ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第43話 兄妹

 緊急信号が居住区全体に鳴り響く。

 

 低く唸るようなサイレンと、非常灯火に切り替わった赤い室内が焦燥感を駆り立てる。

 

 621は毛布を乱暴に振り払った。まだ薬剤の残滓が脳内に残っている。指先が震え、視界の輪郭は霞んでいたが、それでも動かなくてはならなかった。

 

 自動起動した電動車椅子が、彼女の腰をゆっくりと支え上げる。

 

ブレーキが外れ、無音の駆動音と共に、621の身体が滑るように前進を始めた。

 

 扉が自動で開く。居住区の廊下は赤い非常灯に照らされ、影が濃く落ちていた。

 天井のスピーカーからは、繰り返し警報と状況報告が流れている。

 

 《──構造物への直接侵入が確認されました。全防衛部隊は即時戦闘配置へ──》

 

 前方の分岐で、装甲ベストを着込んだ警備部隊が走っていた。

 数名の兵士が621を一瞥するが、誰も声をかける暇はない。

 

 その脇を、爆音のように踏み鳴らされる軍靴が駆け抜ける。

 装甲に身を包んだ執行部隊員たちだ。

 

 一瞬、先頭を走る男が621に目を留めた。

 仮面型のバイザー越しに、言葉の代わりの小さな頷きが交わされる。

 

「621……特務准尉。無理はするな、だが……もし、また共に戦ってくれるなら、頼むぞ」

 

 そのまま、彼らは疾風のように視界の先へ消えていく。

 

 621の車椅子はそれに遅れながらも、黙々と進んでいく。

 自律ナビが最短経路を導き出し、壁面のハッチが順に開いていく。

 

 だが、そのたびに基地の悲鳴が耳へと届いた。

 

 上層から聞こえる金属音。爆発の余波。空気圧の変化。焼け焦げたオゾンの臭い。

 

 ――格納庫。

 

 重たいシャッターがゆっくりと開かれると、すぐさま熱と騒音が押し寄せてきた。

 

 整備班が怒号を飛ばし合い、資材搬送ドローンが床を走り回り、次々と起動コードが叫ばれていく。オペレーターの声がスピーカーを通じて鳴り響き、警報音と混ざり合っていた。

 

 その混沌の中心に621の機体――《バルテウス》があった。

 

 格納フレームに支えられたその機体は、まるで深い眠りに就いているように、沈黙していた。だが、その装甲の奥に眠る熱は、まだ消えていない。

 破損した武装・推進ユニットや外部装甲、センサー類は全て取り替えられ、主を黙々と待ち続けていた。

 

「特務准尉!搬送リフトを起動します。姿勢を固定して、こちらへ!」

 

 格納庫の整備士が叫ぶ。621の姿を見るなり、すぐに昇降装置が動き出した。

 

 電動車椅子が格納リフトへ乗り込み、昇降が始まる。

 機械式の昇降プラットフォームが唸りを上げ、ゆっくりと上昇していく。

 

 周囲で走り回る人々の中に、彼女を見つめる者がいた。驚きと、恐れと、希望とがないまぜになった眼差し。

 

 ――生きていたのか、と。

 

 ――戦えるのか、と。

 

 621は何も答えず、ただ前を見据えていた。

 

 《バルテウス》の胸部、搭乗ハッチが重々しく展開される。

 長い階段状のアームが伸び、リフトと接続される。

 

 電動車椅子がそのまま機体内部へと進む。内部照明が点灯し、骨格のような補助アームが自動的に621の身体を受け取り、搭乗用スリットへと収めていく。

 

 全てが、手順通り。

 

 問題なく――そこまでは、進んだ。

 

 だが。

 

 コックピットが閉じられ、視界がバルテウスのHUDに切り替わった瞬間。

 

 621の指が、止まった。

 

 起動キーへと伸ばしたその手が、震える。

 

 冷や汗が額を伝い、鼓膜の奥で警報音が反響する。

 

 《起動待機。神経同調開始プロトコル──入力を確認できません》

 

 システム音が何度も繰り返される。だが、彼女の身体は動かない。

 

 ――621、あなたの心身は、強いストレスにより傷付いています。

 

 ――心的外傷後ストレス障害、PTSD。

 

 ――本来、貴方は長期的な治療を必要とする状態にあります。どうか無理は……

 

 エアの声が静かに、だが明確な不安を帯びて響く。

 

 621は――動けなかった。

 

 眼前に浮かぶ、衛星砲の閃光。

 

 焼ける空。吹き飛ぶAC。崩れ落ちる《ウォール》の残骸。

 

 そして、彼の最後の言葉。

 

『君は本能を失った、猟犬失格だ』

 

 彼女の胸を掴むように、再び悪夢が押し寄せた。

 

 ――そのときだった。

 

 突如として、バルテウスの内部通信が切り替わる。

 

 ノイズ混じりの回線に、聞き慣れた、低く、静かな男の声が滲んできた。

 

『……621。俺だ』

 

 胸が、わずかに震えた。

 

 その声を聞いただけで、凍り付いていた神経の奥に、微かな熱が走る。

 

 通信は通常チャンネルではなかった。記録されない、秘匿経路。直接621の機体へ繋がれた音声だった。

 

『状況は把握している。執行部隊が既に戦線を展開しつつある。俺自身も、増援部隊を率いてこの軌道基地に向かっている』

 

 ゆっくりと、彼の声が続く。

 

『お前の状態は、医務局の報告で全て見た。今は出撃するべきではない。621、機体のコアパーツは堅牢なシェルターとしても機能する、機体は起動させず、そこを動くな』 

 

 沈黙。

 

 だが、621はそれに返せない。

 

 胸の奥で、衛星砲の光がまだ明滅している。焼かれた大気。破裂した《オルトゥス》。残響のように繰り返される、エリオットの声。

 

 ――君は本能を失った。

 

『生存を優先しろ、621』

 

 震える手を降ろしかけた、瞬間。

 

 格納庫の天井が、爆ぜた。

 

 轟音と共に巨大な影が飛び込んでくる。

 特徴的な3連装レーザーキャノン、高火力リニアライフル、金青色の装甲纏った重量四脚機体――《アスタークラウン》。

 

 《完成された傭兵》、キングが突入してきたのだ。

 

 整備士たちの悲鳴が上がり、警報音が一層高まる。格納フレームの支柱が軋み、格納庫内に火花と鉄屑が散った。

 

 《アスタークラウン》の脚部が床を穿ち、滑るようにバルテウスに接近していく。

 

 その異形の眼が、真っ直ぐに621を見据えていた。

 

 思考よりも先に、身体が反応していた。

 

 震えていた指が、起動キーを叩き込む。

 

 《神経同調プロトコル開始──パルス同期、接続》

 

 次の瞬間、格納アームが爆音と共に軋み、引きちぎられた。

 

 《バルテウス》が目を覚ます。

 

 スラスターユニットが唸りを上げ、機体が強制的に支柱を破砕しながら後退。

 

 煙と火花の中、バルテウスが格納庫の端へと距離を取る。

 

 ――621、機体起動を確認──!だめです、まだ完全な同調が――

 

 エアの声が焦燥を帯びるが、それに対する返答はなかった。

 

 ただ、621は息を呑みながらモニターを見据えていた。

 

 敵が、すぐそこにいる。

 

 思考も理屈も、すべてが間に合わない。

 

 あの悪夢の続きを拒むように、621の意識が、戦場へと引き戻されていく。

 

 その視界に、ゆっくりと《アスタークラウン》が旋回し、リニアライフルの銃口をこちらに向ける姿が映り込んだ。

 

『特務機体……データにあったバルテウスか。起動前に破壊したかったが、仕方ない』

 

 《バルテウス》の駆動系が軋む。

 

 621の両手は、操縦桿をしっかりと握っていた――はずだった。しかしその握力は未だ不安定で、動きにわずかな遅延が生じていた。

 

 同期率、82%。戦闘には足りない。

 

 だが、それでも。

 

『コード15。敵機からの攻撃に対処する』

 

 瞬間、武装システムが起動し、バルテウスの腕部に装備された近接制圧武装――ガドリングガンが構えられる。

 

 銃口が火を吹いた。

 

 怒涛のような射撃。格納庫の空気が震え、排莢音と放熱が交錯する。

 

 連射された砲火が、金青の《アスタークラウン》を覆い尽くす。火線、爆発、圧力波――621の恐怖を叩きつけるような猛攻だった。

 

 だが、キングは動じない。

 

 《アスタークラウン》が機体左肩をわずかに傾けた。

 

 そこには、半透明の薄緑に発光する巨大な円盾――《パルススクトゥム》

 

 高出力のパルスフィールドが、正面からの射撃をすべて受け止め、偏向し、いなしていく。

 

 爆風すら掠らせず、キングは冷静に前進した。

 

『闇雲な射撃がこのアスタークラウンに通用すると思うなよ』

 

 《アスタークラウン》の右肩ユニットが駆動し、3連装レーザーキャノンの連なった砲口が全て621に指向された。

 コックピットにアラートが鳴り響く。

 

 一閃。

 

 折り重なった光線がバルテウスの右肩装甲を抉る。急制動をかけた621は、咄嗟に旋回し回避機動に入るが、機体の応答が遅れる。PTSD由来の神経同調の乱れが、その一瞬を奪った。

 

 ――621!反応速度遅延!この遅れは、致命的です。

 

 ――機体操作を代わります。機体の電子防護を解除してください!

 

「……」

 

 バルテウスがよろける。機体左脚が支柱に引っかかり、格納庫床の資材を薙ぎ倒しながらスライド。

 

 直後。

 

 キングが放った電磁加速弾が床面に着弾、整備用のドローン数機と隣接していた換装ユニットが爆散。

 

 火花と破片が吹き荒れ、バルテウスの周囲を炎と煙が覆う。

 

 近くに仮設されていたテスト機体の脚部が吹き飛び、天井から吊られていた資材搬送クレーンが崩落して火花をまき散らす。

 

 格納庫は一瞬にして戦場と化した。

 

 爆炎の中、今なお近づいてくるキング。

 

 《完成された傭兵》――その名は伊達ではない。

 

 その圧倒的な機動と精密さ、そして“躊躇のなさ”が、621の傷をあざ笑うように迫っていた。

 

 彼女の中で、再びフラッシュバックが走る。

 

 赤い空。

 

 輝く光。

 

「……」

 

 ――621!急速に近付く機体反応……これは。

 

 格納庫全体に、重低音と振動が走る。

 

 直後、外部シャッターの一枚が警告灯と共に強制開放され――

 

 閃光と共に、四機のACが乱入した。

 

 先頭に飛び込んできたのは、ガドリングガンを構え弾幕を形成する灰色のRaD製AC。機体識別コードは自動でバルテウスのHUDに表示された。

 

《IFF信号確認。味方識別:封鎖機構臨時増援部隊──コールサイン:ハウンズ》

 

『コード23、現着』

 

 各機体の識別名が次々と表示されていく。

 

《強化人間C4-617》

 

 続いてアサルトライフルとレーザーライフルを構えた狙撃型のACが、即座に《アスタークラウン》との間に割って入る。

 パルススクトゥムの間隙を縫う精密な射撃が、《アスタークラウン》に後退を強要させた。

 

《強化人間C4-620》

 

 後方からは、重装備の高火力型AC機体が侵入。

 

 12連装ミサイルを展開し、《アスタークラウン》を追い立てる様に次々と炸裂させていく。間に入るように滑り込むその動きは、まるで壁のようだった。

 

《強化人間C4-619》

 

 最後に現れたのは、比較的軽装備の機体。

 アサルトライフルとパルスブレードで武装した灰色の機体はバルテウスの側に迷いなく滑り込む。

 

 灰色の機体は、静かにまるで“横に並ぶ”ようにしてその巨体を見上げた。

 

 次の瞬間、通信が621のコックピットに入る。

 

《強化人間C4-618》

 

『621、機体再起動を実施』

 

 それは621の様に必要最低限のみの通信。

 しかし、彼女よりも微かに熱を孕んでいた。

 

『まだ戦えるか』

 

 一呼吸、間が置かれる。

 

『ウォルターが待ってる』

 

「……!」

 

 次の瞬間、C4-618の機体は跳躍し、前衛の仲間たちに合流していく。

 

 《ハウンズ》が陣形を敷き、《アスタークラウン》と交戦を開始するその一歩手前――

 

 格納庫の片隅、破壊された床材に散らばる火花の中、バルテウスのコックピットで621の手が、わずかに動いた。

 

 ――621、再起動を開始します。

 

 ――同期率、99%まで回復。

 

 エアの声が静かに、支えるように告げる。

 

 再び握り締められる操縦桿。

 

 振るえるその手が、力を取り戻していく。

 

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