ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第31話 干渉

「……」

 

 621は短く息を吐き、バルテウスの推進システムを起動させた。

 スッラとの交戦を終えたバルテウスは、なおも異常なほどのエネルギーを放っている。

 パルスチェンソーの刃は既に回転を停止していたが、未だ機体の周囲には微細なパルスの残滓が漂い、赤黒い稲妻のように空間を揺らしていた。

 

 しかし、621にとって今最優先すべきは戦闘ではない。

 ツィイーの治療だ。

 

 バルテウスのコックピット内、ナノマシンによる自動治療システムがツィイーの容態を維持している。

 だが、これはあくまで応急処置に過ぎない。

 完全な回復には、適切な医療施設と専門の医師が必要だった。

 

 621はグレイ執行上尉へ通信を開く。

 

『こちらグレイ執行上尉。621、独立傭兵スッラ及び随伴部隊の殲滅を確認した。ウォッチポイント・デルタへの帰投を許可する……621、よくやった。だが、余計な詮索はするな』

 

 意味深な言葉だったが、621はそれを深く考えなかった。

 スラスターを開放し、ウォッチポイント・デルタへと進路を取る。

 

 バルテウスの巡航速度はLCやACとは比較にならないほど速い。瞬く間に、目的の施設が目視圏内へと入る。

 

 高性能センサーが、施設の全容を捉えた。

 ウォッチポイント・デルタ――かつて、コーラルの流量調査と調整を行っていた施設。

 

 かつては惑星ルビコン3の命脈とも言えるコーラルの管理を目的とし、その適正流量を調整するための膨大なデータを記録する中心的な拠点だった。

 

 しかし、今やコーラルはほとんど焼き尽くされた。

 “アイビスの火”――あの終末的な大火災が、ルビコン全土のコーラルをほぼ根絶したからだ。

 

 本来なら、この施設の存在意義は大幅に低下しているはずだった。

 なのに――

 

 621の視界には、過剰とも言える防衛戦力が広がっていた。

 

 施設を囲むように展開された封鎖機構の執行部隊。

 徘徊するLC部隊と、施設を俯瞰する様に展開する自動砲台。

 そして、621自身が搭乗している特務機体《バルテウス》の存在。

 

 ただの”残存施設”にしては、明らかに規模が異常だった。

 

「……」

 

 だが、今はそれを考えている時間はない。

 621は施設のゲートに向けて、バルテウスのID信号を送信した。

 

 すぐに応答が返る。

 

『こちら惑星封鎖機構、ウォッチポイント・デルタ。C4-621、識別完了。着艦を許可する』

 

 ゲートが開かれ、バルテウスがゆっくりと施設内に降下する。

 冷たい人工灯に照らされた格納区画が、無機質な空間を広げていた。

 

 621はコックピットを開き、ツイィーの顔を覗き込んだ。

 ナノマシンの影響か、彼女の顔色は先ほどよりは幾分マシだったが、それでも本格的な治療を受けなければ命の保証はできない。

 

「執行1級士長621、患者はこちらでしょうか」

 

 人工照明の青白い光の下、数人の医療スタッフが駆け寄ってきた。彼らの装備は封鎖機構サブジェクトガードの標準仕様で、無駄のない動きが訓練されたプロフェッショナルであることを示している。

 

 621はバルテウスの医療システムによって作成された簡易カルテを差し出した。医療スタッフらはカルテを確認するとツィイーを慎重に抱え、担架へと横たえた。一人が彼女のバイタルをスキャンし、すぐに緊急治療の準備を始める。

 

「出血は制御されているが、内部損傷の可能性がある。すぐに医務室へ搬送する!」

 

 指示が飛び交い、ツィイーの体が担架ごと持ち上げられる。

 621は無言のまま、その様子をじっと見守っていた。

 

 

 

 

 

 数日後。

 ピッ……ピッ……ピッ……

 規則的な電子音が、静かな医務室の空気を満たしていた。

 

 青白い照明の下、ツィイーは静かに横たわっていた。

 清潔な白いシーツの上、か細い呼吸が上がったり下がったりを繰り返している。

 

 彼女の腕には点滴が繋がれ、生命維持装置のモニターには安定した脈拍が表示されていた。

 鎮静剤の影響か、顔には苦痛の色はなく、ただ眠っているように見えた。

 

 621は無言のまま、ベッドの傍らに立っていた。

 

 ツィイーはルビコン解放戦線の兵士。

 本来なら、封鎖機構の敵として捕虜にされる立場だった。

 

 だが、621の嘆願もあり、彼女は「丁重な捕虜」として扱われることとなった。

 戦闘中、彼女は身を挺して621を救おうとし、その結果、瀕死の重傷を負った。

 

 その行動が、封鎖機構の上層部に影響を与えたのかもしれない。

 少なくとも、ただの「敵」として扱うには、彼女はあまりに不都合な存在だった。

 

 ピッ……ピッ……ピッ……

 

 心電図の音が僅かに変化した。

 621がふと顔を上げると、ツィイーの指が僅かに動いた。

 

 まぶたが小さく震え、やがてゆっくりと開かれる。

 焦点の合わない赤い瞳が、ぼんやりと天井を見つめた。

 

「……621、ちゃん……?」

 

 乾いた声が漏れる。

 

 621は短く息を吐き、静かに頷いた。

 

 ツィイーの視線がわずかに揺れる。

 しばらくは状況を理解しようとするかのように、目を瞬かせた。

 

「……そっか、私……生きてるんだ」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべ、かすれた声で呟く。

 

 621は小さく息を吐くと、医務室の無機質なベッド脇のテーブルに、厳しい物体をそっと置く。

 

 それは20分の1スケールのヘッドブリンガー——G5イグアスの搭乗機を忠実に再現した、精巧なミニチュアだった。

 

 ベイラム社製MELANDER C3を全身に採用した重厚な機体。ミリタリー色が強めに押し出された装甲の癖、関節部のディテールに至るまで、ありえないほど緻密に再現されている。

 鮮やかな明るい紺色のカラーリングも、実機の雰囲気を完璧に再現していた。

 

 ツィイーはまだ半覚醒のまま、ぼんやりとそれを見つめる。

 

「……なに、これ……?」

 

 621は無言で電子雑誌のページを開く。そこにはG5イグアスの搭乗機体であるヘッドブリンガーの詳細な機体データが載っていた。

 彼女は特に理由の説明もなく、ただそれが何なのかを告げるだけだった。

 

「……なんで……?」

 

 621は電子雑誌を閉じると、短く文章を表示させる。

 

『お見舞い』

 

 ツィイーの意識が少しずつ覚醒していく。

 ベッドに横たわったまま、瞬きを繰り返し、視線を621とミニチュアの間で行き来させる。

 

 ツィイーは言葉を失った。

 

 621の無表情さ、無駄な感情のない声音、淡々とした説明——それらが余計に、状況の異様さを際立たせていた。

 何より、このミニチュアの作り込みが異常なレベルで精密だった。

 

 関節は全可動、武装もすべて脱着可能で、内部のメカディテールにまで手が加えられている。

 工業用3Dプリンタで製作されたのか、あるいは精密手作業なのか——そんなことを考え始めると余計に混乱する。

 

 ツィイーは、じわじわと理解が追いつき始めると、徐々に顔を引きつらせた。

 

「……えっと、621ちゃん……これ、どれくらい時間かかったの?」

 

『2日』

 

 621は静かに文字を表示した。その姿には、どこか満足げな雰囲気が漂っていた。

 

「…………」

 

 ツィイーは目を逸らした。

 

 621は、たった二日でこれを仕上げたのか?

 治療の合間、バルテウスの整備の合間に、コツコツと作っていたのか?

 

 それとも、戦闘の合間に?

 

 想像すればするほど、じわじわと恐怖にも似た感情がこみ上げてくる。

 

「あ、りがとう」

 

 621は満足げに頷くと、20分の1スケールのヘッドブリンガーを慎重に手に取り、そのままツィイーのベッドの中へとそっと入れた。

 

 まるで、大事なものを寝かしつけるかのように。

 

「……え、ちょっ……」

 

 ツィイーはまだ完全に意識がはっきりしないまま、微かに身を動かした。

 しかし621は構わず、ミニチュアヘッドブリンガーをツィイーの胸元の布団の中に押し込み、さらに布団の端を優しく引き上げて完全にくるんでやる。

 

 ぽん、ぽん。

 

 ツィイーの肩の上から、軽く寝かしつけるように布団を叩く。

 動作は無駄なく、丁寧だった。

 

 ようやく事態を理解したツィイーが、布団の中を確認する。

 

 そこには、精巧に作られたヘッドブリンガーが、まるで一緒に寝かされる子供のようにちょこんと収まっていた。

 

 ツィイーは懸命に起き上がろうとしたが、まだ身体が本調子ではなく、結局力なくベッドに沈み込んだ。

そのまま、うっすらと開いた瞳で布団の中のミニチュアを見つめる。

 

 助けを求めて視線を上げると621がうん、うん、と満足げに頷いている。

 

 完全に納得したわけではないが、突っ込んでもどうせ通じない気がしてきた。

 621は彼女の状態を確認すると、静かに車椅子を回し、医務室の出口へ向かう。

 

 ツィイーがゆっくりとそれを困惑した表情で見送った。

 

 621は医務室を出ると、小さく頷いた。

 

 20分の1スケールのヘッドブリンガーは、完璧だった。

 細部のディテール、塗装、可動域、どれをとっても申し分ない。

 

 自分のやるべきことは終えた。

 あとはツィイーがゆっくり回復するのを待つだけだ。

 

 621はゆっくりと車椅子を動かし、無機質な金属の廊下へ進もうとした。

 だが――。

 

 ――ズキッ。

 

「……ッ」

 

 突如、脳深部コーラルデバイスが焼け付くような疼きを発した。

 視界が歪む。

 紅い閃光が脳裏に迸り、静かな廊下にノイズのような感覚が広がる。  

 

「……っ……」

 

 車椅子の制御スティックを握る手に力が入る。

 周囲は何も変わらない。

 目の前の廊下は相変わらず無機質で、誰一人として異変を察知する者はいない。

 

 ――来て。

 

 視界に紅い閃光が瞬く。

 ただの幻覚ではない。

 脳深部コーラルデバイスが何かに干渉され、異常な信号を受信しているのを直感的に理解した。

 

 干渉元は?

 このウォッチポイント・デルタの中か、それとも――

 

 「……」

 

 621は無言のまま、車椅子の操作スティックを握りしめる。

 しかし、体が動かない。

 脳内に響く耳鳴りと、奇妙なざわめき。

 それらが、621の動きを阻害している。

 

 ――来て。

 

 まただ。

 どこからともなく聞こえる、“何者か”の声。

 言葉ではない、ただの波動のようなものが脳を貫く。

 

 621はフラつくように、車椅子を動かし始めた。

 

進む先は、ウォッチポイント・デルタの奥。

 通常のルートでは行けない、機密区画。

 

 「……」

 

 脳の疼きに導かれるように、無意識のまま進む。

 紅い閃光が、視界の端で点滅する。

 それは、まるで道標のように621を誘導していた。

 

 ――この先に、何がある?

 

 異常な感覚を覚えながらも、621は車椅子を押し続ける。

 無機質な金属の廊下を進み、通常の執行部隊の立ち入り区域を超え――

 

 ふと、周囲の雰囲気が変わる。

 

 冷たい人工灯の明かりが薄暗くなり、廊下の温度がわずかに下がったように感じる。

 規則的に並んでいた部屋や管制端末が、無造作に配置された機械群へと変わっていく。

 

 どこかで機械音が響いた。

 が、それも規則的なものではなく、何かが故障したような、断続的な音。  

 

 車椅子を押す手が一瞬止まる。

 視界の端で、また紅い閃光が瞬く。

 まるで誘導灯のように、それは進むべき方向を示していた。

 

 621は深く息を吐くと、再び動き出した。

 

 奥へ。さらに奥へ。

 

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