ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
灼熱の砲火が空を裂き、海面を爆ぜさせる。だが、その中を二機は疾走していた。
《バルテウス》とHC機体――どちらも、常識を逸脱した操縦で対空砲火の網をくぐり抜けていく。
『621、《ウォール》対空砲火アルゴリズムの解析が完了した。所詮旧式の自動砲台だ、合図をしたら飛び込むぞ』
『了解』
二機は海面スレスレを飛行しながら、エリオットの合図を待つ。
『今だ!』
エリオットの声と共に、艦上の砲列に一瞬の“隙”が生まれた。
それは、わずか0.8秒――自動迎撃アルゴリズムの再計算が生んだ隙。
621の《バルテウス》が空中で姿勢を切り、ブースター全開で甲板へ突き刺さるように急降下した。
着地と同時、帯状マルチプルパルスランチャーの形成した刃が弧を描き、射線上にあった副砲台を真っ二つに両断する。スパークと装甲片が宙を舞い、甲板に煙が立ち込めた。
続いて、エリオットのHC機体も降下。
上空から投下されたグレネードが着弾と同時に爆発し、近傍の砲塔を吹き飛ばす。
『接地成功。損傷軽微。621、無事か?』
『問題なし』
『そうか……良かった』
短いやり取りを交わすと、二機は艦上を駆け出した。甲板の装甲は腐食と増設を繰り返しており、振動のたびにギシギシときしんだ音を立てる。
そのとき――
――621!何かが来ます。
――この反応は……
エアの声が急報を告げた。
中央格納区画――そこにあった艦内搬入口が、油圧と蒸気を吹き出しながら開かれる。
暗闇の中から、何かが浮上した。
――それは、まるで「獣」のようだった。
格納口から飛び出した機影は、陽光を吸い込むような鉄錆色の外装に包まれていた。
全身のパーツは一様に鋭く――そのシルエットは、明らかに意図的に“攻撃性”を形づくっている。
四肢は細身ながらしなやかに伸び、二脚機体とは思えぬほどの軽やかさで甲板に着地すると、僅かな衝撃音すら残さず滑るように動いた。
未確認ACの狼を想起させる頭部の複眼型センサーが、鋭くバルテウスを睨む。
621はそれを見た瞬間、既視感を覚えた。
――以前、彼女とエリオットが遭遇した謎のAC。
強襲艦を襲い、補給と修理を強要させ、間接的に強襲艦撃沈の原因を作り出した鉄錆色ののAC。
だが今、その機体には新たな意匠が加えられている。
両腕のパーツは、BAWS社製のBASHOシリーズ。近接戦闘に特化したそれは、軽量機にしては不釣り合いなほどのパワーを秘めていた。
その装備構成は、“軽量高速接近からの一撃離脱”に全てを特化させた、まさに刺突の獣であった。
――あれは……スティールヘイズ・オルトゥス!?
――過去3度の世界線では、アーキバスのヴェスパー部隊、その第4隊長の搭乗機でした。
――今回のルビコンにはヴェスパーは進駐していないはず、何故……彼の機体が。
対峙する621の《バルテウス》が、マルチプルパルスランチャーを微かに角度調整する。
次の瞬間にも飛びかかってくるであろう獣の気配を察知し、621の指はトリガーに触れる寸前で止まった。
だが。
『……下がれ、621』
それは、エリオットの声だった。
驚いたエアの声が重なる。
――621、彼が機体を降りようとしています。
その言葉通り、エリオットのHC機体が動きを止め、装甲ハッチが静かに開いた。
機体から姿を現した彼は、銃も装備も持たぬまま、ただ一歩ずつ――歩いた。
ゆっくりと、正面に立つ未確認ACへと。
狼頭のACは警戒の構えを取るでもなく、ただじっとその動きを見つめていた。
複眼センサーが、ゆっくりと輝度を下げる。
『相棒、ここまでだ』
その声は――スピーカー越しに漏れ出した通信音声は、明らかに機体内部からのものだった。
『……』
621は唖然として、トリガーを握る事すら出来ない。
『……エリオット』
男は静かに振り向き、621を真っすぐに見つめ――微かに笑った。
『初めて名前を呼んでくれたな、相棒。悪いが……それは偽名だ』
そして――彼は、スティールヘイズ・オルトゥスのコクピットに乗り込んだ。
機体の駆動音が低く響き、狼頭のACのセンサーが一斉に輝きを取り戻す。
――声紋鑑定完了……
――私は、やはり彼を知っていました。過去3度のループにて、彼は封鎖機構には所属していませんでしたが。
――アーキバスが進駐していない事から、潜伏先が変わったようですね。
『私の本当の名はラスティ。皮肉だろう、この錆びた世界で
エアの分析が静かに続いた。
――621、どうか冷静に聞いてください。
――彼の語調、発話のテンポ、抑揚……そして、細部の言語的癖に至るまで、エリオット特務准尉は過去のラスティと一切一致していませんでした。
――にも関わらず、スティールヘイズ・オルトゥスに搭乗した途端、完全が一致しました。別人と言われても、違和感ないほど劇的な変化です。
621は息を呑んだ。
“完全に”――それは、ただの演技ではあり得ない精度だ。
――通常の訓練や演技では到底再現不可能な、反射レベルの言い回しや訛りが含まれていました。
――可能性として、いくつかの技術が考えられます。
――コーラルの情報伝達システムを応用した感情移植型の人格テンプレート。あるいは……
――脳内に埋め込まれた、自己認識干渉型のロールプレイユニット。
――いずれにせよ、彼は“演じていた”のではなく、“エリオットとして存在していた”可能性があります。
621の脳裏に、ここまでのエリオットとの日々がよぎる。
皮肉的で冗談めいた台詞。妙に親密な間の取り方。孤独な者への優しさ。そして、戦場でのためらいのなさ。
『戦友……行くぞ』
そして次の瞬間――スティールヘイズ・オルトゥスが疾駆した。
細身の機体が爆発的な初動で空間を切り裂き、《バルテウス》へ肉薄する。
「ッ――!」
621の反応は速かった。だが、オルトゥスの一撃はそれ以上だった。
左手の《レーザースライサー》が弧を描き、回避に転じたバルテウスの装甲をかすめて切り裂く。高温レーザーの刃は外殻を抉り、白煙とスパークを巻き上げながら飛び去った。
――621!戦闘に集中してください!
エアの警告が飛ぶ。
621は即座にスラスターを全開、距離を取ろうと跳躍した――だが、その跳躍の先に、放たれた《ニードルガン》の針弾が待っていた。
回避軌道を読み切った射撃――正確無比な予測。
バルテウスの脚部に数発が命中し、パルスシールドに弾かれながらも一部を貫く。
弾着と同時に警告が点灯。だが、621はまだ戦える。
しかし――その背後に、もう一つの影が跳ねた。
《HC機体》――先ほどまでエリオットが搭乗していたはずの、それが再起動音を響かせながら背後から迫る。
――621!HC機体の味方IFF応答、消失!
――エリオット……ラスティは、乗り換えと同時に旧機体の戦闘AIを起動したようです。
――強制再起動、及び停止プログラムを受け付けません。完全にオフラインで動作しています。
そして、そのAIは完璧に621の戦闘パターンを把握していた。
背後から迫るグレネード弾を跳ねるように躱し、621は斜めにスライドしてオルトゥスの射線をずらす。
だが、ニードルミサイルが間を詰めた。
回避――しかし機動のリズムを崩される。
《バルテウス》のパルスシールドが、二機からの連携攻撃によって削り取られていく。
『……』
621は通信回線から、ラスティに対して投降を勧告するメッセージを送信した。
今までの彼女なら決して、あり得ない行動だった。
――621!今更そのような勧告に意味はありません!
エアの言う通り、勧告に返答はない。
だが、オルトゥスの動きが――どこか哀しげだった。
狼の頭部が一瞬だけ横を向き、追うようにHC機体が前に出た。
そして、狼は再び跳躍する。
――死角から、光る刃が突き立てられた。
スティールヘイズ・オルトゥスと自動運転化されたHC機体――
二つの刺突が、621を正面と側面から同時に貫こうとしていた。
二機の視界を裂くような加速音。
その瞬間、621の《バルテウス》は推進ユニットを斜め後方に噴射――自らの質量を利用して“滑らせた”。
バルテウスの巨体に似つかわしくない挙動。
それは、バルテウスの構造に不釣り合いなほどの急制動と横滑りを伴い、迫る二機の挟撃を“交差”でやり過ごすという離れ業だった。
刹那――スティールヘイズ・オルトゥスのレーザースライサーが、ほんのわずかに空を裂いた。
同時に、背後から突き出されたHC機体のENライフルは、機体ギリギリのところを掠める。
バルテウスの機体周囲では、電離したパルスエネルギーの輝きが激しく乱舞し、空気すら切り裂くかのような緊迫感が漂っていた。
『相変わらず獣じみた動きだ、戦友』
しかし621は動きを止めない。
621の《バルテウス》が急制動からの旋回機動を終えた瞬間――スラスターを全開。飛び退こうとするHC機体へ向かい、一気に加速した。
自動運転化されたHC機体は、レーザーライフルとミサイルで迎撃しようとするが、すでに遅い。
――621、今です
――HC機体の戦闘AIは、貴方の急制動の再計算を行えていません。
その言葉通り、バルテウスの滑り込むような体勢変化に対応しきれなかったHC機体は、弾道制御にズレが生じていた。
621の《バルテウス》が一気に加速した。推進ユニットが炸裂するように音を立て、全身が引き寄せられる。スラスターの後方推力が巨大な機体を軽やかに動かし、猛然とHC機体へ迫る。
次の瞬間、621のコクピット内でコードが走った。
『直列起動コマンド入力』
《バルテウス》の背部から伸びる帯状マルチプルパルスランチャーが、驚異的な速度で稼働を始める。エネルギー供給が急激に増加し、バルテウスの全システムが活性化する音が響いた。
──レーザーパルスの巨大な刃が形成される。
その先端には、光の波動を帯びた極太のパルスブレードが形成され、光をまき散らしながら鋭く輝いた。
推進ユニットの損傷を無視し、システムの限界を超えて起動されたその力は、戦闘の方向を一変させた。
――621、ジェネレータ負荷が計算以上です。
――何度も振るえるものではありません。
『了解』
621の指が動くと同時に、極大のパルスブレードが――一気に振り下ろされた。
恐るべき速度で、HC機体の正面に迫る。その刃が瞬時に闇を切り裂き、HC機体の装甲を一刀両断。
HC機体は防御の為にパルスシールドを展開したが、まるで意味はなく、刃が、HC機体の胴体中央を斜めに断ち切った。
ENフィールドが短く点滅し、ブレードの余熱が内部フレームにまで達する。
爆発は小さかったが、確実に致命的だった。
――HC機体沈黙!やりました。
「……!」
しかし、警告灯が一斉に赤く点滅し、機体のバランサーが大きく傾く。
エアの声が飛ぶ。
――背部の武装・推進ユニットに鉄杭を確認!
――コマンド入力からパルスブレード形成までの、シールドが揺らぐ僅かな瞬間に放たれたようです。
――推進機能30%以下に低下。安全域を割り込んでいます!
――ラスティ……操縦練度は、貴方に匹敵するでしょう。
『了解、分離』
621は即座に判断を下す。数秒の操作ののち、バルテウスの背部から重厚なユニットが切り離され、艦上に衝撃音とともに着地した。
無骨な武装ユニットと、かつての空力を支えた推進ブロックは、煙を上げながら火花を散らす。
しかしその瞬間――621のバルテウスは、別の“獣”と対峙していた。
《スティールヘイズ・オルトゥス》
先ほどまでの連携行動から一転。相棒――ラスティは、ただ一機、狼のような沈黙で621を見据えていた。
『予備武装展開』
新たに展開した予備のパルスブレードが、手のひらから光を放ちながら現れる。その巨大な刃を握りしめた621は、今やスティールヘイズ・オルトゥスとの対峙を残すのみとなった。