ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
緊急信号が居住区全体に鳴り響く。
低く唸るようなサイレンと、非常灯火に切り替わった赤い室内が焦燥感を駆り立てる。
621は毛布を乱暴に振り払った。まだ薬剤の残滓が脳内に残っている。指先が震え、視界の輪郭は霞んでいたが、それでも動かなくてはならなかった。
自動起動した電動車椅子が、彼女の腰をゆっくりと支え上げる。
ブレーキが外れ、無音の駆動音と共に、621の身体が滑るように前進を始めた。
扉が自動で開く。居住区の廊下は赤い非常灯に照らされ、影が濃く落ちていた。
天井のスピーカーからは、繰り返し警報と状況報告が流れている。
《──構造物への直接侵入が確認されました。全防衛部隊は即時戦闘配置へ──》
前方の分岐で、装甲ベストを着込んだ警備部隊が走っていた。
数名の兵士が621を一瞥するが、誰も声をかける暇はない。
その脇を、爆音のように踏み鳴らされる軍靴が駆け抜ける。
装甲に身を包んだ執行部隊員たちだ。
一瞬、先頭を走る男が621に目を留めた。
仮面型のバイザー越しに、言葉の代わりの小さな頷きが交わされる。
「621……特務准尉。無理はするな、だが……もし、また共に戦ってくれるなら、頼むぞ」
そのまま、彼らは疾風のように視界の先へ消えていく。
621の車椅子はそれに遅れながらも、黙々と進んでいく。
自律ナビが最短経路を導き出し、壁面のハッチが順に開いていく。
だが、そのたびに基地の悲鳴が耳へと届いた。
上層から聞こえる金属音。爆発の余波。空気圧の変化。焼け焦げたオゾンの臭い。
――格納庫。
重たいシャッターがゆっくりと開かれると、すぐさま熱と騒音が押し寄せてきた。
整備班が怒号を飛ばし合い、資材搬送ドローンが床を走り回り、次々と起動コードが叫ばれていく。オペレーターの声がスピーカーを通じて鳴り響き、警報音と混ざり合っていた。
その混沌の中心に621の機体――《バルテウス》があった。
格納フレームに支えられたその機体は、まるで深い眠りに就いているように、沈黙していた。だが、その装甲の奥に眠る熱は、まだ消えていない。
破損した武装・推進ユニットや外部装甲、センサー類は全て取り替えられ、主を黙々と待ち続けていた。
「特務准尉!搬送リフトを起動します。姿勢を固定して、こちらへ!」
格納庫の整備士が叫ぶ。621の姿を見るなり、すぐに昇降装置が動き出した。
電動車椅子が格納リフトへ乗り込み、昇降が始まる。
機械式の昇降プラットフォームが唸りを上げ、ゆっくりと上昇していく。
周囲で走り回る人々の中に、彼女を見つめる者がいた。驚きと、恐れと、希望とがないまぜになった眼差し。
――生きていたのか、と。
――戦えるのか、と。
621は何も答えず、ただ前を見据えていた。
《バルテウス》の胸部、搭乗ハッチが重々しく展開される。
長い階段状のアームが伸び、リフトと接続される。
電動車椅子がそのまま機体内部へと進む。内部照明が点灯し、骨格のような補助アームが自動的に621の身体を受け取り、搭乗用スリットへと収めていく。
全てが、手順通り。
問題なく――そこまでは、進んだ。
だが。
コックピットが閉じられ、視界がバルテウスのHUDに切り替わった瞬間。
621の指が、止まった。
起動キーへと伸ばしたその手が、震える。
冷や汗が額を伝い、鼓膜の奥で警報音が反響する。
《起動待機。神経同調開始プロトコル──入力を確認できません》
システム音が何度も繰り返される。だが、彼女の身体は動かない。
――621、あなたの心身は、強いストレスにより傷付いています。
――心的外傷後ストレス障害、PTSD。
――本来、貴方は長期的な治療を必要とする状態にあります。どうか無理は……
エアの声が静かに、だが明確な不安を帯びて響く。
621は――動けなかった。
眼前に浮かぶ、衛星砲の閃光。
焼ける空。吹き飛ぶAC。崩れ落ちる《ウォール》の残骸。
そして、彼の最後の言葉。
『君は本能を失った、猟犬失格だ』
彼女の胸を掴むように、再び悪夢が押し寄せた。
――そのときだった。
突如として、バルテウスの内部通信が切り替わる。
ノイズ混じりの回線に、聞き慣れた、低く、静かな男の声が滲んできた。
『……621。俺だ』
胸が、わずかに震えた。
その声を聞いただけで、凍り付いていた神経の奥に、微かな熱が走る。
通信は通常チャンネルではなかった。記録されない、秘匿経路。直接621の機体へ繋がれた音声だった。
『状況は把握している。執行部隊が既に戦線を展開しつつある。俺自身も、増援部隊を率いてこの軌道基地に向かっている』
ゆっくりと、彼の声が続く。
『お前の状態は、医務局の報告で全て見た。今は出撃するべきではない。621、機体のコアパーツは堅牢なシェルターとしても機能する、機体は起動させず、そこを動くな』
沈黙。
だが、621はそれに返せない。
胸の奥で、衛星砲の光がまだ明滅している。焼かれた大気。破裂した《オルトゥス》。残響のように繰り返される、エリオットの声。
――君は本能を失った。
『生存を優先しろ、621』
震える手を降ろしかけた、瞬間。
格納庫の天井が、爆ぜた。
轟音と共に巨大な影が飛び込んでくる。
特徴的な3連装レーザーキャノン、高火力リニアライフル、金青色の装甲纏った重量四脚機体――《アスタークラウン》。
《完成された傭兵》、キングが突入してきたのだ。
整備士たちの悲鳴が上がり、警報音が一層高まる。格納フレームの支柱が軋み、格納庫内に火花と鉄屑が散った。
《アスタークラウン》の脚部が床を穿ち、滑るようにバルテウスに接近していく。
その異形の眼が、真っ直ぐに621を見据えていた。
思考よりも先に、身体が反応していた。
震えていた指が、起動キーを叩き込む。
《神経同調プロトコル開始──パルス同期、接続》
次の瞬間、格納アームが爆音と共に軋み、引きちぎられた。
《バルテウス》が目を覚ます。
スラスターユニットが唸りを上げ、機体が強制的に支柱を破砕しながら後退。
煙と火花の中、バルテウスが格納庫の端へと距離を取る。
――621、機体起動を確認──!だめです、まだ完全な同調が――
エアの声が焦燥を帯びるが、それに対する返答はなかった。
ただ、621は息を呑みながらモニターを見据えていた。
敵が、すぐそこにいる。
思考も理屈も、すべてが間に合わない。
あの悪夢の続きを拒むように、621の意識が、戦場へと引き戻されていく。
その視界に、ゆっくりと《アスタークラウン》が旋回し、リニアライフルの銃口をこちらに向ける姿が映り込んだ。
『特務機体……データにあったバルテウスか。起動前に破壊したかったが、仕方ない』
《バルテウス》の駆動系が軋む。
621の両手は、操縦桿をしっかりと握っていた――はずだった。しかしその握力は未だ不安定で、動きにわずかな遅延が生じていた。
同期率、82%。戦闘には足りない。
だが、それでも。
『コード15。敵機からの攻撃に対処する』
瞬間、武装システムが起動し、バルテウスの腕部に装備された近接制圧武装――ガドリングガンが構えられる。
銃口が火を吹いた。
怒涛のような射撃。格納庫の空気が震え、排莢音と放熱が交錯する。
連射された砲火が、金青の《アスタークラウン》を覆い尽くす。火線、爆発、圧力波――621の恐怖を叩きつけるような猛攻だった。
だが、キングは動じない。
《アスタークラウン》が機体左肩をわずかに傾けた。
そこには、半透明の薄緑に発光する巨大な円盾――《パルススクトゥム》
高出力のパルスフィールドが、正面からの射撃をすべて受け止め、偏向し、いなしていく。
爆風すら掠らせず、キングは冷静に前進した。
『闇雲な射撃がこのアスタークラウンに通用すると思うなよ』
《アスタークラウン》の右肩ユニットが駆動し、3連装レーザーキャノンの連なった砲口が全て621に指向された。
コックピットにアラートが鳴り響く。
一閃。
折り重なった光線がバルテウスの右肩装甲を抉る。急制動をかけた621は、咄嗟に旋回し回避機動に入るが、機体の応答が遅れる。PTSD由来の神経同調の乱れが、その一瞬を奪った。
――621!反応速度遅延!この遅れは、致命的です。
――機体操作を代わります。機体の電子防護を解除してください!
「……」
バルテウスがよろける。機体左脚が支柱に引っかかり、格納庫床の資材を薙ぎ倒しながらスライド。
直後。
キングが放った電磁加速弾が床面に着弾、整備用のドローン数機と隣接していた換装ユニットが爆散。
火花と破片が吹き荒れ、バルテウスの周囲を炎と煙が覆う。
近くに仮設されていたテスト機体の脚部が吹き飛び、天井から吊られていた資材搬送クレーンが崩落して火花をまき散らす。
格納庫は一瞬にして戦場と化した。
爆炎の中、今なお近づいてくるキング。
《完成された傭兵》――その名は伊達ではない。
その圧倒的な機動と精密さ、そして“躊躇のなさ”が、621の傷をあざ笑うように迫っていた。
彼女の中で、再びフラッシュバックが走る。
赤い空。
輝く光。
「……」
――621!急速に近付く機体反応……これは。
格納庫全体に、重低音と振動が走る。
直後、外部シャッターの一枚が警告灯と共に強制開放され――
閃光と共に、四機のACが乱入した。
先頭に飛び込んできたのは、ガドリングガンを構え弾幕を形成する灰色のRaD製AC。機体識別コードは自動でバルテウスのHUDに表示された。
《IFF信号確認。味方識別:封鎖機構臨時増援部隊──コールサイン:ハウンズ》
『コード23、現着』
各機体の識別名が次々と表示されていく。
《強化人間C4-617》
続いてアサルトライフルとレーザーライフルを構えた狙撃型のACが、即座に《アスタークラウン》との間に割って入る。
パルススクトゥムの間隙を縫う精密な射撃が、《アスタークラウン》に後退を強要させた。
《強化人間C4-620》
後方からは、重装備の高火力型AC機体が侵入。
12連装ミサイルを展開し、《アスタークラウン》を追い立てる様に次々と炸裂させていく。間に入るように滑り込むその動きは、まるで壁のようだった。
《強化人間C4-619》
最後に現れたのは、比較的軽装備の機体。
アサルトライフルとパルスブレードで武装した灰色の機体はバルテウスの側に迷いなく滑り込む。
灰色の機体は、静かにまるで“横に並ぶ”ようにしてその巨体を見上げた。
次の瞬間、通信が621のコックピットに入る。
《強化人間C4-618》
『621、機体再起動を実施』
それは621の様に必要最低限のみの通信。
しかし、彼女よりも微かに熱を孕んでいた。
『まだ戦えるか』
一呼吸、間が置かれる。
『ウォルターが待ってる』
「……!」
次の瞬間、C4-618の機体は跳躍し、前衛の仲間たちに合流していく。
《ハウンズ》が陣形を敷き、《アスタークラウン》と交戦を開始するその一歩手前――
格納庫の片隅、破壊された床材に散らばる火花の中、バルテウスのコックピットで621の手が、わずかに動いた。
――621、再起動を開始します。
――同期率、99%まで回復。
エアの声が静かに、支えるように告げる。
再び握り締められる操縦桿。
振るえるその手が、力を取り戻していく。