ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──帰還。
高熱と硝煙の戦場を後にし、ハウンズのACたちは重々しい着陸音を残して、強襲艦の格納庫に次々と帰還していった。
機体を固定するアームが音を立て、各機のスラスターが順に沈黙していく。無数の補助アームと作業機械が自動的に稼働を開始し、焦げた外装や損傷したユニットのチェックを行っていく。
機体の補給と整備の為に待機していた整備班が、手持ち無沙汰となって複雑そうに立ち尽くす。
《LOADER1》から《LOADER4》、そして621もまた、コクピットを開けることなく、内部から各自のターミナルを操作し、再構成と点検に入っていた。
無言。
だが、それは静寂ではなかった。彼らにとって“整備”とは、戦闘と同じく“会話”だった。
──自分の機体と。
──そして、それを使いこなす自分自身と。
格納庫の一角。621の《バルテウス》は全体に煤け、あちこちにスパークの焦げ跡を残していた。が、それは彼女自身にとっては問題ではなかった。少なくとも、今の彼女にとっては。
621は機体脇のメンテナンスベイの側に車椅子をつけると、モニターに片肘をつきながら、右手で端末を操作していた。パルス出力の最適化、冷却サイクルの再調整、スラスター出力の回転パターン解析──一つひとつが即戦闘に直結する“調整”だった。
左手には、小さなパッケージ。
──ツィイーがかつて、購買機で買ってくれたクッキー。
包装紙はすでに擦り切れていたが、中身はまだ少し残っていた。
621は、しばし端末から目を離すと、そのクッキーをひとつ摘んで口に運ぶ。ほのかに甘く、優しい味が口の中に広がる。
──ツィイーは、生きていた。
だがもう、交わす言葉はない。あの場で視線を交わしながらも、互いに何も言わなかったことが、すべてを物語っていた。
ツイィーは《ブランチ》襲撃に紛れルビコンに戻った。自らの意思で戦場に戻ったのだ。
クッキーをもう一口。
621は再び端末に視線を戻し、次の調整項目へと指を滑らせる。モニターには、《ロックスミス》との戦闘ログが映し出されていた。
刃と刃が交錯した瞬間。限界ギリギリの推力制御。決して消えない、あの戦場の熱量。
だがそれも、いまはただの“記録”だ。
『出力チェック終了。各部最適化、先に戻って休養する』
C4-620の無機質な通信が、格納庫内に響いた。
『了解』と短く返し、621は最後のクッキーを口に放る。
格納庫の片隅で、薄く甘い香りが消えていく。
621の口元からクッキーの余韻が去る頃、格納庫の反対側──《LOADER2》の整備台が、静かに稼働を止めた。
駆動音と共に機体がスリープモードへ移行し、C4-618が無言のまま格納庫を後にする。続いて619、620もそれぞれの整備を終え、最低限の確認だけを済ませて退出していった
誰も言葉を交わさない。だが、それは彼らなりの信頼だった。
──残ったのは、621と、彼女の側へと静かに歩み寄ってくるひとつの影。
C4-617。
猟犬部隊《ハウンズ》の長兄にして、作戦統括の指揮官。
大柄な彼は歩兵装備を纏いながらも、足音ひとつ立てずに621の背後へと立つ。その姿は、戦場と格納庫のどちらにも馴染む異質な存在だった
「気が済んだか」
問う声は低く、しかしどこか柔らかかった。
621は振り返らず、肩をわずかに揺らして「わからない」と言うように無言で首を横に振った。
617は、そうか、と小さく呟きながら、621のモニターに目を向ける。
《ロックスミス》戦のログが、何度も再生され続けていた。静かに、機体が旋回し、刃を交える直前の瞬間。
「次の任務だ」
そう切り出した声には、私情の影はなかった。
「目標は旧コーラル坑道群。ベイラムが一部を掌握し、研究用途と称して再稼働させている。だが実態は資源収奪と戦術用途の隠蔽基地だ」
短く頷いた621は、新たな作戦ファイルを開きながら、端末に指を滑らせる。
「上層は無人だが、地下には高濃度の残留コーラルとベイラムの専用機が複数配備されている。目的は坑道そのものの破壊。地殻崩落を誘発するため、指向性炸薬を多数設置することになる」
つまりは、また“穴に潜る”任務だ。
「……潜入は18時間後。整備を済ませておけ」
621の端末に、彼の作戦ファイルが自動的に転送される。坑道の地形図、予想される敵戦力、使用予定の爆薬種別と運搬ルート。
彼女は再び端末に指を走らせながら、残された最後のクッキーの包みを、丁寧に畳んで胸ポケットに収めた。
談話室には、常時点灯する蛍光灯と、金属製の簡素なテーブルがいくつか。壁面の冷却装置が微かに唸っているほか、誰の声も響かない。
そこに既に集まっていたのは、C4-618と620、そしてコーヒーマシンの前でぼんやりしていた619だった。
617が無言のまま扉をくぐると、兄弟たちは自然と顔を上げた。
「……621は」
先に口を開いたのは620だった。鋭利な視線は、すでに察していたという色を含んでいた。
「格納庫にてログの確認を行なっている」
617は椅子を引き、金属音と共に腰を下ろした。
「補給、整備は既に完了。しかし、その場を動こうとはしない。クッキーのパッケージを大事そうにしていた」
その一言に、最も小柄な618が僅かに目を伏せる。
「ルビコン解放戦線のパイロット、ツイィーのものか」
「そうだ」
617はテーブルに肘をつき、手のひらを組む。
「621は、友となったツイィーと敵対するかもしれない事に気に病んでいる」
620が短く吐息をついた。
「だから、励ましたいと言うのか」
620の言葉に、617は短く頷いた。
「必要だ、任務に支障が出る」
「……了解した」
619が椅子を後ろに傾けながらぼそりと口を開いた。
「ツイィーを我々だけで殺害するのはどうか」
それは、まるで「工具どこだ?」くらいの気軽さだった。
619がわずかに顔をしかめる。
「ツイィーの正確な現在位置は不明だ。加えて、彼女は《ルビコン解放戦線》所属、彼女単体を殺害しようとするのは不可能だ、どうしても大規模な戦闘となる」
そこで620が、新しい提案を投げた。
「では……ツイィーの会話パターンを解析して、模倣AIを構築するのはどうだ。621の端末に組み込めば……」
618が顔を寄せる。
「可能か?」
「技術的には十分可能。621は一度、ツイィーのクッキーを保管していた。物理的記録が慰めになるなら、音声・会話記録も同様と推察される」
620はすでに手元の端末でログの整理を始めていた。
「《ユエユー・ユエロン》戦闘ログ、ツイィーの過去交信、過去の尋問記録、予測AIを組み込めば会話パターンは数万ほど用意可能」
617が感心したように頷きながら、腕を組み直す。
「……実行は保留だ。だが、模倣AIの構築自体は進めておけ。必要になる可能性もある」
それでも、談話室には奇妙な沈黙が残った。
誰もが、自分たちなりに「621を励ます」という命題に向き合おうとしていた。
しかし、その手段があまりに戦闘的で、無骨すぎることに誰も気づいていなかった──その瞬間までは。
「俺たちは重要な前提を見過ごしている」
ぽつりと口を開いたのは618だった。
「621は若い女性だ。肉体年齢は成人に至っていない」
その言葉に、三人の兄たちが揃って動きを止めた。
617はわずかに眉をひそめ、620は手を止め、619に至ってはコーヒーカップを中空で止めたまま固まっている。
「……それは、どのように影響を及ぼす?」
小さな静寂ののち、617が低く呟くと、他の兄弟たちもどこか居心地悪そうに視線を逸らす。
「男女の脳構造は決定的に異なると聞く。趣味、嗜好……ストレス発散の方法も異なるはずだ」
「例えば、甘いものや──可愛いものを好む傾向があるらしい」
そう続けた618の声はどこか真剣で、むしろ真面目すぎるほどだった。
「ぬいぐるみ、花柄のカップ、音楽、パステルカラーの何か、あるいは……クッキー」
その言葉に、またしても談話室に静寂が流れる。
「……この艦内に菓子類はない」
620が即座に指摘した。
「甘味は全て高カロリー非常食に統合されている。菓子類は補給対象外だ」
「ぬいぐるみもないな」
619が無表情でコーヒーを啜る。
「だが」
618は立ち上がりながら、拳を握る。
「探してみる価値はある。彼女の士気を維持するためなら──我々ができることは、全てやるべきだ」
617は椅子の背にもたれたまま、腕を組み直した。
「……艦内にある“可愛いもの”を探す。具体的には?」
「娯楽室、整備班の私物、医療室……あと補給庫の備蓄記録。異常在庫の中に何かあるかもしれん」
「行くぞ」
その号令を発したのは意外にも620だった。
すでに立ち上がりながら、端末に《艦内備品リスト》を表示していた。
「俺は補給庫を調査する。廃棄予定物資の中に、何か流用品があるかもしれん」
「俺は医療室だ」619が立ち上がる。「子供向けの緊張緩和用アイテムが置いてあるかもしれない」
「俺は娯楽室を確認する。整備班の遺失物も拾う」
618もまた、すでに動き出していた。
617だけが、テーブルに残り、ひとつため息をついた。
「……女の子が喜ぶもの、か」
思考の末、617はようやくゆっくりと立ち上がった。
「……俺は司令室に行く。通信記録の中に、621の購買履歴が残っている可能性がある」
かくして──
《ハウンズ》の男たちは、戦闘でも作戦でもなく、“少女の機嫌を取る”という未踏の戦場へと、それぞれのルートで進軍を開始した。