ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第45話 団欒

 人工照明の柔らかな明かりが、談話室のスチール製の壁を鈍く照らしていた。

 

 戦闘後の一時的な休息。隔離された居住区画、その奥にある小さなスペース。

 

 並べられた椅子と、最低限のテーブル。壁には飲料サーバーと小さなスクリーンがあり、今は音を消した状態で戦況ニュースの映像だけが流れている。

 

 621はテーブルの一角に、車椅子で静かに座っていた。淡い白髪が額にかかり、赤い瞳がうっすらと沈黙の空間を見渡している。

 

 やや遅れて、扉が開き、年老いた男が杖をついて現れる。

 

 惑星封鎖機構部外戦術顧問、ハンドラー・ウォルター。

 

 私服姿。軍装からは外れた落ち着いた布製のコートを羽織り、腰には年季の入った拳銃が装備されている。

 

「621……直接会うのは久しぶりだな。元気にしていたか」

 

『体調については良好』

 

 端末に映し出された短い文を見て、ウォルターは薄く微笑む。

 

「お前に紹介したい者たちがいる、入ってこい」

 

 彼は扉の横で立ち止まり、後ろを手招いた。

 

 その背後から現れたのは──四人の男たち。

 

 《C4-617》《C4-618》《C4-619》《C4-620》。

 

 かつて621と同じ施設で生まれ、ウォルターの元で訓練され、生き延びてきた第4世代強化人間たち。

 

 彼らは皆、白銀の髪を持ち、赤い瞳をしていた。

 

 表情はない。まるで感情という仕組みが省かれた機械のように整った顔立ち。だがその体躯は全員、兵士として極限まで鍛えられ、機械の補助すら不要なほどの肉体を備えている。

 

 立ち並ぶ強化人間の中で、ただ一人──621だけが車椅子に座っていた。

 

 その視線が、一人ずつ彼らの顔を見つめていく。彼らも同じように、それぞれ数秒ずつ、621を見つめ返していた。

 

 ウォルターがわずかに肩を落とし、言う。

 

「……改めて紹介しよう。彼らは《ハウンズ》。621、お前の──兄たちだ」

 

 沈黙。

 

 そして、最初に口を開いたのは《C4-617》、大豊製ガトリングガンを用いた弾幕戦術が印象的な、最も大柄な男。

 

「生存を確認。指令受領済み」

 

 キング戦では狙撃、中距離射撃を主としたACに搭乗していた《C4-620》がそれに続く。

 

「戦闘時、同期率に不安定な変動。原因はPTSDか。今後の交戦では予測補完を行う」

 

 12連装ミサイルやグレネードを装備した重武装ACに搭乗していた《C4-619》は短く頷いただけ。

 

 《C4-620》は一歩だけ621の方へと近づいたが、やはり言葉はなかった。ただ、その赤い瞳が、わずかに柔らかさを帯びている。

 

 ウォルターが苦笑する。

 

「口数の少なさも、お前と一緒だな」

 

 しばしの沈黙のあと、ウォルターが「お前たち、座れ」と軽く促すと、《ハウンズ》の面々は無言のままそれぞれ椅子を引いた。

 

 小さなテーブルに、5人の屈強な男たちと1人の少女が揃う光景。無骨で物静かな“家族”のようだった。

 

 しばし、六人の間に沈黙が漂う。

 

「……機構はどうだ、もう慣れたか」

 

 ウォルターがふと問いかけると、621は小さく頷いた。

 

 更に沈黙が続く。

 

 沈黙に耐えかねた《C4-617》が、621のカップに温かい飲み物を注ぐ。彼の指は無骨で大きく、ポットの取っ手が少し小さく見える。

 

「糖分を補給しろ」

 

 621はちらりと視線をやると、小さく頷く。その瞬間、《C4-619》がさりげなくテーブルの端を指先で整える。端末を置いた場所がわずかに斜めだったらしい。これも無言の気遣いだ。

 

 一人だけ違う。小さくて、壊れかけていて、傷が深い。

 

 だが、誰もそのことを話題にしなかった。

 

 誰も、“可哀想だから”と扱わなかった。

 

 ただ、自分たちの中に迎え入れるように──不器用な仕草で居場所を作っていた。

 

 ──私たちは、お前のことを知っている。

 

 見ていた。覚えている。今さら仲良くするつもりはないが、忘れてはいない。

 

 621は一瞬だけ眉を寄せた。何かを言いかけるが、やめて、ただ画面を見つめた。

 

 ややあって、カップに口をつける。

 

 甘い。予想より、ずっと。

 

 そして、不思議なことに──あたたかい。

 

 誰も笑わない。誰も泣かない。誰も喋りすぎない。

 

 それでも、そこには確かに「家族」のような空気が流れていた。

 

 ――無骨で、きまずくて、不器用で、でも。

 

 悪くない。

 

「ありがとう」

 

「構わない」

 

 短く感謝を述べると、同じくらい淡泊な返事が返ってきた。

 

 温かな沈黙が室内に流れる。

 

「お前たちの時間をしっかりと作ってやりたいが……まずはこれを見て欲しい」

 

 ウォルターがテーブルの端に備えられた簡易端末を操作する。

 

 室内のモニターが静かに起動し、立体映像で惑星軌道図と戦略ラインが表示された。

 

 その瞬間──空気が一変した。

 暖かさは凍り、全員の背筋がわずかに伸びる。621の指先も、無意識に操縦桿の残滓を求めるように動いた。

 

「作戦概要を共有する」

 

 ウォルターの声は、指揮官としてのそれに変わっていた。

 

「戦況はグレイ執行上尉が説明した通りだ。621、お前には特務部隊《ハウンズ》の一員として、行動してもらう」

 

 室内に、静かな緊張が広がっていく。

 

「《ブランチ》と呼ばれる独立傭兵組織は封鎖衛星の制御系をハッキングにより掌握し、軌道防衛網に深刻な穴を開けた。今回の襲撃は、そのための陽動──その実、衛星掌握が主目的だったと見ていい」

 

 モニターに、企業拠点と見られる複数の座標が表示される。

 

 「ベイラム、アーキバスの二大星外企業がこの間隙を突き、既にいくつか拠点を形成している。衛星砲はハッキングにより機能不全、地上戦力による直接攻撃のみが封鎖機構に残された唯一の攻撃手段となる」

 

 誰も反論しない。

 

 《C4-617》《618》《619》《620》、そして621。

 

 静かに──だが確かに頷いた。

 

 先ほどまでの温かな時間は、確かにそこにあった。

 

 だが、それは今この瞬間から、“作戦の中に持ち込むべきものではない”と、全員が理解していた。

 

 談話室の空気は、作戦ブリーフィングルームのそれへと変貌していた。

 

 ウォルターの指先が軽く動き、モニターに赤く囲われた座標が浮かび上がる。

 

「次の任務は、その不法に構築された企業拠点の破壊だ」

 

 映し出されたのは、ルビコンの赤褐色の大地に築かれた巨大な施設。上空からの偵察データには、遮蔽フィールドと推定される反応、複数の砲台、そしてAC格納庫と思しき構造が記録されていた。

 

「目標は、アーキバス・コーポレーション。もはや隠す気すらない、完全な軍事拠点を形成している」

 

ウォルターの声音が一段と低くなる。

 

「現地の指揮官は──《V.Ⅵ》、スウィンバーンだ」

 

 モニターに表示される、卑屈そうな笑みを浮かべた男のポートレート。機体情報は黒塗りが多く、武装から辛うじて砲撃に優れた機体である事が伺える。

 

 《C4-618》が、小さく目を細める。

 

「ヴェスパー……アーキバス直属のAC部隊か。面倒な相手だ」

 

言葉に感情はない。だがその眼差しには、確かな警戒と、わずかな興味が滲んでいた。

 

「こちらの目的は拠点の無力化および破壊。衛星掌握の対抗措置としての“地上掃討”だが、ヴェスパー部隊の存在により困難が予想される。スウィンバーンは会計責任者でもあり、この拠点は事務的な処理を担う重要拠点だろう。彼だけではなく他の《番号付き》が護衛に当たっている可能性も視野に入れろ」

 

 それを聞いていた《C4-617》が、ゆっくりと呟く。

 

「では、隠密作戦を?」

 

 ウォルターは頷く。

 

「そうだ、正面からぶつかるつもりはない。今回は二段構えの作戦だ。まずは外縁に展開された自動防衛網の無力化、次に拠点中央へ突入し、ACハンガーを制圧する。その後、可能ならば情報端末の回収──無理なら即時破壊、そして、V.VIスウィンバーンを殺害する」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

 短く、整った返答。621もまた、静かに頷いた。

 

ブリーフィングは静かに、だが着実に進んでいく。

 

 数分前までのほのぼのとした雰囲気は跡形もなく、今やそこにあるのは──プロフェッショナルな、戦士たちの静寂だけだった。

 

 やがて、ウォルターがモニターを閉じ、最後に告げる。

 

「出撃は48時間後。補給、整備、リグ調整。自分の身体と機体に悔いを残すな。……以上だ」

 

 そして、ほんの少しだけ視線を621に戻す。

 

「お前が、戻ってきてくれて嬉しいよ」

 

 そう言った彼の声だけが、ほんの少し──談話室の温もりを思い出させた。

 

 ほんのわずかな灯りが、胸の奥に差し込んでくるようだった。

 それでも──戦いは、すぐそこにある。

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