ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第29話 追撃

 コックピット内には、焦げた金属の臭いと、警告音の洪水が満ちていた。

 621はツィイーを座席からずらし、自ら操縦桿を握る。

 

 ツィイーはぐったりと項垂れ、うっすらと血を流していた。動かすと微かに呻く。

 

 ユエユー・ユエロンの左腕は破壊され、左肩も撃ち抜かれた。スラスターの安定性は失われ、制御不能に近い。

 

 ――勝機なし。

 

 621は即座にそう判断した。

 

 選択肢は二つ。

 ──ここで戦い続け、機体ごと撃墜されるか。

 ──撤退し、戦場を離脱するか。

 

 スッラのエンタングルがバズーカを再装填し、狙撃型MTがユエユー・ユエロンに照準を再度合わせた。

 

『どうした?小娘……死んだか?』

 

 一切動かなくなったユエユー・ユエロンを見てツィイーの戦闘不能を悟ったスッラがねちっこく通信を投げかける。621はそれを無視し、赤く点滅する警告表示を冷静に走査した。

 

 現在、スラスター推力 27%。

 武装──パルスブレード喪失、グレネード使用不能。

 装甲耐久度──下限を割り込み、直撃すればコックピット貫通の恐れ。

 回避運動──機動力低下により、敵の攻撃は完全に避けられない。

 

 ──このままでは死ぬ。

 

 思考は冷静だった。

 生存確率を上げるには、即時の撤退が最善の策。

 しかし、主戦力不在の解放戦線野営地に戻る選択肢はない。

 

 あそこに戻っても、ただ敵に囲まれ、再び戦闘に巻き込まれるだけ。

 ユエユー・ユエロンがもはや戦闘不能な以上、支援もできず、ただの標的になる。

 

 621は一瞬だけ、コックピットの隅に横たわるツィイーの顔を見た。

 彼女をここで死なせる理由はない。

 

 ゆっくりと視線を戻し、通信システムを開く。

 

 惑星封鎖機構ネットワークへのアクセス……

 

 621は、野営地から最も近い封鎖機構の拠点を検索する。

 

 ユエユー・ユエロンのシステムは損傷していたが、通信ユニットはまだ生きている。

 自分に割り当てられた識別番号とパスワードを入力しログイン、急いで座標データを打ち込み地図を開いた。

 

 ──検索結果:ウォッチポイント・デルタ

 

 惑星封鎖機構のコーラル観測拠点。

 コーラル湧出量の管理や観測を行っていた非軍事基地だが、最低限の防衛設備や部隊が駐留しているはずだった。

 

 位置は現在地から南東、直線距離でおよそ120キロ。

 スラスターの燃料残量を考えれば、ギリギリ到達可能。

 

 他に選択肢はない。

 621は躊躇わず、封鎖機構の救援通信ラインを開いた。

 

 時間がないため、暗号化もせず襲撃を受けた事実、救援要請、そして現地人の要救助者がいることを簡潔に送信する。

 

 通信が届けば、封鎖機構側は621が生存していることを把握するはずだ。

 

 問題は、ウォッチポイント・デルタがどこまでこの救援要請に応じるかだった。

 621はあくまで独立傭兵であり、封鎖機構の正式な隊員ではない。

 彼らが動くかどうかは、純粋に戦略的な判断次第。

 

 だが、621には確信があった。

 

 封鎖機構は621をこのまま見捨てはしない。

 少なくとも、ハンドラー・ウォルターが生きている限りは。

 

 ――ユエユー・ユエロン、スラスター再点火。

 

 621は、倒れたツィイーの姿を確認し、シートの固定装置を調整する。

 コックピット内の気圧が不安定であり、彼女の呼吸が微かに乱れている。

 今は、応急処置よりも脱出が最優先。

 

 621はスラスターの出力を限界まで引き上げる。

 

 ユエユー・ユエロンの駆動系は既に限界だった。

 左腕は喪失、装甲は剥がれ、冷却システムもオーバーロード寸前。

 

 だが、まだ飛べる。

 

 621は計算された軌道を描きながら、荒野の地形を利用してスッラの視界から消える。

 低空飛行で岩場の影を縫い、スラスターの余熱を地表に散らしながら高高度へと跳躍した。

 

『……ほう、まだ生きていたのか』

 

 狙撃型MTが射線を走査し、車輪型兵器が進行ルートを塞ぐように旋回する。

 だが、既に遅い。

 

 621は一瞬の隙をつき、超低空から一気に跳躍し、高速巡航態勢へと移行していた。

 

『破損した機体で、ここまでやるとはな……』

 

 スッラは機体を旋回させる。

 彼の機体もまたブーストを最大限に開き、ユエユー・ユエロンの追跡を開始した。

 

『……ふむ、なぜだ?目標が向かうのは、ウォッチポイント・デルタか』

 

 スッラは短く息を吐き、薄く笑う。

 追撃態勢を整えつつ、彼は追従する機体らに信号を送る。

 

『手薄な野営地に逃げ込むより、保護を求めたほうがよいと判断したのか?まあいい、手間が省けたな。こちらも、同じ目的地だ』

 

 スッラの言葉に、狙撃型MTと車輪型兵器が次々と追撃体勢を取る。

 彼らの進行ルートは、もともとウォッチポイント・デルタだった。

 

 621の逃亡経路と、スッラたちの目的地――

 

 それは、偶然にも一致していたのだ。

 

 スッラは不敵に笑いながら、追跡のスピードを上げる。

 

『せいぜい、足掻いてみろ――小娘』

 

 轟音と共に、スッラのエンタングルが突き上がる。

 

『逃がさんぞ――!』

 

 621の操るユエユー・ユエロンは、限界まで消耗していた。

 左腕はなく、装甲はボロボロ。推力も不安定で、制御不能に陥る寸前。

 

 それでも、彼女は全力でスラスターを吹かす。

 ウォッチポイント・デルタまでの距離は、約100キロ。

 

 だが――

 

『狙え』

 

 スッラの命令と共に、背後から鋭い閃光が奔る。

 

 バシュッ!

 

 直後、機体が激しく揺れた。

 狙撃型MTのビーム弾が、ユエユー・ユエロンの機体を掠めたのだ。

 

「……!」

 

 621は即座に舵を切り、回避機動を取る。

 機体がギリギリのバランスを保ちながら旋回し、着弾を回避した。

 

『なかなかやるじゃないか、逃げるほうが得意らしい。これはどうかな』

 

 ドォン!

 

 続けて爆発音が鳴り響く。

 スッラのエンタングルが、バズーカを放ったのだ。

 

 炸裂――!

 

 621は瞬時に判断する。

 直撃すれば、機体は間違いなく爆散する。

 

「……ッ!」

 

 スラスターを限界まで駆動させる。

 不安定な推力で機体を無理やり回転させ、爆風を利用して軌道を変える。

 

 爆炎をかすめながら、ユエユー・ユエロンが低空を旋回する。

 機体のバランスはもはや崩壊寸前だったが、621はそれを意地で持ち直した。

 

 スッラは、その機動を見て僅かに眉をひそめる。

 

『……ほう?』

 

 何かに気づいたように、彼の声が低く響く。

 

 ――おかしい。

 

 動きが違う。

 

 ユエユー・ユエロンは、確かにツィイーの機体だった。

 だが、今の動きは、スッラが知るツィイーの操縦技術をはるかに超えていた。

 

『……自動操縦、ではないな。この感じ、強化人間……第4世代か』

 

 スッラはゆっくりと口元を歪める。

 

『……なるほど、お前がハンドラー・ウォルターの新しい飼い犬か。ハンドラー、封鎖機構、解放戦線と媚びまわって節操がない』

 

 気づかれた。

 

『お前、危険だな。臭いでわかる。消えてもらうのが上策のようだ』

 

 スッラの追撃意識が変わる。

 彼にとってツィイーは「ただの戦場の端役」でしかなかったが、621は違う。

 詳細は不明だがハンドラー・ウォルターと浅からぬ因縁を持つスッラにとって、彼女は更に優先度の高い獲物となった。

 

 ゴォォォォォォッッ!!

 

 炸裂する砲撃の波――。

 ビームの光が視界を灼き、衝撃波がコックピットを震わせる。

 

 ブオンッ!

 

 突如、機体が制御を失った。

 

 ユエユー・ユエロンのスラスター出力が、ついに限界を超えたのだ。

 621は即座にスラスターを再起動しようと試みるが、警告音が鳴り響く。

 

《ERROR:推力制御不能》

《ERROR:冷却システム臨界点突破》

《ERROR:エネルギー供給異常》

 

「――っ!」

 

 警告の洪水。

 621はそれを冷静に無視し、最後の機動を試みる。

 

 スラスターに残ったわずかな推力を緊急噴射。

 機体のバランスを強引に修正し、墜落角度をわずかに浅くする。

 

 ――が、

 

バシュンッ!

 

 最後の狙撃弾が、ユエユー・ユエロンの推進システムを直撃した。

 

「……!」

 

 ブースト停止。

 機体が、ただの鉄塊となって落ちる。

 

 墜落。

 

 大気が裂ける音とともに、ユエユー・ユエロンが荒野へ叩きつけられた。

 

 ズゴォォォォォッッ!!

 

 大地がめくれ上がる。

 コックピットが軋む音がする。

 

 コックピット内は黒煙に満ち、生命維持装置のアラートが鳴り続ける。

 

 621は己と、ツィイーが生きていることを確認し、コックピットの開放手順を実行する。

 強制脱出も考えたが、それすらも機能不全だった。

 

 ズシン――。

 

 スッラのエンタングルが、一歩、また一歩と迫る。

 バズーカの砲口が621のユエユー・ユエロンに向けられ、無機質な警告音が響き続けるコックピット内に、確実な死の影が忍び寄っていた。

 

『……終わりだな』

 

 スッラの声は淡々としていたが、その底にあるのは強者としての確信。

 621は即座に手を動かし、緊急起動プロトコルを試みるが、すべてが「ERROR」の文字とともに弾かれた。

 

《ERROR:エネルギー供給異常》

《ERROR:機体出力低下、戦闘行動不能》

《ERROR:駆動系ダメージ過多、即時修復不可》

 

《メインシステム、戦闘モード緊急シャットダウン》

 

 ……この機体では、もう戦えない。

 

 ユエユー・ユエロンのフレームは剥がれ落ち、右肩から流れる油が蒸発し、小さな炎となって揺れている。

 左腕はすでに失われ、脚部も駆動不良を起こし、自力で立ち上がることすら困難な状態だった。

 

 621は、シートに固定されたツィイーの微かな息遣いを確認する。

 彼女は未だ意識を取り戻していない。

 

『狩られる側に回ったのは初めてか?猟犬』

 

 スッラの声が、コックピットにじわりと染み込む。

 機体の外部スピーカーが拾う低く不気味な声は、まるで詰めを待つ獲物をからかう捕食者のようだった。

 

 銃口が僅かに持ち上がる。

 バズーカの装填完了音が響く――

 

 ――その時だった。

 

 ピコン――!

 

 突如、コックピットの通信パネルが点灯した。

 

 封鎖機構の識別信号を検知――緊急通信。発信者:《グレイ執行上尉》

 

『621、応答せよ』

 

 通信の向こうから、冷徹な声が響く。

 

 スッラの動きが、一瞬止まった。

 通信を拾ったのか、彼のエンタングルもまた、僅かに姿勢を変える。

 

『621、生存しているなら応答しろ』

 

 通信は、容赦ない命令口調だった。

 しかし、その中に微かに安堵の色が滲んでいた。

 

 621は端末を叩き、生存報告の信号を発信する。

 

 短く、簡潔に。

 事実だけを伝える信号に、通信の向こうで微かにノイズが走る。

 

『……よし』

 

 グレイ執行上尉の声が、低く響いた。

 その次の言葉は、即座に明確な指示だった。

 

『そのまま戦闘を継続しろ。敵機スッラおよび随伴部隊を討伐せよ』

 

「……!」

 

 コックピット内に、一瞬の静寂が流れた。

 

 621は無言のまま、視線をスッラの機体へ向ける。

 エンタングルは悠然とバズーカを構えたまま、通信を傍受しながら動きを止めていた。

 

『……討伐、だと?』

 

 スッラの声には、僅かな嘲笑が混じっていた。

 

『ははっ……貴様、もう機体がボロボロじゃないか。戦闘不能の状態で何をしろと言う?』

 

 彼の言葉は、正しかった。

 621の機体はもはや限界。武装もなく、機動もできず、ただ動けぬまま撃墜を待つしかない。

 

 しかし――グレイ執行上尉の次の言葉が、それを否定した。

 

『621、状況は把握している。貴様の機体では不可能だ』

 

『……』

 

『ゆえに、代わりを送る』

 

 その瞬間、通信が途切れ、別の回線が割り込んだ。

 

 ――コード認証:代替戦闘機体発動。

 特務無人機体《バルテウス》、起動。

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