ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第32話 真紅

 ――ズキッ……!

 

 視界の端で紅い閃光がまた瞬く。

 点滅する光の残像が、まるで暗闇に浮かぶ誘導灯のように621を導いていた。

 

 気づけば、廊下は誰もいない。

 

 通常、ウォッチポイント・デルタの内部は封鎖機構のサブジェクト・ガードや技術者が常に巡回しているはずだった。

 特にこの奥の区画は、執行1級士長である621の権限では決して立ち入れない場所だ。

 それなのに――

 

 誰にも止められない。

 

 誰もいない。

 

 不自然だった。

 

 施設内の監視カメラがあるはずの天井を見上げる。

 無機質なレンズが621を捉えているはずだが、警報は鳴らない。

 

 執行部隊が立ち入ろうとすれば即座に制止されるはずの扉も、

 何の認証もなく開く。

 

「……」

 

 異常だ。

 何かが起こっている。

 それでも、進むことを止められない。

 

 ――ズキッ……!

 

 脳深部コーラルデバイスの疼きが強まる。

 体温が急激に上がり、内側から火照るような感覚が広がる。

 

 視界が滲む。

 紅い閃光がますます強くなる。

 そして、それはついに一つの”形”を成し始めた。

 

 ――奥へ。更に奥へ。

 

 621は、まるで吸い寄せられるように進み続ける。

 

 ウォッチポイント・デルタの構造を、621はある程度把握している。

 だが、今進んでいるこの道は、記録にない。

 

 床に埋め込まれた、コーラルの流動を示すかのような管状のライン。

 

 まるで、生きている機械の内部を歩いているかのようだ。

 

 耳鳴りがする。

 コーラルが蠢くような低いうねりが、頭の奥に響いていた。

 

 そして――

 

 621は、扉の前に辿り着いた。

 重厚な金属の扉、表面には決して立ち入ってはならない旨の警告文が幾つも書き連ねてある。

 

 脳が焼けるように疼いた。

 

 ――開けて。

 

 ――あなたを待っていました。

 

 ――レイヴン(・・・・)

 

 また”声”がする。

 

 621は無意識のうちに手を伸ばした。

 扉に指が触れる。

 

 扉が静かに開いた。

 

 そこにあったのは――広大な空間。

 

 かつて、ウォッチポイント・デルタがコーラルの流量を調査していた名残。

 だが、“アイビスの火”によってほぼ焼き尽くされたはずのコーラルが、ここにはまだ生きていた。

 

 紅い流れ。

 

 管の中をゆっくりと漂いながら、

 まるで息づくように脈動し、わずかに空間へ零れ落ちるコーラルの粒子。

 

 なぜ、ここに残っている?

 

 なぜ、この支流だけは焼き尽くされなかった?

 

 ここがただの”残存施設”ではないことを、621は改めて確信した。

 封鎖機構は、“これ”を隠している。

 ウォッチポイント・デルタが異様なほど厳重に防衛されていた理由が、今ここで理解できた。

 

 この場所は、ただの遺構ではない。

 今もなお、“コーラル”が息づく場所なのだ。

 

 そして――

 

 621は、ふと感じる。

 

 コーラルは、621を見ている。

 

 視界に紅い閃光が満ちた。

 脳深部コーラルデバイスが、強烈な信号を受信する。

 

 ――また、会えましたね。

 

 どこか優しげで、それでいて底知れない”何か”の声が脳内に響く。

 単なる音ではない。

 コーラルの波動が直接621の意識に干渉し、“語りかけて”いた。

 

 紅い光が脈動している。

 

 ゆっくりと流れ、わずかに空間へ零れ落ちる粒子。

 その一つひとつが、生きているかのように蠢いていた。

 

 何かが、呼んでいる。

 

 621は、自然と手を伸ばしていた。

 

 触れれば、すべてがわかる。

 ここにあるものが、なぜ残されているのか。

 なぜ、自分がここに導かれたのか。

 

 脳深部コーラルデバイスが、焼けるように疼いた。

 まるで、それが触れるべきものを求めているかのように――

 

 指先が、ゆっくりと紅い流れへと沈んでいく。

 

 そして、触れた瞬間。

 

 ――ゴォォォォォォォォォッ!!

 

 世界が、爆ぜた。

 

 衝撃が全身を襲う。

 

 瞬間、膨大なコーラルが、621の指先を媒介にして”噴出”した。

 

 紅い奔流。

 高密度のコーラルが抑えきれなくなったかのように、一気に解放される。

 

「……ッ!!」

 

 息が詰まる。

 肺が焼けるような感覚。

 視界は紅い光に埋め尽くされ、世界が崩壊するかのように揺らいでいた。

 

 まるで、“コーラルそのもの”に飲み込まれたような感覚。

 

 脳深部コーラルデバイスが、限界を超えた干渉を受けている。

 

 紅い波が、621を貫く。

 

 骨が震える。

 神経が焼き切れるような感覚。

 だが、それ以上に――

 

 “何か”が流れ込んでくる。

 

 情報の奔流。

 

 見たこともない戦場。

 自分ではない”誰か”の記憶。

 知らないはずの機体の感触、引き金を引く指の重さ。

 紅い空を裂く、灼熱の嵐。

 響き渡る、機械の咆哮。

 

 そして――

 

 “アイビスの火”。

 

 その中心にいた、“何か”。

 

 621の意識が、徐々に崩れていく。

 身体の輪郭が曖昧になり、“個”の認識が薄れていく。

 

 このままでは――

 

 コーラルの一部になる。

 

 紅い流れの中に、溶けていく。

 

「……ッ!」

 

 意識が、どこかへと落ちていく。

 

 だが――その瞬間、

 

 警告音が鳴り響いた。

 

 ――ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!!

 

 封鎖機構のセキュリティシステムが作動したのだ。

 

 瞬間、空間全体が揺れる。

 紅い奔流が一瞬だけ収束し、警報の甲高い音が響く。

 

 ――レイヴン、また、すぐに。

 

 何かが、621を手放した。

 

 視界が反転する。

 紅い世界が崩壊し、冷たい現実が戻ってくる。

 

 次の瞬間、621はコーラルの支流から弾き飛ばされ、廊下へと叩きつけられた。

 

 肺に溜まったコーラルが咳と共に吐き出される。

 紅い粒子が宙を舞い、皮膚の奥で”何か”が蠢いているのを感じる。

 

 大量のコーラルを、身体に取り込んでしまった。

 

 その事実が、621の脳裏に焼き付く。

 

 紅い閃光が、視界の端で微かに揺らめいた。

 

 621は、弾かれるように廊下へ飛び出した。

 背後の扉が、まるで”何もなかった”かのように無音で閉じる。

 だが、その奥にある”何か”は、まだ自分を呼んでいた。

 

 また、すぐに。

 

 耳の奥でこだまする、あの優しげな声。

 まるで母親が迷子の子供を呼ぶような、穏やかで、温かく、それでいて抗いがたい声

 

621は思考を振り払うように、車椅子のスティックを握りしめた。

 指がじんじんと痺れている。

 紅い光がまだ視界の端でちらつき、呼吸をするたびに肺がざらつく。

 

 車椅子のモーターが静かに唸る。

 ただの廊下が、やけに長く感じる。

 コーラルの残光が揺らめくたび、視界が滲む。

 

 自分の中に何かが入り込んでいる感覚。

 それは明らかに”異質”だった。

 

 でも、どうする?

 医務室で検査を受けたら、この異常はすぐに知られてしまう。

 そうなれば、自分は――

 

 考えるだけで、全身が震えた。

 

 封鎖機構は、コーラル被曝者をどうするか。

 

 記録がある。

 アイビスの火の際、過度なコーラル被曝者は”隔離”され、最終的に処理された、という噂がある。

 

621は、力強く息を吐いた。

 思考を巡らせる余裕はない。

 今は、とにかく”元に戻る”ことが最優先だ。

 

 ウォッチポイント・デルタの通路を進む。

 数分前まで、あれほど奥へと引き寄せられたはずなのに――今は、出口へ向かう道がやけに遠く感じる。

 

 薄暗い通路の先、医務室のドアが見えた。

 

 621は、安堵と焦燥の入り混じる感覚で、そっとドアを開いた。

 

 ピッ……ピッ……ピッ……

 

 機械的な電子音が、室内の静けさを支配していた。

 青白い照明の下、ツィイーはまだ眠っている。

 胸元のシーツが緩やかに上下し、規則正しい呼吸が聞こえる。

 

 ……何も変わっていない。

 

 それが、こんなにも安堵を誘うものだとは思わなかった。

 

 621は車椅子をゆっくりと進め、ツィイーのベッドの側まで来た。20分の1ヘッドブリンガーがツイィーと共に寝ている。

 

 先ほどまでの出来事が”悪い夢だった”とすら思えてくる。

 

 621は、無意識に息を吐いた。

 胸の奥に残るざらついた感覚を無理やり抑え込む。

 

 検査は受けない。

 コーラル被曝のことは、誰にも言わない。

 何もなかったように、過ごす。

 

 そうすれば、問題はないはずだ。

 

 621は、ふと自分の手のひらを見た。

 皮膚の上には何の異常もない。

 コーラルの粒子も、紅い光の痕跡も、何も残っていない。

 

 ……本当に、“あれ”はあったのか?

 

 コーラルの支流。

 紅い奔流。

 自分を”レイヴン”と呼ぶ声。

 

 あれは、ただの幻覚だったのか?

 

 ……いや、確かに自分はコーラルに触れた。

 

 大量のコーラルを取り込んだはずなのに、何の異常もない。

 警報が鳴っていたが、それ以降警備員が駆け付けたり何かしらの対応が行われると言うこともない。

 

 胸の奥に、得体の知れない恐怖がゆっくりと広がる。

 

 静寂が重くのしかかる。

 ツィイーの微かな寝息と、電子音が響く空間。

 何も変わらない病室の空気が、逆に621の不安を煽る。

 

 ――レイヴン、安心してください。

 

 声が、脳の奥で囁いた。

 

 621の全身が、氷のように凍りついた。

 

 頭の中に、また“あの声”が響いた。

 紅い光の幻影が、視界の隅にちらつく。

 

 ――怖がらなくていいんですよ、レイヴン。

 

 621の脳内に、再びあの優しげな声が響いた。

 

 まるで、幼子をあやすような、静かで穏やかな響き。

 懐かしさすら覚えるその声は、621を優しく包み込むように語りかける。

 

 ――あなたは無事です。

 

 621はごくりと喉を鳴らした。

 視界の隅で、微かに紅い光がちらつく。

 

 だが、先ほどのような強制的な干渉は感じない。

 むしろ、穏やかで、安堵すら覚えるような感覚だった。

 

 それでも、まだ不安は拭えない。

 コーラル被曝――本来なら、健康を害し、封鎖機構によって”処理”される運命。

 

 だが、この声はあくまでも優しく、安心させるように続ける。

 

 ――あなたの体には何の異常もありません。

 

 ――封鎖機構が検査したとしても、何も検出されることはないでしょう。

 

 優しい声は、まるで当たり前のことを告げるようだった。

 しかし、621にとっては、それがどこか”異質”な響きに感じられた。

 

 コーラルとは、ただの燃料資源のはずだった。

 だが、今こうして語りかけてくる”それ”は――まるで”意志”を持つ存在のようだった。

 

 ――私を信じてください、レイヴン。

 

 ――いいえ、すみません。レイヴンは傭兵として騙っていた名でしたね。

 

 ――621、私の名は『エア』

 

 ――お友達になりましょう?

 

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