ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第37話 日常

 惑星封鎖機構衛星軌道基地、食堂区画――

 

 淡い照明が規則的に点在する、無機質な白い空間。

 時間帯のせいか、広い食堂に人影はまばらだった。

 小さな自動配膳機がカチカチと音を立てて稼働し、栄養管理されたプレートをコンベアに流し込んでいく。

 

 その一角。壁際の席にて――C4-621は、静かに食事を取っていた。

 

 トレイに載せられているのは戦闘中、素早く栄養補給する為だけに開発された戦闘糧食と再構成タンパク質スープ。

 いずれも味気なく、見た目にも映えないが、最低限のエネルギーを確保するためだけの構成だ。しかも、構内販売の最安値セットである。

 

「……」

 

 621は黙々と栄養ブロックを口に運ぶ。何の感情も浮かばない。飲み込むたび、動作だけが機械的に繰り返される。

 

 ――621、私が代わりに選んでもよかったのですが……どうしてこのメニューを。

 

 エアの声が、耳元に囁くように流れる。

 

 ――それは“食事”と呼ぶには、あまりにも人間味がありません。

 

 赤い光が、味気ない食事の上をフラフラと飛行する。

 

返事はない。ただ、スプーンがスープの表面を静かにかき混ぜるだけだった。

 

 それでも、621にとってはこれで十分だった。

 食欲は、身体を維持するための義務。味覚も嗜好も、とうの昔に優先順位から外されている。

 

 ――それとも、節約ですか?621。

 

 ――次にタキガワハーモニクスがパルスブレードの新モデルを出したときのために……?

 

 「……」

 

 わずかに、スプーンの動きが止まった。

 

 反論しないということは、否定でも肯定でもない。

 だが、エアはそれで察したようだった。

 

 ――……貴方という人は、ほんとうに……。

 

 エアの声がフェードアウトしていく。

 

 そのときだった。

 

「うわ、マジでそれ食ってるの……?」

 

 食堂の入り口から、あまりにも素直な感想が響いた。

 

 振り返るまでもなく、621は来訪者の気配を察知していた。だが、手は止めず、淡々とスープにスプーンを伸ばす。

 

 現れたのは、ツィイーだった。

 

 封鎖機構による厳重な監視下ではあるが――一時的な「施設内自由行動」の許可を得た彼女は、軍服ではなく簡易な防護スーツ姿。

 その腕には、大事そうに20分の1スケールの《ヘッドブリンガー》模型が抱えられている。

 鮮やかな淡い紺の塗装が食堂の照明にきらりと反射していた。

 

 「ちょっとさ。私、てっきり冗談かと思ってたんだけど……ほんとに、毎日それ?」

 

 ツィイーは621のトレイを覗き込むと、思い切り顔をしかめた。

 

「戦闘糧食って……もしかしてそれ、固形カーボンブロック?しかもスープが再構成タンパク質て。あれ、冷めるとペンキの味するやつじゃなかった?」

 

 621はやはり無言だ。わずかにまばたきの回数が増えただけ。

 

「621ちゃんって味覚とか無くなっちゃってるの?旧世代の強化人間化手術は、そういった副作用もあったらしいけど……」

 

 ツィイーは半ば呆れ、半ば心配そうに身を乗り出した。

 

「よし、決めた!」

 

 唐突に声を上げたツィイーは、模型をそっと席に置き、手を差し出した。

 

「621ちゃん、端末貸して!電子通貨の認証だけ借りるから」

 

 621は一瞬だけ彼女を見つめ、それから無言で端末を差し出した。ツィイーはそれを受け取ると、端末のスキャナに自身の識別タグをかざして接続。

 

「ふむふむ……うわ、621ちゃんの残高、意外とあるじゃん……全部タキガワハーモニクスへの振り込みに溶けてるけど」

 

 ぽつりと呟きながら、端末を操作する彼女の顔には、いたずらめいた笑みが浮かんでいた。

 

「私はさ、ルビコンであぶく銭なら結構持ってるんだよね。企業との裏取引とか、コーラル関連資料の転売とかで。封鎖機構の通貨は持ってないけど、同価値の現地貨幣なら、いくらでも用意してあげる」

 

 ぴっと操作音。自販機の端末が電子通貨での認証を受け付け、甘味メニューが解放される。

 

「ほら、見てよ。あるじゃん、ここにもちゃんと。ほら、プリントケーキ、合成ストロベリーパフェ……なんだか全部ケミカルだなあ……」

 

 指先でスクロールしながら、ツィイーはうんうんとうなずく。

 

 指を止めたツィイーが選んだのは、豪華なパフェでもなく、艶やかなケーキでもなく――素朴な、焼き色のやさしいクッキーだった。表面にはナッツとドライフルーツが散りばめられ、香ばしい匂いが湯気と共にふわりと広がっていく。

 

「最初に食べるなら、こういうほうがいいよ。背伸びした味より、落ち着くやつ」

 

 販売機から取り出したクッキーのパックを手に、ツィイーは621の正面に座り込む。そして、パックを一つ開けて差し出した。

 

「はい。どうぞ、621ちゃん。これが“甘味”だよ」

 

 無言で受け取る621。

 だが、その指の動きは少しだけ――本当にわずかにぎこちなかった。恐れるような、触れ方に迷いがあるような。

 

 焼きたてのクッキーの温もりが、掌に残る。

 

 621はクッキーを持ち、慎重に一口だけ――かじった。

 

 さくり、と音がして、香ばしい甘さが、ゆっくりと舌の上に広がっていく。

 

 味覚センサーのように過敏になった神経が、それを“甘い”と認識するまでに、数秒のラグがあった。

 

 ――それは、621にとっては未知の体験だった。

 

 咀嚼するごとに広がるやさしさと、懐かしさにも似た温度。

 それが何なのかはわからない。けれど、体内のどこか――鈍く、冷たくなっていた“なにか”が、ふっと揺れた。

 

無表情のまま、もう一口。

 

 ――そして、ほんの僅かに。ほんとうに、僅かに。

 

 621の目元が、ゆるんだ。

 

 ツィイーはそれを見逃さなかった。口元に笑みを浮かべると、自分のクッキーにもかじりつく。

 

「ほらね?ちゃんと“美味しい”って思えるでしょ。人間って、こういうの食べて元気になる生き物なんだってば」

 

その言葉に、621は何も返さない。ただ、静かにクッキーをもう一枚手に取った。

 二人の間に、ささやかながら、穏やかな時間が流れ始めていた。

 

 ――和やかなその空気を、砕くような足音が響いたのは、その直後だった。

 

 ガチャ、と自動ドアが乱暴に開き、硬質なブーツの音が食堂に響く。

 

「よぉ、狂犬。くたばったって聞いてたが、しぶとく生きてやがったみたいだな」

 

 その声は乾いていて、あからさまに敵意を帯びていた。

 

 ツィイーが振り向く。

 そこに立っていたのは、軍用ジャケットを羽織った、獰猛な視線の男――ベイラム所属のレッドガン部隊、G5《イグアス》。

 

 AC乗りにして、数々の前線を渡り歩いてきた猛者。封鎖機構の一時的協定により、軌道基地を利用していた彼の姿は、ここの兵士たちにも恐れられていた。

 

「見てのとおり、生きてますけど?」

 

 ツィイーが先に応じた。イグアスの向ける剣呑な視線をまっすぐ受け止め、眉一つ動かさない。

 

「……あ?誰だテメェ」

 

テーブルを挟んで、イグアスとツィイーの視線が交差する。621は相変わらずクッキーを口に運びながら、淡々と会話を聞いている。

 

「私はルビコン解放戦線のツイィー、リトル・ツイィー。621ちゃんは別に、あんたに生死確認されるほどヒマでも弱くもないよ」 

 

「へっ。言うねえ、お嬢ちゃん。まあ俺もな、この狂犬が死んだってなんて信じてなかったぜ、あんな化け物、あっさりくたばるタマじゃねぇだろってな」

 

 イグアスはゆっくりと歩み寄り、621を一瞥する。だがその視線に、どこか妙な探るような色が混じっていた。

 

 

「とはいえ……まさか、こっちの世界に戻ってきてクッキーかじってるとはな。おまけに、ガキと一緒におやつタイムとは……さすがに想像外だったぜ、狂犬」

 

「さっきから、女の子を狂犬だなんて言わないで!」

 

ツィイーがむっと頬を膨らませる。だがイグアスは軽く鼻を鳴らすだけだった。

 

 そのとき――彼の視線がふと、机の上に置かれていた小さな物体に止まった。

 

 20分の1スケールの、機体模型。

 

 青白い照明の中に、艶やかな淡い紺色のフレームが静かに佇んでいる。

 ディテールは細かく、塗装も施されている。マーキングはベイラム社レッドガン部隊所属G5……つまりはイグアスの搭乗機ヘッドブリンガーのミニチュアである。

 

 イグアスの動きが、一瞬止まった。

 

 射抜くような視線が、机の上のミニチュアに吸い寄せられたまま、微かに揺れる。

 

「……あ?」

 

 かすれた声が漏れたのは、言葉を失った証拠だった。

 

 621とツィイーの視線も、自然と模型へと向かう。

 

 クッキーの香ばしい甘さの中で、無機質な照明に照らされた《ヘッドブリンガー》の模型が、まるで存在を主張するように、そこにあった。

 

「な、なんでそれが……」

 

 イグアスが言いかけて口をつぐむ。強面のその顔に、見て取れるほどの赤みが差す。

 

 ツィイーが、クッキーをかじりながら言う。

 

「ああ、それは621ちゃんが作ってくれたの。怪我してた私のお見舞い、回復祈願?で。あ、G5……そっか、あんたが……」

 

「ふざけやがって……」

 

イグアスは明らかに動揺していた。赤黒くなった顔をそらし、腕を組んで誤魔化すように背をそむける。

 

 そして、その視線の端で――彼は見てしまった。

 

 621が、あのヘッドブリンガーの模型を、ゆっくりと両手で抱き寄せた瞬間を。

 

 無表情のまま、だが極めて自然に。掌の中にそれを収め、大切そうに、胸の前でそっと抱いた。

 

「……」

 

 イグアスの顔が、一気に真っ赤になった。

 

 ツィイーは目を丸くしたあと、口元にクッキーを当てて、くすりと笑った。

 

「うわ、なにその顔。顔に出すぎ。……ていうか、ガキっぽすぎでしょ。聞いてたより子どもなんだね、G5イグアス」

 

 そのからかいに、イグアスは顔をますます赤くした。

 

「う、うるせぇ!ガキじゃねぇし、そんなもん抱いて喜ぶとかお前らの方がガキだろ!」

 

 そう叫んで背を向けると、ほとんど逃げるようにして足早に食堂を出ていく。

 

 残されたツィイーと621。

 

 621はまだ、模型を静かに抱えたまま。

 

 そして、ツィイーがぽそっと呟く。

 

「……あいつ、たぶん褒められ慣れてないだけだね。めんどくさ……」

 

 クッキーの残りをもう一口かじって、彼女は笑った。

 

 テーブルの上に並んだ甘い焼き菓子と、ミニチュアの機体模型。

 戦場では見られない、小さな平穏の光景が、しばしそこにあった。

 

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