ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──次作戦空域、接近中。
夜の帳のような高空を、重厚な機影が滑る。
ルビコン軌道上に展開された強襲艦から発艦した四機のACと一機の特務機体──《ハウンズ》が、旧コーラル坑道地帯に向けて降下を開始していた。
低重力圏の慣性と補助ブースターによる滑空。その無音の進軍の中、各機の通信回線が一斉にリンクされる。
『こちら617、全機に通信展開』
指揮官の声が、静かに全周波へと響く。
『目標座標、旧坑道群区画。ベイラム勢力の排除と、構造物の爆破処理が主目的だ』
それぞれの機体──《LOADER1》から《LOADER4》、そして《バルテウス》のコクピットに、立体地形図と共にルートガイドが表示される。
『敵性反応、汎用兵器、MT複数。ACが三機、ほぼ間違いなくベイラムインダストリー専属AC部隊、レッドガンの番号付きが警護に当たっている』
617の声は淡々としていたが、その裏にある重みは仲間たちに確かに伝わっていた。
『620、爆薬展開装置の最終確認を実施』
『618、炸薬の扱いには細心の注意を払え、枯れたとはいえコーラル坑道だ』
『619、支援火器稼働確認。上層からの狙撃支援を準備』
『侵入経路の制圧は、621に一任する』
了解、と声が三つ重なった。
やや遅れて、621の静かな声が返ってくる。
ぬいぐるみは、今、コクピットの傍ら、通信ユニットの影に固定されている。誰もその存在には触れなかったが、通信越しでも、全員がそれを知っていた。
『──よし。任務開始後、全機隊形を維持しながら坑道に突入。621が開路、618と620が護衛、619は後方からの射線確保。俺は全体の進行を指揮する』
『作戦開始まで、あと──60秒』
その瞬間、空域に音が戻る。
各機のスラスターが再起動し、ミッションタイマーが起動する。
燃料配管の軋み、冷却循環のノイズ。
空気が、ゆっくりと“戦場”のそれに変わっていく。
静かな作戦前のひととき。だが、そこには確かに“いつもとは少し違う”空気があった。
『……621』
突然、618が通信を開いた。
『ぬいぐるみはしっかりと固定しておけ』
短い沈黙のあと。
『……機内に固定済み』
『……よし』
それだけ言うと、618は照れたように通信を切った。
そして──
『作戦開始』
617の声が、空気を断ち切る。
ルビコンの地表に穿たれた巨大な裂け目──旧コーラル採掘坑道の主入口が、月光の差さぬ薄闇の中に姿を現す。周囲には、ベイラム製MTが複数、立ち並ぶようにして警備を固めていた。
坑道内には未処理のコーラルがわずかに残存しており、荒い衝撃や高出力兵装の誤爆によって誘爆の危険が生じる。よって、彼らの突入には「破壊」と「精密」が、矛盾なく両立されなければならなかった。
『……621、行け』
617の命令と同時に、《バルテウス》が先頭を切って滑空を終える。機体の各関節がエネルギー収束音を響かせながら沈み込み、次の瞬間──着地と同時に、脚部スラスターを点火。
『コード5、接敵。戦闘開始』
《バルテウス》が地を蹴ると同時に、坑道前方の警戒陣が反応した。複数のMTが同時に銃口を向け、照準を合わせる。だが、その反応は遅すぎた。
621は即座に武装・推進ユニットを起動、帯状マルチプルパルスランチャーを“連続刃形成モード”へと変形させる。展開されたパルスブレード群が空中で震え、鋸状に明滅したかと思うと──
《パルスチェンソー》が起動した。
複数のブレードエッジが帯状に高速回転及び振動し、極短間隔で連続出力されるパルス波が刃状に連なっていく。
621の《バルテウス》がブーストを焚き、真っ直ぐにMT群へと突貫する。
回避する間もなくパルスチェンソーに巻き込まれたMT部隊は次々と削り取られ、その場に崩れ落ちた。爆発も火花もあげさせない。
それは、破壊ではなく“処理”だった。
『出力安定。誘爆反応なし。621、前進を継続』
620が即時にモニタリングを報告する。
『後衛機、《バルテウス》に続行』
618がブレードを構えながら続く。彼の《LOADER2》が彼女の左右をカバーする形で滑り込み、MTの残党を電磁スタン弾で無力化。
後続の619が、坑道上層からの支援砲撃で遠距離火器を一掃する。すべての弾頭は炸裂を抑えた非貫通型に切り替えられていた。坑道構造物を一切揺らさぬ精度。
617の低い声が響く。
『621、そのまま突入継続。ブレード出力、次層地殻強度に応じて段階調整せよ』
『了解』
ぬいぐるみが、揺れることなく固定されていた。
坑道の奥へ──《バルテウス》が、光の刃を纏い、無音で滑り込んでいく。
かつてルビコンの大動脈だった掘削坑道は、今やひび割れたコンクリートと冷えた鉄骨に埋もれた、暗い墓場のような空間だった。
天井を走る配管には微かな赤い光が滲み、床面には結晶化しつつある不活性コーラルの残滓が、血のように滲んでいた。
『爆薬設置開始。第一陣、坑壁基部に沿って散布する』
620が小型無人装置を展開し、壁面の構造材へ指向性炸薬を滑らかに埋め込んでいく。618も別の坑道分岐路で同様の作業を開始していた。
『圧壊重心、調整中。崩落によって第二坑道全体を埋め戻す。残留エネルギーは……』
『コーラル濃度──依然、危険域以下』
報告が交錯する中、621の《バルテウス》は先行して坑道深部を走っていた。全センサーを最大感度に設定し、わずかな熱量や震動変位さえも見逃さぬよう慎重に──しかし確実に、敵を駆除しながら前進していた。
と、そのとき。
――621、坑道内のコーラルが徐々に活性化しています。
――爆発するという程ではありませんが、注意を。
621はすぐに視線をモニターに走らせた。表示された微細なコーラル粒子分布には今のところ、異常は見られない。
――この差異は私にしか観測出来ないでしょう。
――コーラルの観測はお任せください。
『接近反応、坑道上層から急速接近するAC2機を感知』
後方を警戒していた619の警告、低く無線に流された。
坑道を揺らす低周波音。地鳴りのような、それでいて金属が軋むような――キャタピラの装機音が坑道全体に響き渡る。
天井の鋼板を吹き飛ばすように、赤黒い機影が二体、坑道へと降下してきた。
その機影に、誰よりも早く反応したのは621だった。パルスチェンソーを展開したまま、即座に戦闘態勢へ移行。センサーに表示された機体識別コードを見た瞬間、彼女の目が細められる。
『……レッドガン』
──G5イグアス、及びその搭乗機体《ヘッドブリンガー》
──G4 ヴォルタ、及びその搭乗機体《キャノンヘッド》
ベイラムインダストリー専属AC部隊、レッドガンの四、五番手。
『ようやく追いついたぜ、クソったれども』
声が、笑っていた。
鮮やかな紺の機体──G5イグアスのACが、坑道の中を舞うように滑空し、爆薬設置装置を展開していた620の《LOADER4》へと突進する。
『役人共、お行儀よく爆弾なんて設置させねえよ』
『617、カバーを』
617の指示が飛ぶが、イグアスは素早く間合いに入り込む。
だが、構えられたリニアライフルは次の瞬間、618の横合いからのブレードカットによって寸前で弾かれた。
『コード15、レッドガン部隊ACとの交戦を開始する』
静かな声と共に、618の《LOADER2》がイグアスに斬撃を浴びせる。
『てめえ……ムカつくもん持ってやがる……』
イグアスが跳躍し、坑道の梁へ飛び移る。追うように放たらた実体弾の軌跡が、空間を削るように駆け抜けた。
『おいイグアス、遊んでんじゃねぇ……仕事を忘れるんじゃねえぞ』
低く響く声と共に、坑道奥からずしん、と地を踏み鳴らすような重圧音。
それは砲撃の衝撃でもなく、ブーストの噴射音でもなかった。
ただ──質量のあるものが、確実に地面を踏みしめ、迫ってくる音。
そして現れたのは、地を這う“要塞”だった。
《キャノンヘッド》。
右腕のみ紅く塗装されたモスグリーンの戦車型AC。G4ヴォルタの搭乗機体であり、装甲と火力に特化した重突撃兵装の権化。キャタピラで坑道を安定して進みながら、肩部には展開準備中の分裂ミサイルパックと
巨大な二連グレネード砲、腕部にはグレネードランチャーと重ショットガン。
その鈍重なはずの機体が、まるで音を立てぬまま《バルテウス》と《LOADER4》の進路に割り込んでくる。
そして――火を吹いた。
坑道内に衝撃が炸裂する。だが、狙いは“壁”でも“爆薬”でもない。
ピンポイントでACを無力化するための、最適射角。
『くっ……!』
620が緊急回避。だが炸薬設置用のドローンが一体、直撃を受けて吹き飛ぶ。
『気を付けろ、正面に立てばやられるぞ』
619が即時に狙撃視点から警告を飛ばすが、ヴォルタは反応すらしない。黙々と、規則的なタイミングでショットガンを撃ち続けながら、まるで“機械”のように前進してくる。
──しかし、そこには確かに意思があった。
《キャノンヘッド》のセンサーアイが微かに回転し、621の機影を捕捉したその瞬間――
ヴォルタが、ぽつりと呟く。
『……おまえが、621か』
低く、野獣の様な声がコックピット内に響く。
『イグアスの野郎が世話になったみてぇだな』
ヴォルタの《キャノンヘッド》がその巨体を揺らし、さらに接近してくる。ショットガンの散弾が坑道の壁面を抉り、石片と不活性コーラルの結晶片が宙に舞う。だが、そのどれもが《バルテウス》には届かなかった。
621は無言のまま、パルスチェンソーを纏いブーストで距離を詰める。キャノンヘッドのフロントアーマーを狙う――が、ヴォルタは一切怯まない。
爆煙の中、二連グレネード砲が同時発射。コーラルを考慮した非炸裂グレネードが斜めに着弾し、《バルテウス》の足を止める。
『戦車ってのはよ、“止まらない”んだよ』
ヴォルタの言葉通り、《キャノンヘッド》はその巨体を押し進め、《LOADER4》と621の間に割って入る。
その瞬間、イグアスの《ヘッドブリンガー》が上空から滑り込んだ。光の尾を引いて突撃、狙いは設置中の炸薬ユニット。
『おらよ!こいつが大事なんだろう!』
直撃――する寸前で、レーザーがそれを逸らす。
《LOADER3》、619の狙撃だった。彼の正確無比な一撃がイグアスの機体を蹴り返し、彼は小さく舌打ちする。
『ちっ、うっぜえな……!』
『618、爆薬設置作業に戻れ!戦闘は抑制、任務を優先!621は前線を保持しろ』
617の怒声が響く。彼らの任務はあくまで坑道の爆破、ここで敵を討つことではない。
『了解、前線を保持する……気を付けて』
その一言に、兄たちは一瞬沈黙するが、すぐに反応が返ってくる。
『……任された』
618の《LOADER2》が再び分岐坑道に戻り、破壊を意図した正確な手つきで炸薬を設置していく。
『タイマー起動準備。爆薬設置完了まで──残り九十秒』
618が報告しながらも、ヴォルタの火線を避けつつ手際よく作業を続ける。その背を庇うように、621がパルスチェンソーを唸らせ《キャノンヘッド》の進行を止める。
ヴォルタは、沈黙のまま。
だが、背部の分裂ミサイルポッドが展開されたのを見た瞬間、621はブースターを点火する。
『ミサイル警戒』
坑道はACが飛び回れるほど広いが、分裂ミサイルの飽和火力は決して無視できない。621は即座に軌道を斜めに切り、ミサイルの直撃を避けながら爆薬設置中のエリアを盾のように庇う。
『619、射線確保。キャノンヘッドのポッドを破壊』
『了解』
619の照準が、一瞬の軌道読みでヴォルタの肩に定まる。そして、発射。
閃光と共に、ミサイルポッドの一つが爆発。ヴォルタの機体が鈍くのけぞる。
『……ちっ』
初めて、ヴォルタの声に感情が混じった。
『爆薬設置、最終ポイント完了。タイマー起動』
620の声が通信に走る。
『起爆まで──五分』
それは、この地からの“撤退”を意味する。ハウンズは勝つ必要はない。ただ、この坑道を崩せばいい。
『全機、離脱ルートへ移行。621、カバーに回れ』
『了解』
《バルテウス》のブースターが爆音と共に再点火。迫るヴォルタとイグアスの猛攻を受け流すように、その巨体がスライドしつつ、仲間たちの後退を守るように立ちふさがる。
『てめえら……逃がすかよ!』
イグアスの怒声が響くが、それも構わず、坑道に再び緊張が満ちていく。