ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第49話 横槍

 次の瞬間──世界が、音を失った。

 

 《バルテウス》が踏み込む。パルスジェネレーターが限界近くまで圧縮され、巨大なパルスブレードが雷鳴のような脈動を放つ。脚部の慣性制御を捨てた“滑走”のような機動で、空間を裂きながら《ロックスミス》へと迫る。

 

『来い、621……そう、真っ直ぐだ』

 

 《ロックスミス》もまた、応える。ENブレードの出力が増幅され、蒼い輝きが鋭さを増していく。両機が交錯する寸前、フロイトの動きが、まるで舞台の演者が観客の視線を一身に集めるように“間”を取る。

 

 621は、その狙いを直感で読み取る。踏み込みを加速、パルスブレードを右下から振り上げる。

 

 激突。

 

 エネルギーとパルスが交差し、空中で巨大な火花と共に爆風が生じる。パルスの刃とレーザーの刃が正面からぶつかり合い、互いの出力が空間を歪める。

 

 《バルテウス》の機体が一瞬押し込む。フロイトの姿勢がわずかに崩れる──だがそれは、彼にとって計算通り。

 

『うん、いいな』

 

 《ロックスミス》が、刃を受け流しつつ、膝蹴りを交えるようにして機体ごと押し返す。だが621もすでに次動へと移行していた。腰を捻り、ブレードを旋回させる。

 

 斬撃が《ロックスミス》の肩アーマーをかすめ、スパークを散らす。

 

 距離が離れる。再び宙を舞う二機──だが、621の動きが明らかに変わっていた。

 

 無駄が消えていく。思考の回転と機体制御が直結し、動きは極限まで研ぎ澄まされていく。ブースト操作のタイミング、ブレードの角度、被弾回避後の反撃姿勢。

 

 まるで、“戦い”そのものを通して、彼女の中の“何か”が変わっていく。戻っていく。

 あの頃のように、戦いしか知らなかった頃に――

 

『……いい。今の動き、俺でも咄嗟じゃ捌けない』

 

 フロイトの声が、満たされたような愉悦を帯びていた。

 

『いいぞ、もっと研ぎ澄ませ。無駄なものを、削り落とせ』

 

 ──戦術不要。

 

 ──戦略不要。

 

 ただ、魂の震えだけを刃に込めて。

 

 《バルテウス》と《ロックスミス》が、音を置き去りにして再びぶつかる。

 

 刃と刃、機体と機体が何度も交錯する。その度に火花が散り、衝撃波が辺りの雲を弾き飛ばす。両者の攻防は、もはや誰にも予測できず、視認すら困難な速度へと到達していた。

 

 ──だが、それでも。

 

 ほんの数分前までは“追われる側”だった621が、今や一撃ごとに“並び立ち”、ついには“同時”に攻め込む領域へと至っていた。

 

フロイトが、戦いながら呟く。

 

『ああ……やっと、やっとだ……! 俺の刃と、対等に踊れる奴……!』

 

 それは歓喜であり、宣言だった。

 

 最強の男が、初めて見た“対等”の存在。

 

 名もなき猟犬、《621》。

 

 その刃が、今まさに、頂に届こうとしている──。

 

 《バルテウス》が再び姿勢を低く構える。巨大なパルスブレードは高出力を維持したまま、脈動を続ける。発振子が焼けるように唸り、重ねられたエネルギーが刃先に集中していく。

 

 《ロックスミス》も同様だ。フロイトはレーザーブレードを再形成し、軽く腰を沈めた姿勢で身構える。

 

 二機のACが、ただ“互いだけ”を見ていた。

 

 まるで世界に、他の何者も存在しないかのように。

 

『……来るか?』

 

 フロイトが囁くように、嬉しそうに言う。

 

『見せてくれ、621――』

 

 その瞬間だった。

 

 ゴンッ、と不快な衝撃音が響く。

 

 二機の間に、何かが“落ちて”きた。

 

 《ガイダンス》。

 ボロボロに砕かれた、ヴェスパー第6隊長スウィンバーンのACの残骸だった。

 

 頭部ユニットは既に失われ、両腕は引き千切られたように千切れ、脚部は熱で熔解していた。コアのコクピット部分も露出し、かろうじて点滅する救難信号灯が残存しているだけだった。

 

 投げ込まれたというよりも、“叩きつけられた”に近い。勢いよく放られたその機体は、ちょうど《バルテウス》と《ロックスミス》の間に転がり、煙と火花を撒き散らしながら転がって止まった。

 

『第1隊長殿……これ以上は……』

 

 スウィンバーンのノイズにまみれた通信音声が響く。

 

 空間から、熱がすうっと引いていく。

 

 視線が重なる。621とフロイト。

 

 だが、そこにはさっきまであった“高鳴り”が、ない。

 

 《ロックスミス》が一歩、にじる。構えは崩さず、だがスラスターの音が静まっていく。

 

『……ああ』

 

 フロイトが、少しだけ俯くようにして呟く。

 

『これは……最悪のタイミングだな』

 

 彼の声は、まるで悪戯を邪魔された少年のようだった。

 

 その刹那、621の《バルテウス》もまた構えを解いた。巨大なパルスブレードは出力を落とし、ゆっくりと光を失っていく。振動も止み、残されたのは重苦しい沈黙だけだった。

 

 通信が入る。

 

『目標、行動不能を確認』

 

 C4-617の声。いつも通りの、淡々とした声。

 

『……621、悪い。ついでに片付けておいた』

 

『私たち四機で、ようやく、ですが』

 

 618の声が、僅かに息を弾ませながら続く。

 

『……邪魔はしないつもりだったんだが。こればかりは、任務だからな』

 

 621は、ただ《ガイダンス》の残骸を見つめていた。

 

 その姿は、戦いを終えた敵でも、任務対象でもなかった。

 

 それは、“現実”だった。

 

 理想の刃と刃が交錯しようとしていた場所に、叩き込まれた、醜く無惨な現実。

 およそ戦いの美しさなどとは程遠い、ただの敗北者の残滓。

 “最強”だの“頂”だのという言葉が、急に空虚に思えるほどの、滑稽な現実。

 

 《ロックスミス》が、刃を完全に収束させた。

 

『……もったいないな』

 

 フロイトが静かに呟く。

 そして、その言葉を621は否定しなかった。

 

 両者は構えを解き、互いに視線を交わすだけで、言葉を交わすことすらしなかった。

 

 沈黙の中、621が一歩、進み出る。

 

 すでに《バルテウス》の巨大なパルスブレードは収束を終え、再び機体全体が“冷静さ”を取り戻していた。先ほどまでの猛りと高揚は、どこかに引き込められ、鋼のような沈着と切れ味がその代わりに滲み出ていた。

 

『部隊に合流』

 

『……本気か?ここからって、ところだろう。君だって楽しかったはずだ』

 

続いて、ハウンズの通信が一斉に開かれる。

 

『C4-621、復帰。ハウンズ、全機揃っています』

 

『了解。敵目標、ヴェスパー第1隊長機《ロックスミス》、捕捉』

 

『再評価完了。総戦力をもって撃破する』

 

 C4-617の命令は、感情を含まない。だがその下には、隊としての信頼と覚悟が、確かに通っていた。

 

 《LOADER1》から《LOADER4》までのACが、621を背にして戦列を整える。空域の空気が一変し、“決闘”から“作戦行動”へと様相を変えていく。

 

 《ロックスミス》がわずかに顔を上げ、彼らをゆっくりと見渡した。

 

『ふぅん……全員か』

 

 それは落胆ではなかった。どこか楽しげな、それでいて底の知れない響き。

 

『さすが、猟犬部隊。冷たいな、まあいい』

 

 再び、レーザーブレードが《ロックスミス》の手に灯る。

 

 戦意は、微塵も失われていない。

 

『いいだろう、好きに来い』

 

 フロイトの言葉に虚勢はなかった。確固たる勝機を胸に、楽しそうに機体を操作する。

 

 ──だがその時だった。

 

 《ガイダンス》の残骸、かろうじて生き延びたコアブロックから、ノイズ交じりの通信が再度、全域にブロードキャストされる。

 

『……だ、第1隊長殿……どうか、わたくしめの救助を……うう、機構の皆様、捕虜としての扱いを望みます……』

 

 それは、断末魔ではなかった。

 

 哀願だった。

 

『私が悪かった、全部……監査も、装備改ざんも、サボりも、貴方が正しかったんです、だから、お願いですから……!機構の皆様!私は第6隊長、会計責任者だ。部隊の入出金については私に管理権限がある!救助してくれれば悪いようにはしない……』

 

 声が潰れていた。壊れたスピーカーのように歪み、ヒステリックな嗚咽と共に、戦場の静寂を破る。

 

『もう戦えません!機体も、私も、限界なんです!部下にも顔向けできません!会社の査定も落ちます、部門異動だって──ああっ、スネイル閣下にこれが知られれば……今後どうすればいいんです!?うう、こんなに血が』

 

 しばしの沈黙。誰もが言葉を失っていた。

 

 そして、フロイトが小さく呟いた。

 

『……台無しだ』

 

 《ロックスミス》の姿勢が僅かに崩れる。エネルギーが収束され、レーザーブレードの光が一気に減衰していく。

 

 まるで魂が抜け落ちたかのような、急激な失速。

 

『せめて、黙っていてくれればな……スウィ……ん、えーと』

 

 その声には怒りも苛立ちもない。ただ、深く深く……失望の色だけが滲んでいた。

 

 621もまた、それを聞きながら《バルテウス》のセンサーモードを標準に戻していく。戦闘用制御は解除され、戦術判断プログラムもスリープ状態に落とされた。

 

『C4-617』と彼女が短く呼ぶ。

 

『……ああ、分かってる』

 

 617が返す。

 

『基地の破壊。通信中枢の制圧。監視網の無力化。作戦の主要目的は達成済みだ。指揮官の排除は任意任務とする。戦闘の継続は不要だ……V.Iが見逃してくれるなら、だが』

 

『ああ、構わない。萎えた。好きにしろ』

 

 即座に全機が理解し、機体の出力を下げる。

 

『帰投ルートを展開する。621、帰還の先導を』

 

『了解』

 

 緊張が解けていく。

 

 そして最後に、フロイトの通信が静かに届いた。

 

『……残念だ、621。すまないな。次は、もっと整った舞台でやろう』

 

 その声音は、ほんのわずかに沈んでいた。

 

 “対等の刃”を、心から楽しみにしていた男が、無粋な現実に水を差され──それでも、己の美学を捨てずにいた。

 

『君たちの退路は邪魔しない。戦場に未練は残さない主義でね』

 

 《ロックスミス》はそのまま機体を旋回させ、上空へとゆっくりと舞い上がる。

 

 その背を、誰も追いはしなかった。

 

 ハウンズもまた、静かに退いていく。

 

『え……え、第1隊長殿……?』

 

 部隊の最後尾を担う617が、《ガイダンス》のコアブロックをはぎ取って背負う。

 

 621はその場に留まり、撃墜されたツィィーの《ユエユー・ユエロン》に視線を向けた。

 ツイィーは機体を起こし、621と視線が交差する。

 何か言いたげな沈黙、しかし無線に互いの声が乗る事はない。

 

『621、どうした』

 

『……問題なし、先導する』

 

 機体操作が可能なら、基地からの脱出も問題ないだろう。あるいは解放戦線の味方が救助に向かっているのかも知れない。

 

 621は少しだけ迷い、完全にツィイーに背を向ける。

 

 スラスターが蒼く燃え、空気を割って加速する。次の瞬間、621の機体は仲間たちの後を追うように飛び去っていった。直ぐに追い越し、来た時と同じように縦列で飛行する。

 

 ツィイーは、煙を上げる自機のコクピットに凭れたまま、遠ざかっていく青い光の尾を、ただ静かに見送った。

 

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