ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜   作:助兵衛

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第51話 慰労

 ──ハウンズの兄らが格納庫を出てから、数時間後。

 

 格納庫のモニターから戦闘ログの再生が止まり、621は静かに息を吐いて、背もたれへと身体を預けた。

 《バルテウス》の最終調整は完了。冷却システムは安定し、すべてのサブプロセスが正常作動を報告していた。

 

 心の中に残るざらつきは消えないまま。しかし、少しだけ──ほんの少しだけ、胸の奥に空気の流れる感触があった。

 

 彼女がメンテナンスベイの端末をシャットダウンし、車椅子のフットレストに足を乗せると、その気配に気づいた。

 

「621」

 

 格納庫の入り口。静かに立っていたのは、C4-618だった。

 

「談話室に来い」

 

 一瞬だけ、621は眉を寄せた。何かの報告か、あるいは新たな任務か。だが、618の声にはどこか、微かな躊躇と柔らかさがあった。

 

「少し付き合え」

 

 621は数秒だけ彼を見つめ、やがて静かに頷いた。

 

 ──案内されるままに、談話室の扉をくぐった彼女を待っていたのは。

 

 《謎の陳列空間》だった。

 

 整然と並べられた金属製のテーブル。その上には、見慣れない──いや、明らかに“場違いな”アイテムたちがずらりと並んでいた。

 

 ──うさぎの耳が付いたナイロン素材のヘルメットカバー。

 ──医療室から持ち出されたカラフルなストレスボール。

 ──アーキバスグループ公式キャラクター「アーキ坊や」のぬいぐるみ。

 ──パッケージの表記が全て読めない、輸入品と思しきシリアルバー(恐らくチョコ味)。

 ──娯楽室の古い棚から発掘された、花柄のマグカップ──ただしヒビ入り。

 

 そのすべてが、“可愛い”という単語をどこか勘違いしたかのように、健気に並べられていた。

 

 そして、そのど真ん中に立つ三人──C4-617、619、620。

 いずれも、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「どうだ」

 

 617が、ごく真剣に問いかける。

 

「艦内の“可愛いもの”をすべて集めた。順に調査・選定し──配置も最適化した」

 

「本当はケーキも用意したかったが、補給データには存在しなかった」

 

 620が補足する。

 

「代用として、糖分の高いエナジーバーを用意した」

 

 619は、いつも通りの無表情だった。

 

「どうだ」

 

 617が再度問い掛ける。

 

 621は、ただ立ち尽くしていた。

 

 整然と並んだ“可愛いもの”の数々──その不器用な温もりに、思考が追いつかない。

 

 戦闘ログの再生。調整作業。任務。破壊。再構築。

 彼女の中にあるすべての“行動”は目的と合理性に基づくものだった。

 

 だが、この空間は──不器用な家族愛で形作られていた。

 

「……これは」

 

 それは疑問でも、問いかけでもない。

 まるで感情の行き場を失った心が、ぽろりと零した言葉だった。

 

 だが兄たちは誰も、笑わなかった。

 冗談も、皮肉も、気まずさもなかった。

 ただ、真っすぐに彼女を見ていた。

 

 621は、ゆっくりと視線を巡らせた。

 ストレスボール。マグカップ。シリアルバー。そして──

 

 アーキバスグループ公式キャラクター、アーキ坊やのぬいぐるみ。

 

 それは、ぬいぐるみとしては不格好な部類だった。

 顔はどこか間延びしており、縫製の甘さが所々に滲んでいる。手足は左右で長さが違い、目のボタンも片方は焦げていた。

 

 ──でも、そこには。

 

 どこか、ツィイーがくれたクッキーと同じ匂いがした。

 

 不器用で、ぎこちなくて、それでも確かに「誰かが自分のために何かをくれた」という、あの時の、あの甘さ。

 

 621は、手を伸ばし。

 

 ぬいぐるみを──抱き上げた。

 

 ぎこちなく、ぎこちなく、胸元に抱きしめた。

 

「それは俺が作った」

 

 618が慌てて名乗り出る。

 妹が一番気に入ったプレゼントを用意したのが自分であると、アピールせずにはいられなかった。

 

「材料は被服の予備を裂いて、デザインは通販サイト購買者数年間一位の物を流用……どうだ」

 

 わずかに震える唇が、ふるりと動いた。

 

 ほとんど使ったことのない表情筋が、初めて大きく稼働する。

 その動きは不自然で、ひどく未熟で、まるで壊れた人形が笑みを模倣しているかのようだった。

 

「へっ……ふふ……」

 

 だがそれでも、それは確かに──

 

 《笑顔》だった。

 

 感情の名を知らない兵士が、はじめて見せた、幼いような、壊れそうな、けれど確かな“嬉しさ”。

 

 その場の空気が、ふっと和らいだ。

 

「……やったな」

 

 619が、ぽつりと呟く。無表情のまま、それでも、少しだけ声に柔らかさがあった。

 

「見ろ!AIより効果がある」

 

 618が誇らしげに言うと、620は鼻を鳴らして小さく笑った。

 

「……それは、それとしてAIは進めておく。保険だ」

 

 617がひときわ小さな声で、唇を震わせていた。

 拳を握り、胸を張り──その表情には、確かに達成感が滲んでいた。

 

「元は俺の、提案だったんだ……座れ、621」

 

 そう言ったのは617だった。照れ隠しのようにそっけない口調で、だがその指は彼女のために空けておいた椅子を、わずかに引いて差し出していた。

 

 621は、ぬいぐるみを胸に抱いたまま、小さく頷いて歩を進め──ぎこちない動作で、その椅子に腰を下ろした。

 

 普段のブリーフィングでは硬直しきった姿勢の彼女が、いまはほんの少しだけ身体を丸めて座っていた。抱きしめたぬいぐるみは、膝の上でぽてりとした姿勢のまま、彼女の胸元に収まっている。

 

「……食べてみろ」

 

 そう呟きながら、620が艦内で最も糖分の高いとされるエナジーバーのひとつを差し出す。

 軍用品故に包装がやたらと固く、どう考えても子供向けではない。619が、黙って包装を裂いてやり、621の前に置いた。

 

「甘いぞ、女の子は甘いものが好きだ」

 

「それと、温かいものがいいと思ってな」

 

 617がヒビ入りのマグカップを手にし、まだ蒸気の立つコーヒー代用品の粉末飲料を注いでいた。味は定かでないが、カップに描かれたピンクの花柄は、確かに艦内で最も“可愛い”部類に入る。

 

「……こういう会はなんと呼称する」

 

 と、ぽつりと618が首をかしげる。

 

「激励会?応援会?あるいは──」

 

「語感は柔らかい方がいい、“はげまし会”だ」

 

 兄弟たちは、そのまま無言で彼女を囲むように椅子を引き、彼女と同じテーブルを囲んだ。

 

 それぞれがそれぞれの“得意分野”を投げ出して、ただ、ひとりの妹のために過ごす時間。

 戦闘も、任務も、破壊も、そこにはなかった。

 

 ただ、甘い味と、温かな空気だけがあった。

 

 621は、差し出されたエナジーバーを恐る恐る口に運ぶ。

 ぼそぼそとした食感。舌の奥にまとわりつくような、強すぎる甘さ。──でも、悪くなかった。

 

 むしろ、ほっとした。

 

「……変な味」

 

 そう呟いて、621は口元をわずかに緩めた。

 

 エナジーバーの断面はぼそぼそで、甘さは砂糖の塊を直接舐めたような質感だった。喉にまとわりつく人工甘味料の後味に、思わず眉をひそめる。

 

 彼女はしばし口をもぐもぐと動かし、ようやく喉を通す。

 

「おいしい」

 

「そうか!そうか……たくさん食え」

 

 視線が、テーブルの上に置かれたマグカップへと向かう。

 ヒビ入りの花柄。どこか滑稽で、どこか……懐かしいような、そんな存在感。

 

 そして──

 

 補給基地での記憶が、不意に脳裏に蘇った。

 

 炭のように焦げた外皮。串に刺された巨大な芋虫。

 得意げに「意外と美味い」と語っていた男の声。

 

 ――エリオット、ラスティ。

 

 脳にRPユニットを埋め込んでまで機構に潜入していた、解放戦線のスパイ。

 それでも、かつては戦友で。誰より戦場を知り、誰より自分の異質さを気にせず接してきた人間。

 

 あのとき、彼が差し出した串を、621はただ無言で断った。

 

 けれど。

 

 今思えば、食べてみても、よかったかもしれない。

 焦げていても、臭くても、不味くても――

 

 《もう、彼はいないのだから》。

 

 ふと、視界が滲む。

 瞬きをしても、それは消えなかった。

 

 そのまま、彼女は何も言わず、ぬいぐるみを抱きしめながら、ぽろり、と……涙をこぼした。

 

 唇は微かに震えている。声は出ない。

 ただ、表情が崩れていく。無音のまま、深い湖に落ちていくような静かな感情の奔流。

 

「……!」

 

 真っ先に気づいたのは617だった。

 

「……な、泣いてる?」

 

 困惑と動揺が、そのまま声に滲む。

 すぐ隣にいた620が肩をすくめるが、その目は戸惑いを隠せなかった。

 

「いや……待て、これは――どうしたらいい」

 

「苦悩?悲嘆?感傷?もしくは糖分過多による神経反応か……?」

 

 619が無表情のままぶつぶつと呟く。

 

「応答がない。621、応答してくれ」

 

 617が静かに声をかけるが、621はぬいぐるみを抱いたまま、ただ俯いている。呼吸がわずかに乱れ、涙が止まらない。

 

 答えは返ってこなかった。

 

「……これはまずいぞ」

 

 620が立ち上がりかけるも、何をすべきか分からず、その場で停止する。

 

「触れるのか?いや、そういうときは静かに寄り添うべきという文献があったはず……だが、寄り添い方が不明だ」

 

 618が慌てたように腕を組み直す。

 

「621、次はケーキを用意する、必ずだ」

 

 617はエナジーバーの味に原因があったのかと危惧し、慌てて通信端末で甘味を注文する。

 

 621は、声を出さないまま、ただ涙を零し続けていた。

 ぬいぐるみを、ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめたまま。

 

 兄たちは、戸惑い、立ち尽くし、それでも。

 

 その輪を壊さないように──そっと、静かに彼女のそばにいた。

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