ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
惑星封鎖機構衛星軌道基地――第五監視管制室。
冷却ファンの低い唸りが響く管制室は、ほの暗い照明と無数のホログラフィ・インターフェースに照らされていた。
その中央、戦略解析部所属の士官が、眉間に深い皺を寄せて監視卓に詰めている。背後のスクリーンには、ルビコン3座標系を投影した立体空間マップが、断続的な干渉ノイズと共に点滅を続けていた。
「――また、ロストか」
士官の呟きに、隣席の技術官が顔をしかめる。
「三度目のスキャンでも、同様の結果です。中・遠距離センサー反応は全てノイズに埋もれて識別不能。例のルビコン調査技研の特殊な装甲が邪魔してます」
「奴らの隠れ家は、地表のどこかにあると見て間違いないな?」
技術官は頷いた。
「はい。天文航行記録をすべて洗いましたが、《ウォール》が軌道に上がった痕跡は一度もありません。おそらく、恒星間入植船としての本来の機能――大気圏突破能力も、環境制御系も、既に死んでいると推定されます。いま残っているのは、居住区画と工廠機能、それに局所戦用の兵装のみ。飛ぶことすらやっとの過去の遺物に過ぎません」
「にもかかわらず、我々の目をここまで欺ける。……やはり技研由来の隠蔽技術か。座標さえ特定出来れば、衛星砲で粉々にしてくれるものを……そうか!」
士官は無言で指を鳴らすと、モニターに新たな検索条件を入力する。
「いいか、今から探すのは《本体》じゃない。《ウォール》はあくまで船に過ぎない。運用・維持には人手と物資がいる。弾薬、冷却材、エネルギーパック――それらを外部から調達しているはずだ。随伴部隊に焦点を絞る。地表からの痕跡を拾え」
「了解。スキャンアルゴリズムを変更します。対地監視衛星、再照準。赤外線と通信傍受データを組み合わせて、微細な輸送活動を洗い出します」
モニターが暗転し、再構築された地表マップが表示される。通常では無視される微弱な信号――地熱異常、輸送ヘリの痕跡、無線の再送波形――それらをひとつひとつ重ね合わせ、地図の一点が赤く染まった。
《グリッド086》
グリッドとは、《アイビスの火》以前、コーラル発見に沸く現地人や企業によってルビコン全土を覆う勢いで建設された超巨大構造体の名である。
《アイビスの火》と、対応策である《惑星封鎖》により建設は中止、建造されていた一部も維持、補修する企業が星外に撤退した事によって荒れ果て、今やならず者――ドーザーの巣窟と成り果てていた。
貧弱な設備しか残っていないはずのその地に、規格外の輸送量が突如記録されていた
「……あったな。グリッド086、ドーザーの一大勢力であるRaDの本拠地だ。補給を受け持ってる部隊が動いている。物資の受け渡し、補修の形跡も確認」
「ここを突けば、随伴部隊の一部――あるいは本体に通じるルートが見えるかもしれません」
士官は短く頷く。
「いいか、奴らはただの“遺物”を抱えてるんじゃない。《ウォール》そのものが兵器工廠であり、指揮中枢だ。今なお解放戦線の牙を維持する“頭”である以上、ここで見逃すわけにはいかん」
彼はモニターの前で立ち上がり、指揮端末に命令コードを入力した。
「特務准尉621、エリオット准尉――グリッド086への偵察任務を発令。並行して衛星砲管制へ連絡。仮想射撃座標をグリッド086の上空に固定、いつでも発射可能状態を維持しろ」
「了解。特務部隊に通達。目標は未確認。応戦を許可」
士官の声が静かに響く。
「ルビコニアンよ。恨みたければ、恨むがいい……」
空は薄曇りだった。
分厚い雲層を裂いて、二機の機体が並走する。先行するのは、パルスの残光を尾に引く異形の機影――《バルテウス》。重装型のはずのその機体は、波打つような高出力ブーストで滑るように進み、周囲の風圧を切り裂いていく。
そのすぐ横を、HC機体が一定の距離を保って追随していた。
エリオットの新たな機体、HC機体はLCとは一線を画す性能を誇る、惑星封鎖機構の生産するハイエンドモデルである。火力、機動力、防護力、全てにおいて企業製ACを圧倒し、それはレッドガンなどのランカーパイロットであれ例外ではない。
新機体は構造を彼の操縦癖に合わせて最適化されており、硬軟両面において隙のない性能を発揮する
二機は現在、高度1500を維持しながら、グリッド086に向かって南下中だった。
下方に広がるのは、光を失った灰色の海。ルビコンの灼けた紅に染まった波面が、遠くまで均一に揺れている。
かつてここには、企業の中継プラットフォームが無数に浮かんでいた――今は、そのほとんどが海底に沈んで久しい。
コックピットの内部に、通信のアイコンが点灯する。
『621』
エリオットの声が入る。その声は抑揚に乏しく、どこか“奥行き”がなかった。
『衛星回線からのデータ更新を受信。グリッド086周辺に、目立った防空反応はない。ただ、油断するなよ、ウォールそのものがいるならそれ自体が最大の脅威だ」
『了解』
簡潔に返す621。
その声には、通信越しにも微かな躊躇があった。
普段のエリオットなら、もっと軽口を叩く。あるいは、621の無言を“喋らせよう”とする程度の余裕は見せた。
けれど今日に限っては、彼は己の任務だけを機械のように処理している。
妙だった。
621はバルテウスの出力をわずかに落とし、並走するHC機体との距離を少しだけ縮めた。
通信回線の隅で、エアがかすかに囁く。
――621、貴方のバディパイロット……エリオット特務准尉についてですが。
――彼の隊員情報を閲覧したところ、経歴等に一部、改竄の形跡が認められました。
――気を付けてください。621、私は彼の声に聞き覚えがあります。
621は返答しない。ただ、視線の先――灼けた空の果てにうっすらと浮かび上がる目標地点、《グリッド086》の影を見据えていた。
警告灯が淡く点滅し、バルテウスのセンサーパネルに微細な反応が浮上する。
――621、低高度・広域熱源反応を検出。出力形式、通常のドーザー装備とは一致しません。
――これは……ルビコン調査技研のものです。推進系の急速加熱反応。エンジン起動!
曇天の下――グリッド086の構造体の奥、崩れたパイプ群と装甲板に覆われた区画が、ゆっくりと“開いた”。
内部から溢れ出す高熱排気。反応炉の残熱が雲を焦がし、赤外線ノイズが一気に跳ね上がる。
エリオットも即座に察知した。
金属のきしみ、空気の振動、赤外波の乱反射。
――そして、現れた。
《武装恒星間入植船ウォール》
膨大な装甲の船体が、錆と塩と残留コーラルにまみれたグリッドの構造体から、ゆっくりとその姿を浮上させていく。
エリオットの通信が震えた。
『……司令部の予想的中だな。ウォール、まだ発艦してなかったらしい』
ウォールの外殻には、ルビコン調査技研が遺した装甲と機構が露骨に張り巡らされていた。船体の推進機関も剥き出しで歪み、欠損している。それでも、その巨体は自重を持ち上げるように、海岸へと向けて稼働を開始していた。
海へ出る――そう、ウォールは“渡航”しようとしていた。
行き先は不明。だが、指令情報と地図を照合するまでもなく、621の中で一点が浮かんでいた。
中央氷原――惑星封鎖機構の重要拠点が幾つも存在する、ルビコンにおける機構の本拠地とされ今は完全封鎖区域とされているもうひとつの大陸。
621のバルテウスが風を切る。エアの声が同調するように響く。
――ウォールは、グリッド086を離脱しつつあります。大型推進機関が稼働。おそらく、外洋航行モード。出力限界に近い状態での移動。
――恐らく、中央氷原まで飛ぶには耐えられないと判断したのでしょう。
――これはチャンスです、621。また飛ばれる前に沈めてしまいましょう。
『621、どうする!衛星砲管制に連絡を――』
『拒否』
621は静かに、だがはっきりと応じた。
対象――ウォールは既に移動を開始しており、座標照準では追い切れない可能性がある。
《ウォール》の船体は巨大すぎるがゆえに、逆に座標指定式の衛星砲では完全に破壊できない。海上を移動する限り、着弾のラグと着弾誤差で致命傷を免れる可能性すらあった。
『航行阻止』
『なんだって?そうか、動きを止めてから仕留めるという訳だな。了解」
――彼、よく今のでわかりましたね。
エリオットのHC機体がエンジンを鳴らす。
バルテウスもまたパルスを煌めかせながら、一気に《ウォール》に向かって急降下した。
《ウォール》が、その巨体に見合わぬ速度で洋上を滑る。巨大な波を蹴立てながら、推進噴射孔から立ち上る膨大な熱が空を更に赤く染め、雲の一部を焦がして黒煙を作り出していた。
その艦上――主砲ではない、だが無視できないほどの副砲群が動く。既に《来襲》を検知したウォールは、自動戦闘モードに移行していた。
次の瞬間、灼熱の奔流が放たれた。
『回避』
621の《バルテウス》が斜め下へとダイブする。
パルスシステムの出力が跳ね上がり、機体周囲に電離光を走らせたまま、地面すれすれの海面へ突き刺さるように飛び込む。放射されるパルスの尾が波面を焼き、白煙を引いて裂け目を作る。
続いてエリオットのHC機体が、その背後から針の穴を通すように降下した。
『よくやるな……!』
口ではそう言いながらも、彼もまた回避に遅れない。
上下左右に暴れる弾道の間をすり抜けるように、二機は波間を疾走した。高度30――いや、20メートル。吹き上がる水柱を躱しながら、波打つ防空圏の内側へ突き進む。
『こんな弾幕の中飛ぶのは初めてだ……!悪くない』