ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第40話 執行

 コーラルに灼かれた、空が紅い。

 

 雲の切れ間から差し込む陽光が、爆炎の熱気に揺れ、甲板全体を血のように染めている。

 

 切り離されたユニットが火を噴きながら沈黙する中、《バルテウス》はパルスブレードを両手に構えた。

 

 ――その姿は、かつての重装突撃機ではなかった。

 背部ユニットを失い、砲門も、スラスターの大半も今はない。

 ただ、細く収束したパルスブレードを両腕に握った、原型に近い《LC機体》だった。

 

 《スティールヘイズ・オルトゥス》が、わずかに膝を屈める。

 狼を模した頭部が首を傾け、嗅ぎ取るように621を見据える。

 

『……戦友、先程から送信し続けている投降勧告を止めるんだ。意味は、無い。今更引き返せると思うのか』

 

『……』

 

『猟犬が、狩りに惑ってどうする』

 

 言葉の終わりと同時に、オルトゥスが飛び出した。

 

 機体の軽量フレームが空気を裂き、鋭く地を蹴る。

 足元の装甲板が砕け、狼の機影が一気に距離を詰める。

 

 621は、正面から迎え撃った。

 

 《レーザースライサー》と《パルスブレード》――

 二本の異なる“光の刃”が、ほぼ同時に衝突する。

 

 火花が閃き、空気が振動する。

 ENの波動が干渉し、光が弾け、鋼の悲鳴が甲板を這う。

 

 《スティールヘイズ・オルトゥス》が上段から斬り下ろす。

 《バルテウス》はそれを受け止め、肩ごと反らしつつ反撃の突きを叩き込む。

 

 ラスティの機体は、踊るようにバルテウスの死角を巡り、刃を振るう。

 鋭い、鋭い。まるで、ずっと前からこの瞬間を知っていたかのような軌道だった。

 

 だが、621も遅れは取らなかった。

 

 ブーストも砲撃もない今――だからこそ、彼女は“剣”だけに集中できた。

 機体を傾け、手首を返し、重力と反動を組み合わせてブレードを滑らせる。

 攻撃の“線”と“面”の両方でオルトゥスの斬撃を受け流し、返す。

 

 無駄な動きは、一切ない。

 

 言葉ではない。

 戦場の中でしか交わせない、信頼とも、憎しみともつかぬ“対話”。

 

『──621。これが、答えだ』

 

『……」

 

『今も私の中には、ちゃんと“いる”よ。……あの皮肉屋も、冗談好きの顔も──な』

 

 再び、衝突。

 

 両者のブレードが交差し、閃光が炸裂する。

 パルスエネルギーとレーザー粒子がぶつかり合い、空間が歪む。

 

『いつか君に言ったな!こんな現状は間違っていると!私が、それを打ち破って見せると!』

 

 バルテウスの脚部が軋む。

 オルトゥスの外装にも、いくつかの焦げ跡が刻まれていた。

 

『戦友、どうだ、戦う理由は見つかったか。それとも、まだハンドラーの言いなりか!』

 

『……』

 

 ――621!敵の通信に耳を貸してはいけません!

 

 ――今の貴方は明らかに冷静さを失っています!

 

 621がエアの声に苛立ち、赤い光を振り払うようにコックピットの内装を叩く。

 

 その瞬間だった。

 

 《バルテウス》の頭部センサーが、一瞬だけ何かを掠めた。

 

 空だ。

 

 高高度、遥か上層――軌道圏近く。重力境界を越えた空間から、何かが“落ちてくる”。

 

 否。

 

 飛んでくる。

 

 ――これは……強制割込通信です。

 

 懐かしくも、厳格な声がコクピットに響いた。

 

『621。グレイ執行上尉だ』

 

 通信の向こう側は、ノイズ混じりの低音だった。が、それでも伝わるものがある。

 その声には、いつもの“命令”の色がなかった。

 

『……戦況ログを見ていた。君の機体は著しく損傷し、交戦対象は……』

 

 

 一拍。

 

 音声が消える。

 

 それは、グレイが――“絶句”したことを意味していた。

 

 数秒の沈黙の後、静かな声が戻ってくる。

 

『……そうか。あの男が裏切った、ということか』

 

 

『……』

 

『特務准尉エリオット。その存在記録を即時破棄、並びにアーカイブから抹消……』

 

 別れを惜しむような声音ではなかった。

 

 それは、執行官の声。秩序のために全てを切り捨てる声だった。

 

 だが、それでもなお、微かに揺れていた。

 

『現有戦力での任務完遂は不可能と判断する。強制執行システム、起動』

 

 エアの声が急激に緊張を帯びる。

 

 ――621!高高度より物体接近。降下速度、秒速8,300メートル!

 

 ――降下物は……熱源・推進機関反応ともに通常規格外。内部に高濃度のコーラル粒子を含有しています!

 

 ――あれは……C兵器!コーラルを動力とするルビコン調査技研の遺物……

 

空が震えた。

 

 紅く染まった大気が、降下物の周囲から焼き裂かれる。

 目視ではただの光の尾に過ぎないが、センサー上でははっきりとした“形”を持っていた。

 

 空が叫ぶ。

 

 落下するはずのそれは、途中で空中機動を始めた。推進ユニットのベクタリングが大気を裂き、対空センサーに収束する熱源の塊が“生き物”としての輪郭を現す。

 

 

 紅の空を裂いて現れたそれは、空を這うように飛来した。

 

 降下地点――まさに621とラスティが対峙する《ウォール》の甲板中央。

 

 着地の衝撃はなかった。

 

 ただ、静かに。

 

 だが異様に、粘性のある動作で、6本の長大な脚が甲板をつかみ取った。

 

 艦の振動が一瞬にして止まる。

 それは、質量の問題ではない。

 

 恐怖に似た“圧”だった。

 

 鋼鉄の脚。根元に繋がるケーブル状の駆動筋。

 そして、それらを制御する中心核――脈動するようにコーラルの赤光を発するコアユニットが、空中に浮遊していた。

 

 蜘蛛――海蜘蛛。

 

《C兵器:シースパイダー》

 

 その姿は、機械でありながら、生物的な“違和感”をまとっていた。

 

『C兵器……コーラルの危険性を説きながら、封鎖の維持にコーラルを用いた兵器を扱うか。これこそが、封鎖機構の矛盾の証明に他ならない』

 

 ラスティの声が、珍しく怒気を孕んでいた。

 

 シースパイダーの動きは、明らかに戦闘中の両者を“監視”していた。

 

 そして次の瞬間、甲板に這っていた一本の脚が――襲いかかった。

 

 それは、ラスティに向かっていた。

 

『ちっ……!』

 

 オルトゥスが咄嗟に飛び退く。その脚が叩きつけられた場所は、衝撃で凹み、甲板が亀裂を生じる。

 

放射状に展開された6本の脚のうち、2本の先端が裂け、内蔵されていたレーザー発射機構が展開された。無機質な形状のまま、じわじわと角度を調整し――

 

 突如、放たれる。

 

 《ズァァァァァ――――ッ!!》

 

 空間そのものが軋むような音。

 

 一条、二条、三条――否、錯視ではない。複数のコーラルレーザーが、異なる角度からスティールヘイズ・オルトゥスを追い込むように奔った。

 

『……良いだろう、諸共に相手しようじゃないか』

 

 バルテウスのコクピット内、警告アラートの波が重なる。だが、その照準軸には621はいない。

 

 ――621、シースパイダーは貴方を完全に“味方認識”しています。

 

 ――この状況、利用できるかもしれません。

 

 ラスティの機体が斜めに跳ねる。反動でスラスターが焼き付き、装甲の一部がレーザーに炙られて融解する。頭部センサーが僅かに焼け付き、機体挙動にノイズが混じる。

 

 《シースパイダー》の脚部が閃光を纏い、次々とレーザーを吐き出す。

 

 甲板が灼かれる。鋼鉄の装甲はたちまち熱を帯び、数秒後には融解し、そこから内部構造が剥き出しとなっていく。

 

 《スティールヘイズ・オルトゥス》はその破壊の嵐の中で跳ね、滑り、爪を立てて生き延びる。

 

 しかし――そのたび、甲板には深い焼痕と亀裂が刻まれていった。

 

 ――621、ウォールのダメージが急速に蓄積しています。

 

 ――船体構造に限界が近づいています。

 

 エアの声が冷静に響く。

 

 ――航行速度、マイナス16%……現在、対空照準衛星が追跡可能な速度域に到達。

 

 621の視界に、ちらつく衛星データ。

 

《グリッド086》

《軌道座標ロック可能》

《衛星砲:待機中》

 

 ラスティがコーラルレーザーを掠めながら回避を続けている。だがその動きも、明らかに鈍り始めていた。装甲の焦げ、関節部のスパーク、過熱による機体反応の鈍化。

 

 《シースパイダー》のレーザーは、まるで戦場そのものを焼却するように、無差別かつ精密だった。

 

 脚部が再び動く。一本、また一本――そのたびに鋼が折れ、熱が大気を切り裂き、甲板が悲鳴を上げる。

 

 《ウォール》そのものが、ゆっくりと崩壊し始めていた。

 

 ――621、この状態が続けば、艦の推進構造は機能停止。

 

 ――それ以降は……座標ロックによる衛星砲照準が、確定します。

 

 621は視線を前に向ける。

 

 そこには、なおも戦い続ける《スティールヘイズ・オルトゥス》があった。

 片膝をつきながらも、再び起き上がろうとする。

 

 コックピットの中、警告灯がまた一つ、赤く点滅した。

 

 《ウォール》は限界にあった。艦体構造は焼かれ、振動はもはや震えではなく、崩落の前兆と化している。甲板のあちこちで爆発が断続的に起き、管制ラインの接続も喪失し始めていた。

 

 ――621、このままでは、艦ごと焼かれます。

 

 ――逃げてください。今なら、まだ間に合うかもしれません。

 

『拒否』

 

 621は静かに言い、視界に映る《スティールヘイズ・オルトゥス》を見据える。

 

 その背後――《シースパイダー》の脚部が再び回転を始める。照準がラスティに定まり、次なるコーラルレーザーの発射準備が完了しつつあった。

 

 ――621、ラスティはもう限界です。

 

 ――任務はシースパイダーに引き継ぎ、離脱しましょう。

 

 エアの声が告げるが、それに彼女は応じなかった。

 

『……戦友』

 

 ――621……?

 

 次の瞬間、《バルテウス》が動いた。

 

 脚部のバランサーが限界に軋み、ブースターの残存推力が散る中で――621は《シースパイダー》の射線へ、自ら躍り出た。

 ――621!?危険です!

 

 《シースパイダー》の動きが止まった。

 

 異様な沈黙。

 

 機械でありながら、生物めいた“意志”を持つかのようなその存在が――一瞬、判断を保留する。

 

 ――シースパイダー、発射動作を停止。

 

 ――照準内に友軍判定である621が侵入した事により、戦闘行動が強制停止となったようです。

 

 ――621、これを狙って……?

 

『……あえて有利を手放すか。君らしいな、戦友』

 

 ラスティの声が響いた。

 

 《オルトゥス》は、膝をついたまま顔を上げる。

 

『ならば、応じよう。最後の対話だ、戦友』

 

 621は答えない。ただ、両手のパルスブレードを構え、もう一歩――そして、さらに一歩前へ進む。

 

 その光景は、まるで“執行”の儀式のようだった。

 

 熱と赤光に染まった甲板の上、二機の機体が向かい合う。

 

 上空では《シースパイダー》が脚を静止させ、まるで審判者のように戦場を見下ろしていた。

 

 刹那、二機は同時に動いた。

 

 《スティールヘイズ・オルトゥス》の脚部が地を蹴る。低く、速く、鋭く。機体の損傷などものともせず、狼は最後の跳躍を見せた。

 

 だが、それを待っていたかのように――《バルテウス》が滑るように前に出た。

 

 621の動きに、迷いはなかった。両手に握ったパルスブレードが、十字を描くように前へと突き出される。

 

 《レーザースライサー》と《パルスブレード》、再び衝突。

 

 だが今回は――わずかに、ほんの僅かに621の“間合い”が早かった。

 

『──ッ!!』

 

 ラスティの呻きが通信に乗って漏れる。

 

 《パルスブレード》がオルトゥスの左肩部に突き刺さる。

 次の瞬間、もう片方のブレードが、旋回するように加速――

 

 装甲ごと、機械ごと、関節から下を断ち切る。

 

 

 《スティールヘイズ・オルトゥス》の左腕が、爆散する火花とともに宙を舞った。

 

 それは、鋼鉄の断末魔だった。

 

 レーザースライサーが無力に空を払う。刃はもはや、振るわれる先を持たず、ただ宙を切っただけで終わる。

 

 《オルトゥス》は、片膝をついた。

 

 火花が散り、EN冷却が追いつかず、機体全体が蒸気とオイルにまみれて軋む。

 

『……見事だ』

 

ラスティの声がかすれた通信の中に、確かにあった。

 

 621は《バルテウス》のブレードを振りかぶる。

 

 刃の輪郭が、熱で歪む空気に溶け込みながら、ゆっくりと高く掲げられる。

 

 《オルトゥス》の狼頭が、かすかに傾いた。

 

 だが――その瞬間、621の動きが止まった。

 

 システムエラーではない。機体トラブルでも、EN不足でもない。

 

 ――ただ、“振り下ろせなかった”。

 

 コクピット内、警告灯が点滅を続けるなか、621の両腕は、まるで時間の中に縫いとめられたかのように硬直していた。

 

 ――621……?何故。

 

 エアの問いが、抑えきれない感情を滲ませる。

 

 それでも621は答えない。いや――答えられない。

 

 ラスティの声が、ゆっくりと続く。

 

『戦友、なんのつもりだ。情けには何の意味もない、君が、それを1番良く知っていたはずだ』

 

 

 その言葉に、621の視界がかすかに揺れた。

 

 だがその一瞬――

 

 《シースパイダー》が動いた。

 

 動作停止していた六脚のうち、一本がゆっくりと旋回し、再び《オルトゥス》へと向けられる。

 

 直後、警告音が鳴り響く。

 

 ――シースパイダー、コーラルレーザーの発射動作を再開!

 

 ――自立兵器はあくまで任務を優先します、貴方ごとラスティを……!

 

 ――621、危険です!

 

『……!』

 

 間に合わない。

 

 真紅が閃いた。

 

 ズァァァアアア――――ッ!!

 

 だがその直前――スティールヘイズ・オルトゥスが飛び出し、バルテウスへ。

 

 直撃を避けさせるように、残った右腕で621を弾き飛ばした。

 

『君は本能を失った、猟犬失格だ。やはり、ルビコンを出るべきだった』

 

 閃光が甲板を貫通し、爆音と衝撃波とともにスティールヘイズ・オルトゥスの頭部を撃ち抜いた。

 

 光が、火花が、吹き飛ぶ鉄片が視界を満たす。

 

 同時に――

 

 《ウォール》の艦体に、致命的な一撃が加わった。

 

コーラルレーザーが艦の動力区画を貫通し、制御中枢へ直撃。

 

 内部で爆発が連鎖し、艦橋構造が崩れ、艦全体が大きく傾いた。

 

 そして――

 

 《衛星砲、照準完了》

 

 《対象グリッド:武装化恒星間入植船ウォール、ロック完了》

 

 ――冷たい、機械の声が、宣告するように響く。

 

 空に浮かぶ紅の光――衛星軌道上の巨大質量が、今まさに、死を打ち下ろした。

 

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