ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第35話 戦友

 衛星軌道基地・特務准尉621専用居室――

 

 隔音処理された室内には、無機質な空調音だけが低く流れている。

 相変わらず無機質で、必要最低限な生活用品以外の一切が存在しない牢獄のような部屋。

 

 621は静かに椅子へ腰を下ろすと、端末の通信インターフェースを起動する。数秒の静寂ののち、やがて懐かしい声が応答した。

 

『621……!ようやく通信が繋がったな』

 

『無事なようで何よりだ。お前の活躍は把握していたが、補給基地で消息が分からなくなったのは肝を冷やした』

 

 それは、ウォルターの声だった。 くぐもった低音と、どこか疲れたような落ち着き。 けれど、彼の言葉にはいつも微かな温もりがあった。

 

 621の表情は変わらない。だが、その瞳にだけ、ほんのわずかに光が戻る。

 

『任務完了』

 

『確認済みだ。よくやった……』

 

 ウォルターの声には、誇らしさと安堵が滲んでいる。

 

 今や封鎖機構の内部に組み込まれた621にとって、ウォルターとの通信は数少ない心休まる時間だった。

 

『お前が遭遇したと言う独立傭兵、スッラだが……あれは俺の過去の因縁だ、巻き込んでしまってすまない。目的までは把握していないが、まさかルビコンに潜入していたとはな』

 

『問題なし』

 

『そうか。ルビコンは今、解放戦線の勢力図拡大もあり混沌としている、休める時に休んでおけ』

 

 ウォルターが静かに言った。

 

 ――……ふん。

 

 通信の背後で、別の“声”がノイズのように入り込む。

 紅い光が、端末のディスプレイに滲むように浮かび上がった。

 

 ――またハンドラー・ウォルターですか、621。

 

 ――彼は私の同胞を焼こうとしていたので、嫌いです。

 

 エアだ。

 声のトーンはあくまで静かだが、微かに不機嫌さが滲んでいた。

 

 621は何も言わない。 ただ、通信の音量をわずかに上げる。 ウォルターの声が、室内に少しだけはっきりと響いた。

 

『……本当はもっと言いたいこともあるが、監視も多いだろう。だが、もし何かあったら……またいつでも連絡をくれ』

 

『また』

 

『……ああ。またな、621』

 

 通信が途切れ、端末の光が静かに消える。

 

 621はしばらく動かずにいた。背もたれに身体を預け、沈黙の中で深く呼吸を一つだけ落とす。感情の表層は変わらない。それでも、わずかに緊張が緩んだ気配は、部屋の空気に染み出ていた。

 

『彼はどのループでも説明不足でした。今回も、きっと貴方に明かしていない目的がある事でしょう』

 

 紅い光が、ディスプレイの脇でくるくると円を描くように動く。やや拗ねたような声色で、エアが吐き捨てる。

 

 621はその言葉に答えなかった。ただ、無言で通信端末を閉じる。

 

 ――……621?どうかしましたか?

 

 ――……むぅ。

 

 エアの光が、しゅんとしぼむように縮んだ。  

 返す言葉もなく、彼女は距離を取って沈黙する。

 

 621は室内のドアを無言で開き、車椅子を操作して廊下に出る。  

 冷たい金属の空気が、先ほどまでのやわらかな沈黙を吹き飛ばすように頬を打った。

 

 歩みの先、目指すのは――格納庫。

 

 621の認証が通り、自動ドアが開く。真空遮断扉の奥には、巨大な整備スペースが広がっていた。高天井の空間には、鋼鉄の骨格を思わせる支持フレームが幾重にも交差し、無数の補助アームが整備ドローンを吊るしている。

 

 その中心――特務機体バルテウス。

 

 帯状のマルチプルパルスランチャー、背部武装・推進ユニット。再設計された有人運用機構を備えた巨躯は、まさに兵器として完成された“猛獣”だった。

 

 621はその姿を見つめながら、淡々と歩みを進める。整備端末にログインしようとした、そのとき――

 

「よう、相棒」

 

 その声に、621は端末への入力を止めた。

 静かに顔を上げると、バルテウスの武装・推進ユニットの上――補修用プラットフォームに、ひとりの男が腰かけていた。整備用の作業服の裾は乱れ、工具ケースが片足の横に無造作に置かれている。

 

 エリオットだった。

 

 彼は621を見るなり、笑うでもなく、睨むでもなく、ただ静かな目で見下ろしてきた。

 

「……やっと戻ってきたかと思ったら、ずいぶんと人に無関心じゃないか」

 

 その言葉に、621は一切表情を変えず、ただ端末を一時ロックして脇に下ろす。

 それは、“聞く意思がある”という無言の返答だった。

 

 エリオットは小さく息を吐き、立ち上がると、重力ブーツでプラットフォームから軽やかに降り立った。

 

「まず……あの時、補給基地での戦いで砲撃から庇ってくれた事だが……ありがとう」

 

 エリオットは申し訳なさそうに視線を落とし、頭を下げた。

 しばらく頭を下げたまま、言葉を続ける。

 

「だがな――」

 

 彼は拳を握り、静かに地面を見ていた。

 

「そのあと、お前が行方不明になったって聞いたとき、俺がどんな気分だったか、想像してみろよ」

 

 沈黙。

 

「あの後、撤退した次の日にはすぐに反抗作戦が実施された。大した抵抗もなく補給基地は奪還出来たよ。でもな、お前の機体がボロボロの状態で見つかって……血痕と、お前の装備品だけが残されてた。死んだんじゃないかって、みんなが言っていた」

 

 彼は拳を握り、静かに地面を見た。

 

「――で、無事に帰ってきたかと思ったら、音沙汰一つなし。連絡も、顔も出さない。俺が誰よりも心配してたってのに、まるで他人事みたいに沈黙して……それは、ないだろ、621」

 

 数秒の間、格納庫の空気は沈黙に包まれた。

 整備ドローンの駆動音だけが、無機質に天井を這っている。

 

 621は、端末を開くと、静かに文字を打ち込んだ。

 

『ごめんなさい』

 

「おま――はぁ」

 

 短い――けれど、それは彼女にとって、最大限の誠意だった。

 

 エリオットはその文字を見ると、ゆっくりと肩の力を抜いた。

 軽く髪をかき上げるようにして、顔をそらす。

 

 エリオットは一度深く息を吐いた。

 冷たい格納庫の空気が、熱をもった感情を少しだけ和らげてくれる。

 

「なあ、621」

 

 振り返ったその声は、さきほどまでの怒りとは違っていた。どこか――静かで、探るような色を帯びていた。

 

「……なぜ、あの時、俺を庇った?」

 

 強化人間C4ー621は完成された戦闘機械だ。

 彼女は本来、情動で動くようなタイプではない。

 

 任務中の判断としても不自然だった。命令もなければ、交換価値もない。

 

 だからこそ、聞きたかった。

 

 621は、その言葉を受けて微動だにしなかった。

 

 端末にも、指は伸びない。

 ただ、視線だけがわずかに揺れる。

 

 思考が止まったわけではない。

 ただ、答えが――存在しなかった。

 

 無意識だった。

 気づけば、体が勝手に動いていた。

 

 爆風が迫るその瞬間、手元の照準デバイスは脱出ルートではなく、横に立っていたエリオットを捕捉していた。

 

 気づけば盾となり、代わりに吹き飛ばされていた。

 

 ――なぜ?

 

 何度反芻しても、理由らしいものは浮かばない。

 ただ、あの瞬間だけは、なにか本能的に「それ以外の選択肢」が存在しなかっただけだった。

 

 だが、それは言葉にはできなかった。

 

 621の端末は、依然として沈黙を保っていた。

 

「……おい」

 

 エリオットの声に苛立ちはない。けれど、感情の渦が抑えきれず、少しだけ硬さを帯びる。

 

 返事はなかった。

 

 621はただ、じっと視線を落としたまま。

 言葉を探そうとする仕草すらない。

 まるで、その問いに“立ち尽くす”しか方法がないかのように。

 

「俺はお前が無感情な戦闘機械だと思って接していた。色々とちょっかいはかけてたが、相手される事はないと割り切っていた……」

 

 エリオットもまた、何か思い詰めた様な表情で立ち尽くす。

 

「もし、お前が、隠しているだけで……本当は、感情のある人間だって言うなら」

 

 エリオットは言葉を切り、しばし唇を噛んだ。

 整備ドローンの低音が格納庫を満たすなか、その沈黙はやけに重く響いた。

 

「……だったら、いまのうちにルビコンを出て行け」

 

 それは、思いがけない言葉だった。

 

 621の視線がようやく動く。

 まっすぐ、エリオットの瞳を見据えた。

 それは問いでも、抗議でもない。ただ無言の、静かな問いかけ。

 

 なぜ――と。

 

 エリオットは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「理由は……今は、言えない」

 

 声は静かだったが、揺るぎなかった。

 

「俺が言いたいのは、それだけだ。お前がもし、戦場以外に生きる場所があると言うなら、そこで生きて欲しいと思っている」

 

 彼の目には、迷いと決意が同時に宿っていた。

 

「助けてくれた理由がなんだろうと構わない。だけど、俺は……お前を“戦友”だと思ってる。だから、ここで死んでほしくない」

 

 言葉に込められたその“戦友”という一語は、ただの軍事用語ではなかった。

 

 ともに戦場に立ち、命を預け、背中を預けた者。

 信頼の象徴であり、喪失の記憶でもある。

 

「……今まで、たくさんの“戦友”を失ってきた。仲間を、同胞を……そういうの、もう見たくねぇんだよ」

 

 苦しげに吐き出された本音に、621は言葉を持たなかった。

 

「近々戦況が大きく動くだろう……逃げるつもりがないなら、覚悟しておく必要がある」

 

 彼の視線は、硬く握られた拳の先に落ちていた。

 

「自分の背景を確立しておけ、戦友。理由なき強さほど、危ういものはないぞ」

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