ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
惑星封鎖機構衛星軌道基地、機体格納庫内。
整備作業用の灯光が、静寂の中で淡く揺れていた。
高天井に吊るされたアーム群は停止状態。整備員も監視ドローンも撤収済み。
ここは、今やただ一人の整備空間だった。
特務准尉C4-621。
彼女は無言のまま、バルテウスの武装・推進ユニットを見つめていた。
帯状のマルチプルパルスランチャーは、まるで肉を削ぐ刃のように冷たく沈黙している。
機体格納庫内の床が、カン、と硬い音を立てて鳴った。
それは、621が運び込んだ多段式キャリーボックスの脚が、床面にぶつかった音だった。
中身は――封鎖機構の規格を逸脱する異様な数のパルス兵器。
その全てが、タキガワハーモニクス製パルスブレード、BU-TT/Aだった。
数えて二十本以上。いや、もっとあるかもしれない。
「……」
――621、タキザワハーモニクスから連絡がありました。日頃のご愛顧への感謝と、お得な特典のお報せです。
――今ならBU-TT/Aを10本お買い上げにつき、1本追加でプレゼント!……との事でした。追加で二本届くそうなので承知しておいてください。
621は取り付けポイントを整備端末に入力しながら、鼻息荒く――とはいかないまでも、明確な“熱”を帯びた動作で動いていた。
621は澱みない動作で山積みのパルスブレードを、全て整備端末に登録していく。
彼女はバルテウスに“可能な限り全部”つけるつもりらしい。
端末に浮かび上がった、異様なシルエットのバルテウス――
それはもはや「近接型」という域を超え、ただの“武装満載の斬撃兵器”でしかなかった。
それを見た621がニヤリ……と笑う。
「待ちな621!待つんだよ!」
不意に響いた声に、621は手を止めた。振り返ると、整備主任の制服を身に纏った女性が、険しい表情でこちらに歩み寄ってくる。
「あんたが特務准尉C4-621だね。私はカーラ、この基地の技術主任を任されてる。ウォルターから話は聞いてるよ、とんだじゃじゃ馬だってね」
彼女は主任という肩書きに見合わない若々しい顔を険しくし、621を睨みつけた。
「で、その大量のパルスブレード、一体どうするつもりなんだい?」
621は無言で端末の画面を示した。そこには、バルテウスの全武装をパルスブレードに換装する計画図が表示されている。
カーラは目を見開き、そして深いため息をついた。
「……あんた正気かい?こんな改造、機体バランスもエネルギー効率も無視しているじゃないか。第一、こんなに大量のパルスブレードを同時に使うなんて、制御しきれるはずがない」
621は無表情のまま、再び端末に向き直り、作業を続けようとする。
「待ちなって!無視して作業するやつがあるか!」
カーラは621の腕を掴み、その動きを制した。
621の腕の余りの細さに、カーラは一瞬表情を曇らせる。
「こんな無茶、通すと思ってんのかい?」
カーラの声が格納庫に鋭く響いた。だがその声音には、怒りというよりも――焦りと、心配が混じっていた。
621は静かに腕を引いて、カーラの手を外す。抵抗はしない。だが、再び端末に指を伸ばすこともしなかった。
カーラは腰に手を当て、深くため息をつく。
「特務機体の主武装を全撤去して、全部パルスブレードに?冗談じゃない。封鎖機構の監査に引っ掛かったら全部撤去だよ、こんなの」
621は、それでも一言も発さない。ただ、じっと端末に映る奇怪な設計図面を見つめている。
「……でもまあ、わかるよ。あんた、近接戦が得意なんだろう?遠距離からちまちま撃つより、踏み込んで叩き斬る方が性に合う」
その言葉に、621のまぶたがわずかに動いた。
「だったら、落としどころを探そうじゃないか。こういうのは暴走より“折衷案”ってやつが大事なんだよ。いいね?」
カーラは端末を操作し、バルテウスの武装ポイントをいくつか指定する。
「メインのマルチプルパルスランチャーは残す。代わりに、パルスランチャーの出力ラインを並列接続して、全放電時に形成される刃を運用する――そう、極大サイズのパルスブレードだね」
表示された改造案。マルチプルパルスランチャーの砲身が、一定時間だけパルス刃を展開するよう変形する――いわば、「斬るための砲撃モジュール」として転用する構想だった。
「加えて、あんたが好き勝手に弄った“チェンソーモード”も残すよ。パルスブレードの出力を連続振動に切り替えて、高周波チェーンソーに変える。面制圧も突撃も両方こなせる、まさに変態兵装の完成だ」
カーラは悪戯っぽく笑い、指を鳴らした。
「どうよ、621?この程度の妥協なら、飲めるだろ?」
621はしばらく端末を見つめたあと、静かに入力を始めた。
その目は少女の様にキラキラと輝いているように見える、かも知れない。
『了解』
カーラの端末に、改造許可のログが同期された。
「まったく……もう少しまともな会話ができるかと思ったけど、無言で暴走するタイプだったか」
ぼやく声には、呆れながらもどこか安心した響きがあった。
621は、改造案が適用されたバルテウスの新しいシルエットを見つめていた。
それは、パルスの光を纏った、巨大な斬撃兵装。もはや通常兵器の域を逸脱し、ただひとつの目的――「断ち切る」ためだけに設計された獣のような姿だった。
そして彼女は、ゆっくりと、満足げに――ほんの僅かに口元を緩めた。
「やれやれ。これで次の査察までに、出力計算と冷却系統の調整もしなきゃならないってわけだ……ウォルターも罪作りな奴だよ、本当に」
カーラはそんな621の姿を見つめ、ふと口元を緩めた。
「……まるで子供みたいな顔してるよ、あんた」
端末に表示された改造案を見ながら、無言で目を輝かせる621。その冷徹な仮面の下に、こんな感情が残っていたのかと、カーラは少しだけ驚いていた。
だが、その微笑も束の間、思い出したように表情を引き締める。
「……さてと。夢の斬撃機体が現実になったのはいいけどさ、621。あんたに伝言がある」
621が振り向く。カーラは通信端末を取り出し、無造作に放った。
「グレイ執行上尉。あんたを呼んでる。『今後の作戦方針について説明する』ってさ。上層部直通の命令だ」
淡々とした声に、わずかに熱が混じる。
「このタイミングでわざわざ呼び出すってことは――たぶん、あんたはこれから“今までと違う任務”に就く。執行部隊は企業や解放戦線に対する抑止力、主戦力として運用されるが、特務部隊は今までと全く異なる任務を与えられるよ。個人の排除、施設への奇襲、何にせよ極秘の任務がね」
カーラは視線を逸らさず、真剣な声で続けた。
「特務准尉って肩書きがある以上、もう“ただの駒”じゃ済まされない。戦場を、世界を動かす立場になるってことさ」
621はその言葉を静かに受け止めたまま、頷きすらしない。ただ、視線をバルテウスから切らずに――それでも、ほんの一拍、呼吸のリズムを変えた。
カーラは、その無言を理解として受け取った。
「ブリーフィングルームで、グレイ執行上尉が待っている。待たせたら上層部に睨まれるのは私の方だ、急いで行きな」
621は、整備端末のホログラムに映し出されたバルテウスの新たなシルエットを、もう一度じっと見つめた。
巨大な斬撃兵装――パルスの奔流を身に纏い、砲撃モジュールが変形して刃となる異形の機体。
最初に思い描いた狂気の構想からすれば、やや控えめな仕様ではある。だが、それでも十分だった。いや、実際のところ――満足、以上だった。
――……621、私から見ても、それはかなり変態的な構成ですが……良いと思います。似合ってます。
――誰にも真似できませんし……きっと、貴方にしか振るえない“刃”です。
エアの声音は、少し呆れ、そして少し嬉しそうだった。
621は小さく呼気を吐き、無言のまま端末を閉じる。
車椅子のスティックを押し、ゆっくりとバルテウスの前から離れた。
「いってらっしゃい。次の任務までには間に合うよう調整しておくよ……この大量のパルスブレードは、どうしようかねえ」
無音の扉が開き、金属の廊下へと出る。
標識の光が、彼女の目的地を静かに示していた。
――621。あのカーラという女性ですが。
――腕は確かですが、信用ならない人物です。
――改造後のバルテウスには、私から改めて検査プログラムを実施しておきます。
「……」
621はエアの囁きを無視して進む。
ブリーフィングルーム扉が無音で開き、621はゆっくりと車椅子を進めて中に入る。
光量を絞った室内は、投影装置のホログラムだけが静かに脈動し、青白い光が壁面を照らしている。
その中心――指揮卓の前に立つのは、封鎖機構執行上尉、グレイ。
黒い制式軍装に身を包み、背筋を伸ばして佇むその姿は、機械以上に冷たく、そして正確だった。
そして――その傍らに立っていたのは。
「……よう」
視線を向けた先、見慣れた顔があった。
エリオット、執行部隊において621とバディであったLCパイロット。
彼の表情は普段通りの皮肉混じりのものではあったが、どこか――苛立ちを隠しきれない様に憮然としていた。
「よく来た、621」
グレイ執行上尉が先に口を開く。抑揚のない、淡々とした声。
「今回の召集は、今後の運用体制に関わる重要事項だ。よく聞いてくれ」
グレイの言葉と同時に、ブリーフィングルームのホログラムが淡く点灯する。そこには“双機運用構想案”と銘打たれた文書が浮かび上がっていた。
「特務准尉C4-621には、これまで臨時貸与という形で《特務機体バルテウス》の運用が認められていたが、上層部の承認を得て――このまま正式に継続運用が許可された」
グレイは無表情のまま、淡々と続ける。
「加えて、お前の作戦行動に必要なバディとして、元執行部隊員エリオットを特例昇進させ、特務准尉に任命した」
パネルが切り替わり、621と並んでエリオットの情報が表示される。階級章は彼の肩に既に縫い付けられており、彼はそれを指先で不機嫌そうにいじった。
「今後、2人は常時バディとして運用される。任務は単独でなく、常に二機一組で遂行すること。これは執行部隊と変わらない」
「俺はお前のおまけだ。まぁ、俺以外にお前の相棒を出来る奴は居ないだろうよ」
言葉とは裏腹に、その声に、怒りはあっても拒絶はなかった。
彼の言葉には、“諦め”と同時に、どこか“覚悟”のような響きが混じっていた。
「エリオットに支給されるHC機体は、お前の特性に合わせて調整中だ。要求があれば技術主任のカーラに伝えろ……ただし、あれにあまり無茶をさせるな。お前ら二人揃って制限外改造されたら、監査部が首を吊るぞ」
621は視線を逸らさず、ただ静かに彼を見ていた。
無言の了解。だが、それで十分だった。
グレイは背を向け、ホログラムを閉じる。
「次の作戦は明朝、0600時。内容は後ほど個別端末に送信される。ブリーフィングは以上だ。解散」
照明が戻る。冷たい空気が、静かに二人の間に流れた。
エリオットがゆっくりと621の横に並ぶ。
「……もうこうなっちまったもんは仕方ねえ。しばらくはまた“相棒”ってわけだ」
彼は、視線を逸らしたままぼそりと呟いた。
「……気が変わったらいつでも言えよ」