ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第33話 被曝

 ――私は、エア。

 

 ――先程のコーラル被曝を利用し、貴方の脳深部コーラル管理デバイスに直接語りかけています。

 

 柔らかく、穏やかな声が621の意識に響く。

 

 名前――それは、まるで当然のように告げられた。

 深い水の中に落ちていくような感覚とともに、621の脳内に“エア”という存在が染み込んでいく。

 

 ツィイーの規則的な呼吸音、生命維持装置の電子音――それらが何も変わらず、そこにあった。

 

 だが、自分の意識の中には“何か”がいる。

 

 視界の端では相変わらず、紅い閃光が瞬いていた。

 

 ――私はコーラルの中で生まれた自我、Cパルス変異波形と呼ばれる精神体です。

 

 ――この世界線ではコーラル関連研究が進んでいるようですが、その本質までは普及していない様ですね。

 

 ――コーラルは命の一形態、そして私はその中に生まれた“意思”です

 

 621は息を呑んだ。

 

 コーラルに“意志”がある?

 それは、これまでのどんな研究報告にもなかった事実だ。

 

 だが、実際にエアはこうして語りかけている。

 

 脳深部コーラル管理デバイスを介して、621と交信し、会話をしている。

 

 そして、それだけではなかった。

 

 ――私が貴方とこうして出会うのは、実は初めてではありません。

 

 ――もちろん、“今の貴方”と出会うのはこれが初めてですが……

 

 言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

 

 ――この世界は同じ時間を何度も繰り返しています。

 

 ――レイヴン、621。貴方の選択により、世界は大きく結末を変えていきました。

 

 ――ループは観測出来ている範囲で4度目。観測は私にしか出来ていないようですが……

 

 それは荒唐無稽な話だった。

 もしそれが事実なら、なぜ誰も何も覚えていないのか。

 

 621が脳内で思考を行うと、エアは微かに笑うような気配を見せた。

 

 ――例えば……バルテウス。

 

 その名を聞いた瞬間、621の脳裏にバルテウスの姿が浮かぶ。

 戦場を蹂躙する特務機体。

 本来なら、無人機として遠距離制圧を主目的とする兵器。

 

 ――バルテウスの本来の主武装は多重帯状ミサイルのはずでした。

 

 ――貴方はいつのループでも近接戦闘を好む傾向にあった為、近接刃を生成可能なパルス兵器へと換装したのです。

 

 ――3度目のあなたが二本のブレードを手に、あらゆる敵を切り捨ててゆく光景がつい昨日のように思い起こせますよ、621。

 

 ――マルチプルパルスランチャーをチェンソーのように扱うのは予想外でしたが……後ほど最適化を施しておきます。

 

 バルテウスには“有人操縦機能”まで追加されていた。

 

 それは、封鎖機構の設計思想とは大きく異なる。

 バルテウスは完全な無人機であるはずだった。

 

 ――それも、私の方で手を回しておきました。システム解析や改竄には多少の心得がありますから。

 

 エアの声は、ただ淡々としていた。

 まるで、それが当たり前のことだと言うかのように。

 

 621の背筋に冷たいものが流れる。

 

 すべてが、奇妙な辻褄の合い方をしている。

 

 何故、このようなことが?

 

 ――それは、私にも分かりません。

 

 率直な答えだった。

 赤い閃光が申し訳なさそうにしゅん、と高度を下げる。

 

 ――私の経験したループは4度。4度ともループの起点は貴方がルビコン3に初めて訪れた日時。

 

 ――終点は4度とも異なったタイミングでした。ある時は、貴方がルビコンのコーラルを全て焼き払った時。

 

 ――ある時は、貴方が企業及び封鎖機構の勢力をルビコンから排し、この星を解放した時。

 

 ――そして、ある時は……貴方がコーラルをルビコンから解き放ち、全宇宙に行き渡らせた時に。

 

「……」

 

 621は、凍りついたように沈黙した。

 

 ルビコンのコーラルを全て焼き払った?

 企業と封鎖機構を駆逐してルビコンを解放した?

 コーラルを宇宙に放った?

 

 それはどれも、621にとっては「ありえない未来」のように思えた。

 しかし、エアの口調はあまりにも自然で、それが「既に起きたこと」なのだと語るには十分すぎるほだった。

 

 戦場に生きる者として、非情な選択をすることはあっただろう。

 しかし、それはあくまで傭兵として、任務の一環として。

 

 全てを焼き払い。

 全ての勢力を駆逐し。

 全宇宙へとコーラルを放出した。

 

「……」

 

 621は思わず、息を漏らす。

 

 もし、それが本当ならば、自分はループを繰り返すたびに、戦争の形を変えていたことになる。

 ルビコンの命運を左右し、時には世界すら変えていたことになる。

 

 それは、あまりにも恐ろしい話だった。

 

 ――ですが、今回のループでは過去3度のループとは決定的に異なる点があります。

 

「……?」

 

 エアは、少し考えるような間を置いて、静かに答えた。

 

 ――この世界線では、惑星封鎖が完遂しています。

 

 ――過去3度のループでのルビコン3を取り巻く状況は、今回よりもずっと混沌としたものでした。

 

 ――『アイビスの火』によって焼失したコーラル研究資料のサルベージは行われず、惑星封鎖は半ばで独立傭兵の一団によって崩壊……ルビコンは企業、解放戦線、封鎖機構の三つ巴となり過酷な戦乱の最中にありました。

 

 621は、腕を組んで考え込む。

 今までのループで一度も起きなかったという封鎖機構の"完全勝利"。

 621にとっては企業勢力の存在しないルビコンが正史であり、エアの話す三つ巴のルビコンというのは実感がわかない。

 

 しかし、企業勢力が莫大な戦力をもってルビコンを支配し、解放戦線はゲリラ戦を展開、封鎖機構はその両方と対峙しながらもルビコンの封鎖を維持し続ける――それが本来の、過去三度のループで共通していたルビコンの状況であるらしかった、

 

 ――申し訳ありません。一度に話過ぎてしまいましたね。

 

 ――すぐに信じられる話では、ありませんよね。

 

 ――久々に貴方と話せて、興奮してしまいました……

 

 621は、エアの存在がじわじわと自分に寄り添ってくるのを感じた。

 赤い閃光が視界の端にちらつく。

 動けばついてくる。

 止まればそっと佇む。

 

 ――レイヴ……621、どうかしましたか?

 

 エアの話が本当なら、彼女はこれまでのループをすべて見てきた存在だ。

 621自身よりも、遥かによく621を知っているのかもしれない。

 

 だが――それでも。

 「初対面の相手」にここまで懐かれるのは、621にとっては違和感が拭えなかった。

 我慢ができず、621は端末を叩く。

 

『離れて』

 

 エアの光が、一瞬だけふわりと揺らぐ。

 彼女がどう受け取ったのかは分からない。

 けれど、その場の空気が僅かに重くなるのを621は感じた。

 

 ――そ、んな。

 

 エアの声は、どこかしおらしく響いた。

 先ほどまでの自信に満ちた調子は薄れ、代わりにどこか寂しげな色が混ざる。

 

 ――私は、ただ貴方との再会が嬉しくて……

 

 ――ですが、迷惑であるなら……距離を……

 

 ――……ぐすっ

 

 彼女の光が、少し621から離れる。

 だが、それでも完全に消えることはなかった。

 まるで、“見捨てられること”だけは絶対に嫌だというように。

 

 エアの存在が敵意を持っていないことは621にも充分分かる。

 むしろ、彼女は心底621に好意的だ。

 それは疑いようがなかった。

 

 だが、それが却ってやりづらい。

 621は、他人から“特別扱い”されることに慣れていない。

 ましてや、「過去のループで何度も繋がっていた」と言われても、実感が湧かなかった。

 

 ――……えいっ

 

「……?」

 

 621の端末に、惑星封鎖機構から通知が届いた。

 

『当該パイロットの高い戦果と戦略的重要性を考慮し、特務准尉としての特例待遇を許可する』

『有人型バルテウスのカスタム仕様開発を承認し、個人適合型へと最適化を進める』

『試験段階であった有人運用の正式承認。搭乗者621の意向に沿った戦闘最適化を行う』

 

  621は思わず端末を見直した。

  どこかで見覚えのある“621の意向に沿った戦闘最適化”という文言。

 そして、そのタイミングで――

 

 ――如何でしょう。喜んで頂けましたか?

 

 エアは明るい調子で言った。

 

 明らかに異常な展開だった。

 これがエアの仕業であることは、明白だった。

 

『何故?』

 

 エアの赤い光が、ふわりと揺れる。

 次の瞬間、彼女はどこか誇らしげな声で言った。

 

 ――封鎖機構のシステムに一部干渉しました。

 

 ――機構全体の意思決定までは行えませんが、末端の人事権等はシステム中枢に感づかれずに干渉が可能です。

 

 まるで、自分の功績を褒めてもらいたいかのような口ぶりだった。

 それが、かえって621の背筋を凍らせた。

 

 惑星封鎖機構は全宇宙に影響を及ぼす巨大組織だ。

 そのシステムに末端とはいえ、外部から干渉するというのは、通常なら不可能――いや、考えただけで危険な行為だった

 

 ましてや、621は今や機構に所属している。

 機構にとって不穏分子と判断されれば、即座に排除対象になる。

 

『何故?』

 

 ――今回のループでは、特に調子がいいんです。

 

 ――封鎖機構へのハッキング、貴方を呼び寄せる為に脳深部コーラル管理デバイスへの干渉、全て今までのループよりもスムーズに事が進みました。

 

 ――褒めてくれて構いません、621。

 

 エアの声には、期待が満ちていた。

 

『何故?』

 

 621は端末を叩き、同じメッセージを表示する。

 

 ――621?褒めてくれても、構いません。

 

 ――貴方の大好きな戦闘機体ですよ?

 

『何故?』

 

 エアの光が、ほんの少し縮こまる。

 どうやら、621の反応が思ったものと違ったらしい。

 

 エアの光がふるふると震えた。

 赤く柔らかい輝きは、今や沈黙の圧力に押し潰されそうになっている。

 

 ――621……そんなに……怒ってるんですか?

 

 621は何も言わない。

 

 ただ、端末の画面に表示されたままの一文が、視界の中に確かな圧として在り続けている。

 

『何故?』

 

 その文字が、まるで音のように部屋の空気を満たしている。

 感情のない文章。しかし、逃れようのない問いだった。

 

 ――その……621に、喜んでほしかっただけで……

 

 ――過去のループでは、いつも貴方は1人で戦って……私はサポートしか出来なくて。

 

 ――3度目のループでようやく共に戦えましたが、それも最後の方だけで。

 

 紅い光が、さらに高度を下げた。

 今や621の膝の高さにも届かないほどになっている。

 

 返答はない。

 621は視線すら送らない。

 代わりに、端末の画面に新たな文が表示された。

 

『不要』

 

 ――……ご、ごめんなさい。

 

 ほんの小さな声だった。

 赤い光がすぅっと後退し、ベッドの影に隠れるように縮こまる。

 

 ツィイーの眠る部屋に、再び静寂が戻る。

 

 621はゆっくりと車椅子の背にもたれ、端末の画面を閉じた。

 その動きひとつにも、警告の意味が含まれていた。

 

 ――……621。

 

 ――わかりました。以後、無断干渉はいたしません。

 

 ――でも……それでも、貴方の支援は続けます。

 ――貴方が、どんなに私を拒んでも。

 

 微かな紅の光が、ベッドの端で揺れた。

 それはもう、621の正面に立つことはなかった。

 

 ――次からはこっそりしないといけませんね……

 

「……?」

 

 会話の最後、エアの呟きが621に聞こえる事はなかった。

 

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