ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
惑星ルビコンの上空、低軌道を滑るように進むその艦内。わずかに軋むフレームの音が、緊張と共に耳を打つ。
艦内の機体格納庫。赤みを帯びた照明が点在し、床には簡易固定されたACデッキが並んでいた。
並ぶ4機のACと、巨大な特務機体《バルテウス》
中央に鎮座する《バルテウス》の機体は、前戦のダメージが丁寧に修復され、装備構成も今回の作戦用に調整されていた。
『降下までTマイナス14分。全機、最終チェックに移行』
艦内スピーカーが無機質に告げる。
621は《バルテウス》のコックピットに収まり、神経接続用のリグを調整していた。周囲からは機体自動診断の低い機械音が響き、淡い光が内部の壁面を照らしている。
モニターには、簡易地図が表示されていた。目標はアーキバスコーポレーション前哨基地。
基地周辺は砲台が多数配置されており、通常の空挺作戦は不可能。
だからこそ、《ハウンズ》は降下後に地表を飛行移動し、低空かつ隠密な接近を試みる手筈となっていた。
『全員、聞こえるか。異常の有無を報告』
ハウンズ各機体を繋ぐ無線に、ハンドラー・ウォルターの低い声が響く。
『C4-617、確認。機体《LOADER1》異常なし』
『C4-618、確認。機体《LOADER2》異常なし』
『C4-619、異常なし。機体《LOADER3》異常なし』
『C4-620、通信安定。機体《LOADER4》異常なし』
621も、静かにスイッチを入れる。
『621、特務機体《バルテウス》共に問題なし』
全機、準備完了。
『確認した、以降の指揮は617が取れ』
『了解』
621の指先が、コックピットの起動キーを撫でるように叩く。
静かに、そして確かに《バルテウス》が起動する。
コックピットの視界が光に満たされ、神経同期が完了。彼女の意識が、再び機体と一体化する。
――あの熱が、また戻ってくる。
『621、降下後は先頭を飛行せよ』
617の静かな声。まるで命令のように、しかし確かな信頼を孕んでいた。
『了解』
短く答えたその声には、もう震えはない。
強襲艦が最終降下体勢に入り、機体格納ベイのハッチが徐々に開いていく。
砂嵐混じりの濁った空が広がっていた。
外気との隔壁が解除されると同時に、冷たい大気が艦内へと吹き込んだ。
錆を含んだような砂の匂いが、機体センサー越しに感じ取れる。惑星ルビコン──この星が持つ特有の鉱質の香りだ。
『全機、降下開始──Tマイナス0』
『了解……特務部隊《ハウンズ》作戦行動を開始する』
無機質なカウントの終わりと共に、強襲艦の投射フックが次々と解除される。
最初に飛び出したのは《C4-617》。大柄なガトリング装備のACが重力に引かれ、砂塵の中へと没していく。
続けて《C4-619》、《C4-620》、《C4-618》の順に投下され、最後に《バルテウス》の拘束フックが解除される。
重厚な機体がゆっくりと浮遊を始め、推進装置が柔らかく点火。
次の瞬間、スラスターが吹き上がり、赤い空へと飛翔した。
五機が、大気の層を割って編隊を組む。
現場指揮官である617が、無線を響かせる。
『飛行モード、維持圏内──高度60を上限とする低空飛行に切り替え』
モニターには自動マップが描かれていた。目標地点──アーキバス前哨基地まで、およそ23キロ。
その間に無人砲台、機械警備網、微弱なEN干渉フィールドが点在している。
『航路、予定通りで行く。621、先頭。全員、ステルス制御モードに移行』
C4-617の静かな指示に、各機が即応する。飛行制御が切り替わり、各機のスラスター出力が抑制モードへと移行。
推進音はかすかに、影のように空を滑る。
前方を飛ぶ《バルテウス》のシルエットが、濁った雲の中でわずかに歪む。
砂と鉱質が混じる低空を進みながら、ハウンズは一列縦隊を維持したまま、音もなく前進していく。
情報処理ユニットが常に最前方の熱源・電波・赤外線を分析し、接触を避けるよう自動航路を修正していく。
その一つ一つが、まるで呼吸のように自然で──そして、完璧だった。
彼らは騒がない。興奮しない。
ただ、任務を遂行するだけの兵士。
しかしその静寂の中にこそ、絶対の信頼と、迷いなき意志があった。
『目標まで残り12.4キロ──このまま接近を継続。迎撃反応はなし』
621のバルテウスが静かにスラストを調整し、砂塵の薄い層を縫うように先導を続ける。
やがて、前方の視界にうっすらと巨大構造物の影が浮かび上がった。
赤茶けた岩山をくり抜いたような、地中へと広がる企業型地下要塞。
アーキバス前哨基地。──その牙が、音もなく姿を現しつつあった。
『621、目標到達まで残り9.8キロ』
『全機、侵入準備。基地までの距離が5キロとなった時点から、別命なく地表移動へ移行』
――そのときだった。
《バルテウス》のセンサー群が、突如として異常を感知する。
高精度広域索敵モードに切り替わったHUD上に、微弱な振動波形と規則的な熱源反応が浮かび上がる。
目標基地周辺、通常なら沈黙しているはずの対空防衛ラインが、激しく動いていた。
――621、前哨基地から複数の発砲音。
――何者かと、アーキバスの部隊が交戦しているものと見られます。
今までハウンズ、621の兄らから隠れるよう姿を見せなかったエアが、久々に621の前に現れ声を響かせる。
すぐに無線が割り込んできた。
『621、どうした』
C4-618の無機質な声。
応える代わりに、センサーの拾ったデータをそのままハウンズ共有ネットワークに送信する。
『……詳細は不明。だが騒がしいなら好都合だ。作戦を続行』
621はスラスターを一段階絞りつつ、HUDの調整に入る。
バルテウスに搭載された高性能センサーモジュールが、高空・地表双方の索敵を同時に行い、複数の防衛網の死角を浮かび上がらせていく。
そのうちの一本。複雑な熱乱反射の影を縫うような細い空間──奇跡的に砲台配置の間隙を縫える航路が導き出される。
『経路を送信』
『経路受領──621、先行せよ』
短く、即断。
621のバルテウスが静かに姿勢を下げる。複雑に入り組んだ岩稜と発掘跡を縫い、あらかじめ計算されたルートへと滑り込んでいく。
直後、後続の《ハウンズ》がぴたりと続いた。
まるで一本の鋼の流れのように、五機のACが飛行。
右手には断続的な爆炎と砲撃の閃光。
だが、621の導いたルートは一切の感知圏外。敵味方のレーダーをすり抜け、密かに前哨基地へと迫っていく。
『──基地周囲の交戦データ、収集中。正体不明のユニットを複数確認』
『どこかの傭兵か、別勢力……』
C4-619のつぶやきに、誰も返さなかった。
ただ、空気は引き締まっていく。
アーキバスの拠点で、既に始まっている戦い。
『621、今のうちに周辺の熱源マッピングを済ませろ。これからが本番だ』
『了解。索敵開始』
621は深く息をつく。
再び、戦場の中心に、彼女は戻ってきた。
次の瞬間、前方にある巨大岩盤の裏──
そこに、アーキバスの巨大構造物が、その全貌を現し始めた。
砲塔が何門も外向きに備えられ、内部には大型格納ベイの存在も探知。
『侵入口接近──距離、1.2キロ』
《バルテウス》のモニターに浮かぶのは、岩山の影に隠れた補給用搬入口。
『侵入ポイントまで60秒──以降、ステルスモード解除。全機、戦闘モードへ移行』
C4-617の静かな号令が、通信回線に響く。
『了解、メインシステム巡行モード停止――戦闘モード、起動』
全機がステルス制御を解除。スラスター出力を最大に引き上げ、装備兵装のリミッターを解除する。
砂嵐を切り裂き、強襲音を響かせる猟犬らが、まっすぐに搬入口へ突入していく。
『基地への侵入成功。──敵感知、反応あり』
基地内部には、やはりセンサー類が生きていた。即座に警報が鳴り、防衛用自律兵器と無人砲台が一斉に応戦体勢を取る。
『制圧開始。前進を維持』
C4-618が先陣を切る。機動型ACが跳躍しながら搬入口の内壁を走り、パルスブレードでセンサー塔と砲台を次々に斬り伏せる。
追随する形で、C4-617がガトリングを展開。濁流のような弾幕が狭い通路を薙ぎ払い、立ちふさがる自律兵器を瞬時に破壊していく。
――621、右前方に燃料貯蔵区画。
――目標である基地重要施設の一つです。是非破壊を。
エアの声と同時に、モニターにマッピングされたタンク構造体が表示される。バルテウスが旋回し、パルスランチャーを射出。
高密度のパルス弾がタンク上部に命中、爆風と共に赤い炎が吹き上がった。
――燃料区画破損、お見事です。
『619、左後方の補給リフトを破壊。620は格納庫へ移動、装備保管所の破壊』
『了解』
『了解』
無駄のない連携。動きに一切の迷いはない。
C4-619の重火器が炸裂し、リフトごと敵補給ラインを吹き飛ばす。粉塵と爆風が一気に通路を覆い、煙の帳が展開される。
C4-620はその間隙を縫って格納庫へ侵入。放たれた榴弾が、未展開のMT格納フレームに直撃。金属の破裂音と警報音が基地全体にこだまする。
『──ルビコンに手を出したことを後悔させてやれ』
617の声は、もはや命令でなく意思の表明だった。
各機体が次々に通路へと展開し、補給施設、通信設備、センサーハブ、搬送ドローン制御中枢──すべてが順に破壊されていく。
そのたびに、基地の機能が一つずつ、確実に沈黙していった。
『敵AC部隊、未確認。ヴェスパーは未だ出撃せず』
『……気になるな』
617が低くつぶやく。
嵐のような襲撃。だが、肝心の敵司令官《スウィンバーン》の姿は、未だ確認されていなかった。
そして、621の胸に、微かに不穏な予感が走る。
──これは、あまりにも“順調”すぎる。
基地の奥、最深部。黒く口を開けた通路の、その奥に──
621は確かに、何かの“気配”を感じ取っていた。