ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第48話 蝸牛

 ──空が、震えた。

 

 音なき衝撃。大気が圧縮され、空間ごと沈み込むような重圧。バルテウスのモジュールが自動的に警告を吐き出し、各ACのセンサーが一斉にアラートを点滅させる。

 

 一機のACが降下してくる。

 

 その機体は青白い還流型ジェネレータ特有の軌跡を引きながら、文字通り"落ちてきた"。

 

『識別信号確認……ヴェスパー第1隊長、フロイト──!』

 

 620の声が僅かに震える。

 

 ヴェスパー主席隊長、稀代のエースパイロット、アーキバスのジョーカー、V.I。

 ――フロイト。

 

 ヴェスパー部隊の第1隊長にして、現状“最強”とされるACパイロット。アイランド・フォーの動乱において、作戦成功率94.7%を記録。実力はもとより、その存在そのものが抑止力として語られる。

 

『ああっ、良かった良かった……!この借りは、そちらの監査書類で返させて頂きますぞ……!』

 

 スウィンバーンが安堵のあまり笑いながら、機体を後退させる。

 

 《ガイダンス》の破損装甲からは火花が散っているが、彼はもはやそれを気にしていない。

 

 空を割って降り立ったその機体――

 

 AC《ロックスミス》

 

 機体構成は企業専属パイロットであるにもかかわらず、他企業のパーツをも区別なく採用し、近距離・遠距離の双方に柔軟に対応する。オールマイティな装備だが、悪く言えば器用貧乏にも映る選択だった。

 

 だが、それは見かけだけの話だ。

 

 《ロックスミス》のフレームに込められた制御データは、すべて“彼のためだけ”に最適化されている。

 強靭なリミッター解除プログラム、戦術予測AIの上書き、操作信号の微細な遅延すら削るための神経接続補正──どれ一つとして凡百のパイロットでは使いこなせない。

 それはまさに、“フロイトという兵器”のための器だった。

 

 《ロックスミス》の手には、切断されたBAWS製ACの黒い頭部が握られている。

 

『な……《バーンピカクス》!?貴様、ダナムを!』

 

 六文銭が怒号をあげながら、愛機《シノビ》を操作して飛び掛かる。

 

『ん?ああ……六文銭、そして《シノビ》だな』

 

 気のない返事と共に、《ロックスミス》がレーザーブレードの出力を上げ、空中で閃きを放ちながら円を描く。

 砕けるのは、六文銭のAC《シノビ》。一瞬の交差であったにもかかわらず、反応の半秒も待たずに右脚を吹き飛ばされ、地表へと叩き落とされた。

 

『エルカノのフレームは良い、軽いわりに硬いし……デザインが鋭角で、見た目もいい』

 

 次の瞬間、ツィイーの《ユエユー・ユエロン》がその背後に展開し、左手に構えてパルスブレードを振るう。

 

『隙を見せたな!V.I!』

 

怒りと覚悟を乗せた射撃。しかし。

 

『ほう、やはりBASHOは近接装備が活きるな』

 

 軽やかな声と共に、《ロックスミス》が僅かに旋回。脚部ブーストの回転と共に再度レーザーブレードを形成し、《ユエユー・ユエロン》の刃をいなす。

 

『戦闘ログだと小型グレネードのダブルトリガーだったな?うん、そっちのほうがいい、パルスブレードは俺も好きだ』

 

 その直後――

 

 《ロックスミス》の肩部武装が展開、六機のドローンが素早く射出される。

 ドローンは《ユエユー・ユエロン》を取り囲むと、一斉に蒼い閃光を迸らせた。

 

 ツィイーの機体は咄嗟に身を翻し、辛うじて直撃を避けるも、左翼のスラスターユニットが灼かれ機動力を喪失。体勢を維持できず、斜面へと墜落する。

 

『くっ……!』

 

 高空で姿勢を整えた《ロックスミス》が、ゆっくりと《バルテウス》──621の前へと降下する。

 

 背後には、煙を上げて沈黙した解放戦線の二機。短時間で、あまりにも完璧に、蹂躙された。

 

 周囲の空間が、冷気すら帯びるような沈黙に包まれる。

 

『621、初めまして』

 

 その声は、まるで友人に挨拶するように軽く、朗らかだった。

 

『やっと会えたな……戦闘ログは見せてもらってる、もうずっと前から。機構入隊以前の物はなかったんだが、どこで見れる?』

 

 621の眉が、わずかに動く。

 

 《ロックスミス》の頭部が、わずかに傾ぐ。その動きには、奇妙な“人間味”があった。だがその中には、微塵の理性も、倫理も感じられなかった。

 

『君は自由だ、しかし駆り立てられるように動く。猟犬、そうだな、猟犬だ、正しくハウンズ』

 

 背筋を這うような、不快な戦慄。だが、それは恐怖ではない。

 

 それは、同じ“獣”としての直感だった。

 

 ――この男は、“戦うこと”そのものに陶酔している。

 

『……というわけで、だ』

 

 《ロックスミス》が軽く機体を捻ると、その視線が背後の《ガイダンス》に向いた。

 

『ス……スウィ……君、そこのハウンズ四機、君が相手してくれないか?』

 

『は?』

 

 一拍、沈黙。

 

 次いで、スウィンバーンの呻きが通信に響いた。

 

『はァ!? いやいや、何をおっしゃってるのですか!冗談でしょう!?私の機体は既に中破、しかも相手は強化人間四名、正気ですか!?』

 

『正気だとも?』

 

 フロイトの声は朗らかで、どこまでも爽やかだった。

 

『俺が戦いたいのは、あくまで621。この戦場で自由に戦うのは彼女なんだ』

 

『私だって戦いましたとも!さっきまで必死で時間を稼いで──』

 

『稼いでくれて、ありがとう』

 

 《ロックスミス》の機体が、笑っているように見えた。

 

『だから、その借りを返すつもりだ。もう少しだけ頑張ってくれ。あと戦闘ログはあとでこっちに送ってくれ』

 

『ふざけ──っ』

 

 怒鳴りかけた瞬間、通信がぴたりと一方的に切られる。

 

 その直後、フロイトは《ロックスミス》を旋回させ、再び621の《バルテウス》へと正対する。

 

『君とやりたいんだ、621。君も、そうだと嬉しい』

 

まるで、舞踏会の誘いのような優雅さで、彼は言った。

 

 しかし、スウィンバーンは沈黙していなかった。

 

『──全くもう……!わかりましたよ!わかりましたとも!やればいいんでしょう、やれば!』

 

 苛立ちと諦念を滲ませながら、彼の《ガイダンス》が前方へ再展開する。

 

『この私が!あの忌々しい猟犬共の相手を務めましょうとも!どうせ、誰も褒めてくれやしない!分かってますよ!』

 

 C4-617の静かな声が響く

 

『《ハウンズ》、再編成。621、聞いていたな、V.Iの相手は任せたぞ』

 

『了解』

 

『了解』

 

『了解』

 

『……了解』

 

 ──そして。

 

 空気が変わった。

 

 通信が切れた瞬間、621の《バルテウス》がわずかに前進。センサーモジュールが最大出力に切り替わり、感覚すべてを“彼”一人に集中させる。

 

 《バルテウス》は帯状マルチプルパルスランチャーを近接刃形成モードに切り替える。連続形成されるパルスブレードが唸りながら振動し、チェンソーのような徹底した近接形態となった。

 

 フロイトもまた、《ロックスミス》の姿勢を整えながら、まるで恋人に手を差し伸べるような穏やかさで言葉を重ねた

 

『近接戦闘、いいな。分かりやすくて、何より誤魔化せない』

 

 《ロックスミス》のレーザーブレードが、静かに展開される。高エネルギーの収束音が、まるで呼吸のように周囲の空気を振動させた。

 光と音、粒子と火花。

 

 二機のACが、刹那の静寂の中で──動いた。

 

 《ロックスミス》の機体が視認不可能な速度で踏み込み、瞬時に水平軌道でブレードを振るう。対する《バルテウス》は紙一重で後退しながら体勢を捻り、反撃の刃を纏って突進する。

 

 金属音すら追いつかない。

 

 斬撃と旋回、推進と空中制動。互いの意識は既に、目でなく本能の奥で対話していた。

 

『いいね……うん、躊躇がない。パルスのチェンソーというのは素晴らしい、俺も欲しいな』

 

 空中でスラスターを逆噴射し、旋回からの斜め上攻撃──読み切っていたかのように、621がブースト回避と同時に急制動で即座に切り返す。

 

 だが。

 

『読めてる』

 

 フロイトの声と共に、すでに彼は《バルテウス》の“回避先”にいた。

 

『……!?』

 

 被弾。《バルテウス》のパルスシールドが高密度のEN刃によって大きく揺らいだ。

 621は瞬時に距離を取り、再計算を行ってパルスアーマーを安定させる。

 

 《ロックスミス》は追撃に出ない。いや、あえて“待っている”のだ。

 

『その程度じゃないだろう、621』

 

 優しげな声。しかし、それは獣が獲物を弄ぶ時の、奇妙な慈しみだった。

 

 ――今度は、フロイトが仕掛けた。

 

 《ロックスミス》のレーザーブレードが風を裂き、大きく円の軌跡を描いて621へと突き立つ。

 

 ガアァァンッ!

 

 《バルテウス》は咄嗟にパルスアーマーの出力を上げて受け止める。だが、機体が押し負ける。脚部サーボが悲鳴を上げ、後方へ吹き飛ばされた。

 

 彼は彼女がこれまで斃してきた“強敵”と、根本的に異なる。

 戦いの中で、フロイトは苦しまず、焦らず、迷わない。

 

 一歩、常に先にいる。

 

 かつて、621自身がそうしてきたように。

 

『どうした、動け621……《バルテウス》』

 

『まだ、ここからもっと……面白くなるだろう?』

 

 《バルテウス》が、ふらりと立ち上がる。

 

 その挙動は不安定に見えた。だが──違う。

 

 機体制御の負荷を一度リセットし、呼吸するように重心を落とす。再び構えたその姿には、これまでの「戦闘手順」とも「任務遂行」とも違う、何かが宿っていた。

 

 621の赤い瞳が静かにフロイトを捉え、コクピット内で、呼吸がひとつ。

 

『連続刃形成形態解除』

 

 ガギィン、と鳴った音とともに、マルチパルスユニットが一度停止し、構造が再展開されていく。複数のパルス発振子が連結、中央のフレームに噛み合う。

 

『ユニット連結、パルス直列起動』

 

 新たに形作られたのは、巨大なパルスの刀身。

 

 通常の近接装備を遥かに超えるパルス強度が纏われ、形成されたのは、両腕を超える長大なパルスブレード。薄緑の光が脈打ち、虚空で脈動するそれは、まるで“生きた意志”を持っているかのようにすら見えた。

 

 《バルテウス》が、それをゆっくりと担ぎ上げる様に構える。

 

『……いい』

 

 《ロックスミス》の内部から、震えるような声が洩れた。

 

『いいぞ、621……それだ。そうだよ、こういう戦いがしたくてルビコンに来たんだ』

 

 フロイトの機体もまた、レーザーブレードを再形成。あえて射撃を封じ、近接武装のみで応じる姿勢を取る。

 

 ――621、ご存知でしょうがこの形態は長く持ちません。

 

 ――早急な決着を。

 

 《ロックスミス》のスラスターが、《バルテウス》の武装・推進ユニットが唸りを上げる。

 

 

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