ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第50話 家族

 ──帰還。

 

 高熱と硝煙の戦場を後にし、ハウンズのACたちは重々しい着陸音を残して、強襲艦の格納庫に次々と帰還していった。

 

 機体を固定するアームが音を立て、各機のスラスターが順に沈黙していく。無数の補助アームと作業機械が自動的に稼働を開始し、焦げた外装や損傷したユニットのチェックを行っていく。

 

 機体の補給と整備の為に待機していた整備班が、手持ち無沙汰となって複雑そうに立ち尽くす。

 

 《LOADER1》から《LOADER4》、そして621もまた、コクピットを開けることなく、内部から各自のターミナルを操作し、再構成と点検に入っていた。

 

 無言。

 

 だが、それは静寂ではなかった。彼らにとって“整備”とは、戦闘と同じく“会話”だった。

 

 ──自分の機体と。

 

 ──そして、それを使いこなす自分自身と。

 

 格納庫の一角。621の《バルテウス》は全体に煤け、あちこちにスパークの焦げ跡を残していた。が、それは彼女自身にとっては問題ではなかった。少なくとも、今の彼女にとっては。

 

 621は機体脇のメンテナンスベイの側に車椅子をつけると、モニターに片肘をつきながら、右手で端末を操作していた。パルス出力の最適化、冷却サイクルの再調整、スラスター出力の回転パターン解析──一つひとつが即戦闘に直結する“調整”だった。

 

 左手には、小さなパッケージ。

 

 ──ツィイーがかつて、購買機で買ってくれたクッキー。

 

 包装紙はすでに擦り切れていたが、中身はまだ少し残っていた。

 

 621は、しばし端末から目を離すと、そのクッキーをひとつ摘んで口に運ぶ。ほのかに甘く、優しい味が口の中に広がる。

 

 ──ツィイーは、生きていた。

 

 だがもう、交わす言葉はない。あの場で視線を交わしながらも、互いに何も言わなかったことが、すべてを物語っていた。

 

 ツイィーは《ブランチ》襲撃に紛れルビコンに戻った。自らの意思で戦場に戻ったのだ。

 

 クッキーをもう一口。

 

 621は再び端末に視線を戻し、次の調整項目へと指を滑らせる。モニターには、《ロックスミス》との戦闘ログが映し出されていた。

 

 刃と刃が交錯した瞬間。限界ギリギリの推力制御。決して消えない、あの戦場の熱量。

 

 だがそれも、いまはただの“記録”だ。

 

『出力チェック終了。各部最適化、先に戻って休養する』

 

 C4-620の無機質な通信が、格納庫内に響いた。

 

 『了解』と短く返し、621は最後のクッキーを口に放る。

 

 格納庫の片隅で、薄く甘い香りが消えていく。

 

 621の口元からクッキーの余韻が去る頃、格納庫の反対側──《LOADER2》の整備台が、静かに稼働を止めた。

 駆動音と共に機体がスリープモードへ移行し、C4-618が無言のまま格納庫を後にする。続いて619、620もそれぞれの整備を終え、最低限の確認だけを済ませて退出していった

 

 誰も言葉を交わさない。だが、それは彼らなりの信頼だった。

 

 ──残ったのは、621と、彼女の側へと静かに歩み寄ってくるひとつの影。

 

 C4-617。

 猟犬部隊《ハウンズ》の長兄にして、作戦統括の指揮官。

 

 大柄な彼は歩兵装備を纏いながらも、足音ひとつ立てずに621の背後へと立つ。その姿は、戦場と格納庫のどちらにも馴染む異質な存在だった

 

「気が済んだか」

 

 問う声は低く、しかしどこか柔らかかった。

 621は振り返らず、肩をわずかに揺らして「わからない」と言うように無言で首を横に振った。

 

 617は、そうか、と小さく呟きながら、621のモニターに目を向ける。

 《ロックスミス》戦のログが、何度も再生され続けていた。静かに、機体が旋回し、刃を交える直前の瞬間。

 

「次の任務だ」

 

 そう切り出した声には、私情の影はなかった。

 

「目標は旧コーラル坑道群。ベイラムが一部を掌握し、研究用途と称して再稼働させている。だが実態は資源収奪と戦術用途の隠蔽基地だ」

 

 短く頷いた621は、新たな作戦ファイルを開きながら、端末に指を滑らせる。

 

「上層は無人だが、地下には高濃度の残留コーラルとベイラムの専用機が複数配備されている。目的は坑道そのものの破壊。地殻崩落を誘発するため、指向性炸薬を多数設置することになる」

 

 つまりは、また“穴に潜る”任務だ。

 

「……潜入は18時間後。整備を済ませておけ」

 

  621の端末に、彼の作戦ファイルが自動的に転送される。坑道の地形図、予想される敵戦力、使用予定の爆薬種別と運搬ルート。

 

 彼女は再び端末に指を走らせながら、残された最後のクッキーの包みを、丁寧に畳んで胸ポケットに収めた。

 

 

 

 

 

 

 談話室には、常時点灯する蛍光灯と、金属製の簡素なテーブルがいくつか。壁面の冷却装置が微かに唸っているほか、誰の声も響かない。

 

 そこに既に集まっていたのは、C4-618と620、そしてコーヒーマシンの前でぼんやりしていた619だった。

 

 617が無言のまま扉をくぐると、兄弟たちは自然と顔を上げた。

 

「……621は」

 

 先に口を開いたのは620だった。鋭利な視線は、すでに察していたという色を含んでいた。

 

「格納庫にてログの確認を行なっている」

 

 617は椅子を引き、金属音と共に腰を下ろした。

 

「補給、整備は既に完了。しかし、その場を動こうとはしない。クッキーのパッケージを大事そうにしていた」

 

 その一言に、最も小柄な618が僅かに目を伏せる。

 

「ルビコン解放戦線のパイロット、ツイィーのものか」

 

「そうだ」

 

617はテーブルに肘をつき、手のひらを組む。

 

「621は、友となったツイィーと敵対するかもしれない事に気に病んでいる」

 

 620が短く吐息をついた。

 

「だから、励ましたいと言うのか」

 

 620の言葉に、617は短く頷いた。

 

「必要だ、任務に支障が出る」

 

「……了解した」

 

 619が椅子を後ろに傾けながらぼそりと口を開いた。

 

「ツイィーを我々だけで殺害するのはどうか」

 

 それは、まるで「工具どこだ?」くらいの気軽さだった。

 

 619がわずかに顔をしかめる。

 

「ツイィーの正確な現在位置は不明だ。加えて、彼女は《ルビコン解放戦線》所属、彼女単体を殺害しようとするのは不可能だ、どうしても大規模な戦闘となる」

 

 そこで620が、新しい提案を投げた。

 

「では……ツイィーの会話パターンを解析して、模倣AIを構築するのはどうだ。621の端末に組み込めば……」

 

 618が顔を寄せる。

 

「可能か?」

 

「技術的には十分可能。621は一度、ツイィーのクッキーを保管していた。物理的記録が慰めになるなら、音声・会話記録も同様と推察される」

 

 620はすでに手元の端末でログの整理を始めていた。

 

「《ユエユー・ユエロン》戦闘ログ、ツイィーの過去交信、過去の尋問記録、予測AIを組み込めば会話パターンは数万ほど用意可能」

 

 617が感心したように頷きながら、腕を組み直す。

 

「……実行は保留だ。だが、模倣AIの構築自体は進めておけ。必要になる可能性もある」

 

 それでも、談話室には奇妙な沈黙が残った。

 誰もが、自分たちなりに「621を励ます」という命題に向き合おうとしていた。

 しかし、その手段があまりに戦闘的で、無骨すぎることに誰も気づいていなかった──その瞬間までは。

 

「俺たちは重要な前提を見過ごしている」

 

 ぽつりと口を開いたのは618だった。

 

「621は若い女性だ。肉体年齢は成人に至っていない」

 

 その言葉に、三人の兄たちが揃って動きを止めた。

 

 617はわずかに眉をひそめ、620は手を止め、619に至ってはコーヒーカップを中空で止めたまま固まっている。

 

「……それは、どのように影響を及ぼす?」

 

 小さな静寂ののち、617が低く呟くと、他の兄弟たちもどこか居心地悪そうに視線を逸らす。

 

「男女の脳構造は決定的に異なると聞く。趣味、嗜好……ストレス発散の方法も異なるはずだ」

 

「例えば、甘いものや──可愛いものを好む傾向があるらしい」

 

 そう続けた618の声はどこか真剣で、むしろ真面目すぎるほどだった。

 

「ぬいぐるみ、花柄のカップ、音楽、パステルカラーの何か、あるいは……クッキー」

 

 その言葉に、またしても談話室に静寂が流れる。

 

「……この艦内に菓子類はない」

 

 620が即座に指摘した。

 

「甘味は全て高カロリー非常食に統合されている。菓子類は補給対象外だ」

 

「ぬいぐるみもないな」

 

 619が無表情でコーヒーを啜る。

 

「だが」

 

 618は立ち上がりながら、拳を握る。

 

「探してみる価値はある。彼女の士気を維持するためなら──我々ができることは、全てやるべきだ」

 

 617は椅子の背にもたれたまま、腕を組み直した。

 

「……艦内にある“可愛いもの”を探す。具体的には?」

 

「娯楽室、整備班の私物、医療室……あと補給庫の備蓄記録。異常在庫の中に何かあるかもしれん」  

 

「行くぞ」

 

 その号令を発したのは意外にも620だった。

 すでに立ち上がりながら、端末に《艦内備品リスト》を表示していた。

 

「俺は補給庫を調査する。廃棄予定物資の中に、何か流用品があるかもしれん」

 

「俺は医療室だ」619が立ち上がる。「子供向けの緊張緩和用アイテムが置いてあるかもしれない」

 

「俺は娯楽室を確認する。整備班の遺失物も拾う」

 

 618もまた、すでに動き出していた。

 

 617だけが、テーブルに残り、ひとつため息をついた。

 

「……女の子が喜ぶもの、か」

 

 思考の末、617はようやくゆっくりと立ち上がった。

 

「……俺は司令室に行く。通信記録の中に、621の購買履歴が残っている可能性がある」

 

 かくして──

 《ハウンズ》の男たちは、戦闘でも作戦でもなく、“少女の機嫌を取る”という未踏の戦場へと、それぞれのルートで進軍を開始した。

 

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