ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
「621ちゃん……どうしよう」
ツィイーが低く囁く。
ユエユーは荒野の岩陰に身を潜め、慎重に機体を伏せるようにしていた。
だが、視界の先では赤銅色のACが、部隊から離れてゆっくりと周囲を見回している。
まるで、こちらの存在に気付いているかのように。
赤銅色のACが、ノイズ混じりの通信を発信した。
ねちっこい、絡みつくような声の老いた男の声がユエユーのコックピット内に響く
『そうか、解放戦線の拠点が近かったな……こんなルートを封鎖機構に偽装して通行すれば、何かしら反応をされるのは分かり切っているだろうに、あのポンコツめ…』
ツィイーの息が詰まる。
「見つかった!?」
621は冷静にモニターを睨んでいた。
赤銅色のACは、そのままゆっくりと旋回しながら、こちらに向かって歩を進めている。
——まるで、こちらを試すように。
『識別信号は……リトル・ツィイーか。予定にはないが、後々計画が狂うと困る』
その瞬間、ACの脚部ブースターが閃光を放った。
「くるっ!」
ツィイーが操縦桿を引く。
ユエユーが跳ねるようにブースト回避し、瞬時に側面へ展開。
しかし——
『ほう……データより早いな。修正の必要がある』
赤銅色のACはその動きを完全に見切ったかのように追従し、空中で姿勢制御を取りながら、腕のアンテナユニットを振りかざした。
次の瞬間、衝撃波が放たれる。
音速を超えたような鋭い波動が荒野を抉り、ユエユーの装甲に直接打ちつけた。
「っ、く……!」
コックピット内に警告音が鳴り響く。
「こいつ、パルス兵器!?」
赤銅色のACが迫る。
ツィイ―が、その一撃を紙一重でかわした。
右腕のブースターを最大出力にし、瞬時に後退しながら機体を回転させる。
「ッ、このっ……!」
ツィイーが息を詰まらせながら、操縦桿を捌く。
赤銅色のACの攻撃は予測不能だった。
左腕の奇妙なアンテナユニットから放たれるパルスは、ユエユーの肩に装備したパルススクトゥムとすこぶる相性が悪い。盾は構えた瞬間に相干渉により数秒と立たずに中和、崩壊させられてしまう。
『゛アレ゛の対策でもってきた新武器だが、中々悪くない。ポンコツも偶にはいい働きをするじゃないか』
赤銅色のACが、再び衝撃波を放つ。
ツィイーはそれをギリギリで横滑りしながら回避した。
「くっそ……!」
後部モニターに警告が走る。
背後から、狙撃型MTの照準が合わさっている。
ピ――ッ!
ズドンッ!
警告音に対する回避運動も間に合わず、遠距離から放たれたライフルの弾丸が、ユエユーの装甲にヒットした。
「ッ……!? 621ちゃん、被弾した!」
ユエユーの左肩装甲が抉られる。
しかし、ツィイーはブースターを全開にして地面を蹴り、さらなる被弾を避けながら旋回する。
「くそっ、これじゃラチがあかない……!」
ツィイーは短く舌打ちすると、戦術スクリーンの傭兵支援システムにアクセスした。
「621ちゃん、調べもの頼んでいいかな……!」
傭兵支援システムALLMIND接続――AC機体データ照合中……
621の手が素早く端末を操作し、機体の識別データを走査する。
偽装された封鎖機構コードはすでに解除され、敵の情報が徐々に明らかになりつつあった。
――アリーナランカーに該当あり――ランクC15位、スッラ、及びAC『エンタングル』
「独立傭兵!?」
C1-249――独立傭兵スッラ。
生存確率一割未満、第一世代強化人間化手術の生き残り。
ルビコン周辺星系で活動する老境の独立傭兵というデータは残っているが、惑星封鎖下のルビコン3に侵入していたという情報は解放戦線も掴んでいなかった。
ツィイーは通信回線を開き、距離を取りつつ呼びかける。
『独立傭兵スッラ!こちらは解放戦線ツィイ―だ!なぜこのルビコンで活動する!?誰に雇われた!』
『それは言えんよ。悪いがこの後も仕事が控えている、早々に始末させてもらう』
スッラのねちっこい声が、通信を通じて響く。
まるで、戦いの結末は既に決まっているかのような、余裕と嘲りに満ちた声。
ユエユーは重厚な旧世代ACの利点を全て捨て去った、中距離主体のグレネード運用機体。
この弱点は封鎖機構のみならず星外の独立傭兵であるスッラも把握していた、故に侮った。
『破綻したコンセプト……ユエユー、小娘ではこの程度か』
「破綻? そっか、これは……」
スッラのエンタングルが再び距離を詰め、パルスアンテナを構える。
赤銅色の装甲が朝陽を反射し、不吉な光を放つ。
ユエユーは、機体が僅かに沈み込むような動作を見せた。
ツィイーが息を整え、ユエユーのスラスターにエネルギーを集中させる。
『デビュー戦だよ! ユエユー……ううん、ユエユー・ユエロン!』
宣言と同時に、ツィイーはアサルトブーストを起動、一気に懐へと踏み込んだ。
スッラは冷笑を浮かべ、ユエユー改め、ユエユー・ユエロンの急接近を見送る。
『小娘、やけに強気だな。だが、わかっているはずだろう? そのガラクタに近接戦は無理だ』
かつてのユエユーはそうだった。
BAWS製の近接特化フレームを使いながらも、グレネードと防御装備を搭載したチグハグな設計。
中距離のグレネードで立ち回るには機動力が足りず、近距離戦を挑むには装備が噛み合わない。
スッラは、そのデータを把握した上でツィイーを侮っていた。
『焦るなよ小娘、見せてやろう。その中途半端な機体の限界をな』
スッラは余裕の態度で迎撃態勢を取る。
左腕のパルス兵器を振りかざし、ユエユー・ユエロンを狙う。
パルス干渉によるシールド崩壊。
そして狙撃型MTが仕留める。
完璧な流れだったはずだった。
「621ちゃん……いくよ!」
ツィイーはユエユー・ユエロンの機体制御を極限まで研ぎ澄ます。
左手のトリガーを握り、ブースト出力を一気に限界まで引き上げる。
シールドを構えない。
ブレードを抜く。
——その動きに、スッラの表情が変わった。
『……ブレード!?』
ユエユー・ユエロンは、パルスブレードを最大出力で起動。
閃光が荒野に奔り、刃の振動が戦場の空気を揺るがす。
スッラは咄嗟に衝撃波を放つ。
——が、間に合わない。
ユエユー・ユエロンの加速が、スッラの想定を超えていた。
『馬鹿なッ……!』
パルス兵器が振り下ろされる寸前——
ズバァァァァァッ!!!
青白いパルスブレードの閃光が、エンタングルの胸部装甲を抉る。
装甲が引き裂かれ、エネルギー回路が露出。
スッラの機体が、一瞬バランスを崩す。
『ぐ、ぬぅぅ……!』
ツィイーの息が荒い。
だが、彼女の目は鋭く、戦闘の流れを完全に掌握していた。
『もう……ただのユエユーじゃない! 新ユエユー、ユエユー・ユエロンだ!!』
宣言と共に、ツィイーはブーストを吹かし、エンタングルの懐へさらに踏み込む。
『
『ガラクタって言ったこと、後悔させてあげる!』
ツィイーの叫びと同時に、パルスブレードが二撃目の斬撃を繰り出す。
ガキィィィィィンッ!!!
エンタングルの左肩装甲が、粉砕された。
パルス兵器が弾き飛ばされ、宙を舞う。
スッラの機体がよろめいた。
『な……ッ!?』
パルス兵器を失い、エンタングルの戦術が破綻する。
ユエユー・ユエロンは、ツィイーの手によって真の戦闘機へと進化していた。
スッラの予測を超えた、洗練された近接戦闘能力。
ツィイーは深く息を吐き、ニヤリと笑う。
『さあ、おじいさん。もうユエユーは“破綻”してるって言えないよね?』
スッラは沈黙する。
『……甘いな、小娘』
スッラの声が、ねちっこくも冷ややかに響いた。
次の瞬間、エンタングルの損傷した左肩部の内部から、何かがせり出した。
デトネイティングバズーカ――連鎖爆発兵器。
「ッ!?」
ツィイーが直感で操縦桿を引く。
ユエユー・ユエロンのブースターが爆発的に噴射し、機体を跳躍させた。
刹那、エンタングルの左肩に収納されていたバズーカがゼロ距離で発砲される。
ゴォォォォォォッッ!!
連鎖した爆風が荒野を抉り、衝撃波が広がった。
ユエユー・ユエロンは間一髪で直撃を避けたが、衝撃をもろに受けて姿勢を崩す。
「くそ!しまった、姿勢制御が!
デトネイティングバズーカ――連鎖爆発兵器は特に衝撃力に優れ、不用意に近付いてきた近接ACに強烈なカウンターを喰らわせる。
ユエユー・ユエロンの駆動系が一瞬、鈍った。
パルスブレードを振るおうとしたユエユー・ユエロンの手が、わずかに止まる。
『小娘、近接戦を仕掛けるなら爆発兵器のカウンターも考慮すべきだったな』
スッラの声が嘲笑を帯びる。
スッラの声が、ねちっこい嘲笑を含んで響いた。
次の瞬間、狙撃型MTの銃口が火を噴く――!
ズドンッ!!
「ッ――!」
ユエユー・ユエロンの左肩が弾け飛んだ。
被弾部位から黒煙が噴き出し、機体バランスが崩れる。
「うわっ……!? 621ちゃん! 掴まって……!」
ツィイーが悲鳴を上げながら、機体を立て直そうとする。
しかし、スッラの動きは止まらない。
ユエユー・ユエロンがよろめいた瞬間――
スッラのエンタングルが、再びデトネイティングバズーカを構えた。
「しまっ――」
轟音。
バズーカの砲口が、燃え盛るように光を放つ。
ゴォォォォォォォッッッッ!!
連鎖爆発する衝撃波が再度荒野を覆い、ユエユー・ユエロンを飲み込んだ。
衝撃がコックピットを揺るがし、ツィイーの体が座席から浮き上がるほどの衝撃を受ける。
「ぐ、あぁっ……!」
視界が歪む。
モニターが赤い警告で埋め尽くされ、損傷率が危険域に突入する。
間隙を置かず、車輪型兵器が突撃してきた。
「ッ……!?」
ツィイーの脳内に、真っ白な衝撃が走る。
ゴォォォォォッッ!!!
巨大な車輪がユエユー・ユエロンの右腕を巻き込み、そのまま粉砕する。
パルスブレードを握っていた右腕が千切れ、地面に転がった。
視界が揺れる。
振動が全身を貫き、頭が割れそうに痛い。
ダメージが直接、コックピットの中のツィイーに響く。
ブースト警告、エネルギー供給異常、火器管制装置異常。
「……621ちゃん、怪我は……」
操縦桿を握りしめようとするが、手に力が入らない。
ユエユー・ユエロンの装甲は、もはや機体を守るためのものではなかった。
剥がれた破片がコックピット内部にまで入り込み、ツィイーの肩や腹部に突き刺さっていた。
「……く、そ……」
『やれやれ、最後の抵抗も終わりか』
嘲笑するような声。
コックピットの壁面にぶつかる金属片の音が、遠くに聞こえる。
「……まだ……」
何かをしようとするが、指は動かず、目は閉じかけている。
ツィイーは、完全に意識を失いかけながら、最後の力を振り絞って621の名を呼ぼうとした。
「にげ、て……」
しかし、その言葉が紡がれる前に――
ツィイーの意識は、暗闇へと沈んだ。