ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
コックピット内には、焦げた金属の臭いと、警告音の洪水が満ちていた。
621はツィイーを座席からずらし、自ら操縦桿を握る。
ツィイーはぐったりと項垂れ、うっすらと血を流していた。動かすと微かに呻く。
ユエユー・ユエロンの左腕は破壊され、左肩も撃ち抜かれた。スラスターの安定性は失われ、制御不能に近い。
――勝機なし。
621は即座にそう判断した。
選択肢は二つ。
──ここで戦い続け、機体ごと撃墜されるか。
──撤退し、戦場を離脱するか。
スッラのエンタングルがバズーカを再装填し、狙撃型MTがユエユー・ユエロンに照準を再度合わせた。
『どうした?小娘……死んだか?』
一切動かなくなったユエユー・ユエロンを見てツィイーの戦闘不能を悟ったスッラがねちっこく通信を投げかける。621はそれを無視し、赤く点滅する警告表示を冷静に走査した。
現在、スラスター推力 27%。
武装──パルスブレード喪失、グレネード使用不能。
装甲耐久度──下限を割り込み、直撃すればコックピット貫通の恐れ。
回避運動──機動力低下により、敵の攻撃は完全に避けられない。
──このままでは死ぬ。
思考は冷静だった。
生存確率を上げるには、即時の撤退が最善の策。
しかし、主戦力不在の解放戦線野営地に戻る選択肢はない。
あそこに戻っても、ただ敵に囲まれ、再び戦闘に巻き込まれるだけ。
ユエユー・ユエロンがもはや戦闘不能な以上、支援もできず、ただの標的になる。
621は一瞬だけ、コックピットの隅に横たわるツィイーの顔を見た。
彼女をここで死なせる理由はない。
ゆっくりと視線を戻し、通信システムを開く。
惑星封鎖機構ネットワークへのアクセス……
621は、野営地から最も近い封鎖機構の拠点を検索する。
ユエユー・ユエロンのシステムは損傷していたが、通信ユニットはまだ生きている。
自分に割り当てられた識別番号とパスワードを入力しログイン、急いで座標データを打ち込み地図を開いた。
──検索結果:ウォッチポイント・デルタ
惑星封鎖機構のコーラル観測拠点。
コーラル湧出量の管理や観測を行っていた非軍事基地だが、最低限の防衛設備や部隊が駐留しているはずだった。
位置は現在地から南東、直線距離でおよそ120キロ。
スラスターの燃料残量を考えれば、ギリギリ到達可能。
他に選択肢はない。
621は躊躇わず、封鎖機構の救援通信ラインを開いた。
時間がないため、暗号化もせず襲撃を受けた事実、救援要請、そして現地人の要救助者がいることを簡潔に送信する。
通信が届けば、封鎖機構側は621が生存していることを把握するはずだ。
問題は、ウォッチポイント・デルタがどこまでこの救援要請に応じるかだった。
621はあくまで独立傭兵であり、封鎖機構の正式な隊員ではない。
彼らが動くかどうかは、純粋に戦略的な判断次第。
だが、621には確信があった。
封鎖機構は621をこのまま見捨てはしない。
少なくとも、ハンドラー・ウォルターが生きている限りは。
――ユエユー・ユエロン、スラスター再点火。
621は、倒れたツィイーの姿を確認し、シートの固定装置を調整する。
コックピット内の気圧が不安定であり、彼女の呼吸が微かに乱れている。
今は、応急処置よりも脱出が最優先。
621はスラスターの出力を限界まで引き上げる。
ユエユー・ユエロンの駆動系は既に限界だった。
左腕は喪失、装甲は剥がれ、冷却システムもオーバーロード寸前。
だが、まだ飛べる。
621は計算された軌道を描きながら、荒野の地形を利用してスッラの視界から消える。
低空飛行で岩場の影を縫い、スラスターの余熱を地表に散らしながら高高度へと跳躍した。
『……ほう、まだ生きていたのか』
狙撃型MTが射線を走査し、車輪型兵器が進行ルートを塞ぐように旋回する。
だが、既に遅い。
621は一瞬の隙をつき、超低空から一気に跳躍し、高速巡航態勢へと移行していた。
『破損した機体で、ここまでやるとはな……』
スッラは機体を旋回させる。
彼の機体もまたブーストを最大限に開き、ユエユー・ユエロンの追跡を開始した。
『……ふむ、なぜだ?目標が向かうのは、ウォッチポイント・デルタか』
スッラは短く息を吐き、薄く笑う。
追撃態勢を整えつつ、彼は追従する機体らに信号を送る。
『手薄な野営地に逃げ込むより、保護を求めたほうがよいと判断したのか?まあいい、手間が省けたな。こちらも、同じ目的地だ』
スッラの言葉に、狙撃型MTと車輪型兵器が次々と追撃体勢を取る。
彼らの進行ルートは、もともとウォッチポイント・デルタだった。
621の逃亡経路と、スッラたちの目的地――
それは、偶然にも一致していたのだ。
スッラは不敵に笑いながら、追跡のスピードを上げる。
『せいぜい、足掻いてみろ――小娘』
轟音と共に、スッラのエンタングルが突き上がる。
『逃がさんぞ――!』
621の操るユエユー・ユエロンは、限界まで消耗していた。
左腕はなく、装甲はボロボロ。推力も不安定で、制御不能に陥る寸前。
それでも、彼女は全力でスラスターを吹かす。
ウォッチポイント・デルタまでの距離は、約100キロ。
だが――
『狙え』
スッラの命令と共に、背後から鋭い閃光が奔る。
バシュッ!
直後、機体が激しく揺れた。
狙撃型MTのビーム弾が、ユエユー・ユエロンの機体を掠めたのだ。
「……!」
621は即座に舵を切り、回避機動を取る。
機体がギリギリのバランスを保ちながら旋回し、着弾を回避した。
『なかなかやるじゃないか、逃げるほうが得意らしい。これはどうかな』
ドォン!
続けて爆発音が鳴り響く。
スッラのエンタングルが、バズーカを放ったのだ。
炸裂――!
621は瞬時に判断する。
直撃すれば、機体は間違いなく爆散する。
「……ッ!」
スラスターを限界まで駆動させる。
不安定な推力で機体を無理やり回転させ、爆風を利用して軌道を変える。
爆炎をかすめながら、ユエユー・ユエロンが低空を旋回する。
機体のバランスはもはや崩壊寸前だったが、621はそれを意地で持ち直した。
スッラは、その機動を見て僅かに眉をひそめる。
『……ほう?』
何かに気づいたように、彼の声が低く響く。
――おかしい。
動きが違う。
ユエユー・ユエロンは、確かにツィイーの機体だった。
だが、今の動きは、スッラが知るツィイーの操縦技術をはるかに超えていた。
『……自動操縦、ではないな。この感じ、強化人間……第4世代か』
スッラはゆっくりと口元を歪める。
『……なるほど、お前がハンドラー・ウォルターの新しい飼い犬か。ハンドラー、封鎖機構、解放戦線と媚びまわって節操がない』
気づかれた。
『お前、危険だな。臭いでわかる。消えてもらうのが上策のようだ』
スッラの追撃意識が変わる。
彼にとってツィイーは「ただの戦場の端役」でしかなかったが、621は違う。
詳細は不明だがハンドラー・ウォルターと浅からぬ因縁を持つスッラにとって、彼女は更に優先度の高い獲物となった。
ゴォォォォォォッッ!!
炸裂する砲撃の波――。
ビームの光が視界を灼き、衝撃波がコックピットを震わせる。
ブオンッ!
突如、機体が制御を失った。
ユエユー・ユエロンのスラスター出力が、ついに限界を超えたのだ。
621は即座にスラスターを再起動しようと試みるが、警告音が鳴り響く。
《ERROR:推力制御不能》
《ERROR:冷却システム臨界点突破》
《ERROR:エネルギー供給異常》
「――っ!」
警告の洪水。
621はそれを冷静に無視し、最後の機動を試みる。
スラスターに残ったわずかな推力を緊急噴射。
機体のバランスを強引に修正し、墜落角度をわずかに浅くする。
――が、
バシュンッ!
最後の狙撃弾が、ユエユー・ユエロンの推進システムを直撃した。
「……!」
ブースト停止。
機体が、ただの鉄塊となって落ちる。
墜落。
大気が裂ける音とともに、ユエユー・ユエロンが荒野へ叩きつけられた。
ズゴォォォォォッッ!!
大地がめくれ上がる。
コックピットが軋む音がする。
コックピット内は黒煙に満ち、生命維持装置のアラートが鳴り続ける。
621は己と、ツィイーが生きていることを確認し、コックピットの開放手順を実行する。
強制脱出も考えたが、それすらも機能不全だった。
ズシン――。
スッラのエンタングルが、一歩、また一歩と迫る。
バズーカの砲口が621のユエユー・ユエロンに向けられ、無機質な警告音が響き続けるコックピット内に、確実な死の影が忍び寄っていた。
『……終わりだな』
スッラの声は淡々としていたが、その底にあるのは強者としての確信。
621は即座に手を動かし、緊急起動プロトコルを試みるが、すべてが「ERROR」の文字とともに弾かれた。
《ERROR:エネルギー供給異常》
《ERROR:機体出力低下、戦闘行動不能》
《ERROR:駆動系ダメージ過多、即時修復不可》
《メインシステム、戦闘モード緊急シャットダウン》
……この機体では、もう戦えない。
ユエユー・ユエロンのフレームは剥がれ落ち、右肩から流れる油が蒸発し、小さな炎となって揺れている。
左腕はすでに失われ、脚部も駆動不良を起こし、自力で立ち上がることすら困難な状態だった。
621は、シートに固定されたツィイーの微かな息遣いを確認する。
彼女は未だ意識を取り戻していない。
『狩られる側に回ったのは初めてか?猟犬』
スッラの声が、コックピットにじわりと染み込む。
機体の外部スピーカーが拾う低く不気味な声は、まるで詰めを待つ獲物をからかう捕食者のようだった。
銃口が僅かに持ち上がる。
バズーカの装填完了音が響く――
――その時だった。
ピコン――!
突如、コックピットの通信パネルが点灯した。
封鎖機構の識別信号を検知――緊急通信。発信者:《グレイ執行上尉》
『621、応答せよ』
通信の向こうから、冷徹な声が響く。
スッラの動きが、一瞬止まった。
通信を拾ったのか、彼のエンタングルもまた、僅かに姿勢を変える。
『621、生存しているなら応答しろ』
通信は、容赦ない命令口調だった。
しかし、その中に微かに安堵の色が滲んでいた。
621は端末を叩き、生存報告の信号を発信する。
短く、簡潔に。
事実だけを伝える信号に、通信の向こうで微かにノイズが走る。
『……よし』
グレイ執行上尉の声が、低く響いた。
その次の言葉は、即座に明確な指示だった。
『そのまま戦闘を継続しろ。敵機スッラおよび随伴部隊を討伐せよ』
「……!」
コックピット内に、一瞬の静寂が流れた。
621は無言のまま、視線をスッラの機体へ向ける。
エンタングルは悠然とバズーカを構えたまま、通信を傍受しながら動きを止めていた。
『……討伐、だと?』
スッラの声には、僅かな嘲笑が混じっていた。
『ははっ……貴様、もう機体がボロボロじゃないか。戦闘不能の状態で何をしろと言う?』
彼の言葉は、正しかった。
621の機体はもはや限界。武装もなく、機動もできず、ただ動けぬまま撃墜を待つしかない。
しかし――グレイ執行上尉の次の言葉が、それを否定した。
『621、状況は把握している。貴様の機体では不可能だ』
『……』
『ゆえに、代わりを送る』
その瞬間、通信が途切れ、別の回線が割り込んだ。
――コード認証:代替戦闘機体発動。
特務無人機体《バルテウス》、起動。