ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第34話 検査

 ウォッチポイント・デルタの上空を、微かに震わせるような重低音が響いた。

 振動を感じる前に、621の端末が淡い光を放ち、封鎖機構からの通信通知が表示される。

 

『シャトル到着までT-300秒。特務准尉621は収容準備を行ってください』

『捕虜ツィイーはC-4区画より収容予定。監視装置、生命維持装備を標準化処理済み』

『特務機体バルテウス、再コンテナリング完了。機動搭載は完了済み』

 

 621は小さく頷き、椅子のブレーキを解除する。

 ベッドの端では、ツィイーがまだ浅い眠りに沈んでいた。安定した呼吸。生命維持装置は異常なし。

 だが――目を覚ませば、そこには「捕虜」としての現実が待っている。

 

 無言のまま、621は彼女のベッドを押し、医務室を出た。

 白い廊下を進む間も、ツィイーの眠る横顔は静かだった。

 

 格納区画に到着する頃には、天井の照明が切り替わり、青から白、そして着艦モードの赤に変わっていた。

 床に振動が伝わり、外気圧がゆるやかに調整されていく。外からの音は何もない、だが、迎えのシャトルは確実に来ている。

 

 重厚な扉が開くと、格納庫内には既に“ソレ”が待機していた。

 起動していないにもかかわらず、その巨体は格納区画の空気を圧迫している。

 搬送アームによって固定された帯状マルチプルパルスランチャー、ケーブルで繋がれた武装・推進ユニット。

 

 補給及び最適化が完了した、621の新たな搭乗機――特務機体バルテウス。

 

「特務准尉621。昇進、おめでとうございます」

 

 無線越しの整備班の声が、無機質に響く。

 621は応えない。ただ一歩ずつ、ツィイーのベッドを押して進んでいく。

 

 シャトルの着艦アームが格納庫の天井から降下する。

 滑らかに開いたランプが光を放ち、二人を招き入れる。

 そのすぐ横、コンテナに収められたバルテウスも――衛星軌道へ向かう準備を完了していた。

 

 エアの声は、しばらく聞こえなかった。

 だが、621がシャトルの床を踏みしめたとき、ふと、紅い光がそっと灯る。

 

 ――……621。大気圏を抜ける頃には、少し揺れると思います。

 

 ――ツィイーが起きたら、少しだけ優しくしてあげてください。彼女、たぶん怖がりますから。

 

 ――それと……その……次の任務も、頑張りましょうね。

 

 621は何も返さなかった。

 ただ、淡々と車椅子を固定する。

 

 シャトルのハッチが閉じる。

 格納庫が静寂に包まれ、抑圧された空気が抜けるように沈んだ。

 

 数秒後、シャトルのスラスターが点火される。

 621とツィイー、そしてバルテウスを乗せ、機体は重力圏を離れた。

 

 

 

 

 

 惑星封鎖機構、衛星軌道基地――

 

 完全に隔絶されたこの人工要塞では、空気の一つ一つまで管理され、すべての動作が記録される。

 軍事規則に従い、621はシャトルから降ろされると同時に、厳格な健康審査が行われた。

 惑星封鎖機構ではコーラル関連の接触が予想される任務帰還者に対しては、特別検査プロトコルが適用される。

 

 今、621はそのプロトコルの中枢――バイオメトリック検査区画にいた。

 

 冷却気が霧のように床を這う診察室。

 無菌処理された床には、621の車椅子のタイヤ痕すら残らない。

 天井に設置されたセンサーユニットが無音で動き、621の頭部、胸部、四肢を繰り返しスキャンしていた。

 

「ふむ、1級士長……失礼、准尉。数値はすべて良好です。拒絶反応も見られませんし、汚染物質の反応もゼロです」

 

 白衣の医務官が、記録端末に視線を落としながら言った。

 機械のように正確な口調。その言葉には、皮肉も含意も一切なかった。

 

 621は無言のまま、目だけを向ける。

 

『コーラル反応の有無は』

 

 端末に入力したその問いが、診察用パネルに浮かび上がる。

 医務官は一瞬だけ眉をひそめたが、それもすぐに平静へと戻る。

 

「……そのようなデータはありませんが?本日までの定期検査ログにも異常なし。あなたは完全な“クリア”です。もし、脳深部コーラル管理デバイスの影響を危惧しておられるのでしたら、コーラルを用いない、最新の第10世代強化人間化手術をお勧めいたします」

 

『不要』

 

 スクリーンに映し出された脳波図。

 肺の断面、骨髄の密度、皮下組織の電磁応答――いずれも、正常値の範囲に収まっている。

 

 ――あなたの体には、何の異常もありません。

 

 エアの声が、静かに脳内に響いた。

 

 ――封鎖機構が検査したとしても、何も検出されることはないでしょう

 

 ――……私が、そうしておきましたから。

 

 621はわずかに眉を寄せた。

 あの爆発的な被曝を思い出す。紅い奔流に呑まれ、焼かれ、何かを“注がれた”感覚。

 本来であれば――命に関わるほどの汚染だったはずだった。

 

 医務官が首を傾げる。

 

「繰り返しますが、コーラル被曝の記録は一切……」

 

 ――安心してください。私の干渉は、彼らの知覚外です。

 

 ――“無害な状態”として処理されるよう、システムに書き換えを行いました。

 

 ――これで心配せずに任務に戻れますね、621。

 

 まるで誇らしげに告げるエアの声が、脳内に響く。

 その言葉の裏に、どこか「ね、褒めてほしい」という気配が滲んでいるのを、621は無視した。

 

「検査完了です。各数値、記録送信済み。特務准尉621、復帰はいつでも可能です。ただ、強いて言うなら体脂肪率や基礎代謝が著しく低いですね、PFCバランスを意識した食事を心がけてください」

 

 スキャン機材が音もなく格納される。診察室の照明が常温色に切り替わり、扉が静かに開いた。

 

 医務官の苦言を無視して進んだ廊下の先には、封鎖機構の戦術課士官が待機している。

 制服のまま敬礼し、機械的な声音で言った。

 

「特務准尉621。捕虜ツィイーの収容および保護手続きが完了しました。機体《バルテウス》の格納および再調整も進行中です。以後の作戦指令は、戦術司令部より送信されます」

 

 621は小さく頷き、端末に応答信号を送る。

 

『捕虜ツィイーに面会を申請』

 

「受理しました。準備を致します」

 

 その報告を最後に、士官は一礼し、去っていった。

 621はゆっくりと車椅子のスティックを倒し、開かれた通路へと進み出す。

 

 その背後で、紅い閃光がこっそりと尾を引いていた。

 音もなく、影のように――けれど確かに、すぐ傍に。

 

 ――解放戦線と深く関わっている点も、今までのループとは明確に異なっていますね。

 

 ――以前の貴方は何度かリトル・ツィイーを殺害しています。

 

 ――仲良くなれるといいですね。

 

 その瞬間、621の指が端末を強く叩いた。

 ディスプレイに何の命令も表示されないまま、かすかに軋む音だけが空間を打つ。

 

 車椅子の動きが止まる。

 医務室の無菌灯が背後に遠ざかっていく白い廊下の途中で、621は振り返ることなく、静かに空を睨んだ。

 

 ――あっ……。

 

 エアの紅い光が、ばつの悪そうにふわりと揺れる。

 語尾が掠れていた。

 

 ――そ、その……悪気はなくて、ですね……過去の事実を、共有しただけで……

 

 621は黙ったまま、手元の端末に文字を表示する。

 

『不要』

 

 その冷徹な二文字は、廊下に充満していた空気を凍らせた。

 エアの光がビクリと震え、小さく高度を下げる。

 

 ――……はい。すみません。

 

 微かに濁ったような、いつもと違う声色が返ってくる。

 それでも、紅い閃光は消えなかった。まるで罰を受けるように、621の後方を一定の距離を保って追い続ける。

 

 再び、静寂。

 基地内に響くのは車椅子のモーター音と、警備ドローンが巡回する微かな低周波だけだ。

 

『……』

 

 警備層を幾つか通過した先にある“対話室”には、既に準備が整えられていた。

 

 室内は四方を金属の遮蔽板で囲まれ、中央に1組の椅子とベッドが配置されている。

 モニター越しに監視を行う士官の存在も、621には気配で分かっていた。

 

 ツィイーは、まだ目を覚ましていない。

 顔色は悪くない。呼吸も安定している。

 

 だが、その額には簡易式の監視デバイスが貼り付けられ、手首と足首には磁気拘束装置が装着されていた。

 

『……』

 

 621は何も言わず、端末に一文を表示する。

 

『拘束解除』

 

 ――……あ、私へのお願いですね!

 

 ――お任せください、621!

 

 エアから通信信号が即座に送信され、十秒ほどの間の後、上部から制御音が聞こえた。

 パチリ、と音を立てて磁気ロックが解除され、拘束具が順次外れていく。

 

 ツィイーは微かに体を動かす。

 眠りの浅い層から、意識が浮上しかけているようだった。

 

 エアが囁く。

 

 ――621、監視映像の差し替えも完了しています。

 

 ――安心してください。

 

 621は答えない。

 ただ車椅子のブレーキを静かにかけ、ツィイーの傍に止まると、端末に一言だけ表示する。

 

 『ありがとう』

 

 ――……!はい!

 

 ツィイーが、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 青白い照明に瞳が慣れるまで、数秒。

 621の目の前で、ツィイーの表情がわずかにほころぶ

 

 ツィイーは、しばらく瞬きを繰り返しながら視線を彷徨わせ、ようやく周囲の状況を把握する。

 

「ここは……封鎖機構?前の施設とは、別の場所なのかな」

 

 小さな声だった。

 彼女は身を起こそうとして、ふと手首に感じた圧迫感が消えていることに気づく。拘束は外れていた。

 

「私は、捕まっちゃったんだよね……?本当は、敵同士だもんね」

 

 静かな問いかけ。

 621はしばし無言のまま、目を閉じるように視線を落とした。

 

 そして、数秒後。

 端末のディスプレイに、文章を表示させる。

 

『ともだち』

 

「621ちゃん……」

 

 ツィイーの瞳がわずかに揺れた。

 確かな意識の中で、戸惑いと――感謝の色が滲んでいた。

 

「……ありがとう。私、あの時、もうだめかと思ってた。あんな偽の部隊が潜んでるなんて……私、621ちゃんを巻き込んじゃったのに……」

 

 彼女は両腕を見下ろす。細かな包帯の巻かれた手。

 過去数日の記憶が、痛みと共に断続的に蘇っているのだろう。

 

「それなのに……助けてくれたのは、あなたで。本当は私が、あなたを助けたかったのに……逆になっちゃったね」

 

 621はゆっくりと首を横に振った。

 端末のディスプレイに文字を打ち込む。

 

『構わない』

 

 ツィイーは小さく微笑んだ。

 その笑顔には、戦士としての誇りではなく、一人の少女としての素直な想いが宿っていた。

 

「621ちゃん……ありがとう」

 

 621は目を伏せ、ほんの僅かに頷いた。

 そして、端末に一文を入力する。

 

『少し、お願いがある』

 

 ツィイーが首をかしげると、621は無言で傍のテーブルに置かれた磁気拘束具を手に取った。

 今では既に無効化され、ただの“装飾”と化した拘束具――

 

『形だけ、付けておいて』

 

「……うん。わかった」

 

 ツィイーは拒まなかった。

 それが彼女なりの理解であり、恩に報いる方法であることを、二人は言葉なく共有していた。

 彼女は自らの手足に拘束具を軽く装着し、位置を整える。

 

 621は、わずかに満足げに目を細めると、そっと車椅子を回した。

 その動きには、次の戦場へ向かう者の静かな決意が滲んでいる。

 

 だが、出口へ向かうその途中――

 彼女はふと立ち止まり、大きなフィギュアをツィイーの枕元に立たせた。

 

 ツィイーの目が見開かれる。

 

「……うわっ、ヘッドブリンガー……」

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