ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
──起爆タイマー、残り四分二十秒。
坑道に響くのは、ショットガンの反動音と、跳ね返る石片の乾いた衝突音。それらすべてを押しのけるように、G5イグアスの《ヘッドブリンガー》が急加速する。
『クソッ……どけッ!』
怒声と共に、破片を踏みつけて突進。坑道側壁の接合部──爆薬ユニットのひとつが設置されたポイントに、機体を滑り込ませる。
モニターに接続ポートと型式識別信号が一瞬で読み込まれ、即座にスキャンが開始された。
『認識コード……封鎖機構製……暗号鍵は……くそ、三層構造!?役人どもは、たかが起爆装置にこんなプロテクトかけてるのか!』
素早くアクセスを試みる。マニピュレータを展開、接触。並列接続、電磁層読み取り、バイパスコード検索。イグアスの指が怒涛の勢いで端末を叩く。
『解除信号どこだ……管理コード、応答なし……!再認証っ……無い、手段がねぇ……!』
額に汗を滲ませながら、彼は数秒の間に十以上のオプションを試す。
だが、ユニットは完全に独立動作していた。起爆シーケンスは外部制御を受け付けず、ローカル認証装置も物理制限がかかっている。
解除手段──存在しない。
『──ッ!』
喉の奥で呻くように短く息を吐いた。
『……チッ、もう無理だ』
一言。吐き捨てるようでいて、どこか絞り出すような声だった。
ヘッドブリンガーが即座に機体を反転させる。爆薬から離脱、全ブースターを点火。坑道梁に飛び上がり、敵味方の火線が交錯する中へ逃げるように退いた。
残り三分四十秒。
爆薬は、止まらない。
『おいヴォルタ!撤退だ、こいつら本気で坑道ごと潰すつもりだぞ!』
イグアスの怒声が通信を割って駆け抜ける。
『……了解した』
低く唸るような一言。
ヴォルタの《キャノンヘッド》がターンを切り、砲塔を後方へ向けたままキャタピラを軋ませて旋回を開始する。散弾が火線を牽制しながら、確実に離脱経路へと進路を合わせた。
それは、明確な“撤退行動”だった。
『レッドガン部隊、撤退の兆候あり』
619がすかさず報告する。
『了解、戦闘継続の必要なし。全機、離脱ルートへ』
617の冷静な声が、即座に状況判断を下す。
『爆発半径外へ逃げきるのが最優先だ。可能性は低いが、万が一コーラルに誘爆すればここ一帯が消し炭となる』
ハウンズとレッドガン──本来交わるはずのない勢力が、奇しくも同じゴールを目指して動き始める。
坑道の天井に走る赤い警告灯。崩落に備えて点灯されたものだが、その光の下で敵と味方のACが、一瞬だけ、同じ進路を滑るように加速する。
《ヘッドブリンガー》と《バルテウス》が、同じ方向を向いて疾走するその様は、あまりにも異様だった。
だが──。
異変は、唐突に訪れた。
――621……コーラルが。
――活性化している、何故……
彼女の視界に、警戒レベルを上げる複数の表示が同時に走る。
コーラル粒子濃度が指数的に上昇していく。
震動、熱源、放射スペクトル、すべてが臨界域に近づきつつある。だが、まだ爆薬は起爆していない。
『……おい、何だこれは』
今度はヴォルタの声。冷徹な彼ですら、機体の異常検知に即応した。
床下。天井。壁面。あらゆる接合部から、微かに赤い光が滲み出していた。
血管のように、燃える血のように、それは坑道全体を這い始めていた。
それは明確な破滅の予兆だった。
『爆薬の起爆前だぞ!? 何でだ、何が起きてやがる!くそ、こんな時に、耳鳴りが』
イグアスの声が、今度は明確に“恐怖”を帯びる。
『619、反応範囲はどこまで拡大している』
『坑道全域に拡散中。主坑道から分岐坑道まで、ほぼすべて。活性化は単発じゃない、波状だ……まるで、何かが……“応じて”いる』
『引き金はなんだ、何故……』
高周波ノイズ。電磁干渉。中枢装置のログに、“未知の波形干渉”が記録される。
それは──コーラルが意思を持って反応しているかのようだった。
コーラル濃度は限界を超え始めていた。視界に映る光が、脈動するように明滅を繰り返し、坑道内の空気が震え……
とうとう、臨界を迎える。
「脈動」が、炸裂した。
坑道の奥、岩盤の裂け目から、真紅の奔流が吹き上がった。
それは液体ではない。気体でも、単なるエネルギーでもない。コーラルの奔流──可視化された思念のような、それでいて確かに“力”として存在する灼熱の塊が、坑道全体を舐め回すように走った。
吹き上げたコーラルの閃光が機体を包み込み、その瞬間、全身の制御系統が一斉にシャットダウン。警告灯が次々と赤転し、関節がガクンと緩む。
『ちょ……っが……ッ!?』
通信が、断続的なノイズに染まる。
《ヘッドブリンガー》は機体制御を完全に喪失したまま、爆風に煽られて側壁に激突。金属と岩盤の間でボディが半ば埋もれ、火花が散る。煙と赤い光が、崩落寸前の坑道を不気味に照らしていた。
『621、G5が落ちた』
619の即時報告。
だが、それを聞くまでもなかった。彼女の視線は、既に“そこ”を捕捉していた。
『621、戻るな。巻き込まれるぞ!』
『離脱優先だ、今は時間がない!』
兄たちの警告が飛ぶ。だが、621はブーストを反転させた。
『……応答なし。621、行動を確認せよ!』
《バルテウス》のスラスターが逆噴射し、爆風の余波を突き破るように後退を開始。跳ね飛ぶ岩塊、コーラルの閃光、その全てを振り払うように、機体が一筋の直線を描いてイグアスの元へ滑り込む。
火花に包まれた《ヘッドブリンガー》は、左肩を大きく破損し、反応がない。
しかし621は迷わなかった。
『接続開始──バイパス認証、強制接続』
《バルテウス》の腕部インターフェースが展開され、損壊した《ヘッドブリンガー》の外部ポートに物理接続。
即座に封鎖機構コードでの再起動ルーチンが実行される。
画面に警告が点滅する──
《該当機体は敵性ACです。強制再起動には特権アクセスが必要です》
621は躊躇なく確認ボタンを叩いた。
強制再起動、実行。
電流が走り、外部バッファから直流電力が供給される。
コックピットの中で、意識を半ば飛ばしかけていたイグアスの視界に、人工音声と共に操作パネルの再起動シーケンスが表示される。
『っ……な、何……? 誰が……』
モニターの角に、見慣れた機影が表示される。
《バルテウス》。
『……はァ!? おいお前──何やってんだ、馬鹿か!!』
『停止しろ。接続を切れ! 巻き込まれんぞ、お前まで──!』
だが、返ってきたのは、ひとこと。
『立て』
その言葉と同時に、《バルテウス》がフレームごと《ヘッドブリンガー》の肩を持ち上げ、揺さぶるように機体を引き起こした。
警告灯が次々と解除され、脚部バランサーが復旧。関節制御が再起動され、ようやくイグアスのACが応答を返す。
『くそ……ああもう、ふざけんな、誰が助けてくれなんて頼んだ──!』
『立て』
もう一度。その声は冷たくも、明瞭だった。
《ヘッドブリンガー》が、再び脚部を地につけた。
残り時間、一分三十秒。
《ヘッドブリンガー》が足を踏みしめる。バランサー再調整完了、再起動成功。
『動けるか』
《バルテウス》から、簡潔な確認。
『……ったりめぇだ、このままじゃ終われねぇ……!』
イグアスの怒声が、崩れかけた機体から力を取り戻す。
その瞬間、《バルテウス》が反転し、火花と熱気の走る坑道を再び駆け出す。直後、復旧した《ヘッドブリンガー》も、それに続いた。
『617、G5を回収。全機、脱出ルートに再合流』
『……了解。全員、急げ。あと五十秒だ』
《LOADER1》から《LOADER4》、そして《ヘッドブリンガー》と《キャノンヘッド》──七機のACが、それぞれのルートで死線の出口へ突き進んでいた。
残り二十秒。
坑道の奥から、低いうねり音が響いた。
――621、現在のコーラル濃度では連鎖爆発が起こりえます。
――規模は計り知れません。アイビスの火には到底及びませんが……急いで!
モニターに、起爆装置のカウントが点滅を開始する。
そして──
ゼロ。
爆薬が起動した。だが、それは単なる爆破ではなかった。
坑道の地盤が、根底から“持ち上がった”。
次の瞬間、真紅の閃光。
赤黒いエネルギーが地面を裂き、鉄骨を噛み砕き、坑道を内側から“爆ぜさせる”。
それはまるで──ルビコンの意志が、怒りを持って吐き出した一撃だった。
『衝撃来るぞ、全員ブースト最大──っ!』
617の指示が飛ぶと同時に、全機が全力で加速。
だが爆発の速度は予想を超えていた。
直後──
轟音と爆風が坑道を貫いた。
全てを巻き込む熱と光と振動。次の瞬間、全員が一斉に坑道出口から“弾き飛ばされた”。
まるで何かに蹴り出されるように。
瓦礫と火花、コーラルの飛沫が混じる空中を、七機が次々と放り出され、地表に転がる。
激しく跳ね、地面を削りながら──ようやく、動きを止めた。
爆炎はなおも坑道奥から吹き上がっていた。赤い煙と粒子が空へと流れ、月光のない空を血のように染めていく。