたデータは、確かに封鎖機構の部隊が進行していることを示していた。
「敵部隊、複数のACを含む機体群」
「数が多い。こんな規模の部隊が動くってことは、報復の可能性がある」
その言葉に、場が凍りついた。
つい先日、解放戦線は封鎖機構の前線部隊を奇襲し、恒星間入植船ウォールの砲撃で強襲艦を撃墜した。
封鎖機構が黙っているはずがない。
「進行ルートの予測を出せ!」
指揮官の声が飛ぶ。
瞬時に解析データがはじき出され、オペレーターがそれを報告する。
「現在の進行方向は、北東! 野営地とは無関係なルートを進んでいます!」
その報告に、一瞬だけ安堵の空気が流れた。
だが、完全に安心できるわけではない。
もし、敵が方針を変え、この場所を偵察したら?
もし、作戦の一環として、野営地の存在を察知したら?
最悪の場合、封鎖機構の部隊は野営地に襲いかかる。
その可能性を完全には否定できない。
何よりも——
「……まずい、主戦力がいない。」
誰かが、ぽつりと呟いた。
そう、今この野営地には、主力のAC乗りがほとんどいない。
現在は作戦のために多くの部隊が出払っており、野営地に残されているのは最低限の防衛部隊だけだった。
「ツィイーしか、ACのパイロットがいない……」
緊迫した空気が、場を支配する。
ツィイーが、ただ一人、残されていた。
迎撃は——難しい。
それは、誰の目にも明らかだった。
外では、戦士たちが落ち着かない様子で動き回っていた。
戦場経験のある者たちでさえ、この状況に不安を隠せない。
「……どうする?」
「まともに戦えるのはツィイーだけだろ? だが、あの規模の部隊を相手に、一機でどうにかなるか?」
「迎撃は無理だ……隠れるか?」
「いや、野営地を発見されたら終わりだ!」
誰もが、次の一手を決めかねていた。
そして、ふと誰かが621の方を見た。
「……この女を人質にするってのは?」
野営地の一角に佇んでいた621は、その視線を感じた。
この状況では、誰もが焦っている。
「戦えない」と悟ったとき、次に出てくるのは「逃げる」か「利用する」か。
621は敵兵士である。
もし封鎖機構の部隊がここを発見した場合、彼女がいることで交渉の余地が生まれるかもしれない。
「捕虜を盾にするつもりか?」
苦い声が飛ぶ。
しかし、誰もその案を完全には否定しない。
戦うことができないなら、他の手を考えるしかない。
緊張が高まる中——
「バカ言わないでよ!」
その声が響いた。
ツィイーだった。
彼女は、険しい表情で歩み出ると、621の前に立ちはだかった。
「……何考えてんのさ! あたしらは、そんなことする連中だった!?」
「ツィイー、落ち着け……」
「落ち着けるか! この子は戦えないし、ここで何もしてない! それを盾にしてどうすんの!?」
彼女の声には、怒りと焦り、そして——迷いが混じっていた。
しかし、その言葉に誰も反論できなかった。
ツィイーは、決断するように大きく息を吐き——
「621ちゃん、行くよ!」
そう言うと、彼女は621の腕を掴んで、強引に引っ張った。
「お、おいツィイー、どこへ——!?」
「うるさい! あたしはこいつを連れてく!」
ツィイーは621を引きずるようにして、格納庫へと向かった。
621によって改造を施されたユエユーが、そこに静かに佇んでいる。
「……封鎖機構が来てるんだって」
ツィイーが、ぽつりと呟く。
621は、その言葉を聞いても何も言わなかった。
ツィイーは、苦笑しながら続ける。
「……あたしらは、今でこそこうしてるけど……結局、あんたは“敵”なんだ。それはわかってる。でも、だからって、あたしはあんたを盾にしたくない……だから、帰りなよ。封鎖機構に」
ツィイーの顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
——これは、純粋な友情から来る行動だった。
621を人質にすることも、見捨てることもしたくない。ならば、せめて元いた場所に戻してやる。
そのために、ユエユーで621を運ぶつもりだった。
「出来れば、封鎖機構なんかやめて別の星で生きて欲しい。他の星だって戦いはあるし、621ちゃんほどの腕があればどこでも戦えるよ」
621を操縦席の空いたスペースに詰め込むと、自身も乗り込んでユエユーのシステムを立ち上げる。
——ブースター点火。
ツィイーが操縦桿を引いた瞬間、ユエユーが咆哮するように跳ね上がった。
後方にいた戦士たちが驚いて後ずさるのが視界の端に映る。
「よし、行くよ621ちゃん!」
後席に固定された621は、無言のまま景色を見つめる。
野営地の喧騒が遠ざかるにつれ、ツィイーの表情も険しくなっていく。
「捕まっててね!」
ツィイーはそう言いながら、慎重にスラスターの出力を調整する。
ユエユーは低空を滑るように飛行し、荒野の起伏を巧みにかわしながら前進していった。
シグナルを発する部隊に対して、ツィイーは警戒しつつ接近する。
センサーが敵影を捕捉し、データをスクリーンに映し出した。
621はそれを黙って見つめる。
「……封鎖機構の識別コード、やっぱり発信してる。あれ――でも変だよ、621ちゃん、見て」
ツィイーがモニターを指差す。
通常、封鎖機構のコードは一定のパターンで発信されるはずだった。
しかし、画面上のデータは、周期的に変動し、まるで“偽装”されているように乱れていた。
「……こんなの、普通はしないよね?」
ツィイーの言葉に、621は小さく頷く。
慎重に高度を下げながら、視界に映る部隊の姿を確認する。
そして——
「……これは……?」
ツィイーが言葉を失った。
そこには、異様な兵器群があった。
先導するのは赤銅色のAC。
独立傭兵なのか機体のメインにはアーキバス製のパーツを用いた複合機体、腕には見慣れないアンテナをそのまま武器にしたかのような独特の武装。
付き従うように飛行する、狙撃型MTが数機。
しかし、それ以上に異様なのが——
巨大な車輪型兵器。
「……あれ、なに?」
直径はACの倍近く。
装甲の塊が中央に埋め込まれ、内部からは深紅の閃光が漏れ出ている。
それが、大地を抉るように回転しながら疾走していた。
「封鎖機構の兵器に、あんなのあったっけ?」
ツィイーが困惑の色を隠さずに問いかける。
621は、無言のままモニターを見つめた。視線の奥に、一瞬だけわずかな違和感が滲む。だが、すぐにまた無表情へと戻る。
データベースにアクセスしたが、封鎖機構にも解放戦線にも、星外企業にも該当はない。
完全に、未知の兵器。
「ってことは……あれ、封鎖機構じゃないってこと?」
ツィイーの声が僅かに震える。
識別コードは封鎖機構のもの。
だが、装備構成も動きも、どう考えても異質。
「……偽装、か」
ツィイーは静かに呟く。
この部隊は、封鎖機構を装っている。
だが、明らかに別の勢力だ。
「621ちゃん……どうしよう」