ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
衛星軌道基地・特務准尉621専用居室――
隔音処理された室内には、無機質な空調音だけが低く流れている。
相変わらず無機質で、必要最低限な生活用品以外の一切が存在しない牢獄のような部屋。
621は静かに椅子へ腰を下ろすと、端末の通信インターフェースを起動する。数秒の静寂ののち、やがて懐かしい声が応答した。
『621……!ようやく通信が繋がったな』
『無事なようで何よりだ。お前の活躍は把握していたが、補給基地で消息が分からなくなったのは肝を冷やした』
それは、ウォルターの声だった。 くぐもった低音と、どこか疲れたような落ち着き。 けれど、彼の言葉にはいつも微かな温もりがあった。
621の表情は変わらない。だが、その瞳にだけ、ほんのわずかに光が戻る。
『任務完了』
『確認済みだ。よくやった……』
ウォルターの声には、誇らしさと安堵が滲んでいる。
今や封鎖機構の内部に組み込まれた621にとって、ウォルターとの通信は数少ない心休まる時間だった。
『お前が遭遇したと言う独立傭兵、スッラだが……あれは俺の過去の因縁だ、巻き込んでしまってすまない。目的までは把握していないが、まさかルビコンに潜入していたとはな』
『問題なし』
『そうか。ルビコンは今、解放戦線の勢力図拡大もあり混沌としている、休める時に休んでおけ』
ウォルターが静かに言った。
――……ふん。
通信の背後で、別の“声”がノイズのように入り込む。
紅い光が、端末のディスプレイに滲むように浮かび上がった。
――またハンドラー・ウォルターですか、621。
――彼は私の同胞を焼こうとしていたので、嫌いです。
エアだ。
声のトーンはあくまで静かだが、微かに不機嫌さが滲んでいた。
621は何も言わない。 ただ、通信の音量をわずかに上げる。 ウォルターの声が、室内に少しだけはっきりと響いた。
『……本当はもっと言いたいこともあるが、監視も多いだろう。だが、もし何かあったら……またいつでも連絡をくれ』
『また』
『……ああ。またな、621』
通信が途切れ、端末の光が静かに消える。
621はしばらく動かずにいた。背もたれに身体を預け、沈黙の中で深く呼吸を一つだけ落とす。感情の表層は変わらない。それでも、わずかに緊張が緩んだ気配は、部屋の空気に染み出ていた。
『彼はどのループでも説明不足でした。今回も、きっと貴方に明かしていない目的がある事でしょう』
紅い光が、ディスプレイの脇でくるくると円を描くように動く。やや拗ねたような声色で、エアが吐き捨てる。
621はその言葉に答えなかった。ただ、無言で通信端末を閉じる。
――……621?どうかしましたか?
――……むぅ。
エアの光が、しゅんとしぼむように縮んだ。
返す言葉もなく、彼女は距離を取って沈黙する。
621は室内のドアを無言で開き、車椅子を操作して廊下に出る。
冷たい金属の空気が、先ほどまでのやわらかな沈黙を吹き飛ばすように頬を打った。
歩みの先、目指すのは――格納庫。
621の認証が通り、自動ドアが開く。真空遮断扉の奥には、巨大な整備スペースが広がっていた。高天井の空間には、鋼鉄の骨格を思わせる支持フレームが幾重にも交差し、無数の補助アームが整備ドローンを吊るしている。
その中心――特務機体バルテウス。
帯状のマルチプルパルスランチャー、背部武装・推進ユニット。再設計された有人運用機構を備えた巨躯は、まさに兵器として完成された“猛獣”だった。
621はその姿を見つめながら、淡々と歩みを進める。整備端末にログインしようとした、そのとき――
「よう、相棒」
その声に、621は端末への入力を止めた。
静かに顔を上げると、バルテウスの武装・推進ユニットの上――補修用プラットフォームに、ひとりの男が腰かけていた。整備用の作業服の裾は乱れ、工具ケースが片足の横に無造作に置かれている。
エリオットだった。
彼は621を見るなり、笑うでもなく、睨むでもなく、ただ静かな目で見下ろしてきた。
「……やっと戻ってきたかと思ったら、ずいぶんと人に無関心じゃないか」
その言葉に、621は一切表情を変えず、ただ端末を一時ロックして脇に下ろす。
それは、“聞く意思がある”という無言の返答だった。
エリオットは小さく息を吐き、立ち上がると、重力ブーツでプラットフォームから軽やかに降り立った。
「まず……あの時、補給基地での戦いで砲撃から庇ってくれた事だが……ありがとう」
エリオットは申し訳なさそうに視線を落とし、頭を下げた。
しばらく頭を下げたまま、言葉を続ける。
「だがな――」
彼は拳を握り、静かに地面を見ていた。
「そのあと、お前が行方不明になったって聞いたとき、俺がどんな気分だったか、想像してみろよ」
沈黙。
「あの後、撤退した次の日にはすぐに反抗作戦が実施された。大した抵抗もなく補給基地は奪還出来たよ。でもな、お前の機体がボロボロの状態で見つかって……血痕と、お前の装備品だけが残されてた。死んだんじゃないかって、みんなが言っていた」
彼は拳を握り、静かに地面を見た。
「――で、無事に帰ってきたかと思ったら、音沙汰一つなし。連絡も、顔も出さない。俺が誰よりも心配してたってのに、まるで他人事みたいに沈黙して……それは、ないだろ、621」
数秒の間、格納庫の空気は沈黙に包まれた。
整備ドローンの駆動音だけが、無機質に天井を這っている。
621は、端末を開くと、静かに文字を打ち込んだ。
『ごめんなさい』
「おま――はぁ」
短い――けれど、それは彼女にとって、最大限の誠意だった。
エリオットはその文字を見ると、ゆっくりと肩の力を抜いた。
軽く髪をかき上げるようにして、顔をそらす。
エリオットは一度深く息を吐いた。
冷たい格納庫の空気が、熱をもった感情を少しだけ和らげてくれる。
「なあ、621」
振り返ったその声は、さきほどまでの怒りとは違っていた。どこか――静かで、探るような色を帯びていた。
「……なぜ、あの時、俺を庇った?」
強化人間C4ー621は完成された戦闘機械だ。
彼女は本来、情動で動くようなタイプではない。
任務中の判断としても不自然だった。命令もなければ、交換価値もない。
だからこそ、聞きたかった。
621は、その言葉を受けて微動だにしなかった。
端末にも、指は伸びない。
ただ、視線だけがわずかに揺れる。
思考が止まったわけではない。
ただ、答えが――存在しなかった。
無意識だった。
気づけば、体が勝手に動いていた。
爆風が迫るその瞬間、手元の照準デバイスは脱出ルートではなく、横に立っていたエリオットを捕捉していた。
気づけば盾となり、代わりに吹き飛ばされていた。
――なぜ?
何度反芻しても、理由らしいものは浮かばない。
ただ、あの瞬間だけは、なにか本能的に「それ以外の選択肢」が存在しなかっただけだった。
だが、それは言葉にはできなかった。
621の端末は、依然として沈黙を保っていた。
「……おい」
エリオットの声に苛立ちはない。けれど、感情の渦が抑えきれず、少しだけ硬さを帯びる。
返事はなかった。
621はただ、じっと視線を落としたまま。
言葉を探そうとする仕草すらない。
まるで、その問いに“立ち尽くす”しか方法がないかのように。
「俺はお前が無感情な戦闘機械だと思って接していた。色々とちょっかいはかけてたが、相手される事はないと割り切っていた……」
エリオットもまた、何か思い詰めた様な表情で立ち尽くす。
「もし、お前が、隠しているだけで……本当は、感情のある人間だって言うなら」
エリオットは言葉を切り、しばし唇を噛んだ。
整備ドローンの低音が格納庫を満たすなか、その沈黙はやけに重く響いた。
「……だったら、いまのうちにルビコンを出て行け」
それは、思いがけない言葉だった。
621の視線がようやく動く。
まっすぐ、エリオットの瞳を見据えた。
それは問いでも、抗議でもない。ただ無言の、静かな問いかけ。
なぜ――と。
エリオットは、ゆっくりと息を吐いた。
「理由は……今は、言えない」
声は静かだったが、揺るぎなかった。
「俺が言いたいのは、それだけだ。お前がもし、戦場以外に生きる場所があると言うなら、そこで生きて欲しいと思っている」
彼の目には、迷いと決意が同時に宿っていた。
「助けてくれた理由がなんだろうと構わない。だけど、俺は……お前を“戦友”だと思ってる。だから、ここで死んでほしくない」
言葉に込められたその“戦友”という一語は、ただの軍事用語ではなかった。
ともに戦場に立ち、命を預け、背中を預けた者。
信頼の象徴であり、喪失の記憶でもある。
「……今まで、たくさんの“戦友”を失ってきた。仲間を、同胞を……そういうの、もう見たくねぇんだよ」
苦しげに吐き出された本音に、621は言葉を持たなかった。
「近々戦況が大きく動くだろう……逃げるつもりがないなら、覚悟しておく必要がある」
彼の視線は、硬く握られた拳の先に落ちていた。
「自分の背景を確立しておけ、戦友。理由なき強さほど、危ういものはないぞ」